1-40 慎重と順番
誰からも祝福してもらえない血塗られた道を進んでいると、人にはいろんな感情があるのだということを知ることが出来た。
人間には数多の負の感情があり、正確な数など知らないが、少なくともその半分は今俺に向けられている気がする。
クリスはいつも通り、周りのそんな感情など知ったことではないという様子で我が道を進む。
腕を組んでいるのだから当然一緒に歩いているのだが、俺は針のむしろといった状態である。
エルに至ってはもうハッキリ分かる。
間違いなく喜んでいる。化粧っ気のないエルは、それでも30半ばにしか見えない。
しかし今は、もっと若く見える。もし、化粧をして着飾ったら30歳ぐらいに見えるかもしれない。
わざわざ皆の前で俺と腕を組んだ理由は、もしかすると『あたしだって、若い男を捕まえられるんだ』と、アピールしているのではないだろうか。
俺たちが起こした先ほどの騒ぎの中、一番美味しいところで登場したこともあり信憑性は高い。
そう考えると、自分がモテるなどと思っていないエルは、はた迷惑なことに俺への嫌がらせではなく、冒険者たちに自分も女であることを見せつけたかったということになる。
どこかで聞いた話だと思ったら、自分と同じだと気が付いた。
違う点があるとすれば、エルは自分で気がついていないだけで本当はモテるが、俺は一部の例外を除き正真正銘モテないということぐらいだ。
まあ、大した違いではない。――と、思う。
そんなエルの気持ちを察して思わず苦笑してしまうと、それすらも周りからは勝者の余裕の笑みと見えるようで危機感知アラームの音は一段と激しく鳴り響いた。
外へ出ると扉の向こうから悔しそうな顔をした冒険者が幾人かこちらを見ているが、声は届かない距離まで離れている。
「あともう少し街にいるんだろ? じゃあ、悪いんだが強そうな魔獣を出来るだけ狩って来てくれないか?」
「? どういうことですか?」
「最近、かなり数が増えてきたようで危険なんだ。薬草採取などにも影響が出始めて困っている。だから、間引いて欲しいんだけど、ヨ……ヨウスケは……」
え? 今まさか、デレた? デレたのか!?
「ヨ、ヨウスケは周辺探索の裏スキルがあるからいくらでも発見できるだろ? ストレージがあるから持ち帰るのも問題ないし」
しかも、頑張って普通の口調で話してる。
あらやだ、カワイー!
これから、エルちゃんと呼ぼうかな。
「き、聞いてんのかい!?」
「聞いてますよ、ギルド長。転移を使って移動時間を短縮して大量に狩ってくればいいんですよね?」
「エルと呼べって言っただろ! あたしは頑張ってんのに!」
まあ、俺の実年齢は25歳だしエルは見かけが若いのだから、そんなに気にする必要ないか。
「分かりましたよ、エル。それでその大量の獲物はどうするんですか? 不自然過ぎて売るに売れないですよ。アウルも一緒に狩りへ出るから、そんな暇ないですし」
エルは満足げに頷くと俺の問いかけに答えた。
「あたしが倉庫を借りておくから、そこへ置いてくれればいい。知り合いの商人に引き取らせる。まあ、冒険者ギルド長のあたしが大量の獲物を売っても、出処を詮索する奴なんかいないからな」
「分かりました。じゃあ、とりあえず3日後に一度来ますね」
「べ、別に毎日来てくれても構わないんだぞ。しかしまあ、毎日来るのも手間だしな。じゃあ、3日後な。それと敬語もいらないからな」
可愛すぎる!
絶対、冒険者たちに見せつけたくて仕方ないのだ。
多少は俺に会いたいと思ってくれてるのかも知れないが、同類の俺にはエルの気持ちが非常に良く理解出来た。
エルと別れて帰りの道中に話しながらもなんなので、というか転移をするので道中などはないから、アウルたちもウチに寄ってもらい夕食を一緒に食べようと誘った。
姉妹とフローラに夕食の準備を任せて俺とクリス、アウルとウスターシュはソファーに腰掛けて話を始めた。
ちなみの今夜の献立は、鶏肉と卵を使い醤油だしで味を付けた料理をご飯に乗せて食べるあれだ。
名前は忘れてしまったが、なんとか丼というやつである。
エルが娘をもらってくれても良いと言っていた話と関連性はない。
エルが俺と結婚したいと言い出した理由を話し、それは極秘であるらしく詳しくは分からないと付け加えた。
クリスの実の兄であるアウルは俺が新たに嫁をもらうことに難色を示すかと思ったが、さすが大貴族の息子は捉え方が違った。
「そんなことが……。規模は分からないようですがエル様がそこまで言われるのでしたら、間違いなく大きい騒ぎになりますね。結婚という手段は有効で非常に効果があると思います。そうなると信用できる仲間や、出来れば妻を増やしていくのがエル様のためになるのではないですか?」
「な、なに言ってんの、アウル! 仲間はともかく妻なんてそう簡単に増やすわけにはいかないでしょ!」
もちろん、増やせるものなら増やしたい。しかし、クリスが怖い。嫉妬しないとか言ってたのに、最近は鈍い俺でも分かるぐらい、俺の動向をチェックしている。他の美女を見てエロい妄想などしていると、すぐに気づかれてしまっている。
「いや、私も驚きましたが今日1日で2つもレベルが上がりました。全く、サトウ様といいヨウスケさんといい人を驚かすのが大好きなんですから。――ですが、それゆえに仲間は選ばなくてはなりません。サトウ様がなぜ仲間を増やさなかったのか、やっと分かりましたよ」
「ハハハ。でも、仲間を増やすのは分かるけど妻を増やす理由は?」
ここは慎重に話を進めねばならない。
運命の分かれ道といっても過言ではないのだから、慎重に度が過ぎてもいいぐらいである。
「私たちの冒険は浪曼を求めてのことです。だから、同じ想いの人でなければ私としても仲間など増やす意味はないと思います。そして仲間になった相手が女性だった場合、後日問題になる可能性があります。なぜなら、誰かと恋に落ちて結婚を望むとしたら、相手の男性はどうします? もし、ロクでもない男だったときは、その女性を仲間から外すのですか? 秘密を知られたまま野に放すのは非常に危険だと思いますよ」
「んー。考えすぎじゃない? それなら男だって同じことが言えるし」
「ですが、そのぐらい慎重にならねば。今後、仲間にしたいと思う人物に出会っても、信用出来るかを見極める必要があります。その点から考えると男は冒険や浪曼に憧れる私たちの同類が多いと思いますし、なんでしたら仲間にする条件として従属をさせれば問題もありません」
従属? 奴隷にしろってことか。
それはやりすぎだと思うけど、俺の考えの方が甘いのかな。
俺の秘密に加えて国が関係する極秘事項に携わるのだから、アウルの意見が正しいのかも。
――って、そんなことより、妻の問題が重要だ。
クリスのように一緒に冒険をしたいと思う夢や浪曼を持っている信用できる女性であれば、妻として迎えてしまうことで問題はなくなると言いたいのは分かるが、クリスはどう思うのかが心配である。
実際問題として、妻にする理由に愛が重要視されていない。アウルの意見はやはり貴族的だと言える。
もちろん、自分たちと同じような夢がある人物でなければ仲間にする理由もないので、無原則に妻を増やすことを推奨しているわけではないのだが、どう答えれば良いのか迷うところである。
「クリスは俺に妻が増えるのはどう思う?」
これが無難な流れであろう。
「そうですわね……。最近なぜだか分かりませんが、あなたが他の女性を見ているとイラつくことがあるのです」
アウルとウスターシュが目を剥いて驚きの表情を見せてお互いを向き合った。
まさかと思うがクリスに嫉妬という感情が芽生えたのかもしれないからだ。
「ですが、エル様のようにあなたのことを好いて、あなたを大事に想う女性であれば問題ありませんわ。第一夫人として夫が女性におモテになるのは鼻が高いです……あら? 私、前と全然違うことを言っているような?」
惚気けた?
クリスが!?
アウルとウスターシュはこの世の終りを見たような顔をしているが、ある意味、俺に失礼じゃないかと思う。
このままでは、話が進まないので俺がまとめることにした。
「まあ、そのとき考えよう。全員が仲間にしても良いと思って、相手が俺との結婚を望むならね」
「そうですね。そのような女性が現れた時に考えましょう」
いち早く現実に戻って来たアウルが賛同してこの話は終わった。
そのあと鶏肉を親、卵を子として考えることが出来る丼ものをメインとした夕食を食べていると、何度もクリスに「あなた、気持ち悪い笑みをしてますわよ!」と、注意をされた。
夕食が終わり、転移でアウルたちを家まで送った。
明日は目一杯獲物を狩れるように早めに寝ることにして、修練を非常に濃いエキスを放出した時点で終わりにした。
翌朝、アウルを迎えに行って森の最奥部に転移した。
レーダーの設定を一定以上の強さがある魔獣だけの探索に変えたが、それでもかなりの数がいることが分かった。
この数に対して俺たちが数日で狩れる数などたかが知れているが、間引く必要は確かにある。
このレベルの魔獣が溢れて森の入口付近まで来たら、確かに大惨事を招くだろう。
俺は近くにいる魔獣から狩ることにして転移を繰り返した。
誰かが魔法を使い獲物の足止めをして、俺とクリスが剣を使い仕留める。
効率良く手っ取り早い方法なのだが、段々飽きてきてすぐに狩りの方法が変わった。
一人が遠慮なしで魔法を使い一撃で獲物を仕留める。
ただし、売れないと困るので、消し炭などにしてしまわないように出来るだけ傷つけない。
ゲームのようなルールまで決められて順番に魔法を放った。
皆は「次は私が!」と、言って熱中し始めて、転移を繰り返すだけの俺はMPポーションの飲み過ぎでお腹がいっぱいになっている。
そんななか、ウスターシュはフローラにつきっきりで魔法を教えていた。
「いいかい、意識を集中して良く狙うんだよ。外さないようにもう少し近くに寄るまで待って……。――よし、今だ!」
「う――ん……ど――――ん!」
おじいちゃんが孫に野球を教えているようにしか見えない。
直径1mほどの岩の塊を飛ばして見事に命中。獲物は吹き飛ばされたが岩の下敷きは免れて潰れるのは避けられたようだ。土遊びをしていたという下地があるにしても、なかなかのセンスがあるようだ。
かろうじて生きていた獲物にウスターシュはトドメを刺すと満面の笑みを浮かべフローラを褒め称えた。
「フローラちゃん、すごいよ。よくできました。こんなに才能のある子は滅多にいないですよ」
「ホントですか!? ウスターシュ様が教えてくれたからです。ありがとうございます」
ん!? 雲行きが怪しくなってきた。
「そんな他人行儀はしないで、気安く『おじいちゃん』と呼んで下さい」
「ホントですかー? じゃあ、おじいちゃんありがとう」
ウスターシュは好々爺丸出しでとろけそうな笑顔になっていた。
これは、非常にまずい状況である。
このままでは【ママ大好きのおじいちゃんっ子】になってしまい、【パパ】の入る余地がない!
そんな俺の葛藤など誰にも気にしてもらえず、ただ早く次の獲物の場所まで転移しろと急かされるだけであった。
そのおかげか、皆はいろんな形の魔法を考え出していた。
クリスなどソフトボール大のエア弾に稲妻を纏わせて高速で飛ばしている。
俺ですら合成魔法と二重魔法のスキルは昨日覚えたばかりだというのに、クリスのセンスは呆れるばかりだ。
正直、俺にはあんなものを避ける自信はない。
死にはしないだろうが、当たればタダでは済みそうもない。
今後はクリスをからかうのは少し控えようと本気で思った。




