1-48 迷惑と才能
エルは再度、俺の常識のなさを懇懇と説教していると、アウルもそこに加わり、明日からの旅が不安だからと、この世界の技術レベルがどの程度なのかを説明された。
俺の発想と知識がすでにこの世界においてはチートなのだとようやく理解出来た。
加減を間違えれば騒乱の火種にすらなってしまうだろう。――人の欲とは留まることを知らないのだから。
現代科学の便利な道具をいくつも知っている俺は、その原理や利便性を理解しているし、魔法で応用できるモノが多いと分かってしまっている。
俺にとって新製品を作る研究など道順とゴールの場所を知っている迷路のようなモノだ。
その道中にいくつか障害があるに過ぎない。
だからと言って無闇矢鱈と世に送り出すのは危険だ。
文明を発展させることは、この世界の住人であれば誰もが望むことだが、それは順を追ってからにして欲しいとエルとアウルからお願いされた。
「良く分かったよ。――そっかぁ……俺の作るモノは便利かもしれないけど、みんなの迷惑になることもあるんだね。これからは控えるよ」
作りたいと思うものは日に日に増えているので、残念ではあるが、これからは自粛して、作ったものは自分だけで使うようにして、人には見せないようにする。
俺は反省して真摯な気持ちで二人にそう伝えた。
きっと、エルもアウルもホッとしてくれるだろう。――と、思った。
しかし、俺の謝罪にアウルは顔色を変えた。
まだ足りなかったのかと思って「心配しないでも、みんなにも秘密にするから」と付け加えると、なぜかアウルは分かり切ったことを言い出した。
「ちょ、ちょっと、待って下さい。私はヨウスケさんの義兄なんですよ? しかも、パートナーです。お忘れですか? これだけの関係なら、まさに私はヨウスケさんの分身と言っても過言ではありません」
「うん、そうだね。だから、アウルに迷惑はかけないから心配しないで。何かあっても知らなければ俺一人の責任になるでしょ?」
家を出たとは言っても、アウルは公爵という大貴族の息子であることには変わりはない。
自由を許可してくれたその父親には迷惑をかけたくないというアウルの気持ちは分かる。
その気持ちを汲んでアウルを薄情などとは思わず「次から開発品は絶対みんなにも秘密にするから心配しなくても大丈夫だよ」と、念の為にもう一度言ってあげた。――きっと、これなら安心できるだろう。
しかし、俺の思いやりあふれる言葉を聞いたアウルは慌てて、パートナーなんだからそんなことは気にしなくても良いと、何の為かは分からないが、さらに俺との関係を強調してきた。
そして、なぜかギルド長という役職に加え、将軍職という名誉ある立場の人物もアウルの意見に賛同の意を示した。
「そうだぞ、ヨウスケ。いや、あたしの大事な旦那様。人生のパートナーはそんな些細なことを気にしないぞ? むしろ何でも分かち合うべきだ。……ところで、あたしは妻だから夫とは一心同体の存在、まさにヨウスケ自身と言ってもいいと思わないか?」
「そりゃあ、そういう風に言うこともあるだろうけど、エルだって立場があるし、アウルだってお父さんのことがあるから迷惑はかけられ……」
「「迷惑じゃない!」」
見事に二人がハモった。
「いいか、大事な大事なあたしの旦那様。あたしのことなんていいんだ。むしろ、ドンドンいろんなモノを作っていいんだぞ?」
「そうですよ、義弟殿。私もエル様も家族なんですよ? そんな水臭いこと言わないでいいんですから。自分の家族が作ったモノなんですから、当然私たちも一緒に使います。家族なんですから」
まあ、いくら鈍い俺でもここまでくれば分かる。
俺の開発した魔法具が世の中に知れ渡るのは良くないと二人が思っているのは本当のことだろう。
しかし、家族である自分たちなら問題はない。
この意味するところは、すなわち……
「つまり、自分たちは使いたいってわけだ。――散々怒ったくせに!」
正鵠を射られて二人はグッと押し黙った。
二人はバツの悪そうな顔を一瞬見せたが、それはホントに一瞬で、そのあと見事に開き直った。
「当然ですよ! こんな夢のようなモノを次から次へと作る実力を見せられたら、次はどんなモノを作るか気になるに決まってるじゃないですか。ヨウスケさんは私の性格を知ってるでしょうに!」
「そうだ、ヨウスケ。それを自分だけで使おうなんでズルいだろ! みんな一緒と言ったのは誰だったか忘れたのか!」
ここまで来るといっそ清々しいと言うべきか。
なんて己の気持ちに素直な人たちだろう。
俺としてもみんなが喜んでくれると思って作っているのだから、喜ぶべきところだが……
「ふーん。でもなー、散々怒られたしなー……。そうだ! まだいいモノがあるから、それはクリスとアルヴァとベアトリスとフローラと……ウスターシュさんだけに渡そう!」
すると、珍しく沈黙を保っていたウスターシュが真っ先に口を開いた。
「いや、ヨウスケ様。実はワタクシはさっきからずっとこのお二方はヒドイ人たちだと思っていたのです。せっかく仲間であるワタクシやご家族のためを想っていろんなモノを作られていたヨウスケ様のお気持ちを踏み躙るなんて……。しかし、ご心配いりません、私があなた様のお作りになった品々を大切に使わせて頂きますから」
あっさりと自分の主人を切り捨てたウスターシュは、さらに追い討ちをかけた。
「ご家族にご理解いただけなくて、さぞ残念な想いをされたでしょう。ですが、仲間であるワタクシがちゃんとお優しいヨウスケ様のお気持ちを分かっておりますので、どうぞご安心を」
一度は引退したが、また冒険の旅に出たいと思って、アウルと同行したウスターシュは、そのアウルを見捨てるほど俺の作った品々が魅力のようだ。
しかし、俺は言いたい。
珍しく俺に賛同したのは心強いと思ってはいるが、俺の気持ちを分かっているなら、俺がフローラから『パパ、大好き』と言われたいという切なる想いがあるのも分かって欲しい。
アウルが少し涙目になってきたので、意地悪するのをやめてあげて、実験途中の品を見せてあげた。
「エルもアウルもこれからは、素直に欲しいって最初から言わないと、もう二人の分は作ってあげないからね。――じゃあ、これ」
俺はまた魔法玉を取り出して見せてあげた。
エルとアウルは、首を縦にブンブンと振ると、俺の出した魔法玉を食いつきそうな勢いで見始めた。
「これは未完成以前の問題で、まだ実験途中なんだ。危険はないと思うけど、どのくらいの効果があるか分からないんだ」
そこで一旦言葉を切って皆の反応を楽しむことにした。
今なら言える。
――俺は神だ! 皆の者ひれ伏せよ!
「そ、それで、これにはどんな魔法が付与されているのですか? 焦らさないで早く教えて下さいよ!」
俺がニヤニヤしながら、なかなか説明しないので、アウルが我慢しきれなくなって聞いてきた。
フローラですら興味津々で、クリスを除く全員が固唾を飲んで俺の説明を待っている。
神である俺は下々に慈悲を与えてやるために、ちょっとヒントを出してあげた。
「魔法の鞄を見せたんだから分かると思うんだけど?」
俺はさらに焦らしてやろうかと思ったのだが、さすがに一番関係していたアウルが最初に気付き、信じられないといった顔で俺を凝視した。その直後にエルも目を見開いたので分かったようだ。
「そ。思ってる通り、転移の魔法玉だよ」
今回は怒られないとは思っていたが、まさかエルまで俺を尊敬の眼差しで見るとは思わなかった。
「でも、転移出来る範囲が分からないんだ。今俺が転移出来る範囲は空間魔法のレベルに依存はしてるけど、踏破している範囲の方が圧倒的に狭いから魔法玉だと調べようがないんだ」
俺の言った意味を正確に理解しているエルは、俺の代わりにその意味をみんなに説明してくれた。
もちろん鑑定はしている。
しかし、表示されるのは空間魔法を付与された魔法玉が、どの程度の品質であるかというだけで、転移可能距離などは出ていない。
それが表示されるなら、武器は攻撃力、ポーションはいくつ回復するかなども表示されるはずなので、鑑定で分かるとは最初から思っていなかった。
「しかし……、試してはみたのだろう?」
「もちろん。だから危険はないよ。行ったのはいつも行ってる森の最奥部。エルならいろんな所へ行ったことがあるから試せるだろうけど、これは正真正銘の未完成品だから、使ったら壊れるよ」
「……さすがのヨウスケでも、まだそれが精一杯か。いや、安心した。ゴンジュウロウは1個作るのにも何回も失敗した挙句にヨウスケの言う未完成品しか作れなかったからな」
安心されるのはいいとしても、その理由だとちょっと微妙だと思っていると、やっと優しげな表情に戻ってくれたエルが、なんと褒めてくれたのだ。
「あんたは自分の才能をもっと誇っていいと思うぞ? 同じ条件の能力を持っていたゴンジュウロウでもその程度だったんだ。だから、その才能は間違いなくヨウスケ自身のモノだからな」
褒められるなど夢にも思わなかったせいで、涙腺が緩んでしまった。
みんなの前では涙なんか見られたくない。
俺はなんとか誤魔化して着物の袖で涙を拭った。
しかし、意外な盲点があった。
俺の着物には結界魔法が張ってある。
つまり、布地が水分を吸わないのだ!
拭ったことで、目の端でかろうじて留まっていた涙は完全に溢れてしまった。
俺は慌てて拭くものを探したが、着物にポケットはない。
結局みんなに見られてしまったので、笑われるかと思ったが、どこからも笑い声は聞こえず、皆の顔は優しげにすら見えた。
ウスターシュなど、目の端に光るモノが見えて、本当に俺の気持ちを分かっていたことに驚いた。
そして、ただの孫好きのじいさんではなく、実は真の漢だったと知り、今までの事は水には流してやらないが、代わりにちょっとだけ彼の評価を上げてあげた。
大きめの魔珠でしか作れなかったので大した数は作れなかった。
だから、みんなに1つずつ渡して、なにか危険なことに遭遇した時の脱出用として使って欲しいと伝えた。
そして女性陣には肩掛けのポーチ、男性陣には肩掛け鞄を渡して話を締めた。
両手に花状態で階段を下りて、そのまま行こうとするとエルにランクアップ申請を出してあるから手続きしてから行けと言われて驚きはしたものの、嬉しいに決まっているので、素直にドリアーヌのカウンターの前に腰掛けた。
俺とクリスはBランク、ほかの人はフローラまでCランクになっている。
チームもウスターシュがいるからと一気にBクラスにしてくれた。
なぜ、いきなりそんなに上げてくれたのかと思ったら、先日600匹ほどの魔獣を狩った実績を全部俺たちのモノにしてくれたそうだ。
しかし、そのうちの半分はエルが一人で狩っている
そのあいだ、クリスたちはピョンピョン跳ねていただけで、俺なんて黙々と薬草を採取していただけだ。
エルは俺たちならすぐ実績を積むから、先払いしとくと言って笑った。
俺はお礼を言おうとしてエルの方に顔を向けようとしたが、その前にあるモノが目に入って言うセリフが変わってしまった。
「エル――! なにこれ!? どういうことー!?」




