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1-41 誤解と理解

 エルに頼まれて魔獣を大量に狩る『魔法ぶっ放し大会』は翌日からも続けられた。


「たまには俺にもやらせてくれない? 転移ばかりじゃ飽きちゃうんだけど」


「あなたはこのチームの局長でキーパーソンなのですから、わたくしたちはあなたを守る為に強くならなくてはならないのです」


 ――なんて、言葉は違えど同じような事を皆が答えたが、ただ自分たちが楽しくて俺が参加することによって順番が遅くなるのが嫌なだけに決まっている。


 俺は空間魔法だけが精度を増していき、転移ポイントのズレもほぼ無くなった。

 そして、空間魔法がレベル6になったとき、座標指定が出来るようにもなった。


 踏破エリア内であれば、座標を指定することで行ったことがなくても転移できるということだ。

 踏破の解釈は自分自身を中心に一定の範囲が踏破エリアとして表示される。

 しかも周囲探索スキルのレベルが上がるごとにその範囲は広がっている。


 今までは自分が直接行って視認したことがある場所か、人物や魔獣を指定しないと踏破エリア内でも転移することが出来なかった。

 しかしこれで、うっかり公衆浴場の女子風呂が覗ける場所へ転移したり、密会場で何かしている人をこっそりウォッチングすることも可能になった。


 夢はますます増えるばかりである。

 素晴らしきかな異世界人生。



 

 その翌日、今日はエルに会いに行く日だ。 

 3日間で300匹以上の魔獣を狩り、とりあえずの成果として満足する結果が出せた。


 相変わらずなのだが、クリスと腕を組んで冒険者ギルドのなかへ入ると、その場にいた冒険者たちは皆ギョッとした顔で俺たちを見つめた。

 当然、俺たちのことを知らない連中もいて、最初は嘲りや欲望丸出しの目で見ていたが、他の仲間に何かを囁かれると途端に顔色が変わり目を逸らせていった。


 おかしい。

 絶対に、これはおかしい。


 前回きたときは、帰りがけに冒険者からいろんな負の感情を込めて見られていたのだが、今は完全に恐れられていて、明らかに避けられている。


 あちこちから「あれが悪魔の……」とか「非情の……」やら「さすが女神の……」などと聞こえてくる。

 聞き耳スキルはあるが、嫌な予感しかしないので使わないようにして無視し続けた。


 ドリアーヌのカウンターに並んでいた冒険者たちは一斉に他のカウンターに並び変えて、キョトンとするドリアーヌが見えた。

 そして俺たちに気がつくと、挨拶をしてすぐにエルを呼びに行った。


 エルは2階から下りて来ると俺に近づき、挨拶の前にクリスがいる場所とは反対側の腕を取り、さも当然のように組んできた。


「待ってたよ。寂しかったか? じゃあ、さっそく行くか」


 これではまるで俺が会いたくて来たみたいではないか。

 しかも、これからイカガワシイことをヤりに行くと言ってるようにしか聞こえない。


「エルー! ご、誤解を招くようなこと言わないでよ」


「誤解? 誤解なのか? ヨウスケはあたしに会えなくても寂しくなかったと言うのか?」


 きたない!


 これを否定したら男として失格である。ただでさえ嫉妬に駆られて冒険者たちに襲われかねない状況なのに、これを否定したら『容姿も大したことないくせに高飛車な奴だ』と無用な恨みまで買ってしまう。


「そんなこと……ないよ。俺も会いたかったから」

 

 日本にいた時ならこんな気障なセリフなど言えなかった。

 まあ、その前に言う相手もいなかったのだが……。


 ――にしても、不気味なほど今日は冒険者たちが過剰反応をしてこない。

 ギルドを出て倉庫へ向かって歩いていく途中、エルが何か知っているかと思い尋ねてみた。


「なんか冒険者たちの様子がいつもと違うんだけど、エルは何か知らない?」


「そうか? じゃあ、さっそく効果があったんだな」


 何をしたのか分からないが、原因はエルらしい。しかも、エルは嬉しそうな表情ではあるが、どことなく昨日俺が夕食時にクリスから注意された笑みに似ている。


「エル……何をしたのか、正直に言いなさい」


「特に隠すような事はしてないぞ? ただ、ヨウスケが若いときからゴンジュウロウを知っていて、色々伝授されていると言っただけだ」


 どちらかといえば今より年上のときで、伝授されたのは惣菜作りのコツぐらいなのだが……。

 しかし、それだけではないはずだ。それだけなら、エルがこんな顔で嬉しそうにしている理由がない。


「他にも何か言ったでしょ?」


「え? い、いや? た、大したことは言ってないぞ?」


 あからさまに怪しい。

 屈指の実力者であるエルがここまで動揺しているのだから、大したことじゃなくないはずだ!


「ただ、ヨ、ヨウスケがそれから10年のあいだ自分で修行して強くなったのは、ゴンジュウロウの代わりにあたしを守りたいからで、既に嫁は一人いるが結婚して欲しいと申し込まれたと説明したんだ」


「――まるっきり嘘じゃないですか!」


「まるっきりではないだろう! ヨウスケだってあたしを守ろうと思って結婚してくれるんだろ? 若干、後付けになってしまっているがな」


 若干ではない。

 完全に後付けである。


「だから、あたしはこんな若い男と結婚するのはさすがに恥ずかしいと思ったんだが、ヨウスケの熱意に負けて結婚を承諾してしまった、と皆に伝えるようにと付け加えて説明しといた」


「しといた、じゃないですよ! それじゃあ、まるで俺が佐藤さんの弟子でその名声をかさに着て傍若無人な振る舞いをして、しかも元嫁のエルに結婚を強要した、としか聞こえないんだけど!」


「そ、そんなことないさ。事実、奴らは有望な若い男を捕まえたあたしを羨ましそうに見てるんだからな」


 それも違うと言いたい!

 奴らはエルを捕まえた俺を(・・)羨ましいと思っているんだ!


 しかしながらクリスが「あなた! エル様の女心を分かってあげなさい」などと、自分も分かっていないくせに援護射撃をするので、俺は沈黙するしかなかった。




 ギルドを出てから5分ほどでエルが借りた倉庫に着いた。

 10m四方ぐらいの広さで高さは工場のように2階まで吹き抜けている。


 この大きさでは一気に出してしまうと建物を壊してしまう可能性がある。

 とりあえず50匹取り出して並べているとエルが「3日間にしては少ないな」と、呟くのが聞こえた。

 実際は3日間でこれほど狩れる冒険者など殆どいないだろう。

 それは実力の問題ではなくて、獲物を発見するのに時間を要するからだ。レーダーに加え転移が使える俺の収穫としたら少ないということだ。


 俺は何も言わずさらに50匹出して並べていき、そしてさらに50匹出して積み上げていく。

 エルの目がだんだん見開かれていくが、それも敢えて気付かない風を装い、全ての獲物を取り出すと、倉庫を埋め尽くす魔獣の山となった。


 順番に取り出したお陰で正確には315匹だったと分かったが、200匹を超えた段階でエルの反応はそれ以上変わらなかったので少し残念であった。


 エルは唖然としたまま山を見つめていたので、俺は親切に獲物の状態を説明してあげた。


「これ全部そのままで血抜きもしてないから早く処理した方がいいよ。殆ど傷はないから上質だし、倉庫に置けって言ってたから血生臭くならないように魔珠も取り出してないから宜しくね。あ、ストレージにすぐ入れたから鮮度は抜群だよ」


 しかし、エルの反応はイマイチだ。せっかく教えてあげたのに!

 

 少し間を置いたあとエルはぎこちない動きで俺の方を向いた。

 そしてなぜか、説明までしてあげた優しい旦那様に向ける目はどことなく批判的だった。


「あたしがこれを頼んだ翌日に、商業者ギルド長が怒鳴り込んで来たんだ」


「え? 何か問題でもあったの?」


「彼が言うにはだな、布を纏ったような服を着て棒を腰に差した男が、ある店のMPポーションを大量に買っていったそうだ」


 それなら儲かったんだから文句はないんじゃないの?

 確かその日はお昼に転移をして街へ戻り、俺もたくさん買ったけど、誰かが問題でも起こしたのかな?


「その男は中級レベルのMPポーションを在庫全て買ったあげく、数本しか置いていない高級なMPポーションも全て買い、しかもそれじゃ足りないと安いMPポーションまで全部買って行ったそうだ。商人には見えないから風体は変だが冒険者だと思ったと言っていた」


「儲かったんだから良かったじゃない。それの何が問題なの?」


「それが一件だけならな。しかしその男は、何件にも渡って同じく全て買って行ったらしいぞ。おかげで商業者ギルドにあった多少の在庫以外どこにもMPポーションがないから大騒ぎになっている」


 良かったー。もうちょっと遅かったら俺も買えないところだったよ。


「ふーん、そんなに稼いでる冒険者もいるんだねー」


「――あんたのことだ!!」


「は? 俺が? そんなにたくさん買ってないよ? 安いMPポーションは500本ぐらいだし、中級だって100本程度、それに高級MPポーションなんて20本もなかったし」


 皆が遠慮なしに魔法を使うのでMPポーションが大量に必要になったのだ。もちろん一番使ったのは俺だが全員レベルが上がって魔力の最大値が高くなっているため安いMPポーションでは大した回復はしなくなっていた。


「それで全部だったんだ! この街はそんなに大きくないんだからな! いいか、MPポーションなんてのはHPポーションと違って、普通は保険のようなもんなんだ。安いものだって言うほど安くはないだろうが。あんなもん使って狩りをしてたら稼ぎがマイナスになる!」


 言われてみれば確かにそうなのだが、まさか大量に品物を買って怒られるとは思わなかった。

 仕方なく、事情を話してどうやって狩りをしたのか説明をした。


「全く、お前たちは……随分と楽しんでるじゃないか。――ちょっとずるくないか?」


 怒っていたはずのエルは、説明を聞いて不満そうな顔になり誰に対してかは分からない不平を述べた。


「こういう狩りの仕方のこと? でも、大量に狩って来いと言ったのはエルだし」


 とはいえ、貴重なMPポーションの無駄遣いをして街に迷惑をかけてしまったので、明日からは効率の良い狩りの仕方に戻すしかないと考えていた。

 ――エルの本心が飛び出すまでは。


「違う! そんな楽しそうなことをやってんのに、なんであたしを誘わないんだ! あたしはヨウスケの嫁なんだぞ! みんな一緒じゃなかったのか!?」


「「「「「「…………」」」」」」


 今、フローラ以外全員が思ったと思うが、もしかしてエルはバカなんじゃないだろうか?

 いや、言い方が悪いな。もしかして、エルは俺やアウルに匹敵する冒険バカ……冒険好きなんじゃないだろうか?前にそんなことを言っていた気がするが、ギルド長という立場や将軍という大物でもあるから、ここまでとは思いもしなかった。


 それなら佐藤に対してあれほど怒っているのも頷ける。

 改めてエルに親近感が湧いて、嫁としてというより心から信頼出来る仲間になれると思った。


「一緒に行くのはいいけど、仕事はどうするの?」


「娘を迎えに行くためには陛下に長期休暇を申請しなくてはならなかったから、ずっと働き詰めだったんだ。まあ、陛下はお優しい方だからすぐに許可を頂けるとは思ったが、それでは周りに示しがつかないからな。しかし、ヨウスケのおかげでその手間はなくなった。だから数日休むぐらい誰も文句は言わないさ」


 それならいいが、まだMPポーションの問題が残っている。


「でも、MPポーションを返さなくていいの? エルまで参加したら数日で手持ちが全部なくなっちゃうと思うけど」


「ヨウスケのことだと思ったから、あたしが冒険者ギルド長として依頼を出し、早急に材料の薬草採取をさせると言ってある。それに薬草採取に影響が出てると言ったろ?だから商人たちは余計にピリピリしてるんだ」


「手間をかけさせちゃってごめんね。でも、それなら問題はないか」


 俺が安堵した表情を見せると、エルは俺の顔をジーッと見つめ、何かに気づけと催促しているような感じになった。


「ま、まさか、俺たちがやるの!?」


 俺はまさかと思いながらもエルならアリエルと考えていたら、エルはニンマリと笑って俺の考えを肯定した。


「ちゃんとあたしもやるから。どうせ一人ずつしか戦わないんだからみんな暇だろ? ヨウスケのレーダーがあれば探すのなんか簡単だし、材料の薬草はあたしが知ってるから問題ないよ」


 そう言ってはいるが、もう、MPポーションの事などどうでも良いと思っているようにしか見えない。

 エルの喜ぶ姿を見る限りは『魔法ぶっ放し大会』にしか興味がないように思える。


 そうなるとレーダーで獲物を探して転移して、転移したらレーダーで薬草を探して、獲物を倒したら、またレーダーで獲物を探して……の繰り返しで、俺だけが苦労しそうな気がする。

 しかし、まだ結婚していないとはいえ大事な嫁でもあることだし、こんな嬉しそうな姿を見せられたら断れない。それにまたもや自分が招いた問題でもある。


 エルの立場を考えたら素直に従ってあげるのが夫の務めであろう。


「はいはい、分かったから。じゃあ、明日迎えに行くから、ちゃんとドレスアーマー着て待ってて……」


 「よ」と、最後の言葉を言おうとしたとき、目の前にエルがいた。

 Lv122とは、ここまで凄いものなのか。5mは離れていたはずなのに、気がついたら顔と顔が触れ合う程の位置まで近づいていた。スキルを使ったとかそんなレベルではない。意表をつかれたのは間違いないが、万全を期して待ち構えたとしても反応すら出来ないと思った。


 そしてエルの次の行動は今の移動速度ほどではないが、俺にはそれ以上の速さに感じ、実際それは瞬く間に終わっていた。


 エルは顔をさらに近づけると俺の唇に自分のそれを重ねた。

 そして、その直後には元にいた場所に立っていた。

 

「ヨウスケは優しいねぇ。それにホント可愛いよ。あたしは本気で惚れちゃいそうだ」


 いつの間にか元の場所にいるエルには驚いたが、今はそれどころではない。

 その前……その前だ! エルは何をして、俺は何をされたんだ!?


 それを理解するにはかなりの時間を必要とした。

 そして理解したあとは、顔を真っ赤にして「あうあう」と訳の分からない言葉を繰り返すしか出来なくなって、そのまま立ち尽くした。


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