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1-44 失言と有名

 翌朝、ベアトリスが俺たちを起こしに来た。

 あのあと、結局朝方近くまで起きて実験をしていて、クリスもずっと一緒に起きていた。


 朝食の準備が終わっても、俺たちが起きて来ないので起こしに来てくれたようだ。

 

「おはよう、ベアトリス。あ、わざわざ俺たちの服を持ってきてくれたんだ?」


 さすがに実験を服も着ないでやるのは、ちょっと変態にしか見えないので、二人とも下着だけは着けている。


「おはようございます、ご主人様、クリス様。着物アーマーが荷物部屋に掛かっていましたので、ドレスアーマーと一緒にお持ちしました。でも、下着はいらなかったみたいですね」


 ベアトリスはクスクス笑いながら服を俺に手渡した。

 まあ、いつも寝ているときは何も着ていないのだから、ベアトリスの配慮も間違ってはいない。


「ははは。また実験してたから、さすがにね」


 眠そうな俺を見て「ちゃんと寝ないと身体を壊しますよ」と、ちょっと呆れながらベアトリスは答えて、俺とクリスが服を着ているあいだに、ベッドメイキングを始めた。


 突然、ベアトリスの手が止まった。


「え? 確かクリス様の月のモノは、この前……はっ!」


 ベアトリスは何かに気付き、慌ててベッドのシーツを外して丸めていた。

 俺は完全にバレたなとは思ったが、ここはまたしても聞こえなかったフリが得策だ。


 ベアトリスはそれ以上なにも言わず丸めたシーツを持って先に部屋を出ようとしたが、気が変わったのか、俺の近くへ寄ってきた。

 何を言われるのかと不安で緊張の面持ちになっている俺に、普段のエルとそっくりの笑顔を見せながら耳打ちしてきた。


「ついにやりましたね、ご主人様。4番目になっちゃって遠のいたと思っていましたけど、意外と早く私の番が来そうで嬉しいです」


 なぜか、日に日にエルに似てきたような気がするベアトリスは、俺の頬に自分の唇をそっと触れさせると、さっさと部屋から出て行った。




 食事を済ませ準備を整えると、まずはアウルたちを拾って、そのあとエルの家へと転移した。

 家の扉を叩くとエルはすぐに出てきた。

 俺が帰ったあと遅くまで掛かったはずだが、全く疲れや眠気があるようには見えなかった。

 高レベル者はスタミナも段違いのようだ。


 そのことではなく、別の非常事態が発生していることに驚き、俺は目を見開いた。

 ――エルがドレスアーマーを着ているのは分かっていたことだ。

 

 しかし、予想以上にドレスアーマーが似合う!

 そして、驚いた真の理由とは……エルが化粧をしてるということだ!

 

 それは、めまいを起こすほどの衝撃だった。

 どこかの貴婦人なんてレベルを通り越して、絶世の美女と言っても誰も否定しないだろう。


「ヨウスケ、おはよう。ちゃんとあんたが作ってくれたドレスを着たぞ。どうだ、似合うか?」


 もう口調がどうこうなんてマイナス要素など、どうでも良いと思えるほどで、俺の作った下着もちゃんと着けていると補足説明をされたときは、鼻血が出るかと思った。


 突如、俺の腕に少し痛みが走った。

 いや、痛くはないが、腕を組んでいるクリスに力を込められたようだ。

 おかげで、幻想の世界にまでトリップしていた俺は現実世界に回帰できた。


「あ、エ、エル、おはよう。凄く似合ってて美人に見える」


「あんたねー……。じゃあ、今まで美人には見えなかったと言うのか? いつも美人だろうが」


 俺はこんなときに気の利いたセリフを言える男ではない。

 失言を取り消そうと言えば言うほどドツボにハマりそうだ。


「えっと……凄く似合ってていつも以上に美人だ」


 とりあえず、言い直すだけにしたが、幸運なことにエルはそれで満足してくれた。

 そして予想以上に上機嫌となったエルにクリスが挨拶をした。


「おはようございます、エル様。……やりますわね」


「おはよう。ふふん……まあ、あたしも女だったということだ。だけど、競うつもりはないから心配せんでもいいからな」


 俺の失言を気にしているようだが、いつもちゃんと女性に見えているし、競わなくても二人とも美人だ。


「大丈夫だよ。二人とも美人だもん。競う必要なんかないよ」


 俺は気を利かせてクリスとエルを宥めた。

 すると、二人は何か残念そうな表情で俺を見つめた。


「嬢ちゃん、これだからな? 競う意味すらないだろ?」


「確かにそうですわね……」


 そしてなぜかアルヴァとフローラ以外の全員から、ため息が聞こえた。




 なにが問題なのかいくら聞いても誰も教えてくれないので、俺はブツブツ言いながら森の最奥部に転移した。


 張り切っているエルが、まず最初にやりたいと言い出した。

 子供みたいに目を輝かせているエルには、苦笑しか出ないようで、誰も不平を言わず一番手をエルに譲った。

 レーダーで周囲を調べて、近くにいた魔ボアに向かって転移した。


 その直後、間髪入れずにエルは魔ボアに向かって「ヒャッホー」と叫びながら飛んで行った。


 え? 飛んで行った?


「「「「「「え――――!? 飛んだ――!?」」」」」」


 そして、エルは叫ぶ。


「舞え! 風のやいば!」


 エルは空中に静止したまま、見るからに凶悪そうな風を巻き上げさせると、魔ボアに向かって放った。

 

 結果を一言で言えば魔ボアを倒した。

 問題は何も残っていないことだ。

 いや、正確には残っている。――いくつかの破片なのか肉片なのか分からないモノが。


「……エ、エル――――!! 売るんだからね! それに……完全に自然破壊だよ、これ!」


 魔ボアを見る影もなく切り刻んだエルの魔法は、それだけでは止まらず5mほどの幅で伐採作業を行い、それはかなり先まで続いていた。


「あれ? 加減を間違えたかな? 弱い魔法使ったんだが、勘が鈍ったかな?」


 なんて、言っているが、弱い魔法だったとは驚きだが絶対に加減は間違えていない。

 

 だって、刃って言ったよね!? やいばって!

 最初から切り刻む気満々だったよね!


「エル……イロイロと聞きたい事があるんだけど、2つで我慢するから教えてくれる?」


「おや? 2つもあるのかい? まあ、仕方ないな。いいぞ?」


 もっと、たくさんある! と、叫びたいが、俺は男だからここはグッと我慢だ。


「……まず、呪文なんてあるの? それらしきことを言ってたけど」


 Aランクのウスターシュすらそんな話は言ってなかったし、実際に無詠唱で使っている。

 せいぜい、掛け声ぐらいである。

 以前、初めて転移したときは言ったが、あれは念の為に言っただけで、何か効果があったかどうかも分からない。


「あれは呪文じゃないよ」


 そう言うと「まあ、呪文も存在するんだけどな」と、意味深なことを付け足した。


「あれは、魔法を形としてイメージしやすいように言葉を発しているだけだ」


 魔法は発動させる前に当然どんな形にして出すかをイメージする必要がある。そこで、自分で考え出した魔法に命名したり、呪文のような文言を付けることによって、イメージする速度が早まる。その結果、魔法を発動させるまでの時間のロスが激減するそうだ。


「ほかにやってる魔術師がいるかどうかは知らないが、格段に早くなったぞ?」


「――と、いうことはエルは自分で気が付いて試すようになったの?」


 たぶん違うだろうとは思ったが、一縷の望みをかけて聞いてみた。


「いや、ゴンジュウロウがいろんな名前を付けて魔法を使ってて、あたしも試したら効果があったから、それ以来はもう習慣になったな」


 それは、佐藤が中二病患者だと確定してしまった瞬間だった。

 そして、俺も堂々と中二病を発症させて良いのだと確信できた瞬間でもあった。


 精神状態が【大興奮】になった俺は全員が目の色を変えて待ち構えてる2つ目の質問に移った。


「……で、どうやって飛んだの?」


 誰のか分からない生唾を飲む音が聞こえた。


「ん? 飛べないのか?」


「飛べるわけないでしょー!!」


 意外だったと言わんばかりの表情を見せるエルに思わず叫んでしまった。 


「まあ、実際は飛んでいるわけじゃない。浮いているんだ」


「どっちにしろ吃驚びっくりですよ! でも、移動しましたよね!?」


 冷静に聞き返せるほど落ち着くことなど出来ず、思わず敬語に戻ってしまった。


「風魔法を自分に纏わせて移動してるんだよ。だから、レベルや魔力、素質で速さも継続距離もだいぶ変わるぞ? ちなみに、あたしは風魔法が得意なんだ」


「それで、どうやって浮くんですか!?」


 もう全員が焦れてきている。クリスなど俺の首を締め付けそうなほどだ。本人には全く自覚はなさそうだが、平然と話して焦らしているのはエルなのに。


「ジャンプのスキルが昇華するとハイジャンプになるだろ?」


 むろんそれすら知らない。魔法を覚えてからは身体能力を向上させるスキルをほとんど使っていないからだ。


「それで、ハイジャンプを昇華させると浮遊のスキルを得られる。どの段階で覚えるかはその人個人のセンスだからなんとも言えんよ」


「じゃあ、この前の消えるぐらいの早さも?」


「あれもそうだ。ダッシュから縮地、そして神速になる。でも、あのぐらいの距離ならあたしでも転移できるぞ?」


「え? でも、スキルはないですよね?」


「……やっぱり、あたしのステータスを見たんだな? このエロ旦那! それで、なんで気づかないんだ?」


 なぜ俺はこんなに、うっかりさんなのだろうか。

 少し滝にでも打たれて修業した方が良いのではないかと思う。


「だって、スキルがありすぎて全部なんてめんどくさくて読めなかったんだもん。魔法ぐらいは見たけど……」


「あと、年や精神状態もだろ? このエロエロ旦那! 空間魔法のスキルはないが、その程度なら転移できるってだけだ」


 1個増えた、エロが。

 みんなから送られる白い目が痛い。

 いったいどっちの意味でだろう……


「……じゃあ、どうやって昇華させるの?」


 しかし、この質問さえクリアすれば、みんな俺のことなど『そっちのけーのけー』になるはずだ!


「使うだけだ。たくさんな」


「スキルを?」


「そうだ。ジャンプを使ってハイジャンプを覚えたらハイジャンプを使う。簡単だろ?」


 聞くだけなら簡単だが最大級の落とし穴がある。


「ちなみに何回ぐらい?」


「何十回か……何百回か……」


 そのぐらいなら想定内なのだが……


「……何千回か、個人差があるから分からんよ」


 こんなことだろうと思った。そんなに簡単ならみんな飛んでいるのだから。

 

 この事実に皆が落胆するかと思いきや燃えている。

 みんなの目が燃えに燃えて、クリスなど俺に向かって手を差し出している。――スタミナ回復ポーションを要求しているのだ。

 俺と編成を組んでいて成長が早いのだから、期待するのも当然だろう。


 予期はしていたのだが、ここでウスターシュが皆の気持ちを代表して意見……のようなモノを発言した。


「ヨウスケ様。実はワタクシども全員なのですが、今日は具合が悪いのです。このような日に狩りをするなど危ないと思いますので、狩りと薬草採取はエル様と……ヨウスケ様のお二人にお願いしたいと思います」


 ちゃっかり薬草採取まで織り交ぜている。――年の功と言うやつか!


 俺は手持ち全てのスタミナ回復ポーションを並べ、クリスの「それでは足りませんわ!」という無言の圧力に負けて、街まで一人で転移した。


 商店の店主はあからさまに嫌そうな顔をしたが、材料の薬草は近日中に集まると説明するとコロッと態度を変えた。補充されると分かれば大量に買っていく俺は上客である。


 店主は他の店にまで話を通し、俺はスタミナ回復ポーションまで買い占めた男として有名になった。


 これによってどうなったかと言えば、クリスたちは一日中飛び跳ねて、エルは狂気乱舞で獲物を狩り、俺はエルに獲物の位置を教えながら一日中黙々と薬草採取の日々を3日間続けることになった。


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