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1-51 未知と悪役

 クリスはエドに恐怖を植え込み、それはいつもヤマシイ事を考えている俺にまで伝播している。 

 

 エドと俺はクリスに恐れをなして顔を青ざめさせた。

 しかし、言うことを言ったとばかりにクリスはさっさと自分の定位置に戻ってくると、腕を絡めて「一応、念の為に言っただけですわ」と、微笑みながら俺に報告をしてきた。


 引き攣った笑顔しか贈ってやれなかったが、俺は頑張ってクリスを褒めてあげた。




 扉を開けて部屋から出るとエルたちがいる方へ歩いて行った。

 エルが何やらイカガワシイ話をアルヴァから聞き出している最中のようだ。


「それで、その修練は1日何回ぐらいしてるん……」


「エルー! お待たせしましたー!」


 あぶないあぶない。

 一応、誰にも聞かれないようにはしているみたいが、そういう問題ではない。

 

 手遅れではあるが、アルヴァがすでに話したと思われる内容、それ自体はエルにとって既知の方が多いだろう。

 しかし、それが日課としてほぼ毎日、しかも数回に渡ってなどと教えるのはまだ早すぎる!


「アルヴァもお待たせ。もう、エルの時間潰しに付き合わなくていいからね。大変だったでしょ? お疲れ様」


「いえ、ご主人様。とても有意義なお時間を頂きましてありがとうございます。エル様に色々お話をさせて頂きましたし、逆に修練には他にもいろんな方法があると教えて頂きました」


「……それは良かったね。じゃあ、早く帰ろう」


 ――と、あっさり言ったものの、実はどんな新しい修練を教えてもらったかは非常に興味がある。

 アルヴァはとても勉強になったと言わんばかりの素敵な笑顔を見せているが、ベアトリスは顔を真っ赤にして俺の顔を見ようとしないから、きっと素晴らしい未知の修練であることは間違いなさそうだ。


 しかし、この場で聞くわけにはいかない。

 ここはグッと堪えて、いつも通りの無難な返答だけで済ませた。


「ところで、エル。さっきはごめんね。それと、ありがとう」


「ふふん。鈍い旦那様でも気付いたんだな。礼なら修練とやらでたっぷりしてもらうから、気にしなくていいぞ」


 嬉しい悲鳴なんて言葉を実感できる日が来るとは思わなかった。

 ニヤけそうになる顔を何とか抑えてはいるが、アルヴァが聞いたという話に加えて、エルの発言は刺激が強すぎて、俺は今夜まで待てるか心配になった。


 クリスに組んだ腕を強く握られて、睨まれてしまった。

 早く結婚して本当の初夜を済まさない限り、この状態は続くだろう。


 全く、モテる男はつらいぜ。


 ――なんてことは無いので、すぐに己の分を弁えて正気を取り戻し、最初から脱線してしまった本題に移った。

 

 とりあえず、アルヴァたちにエドを連れて行くと話をした。

 念の為に奴隷にはすると説明したが、アルヴァは難色を示しながらも、予想通り俺の決定には反対しなかった。

 そもそも、アルヴァは俺のやることには基本的に反対はしない。


 この場では詳しく話すと誰に聞かれているのか分からないということもあり、家に帰ってから事情は説明すると伝えてギルドを出ようとした。


 ――そのときであった。


 俺を先頭にしてエドを含めた全員でギルドの出口まで来ると、人垣によって出口を塞がれてしまった。


 扉の前に立つのは女性三人だけ……と、言ってもまだ女の子といった歳にしか見えない。

 その周りには複数名の男たちがいて、そのうちの何名かは見たことがある。


「あんたが【非情の新撰組】の【悪魔の局長】ヨウスケだな」


 人垣の中央に立つリーダー格と思われる女の子が、そう言ったあと俺をジッと見つめた。

 

 よく見ると結構かわいい。

 ごめん。俺にはすでに心に決めた女性がたくさんいるから君の気持ちは受け取れないよ……


 どう思われようが、妄想するのは自由である。


「【悪魔の局長】は俺だけど、そんな名前のチームは知らないから人違い……いや、チーム違いじゃないかな?」


 誰かが「非情の……」なんて言葉を以前ギルドに来たとき聞いた気がするので、ウチのことだとは分かっている。

 

 しかし、悪名を売る絶好のチャンスだ。

 なので、ここは敢えてシラを切り、挑発するという高等テクニックを駆使した。


 俺は得意げになってワルぶっていたので気が付かなかったが、後にベアトリスから聞いた話では、その女の子の瞳にはエドに対する恋慕の情が写っていたそうだ。やはり、隠れファンがいたらしい。


 その女の子を含め全員17~18歳で、レベルは20台前半であった。

 普通は大体そのぐらいだ。いや、冒険者ということもあって、平均よりはかなり上と言っていいだろう、

 そう考えると、俺の能力がどれだけチートか良く分かる。


 それに加え、強力な武器に任せて格上ばかり相手にしていた。

 そして、転移とレーダーで時間短縮をして数を増やし、挙句の果てには魔法で大量の魔獣をあっという間に倒しているのだから、そりゃあ、レベルが簡単に上がるわけである。


 アルヴァと同年代の女性冒険者を目の前にして、始めて自分がいかに馬鹿げた存在なのか実感できた。


「なにとぼけてんのよ! エドをあんな酷い目に合わせたうえに、奴隷にするなんて許さないわよ!」


「それが、君になんか関係あるの? 借金を払えないから奴隷にしただけだけど?」


 俺は調子に乗ってさらに挑発した。

 恐らくあの場にいなかったエドの元チームであろうことは予想できたが、この場合事情を説明して納得してもらうなど無理であるし、それなら俺の悪名を高める糧となって貰う方が得策である。


「な!? か、関係あるわよ! あたしはエドのチームにいるんだから、勝手にリーダーを取られたら、取り返そうとするのは当たり前でしょ! 副リーダーが跡目を継いだって聞いたけど、あたしは認めないからね」


 この場に跡目はいないようだ。

 では、この女の子が勝手に有志の募ったというところか。


「ふーん、じゃあ、どうするの? 代わりに払ってくれるの、60万だけど?」


「は、払えるわけないでしょ、そんな大金! でも、払えたって払う必要はないわ、あんたみたいに卑怯な奴に」


 この子はその場にいたわけではない。

 あとから誰かにそのときの話を聞いたらしいが、俺たちの本当の実力までは知らないようだ。


「不意を突いてあんたが自分の女たちに攻撃させたんでしょ! ギルドのなかで魔法を使うなんて常識じゃ考えられないわ」


「ちゃんと、罰金は払ったよ。でも、俺のせいじゃないからエドに払わせようとしたけど、お金がないって言うから奴隷にするだけだけど、何が問題なの?」


 この時点で俺は悟っていた。

 この女の子たちは悪人ではないが、女性の悪人もいるはずだ。

 悪人は即座に斬ると決めた俺だが、女性に手すら上げられない性格なので、早くも俺の『惡』一文字計画は頓挫する気配を見せていた。


「あんたみたいに金で奴隷を買って喜ぶ奴は許せないんだよ! どうせ後ろの貴族の若様の弱みでも握って買わせたんだろ! エルヴィーラ様まで昔の情とかで誑かしたって聞いた! あたしは、絶対に許さないからね」


 あれ? アウルは共犯者で首謀者はエルなんだけど……。

 ――やはりイケメンと有名人は得だな。


 クリスはどう思われているか分からないが、間違いなくアルヴァたちは俺に買われて弄ばれている可哀想な娘という配役であろう。

 ――という事は悪役は俺一人ということらしい。


 初出演の舞台で悪役一人はちょっとキツい。

 本音を言えば泣きたいぐらい寂しかった。


 しかし、クリスの我慢の限界が近づいている。

 抑えてはいるが、殺気を放ち始めていた。


 エルを含めほかの仲間は、ほとんどが苦笑していた。

 エドはどっちにも付けずにいる様子だが、賢明にも口を閉ざしている。

 そのなかで一人だけ、怒りを露わにしてクリスより先に動いて俺の前へ出てきた人物がいた。


「あなたたちは私のご主人様に対してなんて無礼なのですか! 私のご主人様はお優しいお方です。エドアルドはご主人様に無礼を働いたのですから奴隷となって当然です。いえ、むしろ光栄に思うべきです」


 烈火のごとくお怒りなのはアルヴァさんである。

 立ちはだかる女性もアルヴァの剣幕に少し引き気味になっていたが、売り言葉に買い言葉、恐らく思ってもいない言葉がつい出てしまったのだろう。


「はあ!? あんたなに言ってんだよ。自分の主人に毒されてんのか? 大体にして奴隷なんだからシャシャリ出てくんじゃないよ」


 これには本心ではないだろうと分かってはいても、俺の琴線に触れた。

 アルヴァを下がらせて俺が前に出ようとしたが、その俺の胸に手を当ててクリスが一歩前へ出た。

 ――と、同時に魔法を放っていた。

 

 俺が避けられそうにないと思ったあの稲妻付きエア弾である。


 それは問答無用という言葉がまさにピッタリと言える行動でもあった。

 威力から見てクリスも手加減はしていたが、その女の子は一発でノサれた。


 まあ、当然の結果だ。

 俺でもあれを喰らったら立っていられる自信はない。

 

 それを見た残り二人の女の子は「また不意打ちなんて汚い真似を」と言いながら剣の柄に手をかけた。

 若いせいか後先を考えていない。金の小判1枚なんてこの女の子たちが払えるとも思えない。


 幸か不幸か、そのたちは罰金を払わずに済んだ。

 それは剣が抜かれる寸前にアルヴァが素手で二人ともノシてしまったからだ。


 周りの男たちは剣を抜くどころか声すら出せずにいる。


 その状況にエルとベアトリスは苦笑しきりといった感じで、アウルとウスターシュは深いため息を吐いていた。

 フローラは自分が参戦できなかったのが残念だったらしく、かわいいお口が少しとんがっている。

 

 そして、それらの様子を見たエドは俺に小さい声で話しかけてきた。


「旦那……ありがとうな。マジであの忠告助かったぜ。女神さんはあんなこと言ってたが、ただでさえ身を以って体験しているのに、あのまま知らずに旦那と普通に話していたら、部屋から出た直後にお姫さんを怒らせて死んでたかもな」


 そうお礼を述べたエドは乾いた笑いを見せて、自分の元チームメンバーの介抱と説得のために俺から離れようとしたので、数本のHPポーションを渡してあげた。


 俺は苦笑しか出てこない心境だったが、クリスは怒り心頭が収まっていない様子で「アルヴァ、行きますわよ」と言って惨劇のあとを振り向きもせず、二人で先に扉から外へ出て行ってしまった。


 俺は踵を返し罰金を払う為に苦笑いをしているドリアーヌのいる受付カウンターへ向かった。

 今回はずいぶん安く付いたので良しとしよう。


 それにしても、アルヴァがクリスに似てきたような気がする。ベアトリスはエルに……

 しかも似て欲しくないところだけである。


 俺はこの世界には『鬼』という言葉はあっても『反面教師』という言葉はないという考えに至った。

 しかし後日調べたところ、似たような言葉はちゃんと存在していた。


 ――と、言うことは、考えたくもないが『類は友を呼ぶ』という事なのか……

 出来れば、フローラだけはどちらにも似ないで欲しいと思うのは贅沢なことなのだろうか?


 恐ろしくて、最終的にはこの件に関してはこれ以上は深入りして調査リサーチしないという判断を下している。


 

 罰金を払ったあとに、なぜか俺だけが憎悪にまみれた大量の視線を受けた。

 女の子たちをノシたのは俺ではないのに、俺だけが憎まれている。

 実は『惡』など背負わなくても、元から俺は人に好かれない体質ではないかと思えた。


 予定通りなのに、こんな悲しい気持ちになるとは……


 なにはともあれ、外でまだプンスカと怒っているクリスたちと合流した。


 やっと、エルとのしばしのお別れ会に臨めるようだ。


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