1-50 秘密と空気
全てはエルの手の内にあった。
驚かされはしたが、これは嬉しい誤算でもあった。
それは、エドが俺の仲間にいなかった、見栄えのする護衛タイプだからである。
いくら悪名を高めようと知らない人は知らないのだから、エドがいるおかげで誰かに絡まれること自体がなくなるかもしれない。
絡まれる原因の大半は俺が作っていると分かっているが、俺のせいじゃないこともある。
例えばクリスとか……ほとんどクリスだ。
今や俺とアウルは、エドに対して完全に警戒を解き、お互い笑い合っている。
しかし合格と言われたエドは、そんな様子の俺たちを見て不思議に思いながらも、まだ緊張しているようだった。
「それで、旦那……。俺をどうしますか? そんな子供っぽい夢を見てる俺なんて、やはり要らないですかい?」
巨漢のエドは体格に似合わず繊細で、少し悲しそうな表情になっている。
俺たちがエドの話を笑っていると勘違いをしたらしく、やはり奴隷商に売られてしまうのではないかと思ってしまったようだ。
「――ごめん、違う違う。実は俺たちも冒険者をしている理由は同じなんだ。今までは準備の為にこの街にいたけど、明日から冒険の旅に出るんだ。だからこの街から離れることになるけど、それでもいいなら一緒に来る?」
エドは奴隷の話を飛ばされて、自分の意思で選べるということに驚きながらも嬉しそうな顔を見せて、即座に反応していた。
「ホ、ホントですかい!? 行くに決まってる! 連れてって欲しい! 荷物持ちでも馭者でも力仕事でも何でもやる……って、奴隷になるんだから、当然だな。しかし、是非お願いしたい。俺も連れて行ってくれ。出来ることなら何でもやるぜ!」
まあ、連れて行く気があるから誘ったので、エドにその気があるなら問題はない。
しかし、荷物はストレージがあるから運ぶ手間など殆どないし、馭者もクリスとアウル、ウスターシュが出来る。平坦な道筋なら俺やベアトリスでも出来る。
わざわざ聞いたのは交代要員が増えるのは歓迎だし、危険を伴う冒険の旅では不測の事態もあるので、一人でも馬車を扱える人は多い方が安心と思ったからである。
エドはその体格から考えても力自慢だとは思うが、既に俺の仲間は全員がエドよりレベルが上なのだ。
フローラが力比べをしても、さほど劣らないだろう。
しかし、それを言ったらあまりに酷だというモノだ。
今までの様子からすると、俺としてはエドが奴隷でなくても構わないと思うのだが、アウルは慎重になるべきだと考えているから承諾しないだろう。
それにエドには悪いが、借金のカタで奴隷にさせられた冒険者を連れている男だと思われた方が、俺の悪名も高まる。
俺は正義のために、惡、一文字を掲げる男なのだ。
そのためには、敢えて悪名を被ろう。
素敵な二つ名を贈ってくれたエルと、命をかけてその名を与えてくれたエドに感謝しても感謝しきれない。
そして、早くもテンションがMAXになった。
要は【大興奮】ということである。
背中に惡を背負い、誠の羽織で包む。
あとは牙のように鋭い突きの練習をして、悪人は即座に斬ってしまおう。
ほかにも悪を打ち砕く拳も身に付けるためには、岩を割る練習も必要だろう。
なんと素晴らしい計画!
幕末とか赤報隊は全く関係ない。
俺は俺の正義のために戦うのだ!
――と、まあ、楽しい未来予想図を想像するのはここまでにして、エドにある程度の事情を話した。
「ごめん、そういった意味で誘ってるんじゃないんだ。まだ言えないけど、俺たちにはちょっと秘密がある。連れて行くからにはエドにも教えるけど今は全部言えない」
真剣な眼差しで俺を見つめているエドの顔がやや探るような色を見せたが、何も言わず話の先を促した。
若干語弊がある言い方をしてしまったが、何も聞かないと言うことは、エルの夫ということもあって信用しているのかも知れない。
「もちろん、悪いことじゃないから。それで、連れて行くのには条件があって、やはり奴隷になってもらうしかないんだ。でも、心配しないでいいよ。仲間として扱うから。ただし、秘密は守ってもらうけどいい?」
「え? そんなの当然だろう? と言うか、奴隷にして欲しいと頼んだのは俺なんだし、奴隷だから逆らえない。だから旦那は心配しないでくれ」
エドは彼にとって当たり前すぎる条件なので拍子抜けしている様子だが、俺が思っているのはそういうことではなかった。
「うーん、ちょっと違うんだ。逆らえないから秘密にするんじゃなくて、仲間として秘密は守って欲しいんだ。内容は……みんなに心配かけないように、奴隷になってからしか言えない。あと、衣食住や武器、防具、その他に必要なモノは全部俺が負担するけど、それでいいかな?」
「もちろんだ、旦那。仲間と呼んでくれるなら、これ以上望むことはねえ。今までより旦那の奴隷の方がいいんじゃないかって思えてきたぜ」
「ただし、俺はみんな一緒が基本だから、うちの女の子も奴隷として扱っていない。だから、エドも仲間として扱うけど、その代わりエドもあの娘達を奴隷と思ったりしないこと。いい? これは約束してもらうよ」
エドにしても、この世界の人間だから、奴隷を道具にするのは当たり前だと思っているかもしれない。
それはエドの考えというより、この世界の常識として。
だからそう思っていてもエドの責任ではないが、いくら同じ夢があるとはいえ、これは絶対に譲れないことだった。
「旦那……俺も奴隷になるのにそんなこと思うわけないねえって! 大体にして奴隷だって人間なんだからな。まあ、俺も男だし、嫁もいないから、そういう目的で買う男の気持ちも分かるが、それなら、せめて人間として扱ってやるべきだと思っている」
こういう気持ちでいるなら安心が出来る。
恐らく、この前あれほど挑発的だったのは、俺が奴隷を着飾って玩具にでもしてる男だと思ったからだろう。
しかし、これはこれで嫌な予感がする。
まさかとは思うが、俺の諦めた【おにいちゃん】の座に収まってしまうかも知れない。
年齢的にはおじさんで充分だが、フローラがどう思うかという問題だから油断は出来ない。
ウスターシュに続き、エドという強敵の出現に俺は戦慄すら覚えた。
「エド! 言っとくけど、俺は【おにいちゃん】と呼ばれる夢をまだ完全には諦めてないからね!」
俺の心の闇を見せられたエドは、俺を恐れて少し引いているようだが、ウスターシュに何か囁かれると、なぜか微笑ましいモノを見るような顔で「自分の年齢はもう30歳なんでおじさんだなぁ」などと、すでに知っている情報を口にしていた。
とりあえず準備もあるだろうから、明日の朝にイグナシオの店の前で待ち合わせをすることにした。
俺が自分で契約するにはスキルレベルが足りないということもあるが、人目に付いた方が今後の為でもあるからだ。
そもそも、逃げようと思えばいくらでも逃げる時間はあったのだから、今更逃げるとも思えないし、エドの様子を見ても間違いなく嬉々として奴隷になる勢いである。
夕食前にアウルと一緒に転移して、イグナシオに明日の朝に来るからと、伝えておけばいいだろう。
予てから言いたかった、我が家では日曜日恒例と化した例の衣装の知識を姉妹たちに植え込んでくれたお礼も述べなければならない。
話が終わり部屋を出ようとしたときに、重要なことを言い忘れていたことを思い出して後ろを振り向きエドに釘を刺した。
「あ、エド。その話し方なんだけど、アルヴァの前では絶対しないでくれる?」
「……アルヴァさんと言うと【炎蛇の姫】ですかい?」
すでにアルヴァの二つ名は定着しているようで、これなら俺の二つ名もいい具合に広まっているだろう。
「そう。アルヴァは奴隷に誇りを……いや、俺の奴隷でいることを誇りに思っているんだ。だから、同じ奴隷になったエドがその口調で俺と話していると、たぶんだけど怒る気がするんだよね」
「そりゃあ、当然でしょう。俺だって明日からはちゃんと旦那様……いや、ご主人様と呼ばせて頂きやすぜ?」
――は?
それは嫌だ……絶対に嫌だ!
神聖なる『ご主人様』という言葉を発して良いのは、美人メイドだけである。
言い換えるならそれ以外の人が言うのは、もはや犯罪とも言える。
「却下! 絶対に却下! もし、そう呼んだらエドにメイド服を着させるから覚悟して!」
「マ、マジですかい!? あ、いや、そう呼ぶというわけじゃなくて……じゃあ、どうします?」
エドの女装など見る側も一種の拷問でしかないので、俺としても出来れば避けたい。
「うーん……旦那でいいよ。そこだけは何とかアルヴァを説得するから。俺は堅苦しいのが嫌いなんだ。ベアトリスはそれを知ってるから二人きりのときは普通に喋ってくれる。だからエドもそのつもりで」
俺の発言に少し驚いたエドは了承の言葉の前に、しみじみと俺の日々の努力と労わってくれた。
「旦那は苦労してんだなぁ……傍目に見てりゃ女に囲まれてるんだから羨ましいだけだが、そりゃあ、気も使うわな」
だがそれは、俺にとって苦労ではない。
正確に言えば若干苦労はしているが、それだけで男の最大の夢が叶うのだから何の問題もない。
「苦労じゃないよ。みんな俺の仲間だからね」
いいこと言った!
またしても名言が飛び出してしまった。
約2名ほど空気を読まず笑いを堪えているが無視である。
しかし、最も空気を読まない女神がまだ存在している。
俺は自分の名言に酔い痴れてはいたが、その危険分子を忘れてはいない。
今まで何度も煮え湯のように熱くはないが、かなりスパイスを効かせたモノを飲まされている。
この経験で無意識に、ここぞ! という時は、クリスの言動には気を払うようになっていた。
そしてやはりクリスの口が開いた。
「エド。私は夫が良いと言うなら、貴方を連れて行くのも、言動にも何も言いません」
いつも通りここまでは順調だ。ある意味、妻の鏡と言っても良いだろう。
しかし、ここからがクリスの本領を発揮するところである。
「夫がああは言いましたが、たまには怒らせてしまうこともあるでしょう。――しかし、万が一にでもウチの娘たちを泣かせるようなことがあれば許しません。夫が庇ったとしても、最低でもその首はなくなるものと思いなさい」
最低でそれなら、最高ならどんなバツなのかと誰もツッコまない。
思っていても、今それを言うのは愚か者だけである。
すでに痛い目を見ているエドは顔が青ざめてコクコクと頷いている。
しかも関係のない俺まで頷いてしまうほどの迫力だった。
男と女の違いなのか、やはり前回のエドの態度がまだ許せないようだ。
珍しく真っ当なことを言ったと思ったが、内容がこれではいつもの方がマシと思えるほど怖い。
やはり『惡』を背負うのは、クリスの方が似合うのではないかと考えさせられる出来事だった。
そして部屋を出てからも、ひと悶着あった。
予想が出来なかった事ではない。
それはエドを守ろうとする存在と『惡』を背負った俺との戦いだった。




