1-46 登録と期待
馬車を走らせ家に着くと、姉妹とフローラを呼んでお披露目をした。
「じゃーん! 俺たちのニューマシーンのテスタロッサくんだ」
知っている人がいたら「これの、どこがテスタロッサだ!」と大ブーイングを喰らうであろうが、異世界だからそんな心配はない!
これで俺もブルジョワの仲間入りを果たしたわけである。
ちゃんと本体には塗装もしてある。
赤や黄色も捨てがたかったが、控えめな艶消しの黒にした。
いわゆる黒鉄色だが、既製の着色剤には存在しなかったので、才能はあるが売れていないという画家にお願いして色を作ってもらい塗ってもらった。ちなみに、補強部分の金属は金色でホイールは銀色だ!
以前、アキバで見た国産車なのに外車のようにイタ車と呼ばれている車みたいに、フローラの似顔絵を描いてもらおうかと思ったのだが、アウルが必死にやめて欲しいと言うので、それなら、ギロッポンヒルズの前で見た、ピンクのヒョウ柄フェラーリの様にしようと思ったが、それも即却下だった。
路線を変更したが、赤と黄色もアウルが難色を示した。それで、この渋い色にしたのだ。
まだ、アウルは何か言いたそうだったが、この辺が妥協の限界だと察したらしく、合意を得られた。
着色材を作るのに数万円掛かったが、これは金色と銀色を作ったせいである。しかし、予想以上にカッコ良かったので、寝る時間を惜しんで色を試行錯誤しながら作ってくれた画家には5万円払ってあげた。
すると、その画家から「これであと半年生き延びることが出来ます!」と、泣きながら感謝された。
馬車の製作費は、ベースが荷馬車なので35万円程度で済んでいるが、魔ロバは150万円もした。
馬が50頭以上買えてしまうが、値段なんてそんなもんだろう。
世話をする手間が減ったし、レアモノを手に入れたことで、俺は満足している。
「ご主人様、魔ロバですか!? よく手に入りましたね! 非常に珍しいので滅多に市場には出回らないんですよ。それに、この馬車は随分と金属を使ってますけど……バネですか? なんの意味があるのでしょうか?」
さすがベアトリスである。目の付け所が違う。
魔ロバなど普通はお金を出したところで手に入れられるモノではない。アウルが父親である公爵に頼み、その伝で手に入れたのだ。
車軸とサスペンションの組み合わせは新技術として登録を申請してあるが、重すぎて改良しないと、馬を何頭も保有できる金持ち以外使えないのが欠点なので追々考えようと思っている。
商業者ギルドはいわゆる特許の登録も受け付けている。
製法や効果などを詳しく書いた説明書を作り申請すると、商業者ギルドは技術の所有権を申請者に発行して、その技術を利用したい者との仲介、契約もしてくれる。試作品があってお金になると思えば、商業者ギルドがその技術を試作品ごと高額で買い取ってくれることもある。
気づいてしまえば、誰にでも真似が出来る事も多々あるので、やはりこの世界でもそういったトラブルを防ぐためには必要なことらしい。
開発した新色も登録した。
こんな素晴らしい色をタダで使わせてやるつもりはない。どうせ金持ちの貴族が欲しがるだろうから、元手ぐらいは回収できるはずだ。そうしたら色を作った画家にも分け前をあげれば、有名になって稼げるまでは食いつなげるだろう。
これは余談だが、俺の同士である洋裁店の店主に販売許可を出した下着類も売上に応じて利益を還元してもらえることになっている。
斬新かつ夢があふれるデザインに加えて、店主の腕が良いので売れるはずだ。
実はおまじないだと言って俺の編成しているパーティーに入ってもらっている。上客の俺の言うことなので、店主は首を傾げながらもそれに応じていた。さほど俺の家から遠くないこの店の店主は俺が家にいるあいだ、メキメキと腕が上がっている。本人は俺のご利益としか思っていないが、実はかなりのスキルレベルになっていた。
これを機に、この店主と組んで俺は下着デザイナーとして名を馳せれば、俺のファンが増えて、もしかすると俺の手でフィッティングサービスをして欲しいなんてハプニングすら夢ではなくなる。
異世界ってホントに素晴らしい!
話を戻すと余談以外をベアトリスに説明してあげて、これから魔力と魔法の付与もおこなうと話した。
「ふあああ……。なんかとんでもない馬車になりそうですね。でも、盗まれる心配がありますよ?」
「そこはもう考えてあるよ。車輪に結界魔法を使ってロックが掛けられるような魔法を組むんだ。登録魔力を識別してロック解除になるから、あとで全員登録してね」
「それって、よく迷宮とかの扉とか宝箱に仕掛けられている罠みたいな感じですか?」
それは気が付かなかったが言われてみれば、確かにその応用みたいな感じである。
これも新技術になるかもしれないので一応登録申請を出そうと思ったが、空間魔法が使えないと作れないので意味がないかもしれない。
「そうだね、そんな感じ。あと、冷暖房も完備させるよ」
「ええ!? まさか、私たちのアーマーの様にですか?」
そよ風程度であれば問題ないのだが、まともに冷風、温風が出る仕掛けを作るのは困難だった。
エルの話を聞いて、水玉のような魔珠を使った魔法玉なら上手くいくのではないかと考え魔珠を全部は売らず半分ほど持って帰ってきている。
個人で売買しないのであれば魔珠を自分で利用するのは違法ではない。
俺が連日実験をしていたモノの一つがこれだ。
大きめの魔珠を、水晶玉に埋め込んで冷風が出る魔法を付与した。すると意外と簡単に出来たので、温風も付与して切り替えが出来ないかと思ったが、同時に冷風と温風が出てしまうらしく、生ぬるい意味のない風が出てくるので、断念して別々に作ることにした。
これを荷台の四隅にそれぞれセットすれば快適な旅になる。
ただし、魔力の補充は必要で、定期的に魔力付与してやる必要があるが、意外なことにこれは魔力操作のスキルがないと難しい事が分かった。
なぜかというと、魔力を付与した際に魔珠に補充されず、本体を強化してしまったり、勢い余って魔法玉が割れたりしたからである。後日エルに聞くと、安くはないが魔法玉に魔力を補充する魔法具が出回っているので、普通はそれを使い、魔珠から魔法玉に魔力を送り込むのだそうだ。だから、魔力補充だけでも立派な商売になるらしい。
しかし、チートな俺は魔力譲渡というレアなスキルを取得したので全く問題はない。
なので、今のは一般的な話の説明である。
このエアコン魔法玉は俺にしか作れそうもないので、新技術登録はしていない。
なにしろ、二重魔法、合成魔法、魔力付与、魔法付与、そして合成する風と温度を調節するために魔力操作のスキルがないと作れない代物である。
だから、依頼が殺到するのは目に見えているし、商人や貴族に付きまとわれる原因にもなりかねないので秘匿するつもりだ。
ただ、結果的にはアームストロング公爵からもらった金銭で色々開発出来たのだから、お土産として作ってあげようと思っている。珍しいモノが好きなのだから、きっと喜ぶだろう。
魔ロバも盗まれる可能性はあるが所有者が刻まれている奴隷と同様の首輪が付いているので盗んだとしても売ることは出来ない。人知れず山奥で飼うなら別だが、高価でレアな魔ロバなど人前に晒せばすぐ盗んだとバレる。
「原理は一緒だよ。まあ、アーマーより強力にしてあるけどね。でもねー、今回の実験のおかげでもっと凄いモノが作れるかもしれないって分かったんだ!」
「これ以上にですか!? と、言いますか、実験や研究も程々にしないと本当に身体を壊しますので気を付けて下さいね」
――と、言われてしまったが、今回ばかりは俺を止められないだろう。
なぜなら、車やバイクを作れる可能性が見えたからだ。
禁止事項である科学技術ではなく、金属製の歯車と魔法具を組み合わせれば、魔導車が作れそうなのだ。
ガソリン代わりは当然魔力であり、多大なる消費を伴うので実用はかなり難しいかも知れないが、遊びとしても、充分魅力的な発想だった。
それは生クリームの遠心分離機を作っているときに出てきた発想だった。遠心分離機っぽいモノは魔珠のお陰で作れたし、ついでにアイスクリームメーカーも作った。
そして、これだけ高速回転させる事ができるなら、ギア比さえちゃんとすれば車も動かせると思ったからだ。
ちなみに今回生クリームを作った際に残った数十リットルに及ぶ残った低脂肪牛乳は昨日のうちにアイスキャンディーにしてある。
世話になった街なので、みんなでそれを教会が世話をしている孤児や貧困街の子供たちに配った。
これはあまり言いたくはない話なのだが、俺が配ろうとすると胡散臭そうな目で見てたくせに、アルヴァが配ると一斉に子供たちが集まってきたので、クリスに鼻で笑われて、ちょっと落ち込んでしまったのだ。
しかし、クリスのところは男の子がビビって近づかないので「ざまみろー、俺だけじゃない」的な感情が湧き起こり自分を慰めることが出来た。
その一連を見ていたベアトリスは必死に笑いを堪えているが、自分のところには男の子しか集まっていないと分かっているのか疑問だ。
さらに、フローラが目を潤ませて俺の顔を見つめるので、ストレージに貯まりに貯まった、どうやっても俺たちだけでは消費しきれない出来立て料理を、一度戻ってわざわざ荷車に積んで配ってあげた。
こんな感じで午後は過ごして、夕食の準備に取り掛かった。
献立は既に何度も作っているモノばかりなので料理はみんなに任せて、俺は苦心の末に作られた生クリームを魔導攪拌くんを使い泡立てた。
味見をしたクリスは、やはりオリジナルに比べると重いのに味が薄い感じがすると言われたが、それでもこの世界にはないのだから十分美味しいと褒めてくれた。
だから「さっきは『ざまみろー』なんて思っちゃってごめんね」と、ちゃんと心の中で謝罪した。
そのあと、俺は馬車の改造に勤しんだ。
夕食の準備が整ったので、一人でアウルの所へ転移して、もう少ししたら迎えに来ると伝えた。
家に戻った俺はみんなでお風呂へ入り、明日からの冒険の旅に心躍らせながら修練をしてもらい、スッキリしてから、アウルの所へ迎えに行った。
先ほど来たときアウルに【若様アーマー】と【執事服アーマー】は渡してあるので、全員デザインは違えど効果は同じ服を着て冒険者ギルドに向かった。
相変わらず俺とは目を合わせようとしない冒険者たちであったが、俺以外の人は見ているようだ。
言わなくても分かるだろうが、クリスとアルヴァとベアトリスとフローラに視線は集中している。
中にはアウルをうっとりした目で見ている男女もいたが、女はともかく男はどんな意味があって見ているのか聞いてみたい。
ドリアーヌは気を利かせてエルを呼びに行こうとしたが、俺は別の用事もあるので自分で2階へ行くと言ってそのまま階段を上がった。
扉をノックして中に入ると絶世の美女が準備万端で待っていた。
俺は感嘆の声を上げたが、この美女を連れて階段を降りなければならないことに気が付いて、またしてもハメられたのではないかと思った。
「お迎えに上がりました、お美しい奥様」
「ふふーん。少しは学習したようじゃないか、良い傾向だぞ。じゃあ、行こうか」
俺の推測が間違っていないと証明するような上機嫌のエルは、さっそくクリスと反対側の腕を組んできた。
「あ、エル、ちょっと待って。プレゼント持ってきたんだ、完成したから。家よりギルドに置いておいた方が良い物もあるから、こっちに持ってきた」
「ん? この前言ってたやつか? どんなモノなのか楽しみだな」
そう言うと一旦俺から離れて、自分の椅子に座り直した。
「完成と言ったけど、実は未完成の試作品も幾つかあるんだ。たぶんスキルレベルが足りないせいだと思うから、いずれ改良するよ」
過大な期待をされても困るので、前置きを入れてから机の上にまずは鞄を2つ取り出した。
1つは肩掛けの可愛いポーチ。もう1つは大きい旅行鞄だ。
「ん? 可愛いねー。ドレスに合わせたのかい? こっちはデカいな? 旅行鞄としても大きいが……2つとも魔力と結界を付与したってことか」
「それはもちろんだけど……。それ、なんちゃって魔法の鞄なんだ」
数秒間の間のあと、すでに知っているクリスと魔法の鞄を知らないフローラ以外が大騒ぎを始めた。
「ご、ご主人様!? いったいどういう意味ですか? 魔法の鞄て……まさか魔法の鞄ですか!?」
と、ベアトリスは面白い反応をしてくれて、アウルは思わず後ずさってしまうほど俺に詰め寄った。
「ヨ、ヨ、ヨウスケさん! 魔法の鞄って、魔法の鞄ですか!? どうなんですか!?」
まあ、ベアトリスの反応とほぼ同じで面白い。
他のみんなも似たり寄ったりだ。
ふふん、掴みは完璧だ。
さて、どうやって説明しようかな。




