1-45 感謝と準備
半分不貞腐れて薬草採取をする日々が終わった3日目の夕方、それはもう上機嫌のエルは、すっきりした表情で数日前よりさらに美しくなったように見える。
日頃から鬱憤が溜まっていたのだろう。
Lv122というとてつもない実力を、おいそれとは誰かに見せられなかったのか、俺たちの前ではまるで遠慮などせず本気で楽しんでいた。
レベルという数字でしか強さが分からなかったが、エルの本当の凄さの一環を見せられ、確かにこんなのは普通の人には見せられないと思った。
元々、最奥部まで来る冒険者は少ないので他の人に見られる可能性は低い。
しかもレーダーがあるので万が一の心配もない。
俺たちは、エルにどのぐらい凄い魔法を使えるのか見せて欲しいとせがんだ。
ちょうど前方には、標的にできそうな高さ100m程の小山があり、それに向かって放って欲しいと頼んだ。
「じゃあ、ヨウスケ。みんなをあんたの結界の中に入れてあげな」
小山に穴でも開いて破片が飛んでくるほどの威力だと思い、半球状の結界を張って、その中にみんなを入れた。
エルは自分自身を包み込むぐらいの結界は張れるそうだ。
皆が羨望と期待の目で見守る中、エルはスゥーっと浮いていった。
使う魔法は雷系のようだ。
またなにか呪文のような事を叫んでいたが、かなり離れているせいでよく聞こえなかった。
そしてエルの魔法が小山に向かって放たれた。
もの凄い轟音と土煙が上がり、俺の張った結界にいろんなモノが強烈な勢いで衝突していった。
舞い上がった土煙はなかなか晴れず、エルは気を利かせて風魔法を使い吹き飛ばしてくれた。
視界が戻り、辺りを見回すと景色が一変している。
木々は倒され、岩や土砂で周りは埋め尽くされていた。
そして、前方の視界は良好だ。さっきまで見えなかった遠くまで見渡せ……
「はあ!? や、山が……山がない!!」
俺は心の声がすぐ口から出てしまうタイプなので言葉は出たが、みんな同じ気持ちのようで、声こそ出てないが口を開けたまま凝視して動かなかった。
これではストレスも溜まるだろう。
これほどの実力がありながら、ギルド長なんて椅子に座って大人しくしているのだから。
「いやあ、久しぶりにすっきりしたー。どうだ、驚いたか? あたしの実力は凄いだろ?」
凄いなんてレベルではない。
得意げに自慢するエルに反論する余地もなく、いつもの軽口さえ出てこなかった。
みんなはエルの周りに集まり褒め称え、特にフローラは大はしゃぎで「すごいすごいですー、エル様!」と連呼していた。
しかし、俺は別の事を考えていた。
この人を倒せる人なんているのか?
でも、佐藤は間違いなくエルより強かったはずだ。
その佐藤が何かに敗れた……
俺はなんで詳しく聞いてこなかったのかと後悔した。
あのときは、全く役に立たない情報だと思って、深くは聞かなかったことが悔やまれる。
可能性としては一人では絶対に抜け出せない罠にハマったということも考えられる。
だけど、もし……もし、まともに戦って勝てなかった何かがいたとしたら?
俺は怖くなって身体が震えそうになった。
成長速度が違うのだから、間違いなく佐藤の実力はエルを軽く凌駕していたはずだ。
エルの実力は確かに凄い。この世界の人間ではない俺にしてみれば、人としての常識を覆される力だが、この世界の人間にはまだ受け入れられる程度で、人外と言うほどではないようだ。
――人外?
確か佐藤は人外と思うほど強くなったと言っていた。
それは、人外の何かと戦って負けたと言うことを示唆していたのではないだろうか?
そんなモノがこの世界に存在する。
それなら佐藤も詳しく教えてくれればいいのに、と聞きもしなかったくせに勝手な事を思った。
佐藤としても、これから楽しい夢のような世界へ行く俺に、無用な誤解を与えかねない情報など話す気はなかったのだろう。もし聞いていたら軟弱な俺は行かないなどと言っていたかもしれない。
それなら逆に感謝しなくてはならない。
この世界に来たことに後悔などあるはずもないし、それどころか幸せな毎日を送っているのだから。
しかしご機嫌で嬉しそうなエルに心当たりがあるかと、今聞くなど無粋でしかない。
それにいまさら佐藤のレベルがいくつだったのかを尋ねたら、それこそ勘の良いエルなら俺が何を考えているのか気付かれてしまうかも知れない。
200か? 300か?
俺はそれ以上に強くならなくてはならない。
俺の頭には当然エルから聞いた異変の話が浮かんでいる。
幸いにもエルの様子からだと今すぐではなさそうだし、時間の余裕はまだありそうだ。
それまでに出来るだけの事をして、強くなれば良いだけだ。
今はエルを褒めてやり、これからみんな一緒に冒険の旅へ出れることを喜べばいい。
そう決めると俺は気持ちを切り替えて、エルに向かって駆け寄った。
街へ戻った俺は、前回と同じ倉庫に着くと獲物を取り出してまた山積みにしていく。
数的に言えばこの前よりは若干少ない。
しかし、それはエル一人で狩りをしていたせいではない。
エルは一度に10箇所ほどの獲物の位置を聞くとすぐ飛んで行っていた。
エルほどの実力があれば、近くにさえ行けば獲物の気配を察知するのは造作もないことで、しかも色々なスキルがある。だから、時間的に言えば俺たちが狩っていたときより多いぐらいだ。
数が少なくなってしまったのは、クリスとアウルと、そして強敵のウスターシュのせいだった。
その場でピョンピョン大人しく跳ねていればいいのに、わざわざ俺とエルの転移する場所までついて来ていた。
編成を組んでいるので、自動的に経験値が入る。
しかし、それには有効範囲があった。
スキルレベルが上がれば、このスキルの有効範囲も広がるようだが、今の時点では数kmほどしか有効にならない。それを知ると近くへ連れて行けと言って、エルが獲物を倒し戻ってきて次の場所へ転移するたびに、みんながいちいち集まっていたからだ。
口では絶対に勝てそうもないウスターシュなどフローラを盾にとって屁理屈をこねた。
「ヨウスケ様、今は良いかと思います。しかし、しかしです。もし、フローラがお使いに一人で行ったとき高レベルの暴漢者に襲われたらどうするんですか? それに私の経験では旅は危険です。今のフローラでは回避出来ない危険もあります。フローラに何かあってから後悔しても遅いのです。ヨウスケ様ならその事をご理解して頂けると思います」
フローラが心配なだけなんです、という顔まで作り俺を説き伏せた。
それを断れる訳が無い。
断ったらフローラのことなど心配してないと言ってるも同然になってしまう。
面倒だとは思っても言うに言えない俺は了承するしかないが、フローラの頭を撫でながらそんな事を言うウスターシュに一つ言いたい。
あんた、アウルに仕えているんじゃないのか!
一言も心配の内容に含まれないアウルもニコニコしてないで、文句のひとつも言えと思う。
しかし、打算的な考えに取り憑かれた俺のパートナーは、ウスターシュの意見に絶賛賛同中である。
それも腹立たしい。なぜなら……
フローラを一番心配する権利は俺のモノだからだ!
俺はみんなよりスキルも成長が早いのだから我慢するのは仕方の無いことだが、フローラがどんどんウスターシュに懐いていくので、俺は不貞腐れて黙々と薬草採取をしていたのだった。
獲物を全て並び終えたが、今回はちゃんと人を揃えたので俺が手伝う必要はない。
しかし、エル一人置いていくのは気が引ける。
だから俺も残ろうかと尋ねたが、エルに明日の夕食に招待してくれればいいと言われて断られた。
今後の予定としては、明日はいろいろ準備することがあるので休みにして、明後日の出発だ。
夕食の準備が整ったら一旦全員で冒険者ギルドへ来てくれと言われたが、転移があるから問題はない。
アウルたちも準備はあるだろうが、明日の夕食は全員揃ってということになった。
翌日は朝から大忙しだった。
昨夜も夜更かしをしたお陰でついに新製品が完成した。
仕上げは残ってはいるが、大した手間ではない。
姉妹とフローラは家中の荷物をまとめて大掃除をして欲しいとお願いして、俺とクリスは食料品や消耗品などの買い物と製作を依頼していた旅に必要なモノを受け取りに行くことにした。
クリスを連れて行くのには理由があった。
馬車の製作を依頼していたのだが、乗って帰るにしても街中で走らせる事が出来るほど俺は上手くない。事故など起こしたら大問題である。
この馬車は特注品だ。
アウルの馬車は大きくはない。もちろん、そこまでは小さくないので人だけなら乗れる。しかし、見せかけだけでも、荷物を載せておかないと怪しまれるということで大きめの馬車を新たに買うことになった。
アウルが以前乗ってきた4頭立ての馬車は公爵家の持ち物なので既に帰している。
そこで、どうせならカスタマイズした馬車を一から作るように依頼をしたのだ。
本体の要所要所は金属で補強して車軸には鋼鉄を使った。
乗り心地も重要なので鍛冶屋に依頼して車軸と共にサスペンションとなるバネも作った。
そこで問題なのは車輪だ。
普通の木製車輪など重さに耐えられると思えない。かと言って、金属では滑って走らないかもしれない。
妥協案としてホイールを金属でつくり、タイヤ代わりに木を巻きつける。この木製タイヤは取り外し可能にしてスペアをいくつも作った。当然あとで魔力を付与して強化するので、かなり耐久性は上がるはずだ。それに、俺にはスキルがあるからスペアがなくなっても自分で作れる。
もちろん幌も特注だ。
強度が高い魔獣の骨を組み合わせて作られた骨組みに丈夫な布を張ってもらった。
馭者席にも折りたたみ式の庇を作り、日焼け対策も万全である。
あとは、全体を魔力で強化して結界を張り、魔力で強化したクッションを馭者席に敷いて、荷台には魔力で強化したマットレスを置けば完璧だ。
ただこれだけ金属を使っていると重くて馬が最低でも4頭は必要になってしまう。
そこで、値はかなり張るが魔ロバを購入することにした。
魔ロバは魔獣だが家畜であるロバが逃げ出して魔獣化したらしく、野生の魔獣より気性は荒くない。
サイズは馬並みだがパワーは桁違いの魔ロバは、生け捕って調教したあと高値で取引される。
もちろんこの街にはいなかったのでアウルに頼んで、依頼を出してもらっていた。
所詮はロバなので魔獣化してるとはいえ、馬並みの早さしかないと言っていたが十分すぎるほどだ。
次に向かったのは、いつもの洋裁店だ。
貴族の若様風の服と執事服を3着ずつ、そしていくつかの特注品を受け取った。
すでに何度も高額の代金を払っている俺は上客なので店主は非常に残念そうだったが、店主は俺のセンスを気に入っているので、俺のデザインした下着の販売許可を出してあげた。
これによって店主は新たな顧客を得ることが出来るだろうし、俺も見知らぬ美女があれらの下着を着用している姿を想像して喜ぶ事が出来てお互いの利益になる。
名残惜しいが同士と再会の約束をしたあと握手をして別れた。
あとの買い物だが、いつも通り必要だと思ったモノ全てを買い漁った。
まあ、さすがにポーション類は買っていないが、エルがスキルさえあれば作れるようになると言って作り方を教えてくれたので、旅の途中で薬草集めをする予定だ。
昨日までに集めた薬草はちゃんと全部売ってあげたので、在庫はない。
MPポーションはエルと俺しか使っていないのでまだ残っているが、スタミナ回復ポーションは早急に作る必要がある。
俺としては、そのこと自体も新たな実験のネタが出来たと考えていて楽しみだった。
今夜はエルとのしばしのお別れパーティーだから、盛大にするつもりだ。
当然、佐藤肉店の惣菜のオンパレードにするつもりだが、デザートも用意する予定である。
エルも甘いものが好きなら嬉しいが……。
全ての買い物を終わらせた俺は、クリスに頼んで馬車を走らせ帰路についた。




