2-1 俺が絶対探し出すからね!
待ちに待った日がやって来た。
目に染みる朝日を受けて俺たちは旅立つ。――寝不足と共に。
フローラの眩しい笑顔で我に返った俺たちは、昨夜から寝ずに勤しんでいた自分たちのご乱行を振り返り、誰もが呆れた笑いをしてしまった。
「おはよう、フローラ。今日から冒険の旅に行くけど心の準備はできた?」
さも『冒険に向けて興奮のあまりよく寝られなかったのでみんな起きている』と、いう感じでフローラに話しかけた。
「はい、ご主人様。すごい楽しみです」
「そっか。うん、良かった」
純粋に冒険を楽しみにしている様子のフローラに誰もが微笑み、我が身がどれだけ穢れているかが身に染みて分かってしまった。
「それで、フローラは旅に出たらどんなことがしたいの?」
「はい! フローラはおいしい物がいっぱい食べたいです!」
――え?
「あと、魔法でまじゅうをどどーんといっぱいやっつけたいです」
はにかみながら嬉しそうにフローラは自分の夢を語った。
――美味しい物?
魔法で魔獣をいっぱい? ……どどーん??
全く気付くことが出来なかったが、すでにフローラは嫁たちの毒牙にかかっていた。
恐らく猛毒が体内に入って、フローラの思考が侵されてしまっているのだろう。
しかし、まだ手遅れではない。
この冒険の旅で万病に効く霊薬を探し出せば良いだけだ。
俺はこれから出発する冒険の旅に一つの使命を自分に課した。
俺たちは出発の準備を始めた。
フローラは服を着替えて、俺たちは服を着た。
朝食はストレージにあるもので済ませると、ある程度の荷物を詰めた幾つかのダミー用鞄を馬車に乗せて出発をした。
魔ロバは名前を付けてあげた。
散々悩んだが、テスタロッサくんを引くならこれしかない。
その名もディアブロだ。
俺はまた一つブルジョアの証を手に入れたわけだが、ディアブロは、アルヴァに懐いている。ディアブロもアルヴァが癒し系だと分かっているらしい。
俺やベアトリスも嫌われてはいないが、クリスには恐れをなしているのか、完全服従している様子である。
魔獣というだけあって知能はロバより高いらしく、俺たちが強いと本能的にも分かっているようでいつも大人しくしている。
「じゃあ、とりあえずイグナシオさんの店に行こうか」
本来なら『出発』という言葉を使うべきだか、まだ全員が揃っていない。
記念すべき日なのだから俺としては拘りたいところだ。
俺は特等席である馭者席に座っているが、馭者はクリスである。
ドリアーヌが見送ってくれると言っていたので、どのみちギルドへは寄る予定だ。
だからエルも一緒に、馬車に乗って行くことにした。
「ちょ、ちょっとなんだい、この馬車は!? ふかふかの荷台で、しかもなんで涼しいんだ!?」
「ふふーん。ベアトリスくん、エルちゃんに教えてあげなさい」
馬車が走り出して振動が少ないことにも仰天していたエルに、ベアトリスは性能と内装について教えてあげた。
「ヨウスケ……。あんた、やりたい放題だな。ゴンジュウロウですら馬車まで改造なんてしなかったぞ」
「へへーん。褒め言葉として受け取っておくよ」
いずれはエルもこの馬車で一緒に旅をするのだから文句などあろうはずがない。
ただただ驚いているエルの様子を見て、鼻高々ではあったがエルですらここまで驚くのかと実感し、改めて人前で使うものは目立たなく作らなければならないと思った。
「あー……、早く、任期が終わんないかなぁ。――このまま一緒に行ったらダメかい?」
「ダメに決まってるでしょ!」
良いわけがない。
分かりきったことを聞かないで欲しい。
気持ちは分からなくはないが、ギルド長の役職だけならともかく、エルは将軍職というこの国でも高い地位もあるのだから、無責任なことをするのは非常にマズイと俺でも分かる。
「言ってみただけさね。そんなに本気にしないでおくれよ」
半分以上本気に見えたエルは、笑って本心を誤魔化していた。
馬車を走らせ街の中を進んでいくと、フローラが大はしゃぎになった。
フローラは殆ど馬車には乗ったことがないようで、移動時はいつも紐に繋がれて歩かされていたそうだ。
「旅に使う馬車って街の中の馬車とちがって、すごく乗り心地がいいんですねー。はじめて乗りましたけど、ぜんぜんゆれないし。しかもすずしいです。みなさん遠くへはこういう馬車で行くのですね」
これには思わず全員が苦笑してしまった。
イグナシオの商館に着くとエドは既に入口の前で待っていた。
その様子からすると、かなり前からいたようだ。
しかし傍から見ると、なんともおかしな光景である。
これから奴隷になる人物が、自ら奴隷商の商館前で待っているのだから。
「エド、おはよう。もうちょっと待っててくれるかな」
エドに声を掛けると馬車を降りて、人気のない路地から転移をしてアウルたちを迎えに行ったが、アウルたちも準備万端で待ち構えていたので、さほど時間は掛からずに戻って来れた。
商館の中へはアウルも一緒に入ってもらい、念の為に契約内容を確認してもらった。
「ヨウスケさん。本当にこれでいいのですか?」
「うん、命は取らない。ただし、秘密を漏らした場合は別だよ。それと、俺の家族や仲間に危害を加えようとしたら、その場合も死んでもらう。でも、その中に俺は含めない」
アウルだけでなくエドまで何やら納得がいかないようで、理由の説明が必要な様子だった。
善意とかそういうものではなくて、もっと男として求めるものが理由なので、少し恥ずかしかったが俺の理想とも言えるその理由を話した。
「俺は友達が少ないんだ。……だから、親友、仲間、そういうのに憧れてたんだけど、喧嘩も出来ない間柄って仲間じゃないよね? これから一緒に冒険するのに、反対意見や喧嘩も出来ないんじゃつまらないと思わない?」
アウルは俺の目をジッと見つめていたが、突如クスリと笑うと俺の気持ちを理解してくれたようで賛同をしてくれた。
「ヨウスケさんらしいですね。いいでしょう、私とウスターシュの名前も外して下さい。男と男の付き合いでいきましょう」
俺たちはエドを仲間として迎える。
その証として俺たちの方から歩み寄る、そういうことだった。
昨日の俺が言った言葉が本当だったと知り、エドは驚きを隠せない様子ではあったが、嬉しそうにも見えた。
奴隷契約が終わり、イグナシオに礼を言って代金を払った。
そして昨日の状況では言えなかった例のお礼も述べた。
イグナシオ曰く、男に大人気の教育だそうだ。
まあ、当然だろう。――俺ですら感謝をしているのだから。
またもや見るだけでもいいからと新たな奴隷を勧めるイグナシオに「嫁が怖いから無理です」と、本音を暴露して馬車へ戻った。
そして冒険者ギルドへ向かう。
見送りはドリアーヌだけではなく、昨日クリスにノサれた女の子もいた。
馭者をクリスがしているとは思っていなかったようで、ビビリながらも話しかけてきた。
「わ、別れの挨拶ぐらいいいだろ、女神さん」
俺ではなくクリスに話しかけたのは、女の意地なのか精一杯虚勢を張っているのが分かる。
しかしクリスはこの女の子がアルヴァに吐いた奴隷発言を許す気はないようだ。
まあ、アルヴァはクリスにとって妹のような存在なのだから、謝罪すらないのに許すわけがない。
この険悪な空気の中、夢の冒険に出発するなど御免である。
俺は馬車から降りてドリアーヌに耳打ちをした。
そして、女の子への伝言を頼み、ドリアーヌはそれをクリスに聞こえないように教えてあげた。
それを聞くと、意地を通すか、お別れを言うために曲げるか、自分の中で二つのものがせめぎ合っている様子だったが、やはり恋慕の情が勝ったらしく、渋々ながらその子は謝罪をしてきた。
「局長さん、騒ぎを起こして申し訳ない。――女神さん……す、すまない。妹のように可愛がっている女に蔑むようなことを言ってしまって。だ、だからエドに別れの挨拶をさせてくれないか?」
謝罪の言葉は聞こえたようで、それまで一切女の子の顔を見ようともしなかったクリスは初めて顔を動かした。
「最初から素直にそう言えば良いのです。私も鬼ではないのですから、それぐらいは許してあげますわ」
いや、鬼だろう。――と、言いそうになったが、あらん限りの力を振り絞って、口から飛び出そうとするその言葉を、危ういところで飲み込んだ。




