1-4 本音と値段
今、俺の精神状態は言わずとも知れた【大興奮】中である。
イグナシオの方はといえば、そんな俺を見ても特に表情を変えることもなく二人について説明を始めている。
まあ、こんな客は珍しくはないのだろう。この状況で冷静でいられる男の方が少ないだろうし。
「この二人は没落した貴族の娘姉妹なのです。二人とも高貴な顔立ちですからね。もちろん夜の方も満足して頂けると思います」
スタイルが良く若くてかわいい娘に家事をやらせたいという俺の願望が、完全に建前と思っている様子である。ホントに家事をやらせたいだけなら、前提が間違ってるから仕方ないとは思うが。
「姉の方はアルヴァと申しましてスキルに料理があり、妹のベアトリスは、必要かどうか分かりませんが剣術のスキルがあります」
なぜ剣術のスキルがある女の子がいるのか不思議だったが、建前とは思ってもイグナシオはちゃんと俺の意を組んでくれていたようだ。
キズの有無などの確認もあるのだろう、服を脱ぐように指示をされている。
姉妹は頷き素直にそれに従っている。
アルヴァは着ている粗末な無地のドレスを肩口から外し、そのまま下へ落とした。
下着など着けてはいない。
片方の腕を胸に当てて赤くなりながら下を向きながらも、顔を逸らすのは失礼に当たるということなのか、上目遣いで一生懸命こちらを見ようとしている。
もう一方の妹であるベアトリスは、あっさり衣服を脱ぐと全く何も隠さないままの姿でハッキリこちらを見ている。とはいえ、恥ずかしいと思っているのは一目瞭然である。
対照的ではあるが、そんな二人に見つめられている俺の方が目を逸らせたい。
しかし、もう2度と見られないかもしれないほどの美女ふたりの一糸纏わぬ姿を見ないなどという選択はない。
仮に見学料を取られても払う。というか、払うから見ててもいいですかと聞きたいぐらいだ。
このまま時間が止まればいいのに…。
二人とも背丈は150cmほどしかない。
アルヴァは細めだが痩せすぎという訳ではなく、俺の手の中にすっぽりと収まってしまいそうな小ぶりのモノを二つ装備している。客観的に見て均整の取れた体だと思う。
妹のベアトリスは剣が使えると言ってもまだ14歳の女の子だ。全体的にはアルヴァより少し肉付きがいいだけなのだが、顔は似てても破壊力がまるで違う大きいものを二つ兼ね備えていて、顔が似てなければ姉妹とは思えないほどだ。
すでに診ていた俺は、イグナシオが説明したスキルに嘘がないことは分かっている。
今はどちらが俺の希望に合うか、じっくり二人のカラダを見比べてながら、顔が真っ赤になるほど真剣に考えているところだ。
「お客様! お話させて頂いてもよろしいですか?」
突然ベアトリスに話しかけてきた。
姉妹のカラダを交互に穴があくほど見ていた俺は『やましい気持ちなどない! ただ脳裏に焼き付けていただけだ!!』 と、慌てて叫びそうになった。
そんな俺の気持ちとは関係なく、イグナシオは『勝手に話すな!』 と、言いたげな顔をしたが、本音は話をしたかったこともあり、構わないとベアトリスに伝えた。
「お客様に対して失礼だとは分かってはいますが、先ほどからお客様の様子を拝見させて頂きました」
やはり、男の本性を見破られたか――と、思ったが、そういうことではなかった。
「どうか姉を選んで頂けませんか? 姉は内気ですが家庭的で料理も出来ます。よ…よるの方も問題ないと思います」
なぜ、そんなことを言い出したかは分からないが、言い淀みながらも姉を勧めてきた。
アルヴァは妹の発言に驚いていたが、妹のベアトリスは姉に微笑みかけて、そのまま話を続けた。
「お客様は女性に慣れていないご様子ですが、その分お優しい方で姉に無体なことなどしないだろうと思いました。私はガサツですし、剣術ばかりを鍛錬していましたから、身体もかたく夜の方は満足して頂けないと思います。それに、家事はあまり得意ではありません。ですから姉の方がお客様のご希望に添えると思います」
そこまでを一気に言った。
妹の発言に姉の方は驚きの表情を張り付かせていたが、我に返ると慌てて妹を勧めてきた。
「か、勝手に発言して申し訳ありません。妹はああ申しておりますが、私の料理など趣味程度ですし、剣など持ったこともありません! ですが、妹なら冒険者としても問題ないと思います。――スキルはありませんが家事や料理も一通り出来ます。そ、それに、華奢な私より妹の方が、む…胸も大きいですし、夜も満足して頂けると思います!」
イグナシオは途中から何か思惑があるように見えて、二人の発言に大して何も言わなかったが、必死でお互いを勧める理由はなんとなく想像出来た。
恐らくベアトリスは姉が内気な性格で自分を積極的にアピールすることなど出来ないと知っている。
次にどんな客が来るかも分からないのだから、俺が自分の姉に対して無体な真似などするようには見えないと思い、姉を勧めたのだろう。
もし俺が嫌な客だったら、自分が引き受けるつもりだったと分かるほど姉想いの妹だった。
姉もそんな妹の思惑を察したのだろう。
妹にその様な真似はさせられないとばかりに、自分より妹の方が俺の希望に合うと必死に説得をしたのは想像に難くない。
そう考えると、イグナシオは二人まとめて買ってもらえるかも、と思って黙っていたのだと容易に想像が出来た。
その思惑に乗るわけではないが、姉妹が別々に買われていつもお互いを心配するよりはいいだろうと思った。
あとは値段次第ということだ。
「それで、イグナシオさん。この娘たちはいくらですか?」
「二人とも150万円ですが、いかがですか?」
俺は鑑定眼で視ていたので二人とも120万ということを知っていた。
姉の器量に対して若いが剣技スキルのある妹は同格ということなのだろう。
実際二人とも器量は素晴らしいものがあるし、元貴族とあっては、アウルが言っていた金額よりは高くても当然のことだと思う。
「二人で200万なら買うよ」
イグナシオとしては俺に適正の値段など分かるはずがないとタカをくくっていたのだろう。
商売だから高く売ろうとするのは当たり前だが、俺がこの世界に持ち込んだような物ならともかく、この値段は高すぎる。だから姉妹まとめて買う意思を見せて、逆に値引いた金額を提示した。
俺の意図を察してイグナシオはバツの悪そうな顔をしたが、さすが商売人は違った。
すぐに気を取り直して俺に交渉をしてきた。
「では、二人で240万でどうですか? 二人ともまだ若いので従属首輪に避妊の加護を付けてますから。これが限界です」
肉屋の佐藤は奴隷の存在を知っていたが、自分では買ったことがなくその首輪については教えてもらっていなかった。
その首輪について尋ねると、自然の掟に背くことになるが、なぜか奴隷にのみ許された加護で、避妊の加護付きの首輪を着けている奴隷は妊娠しない。
これは買った主人側の加護ではなく、奴隷が産んだ子供はやはり奴隷でしかなく、妊娠時に堕胎を強要されたり産んだ子供をすぐ売られたりして、その奴隷が悲惨な目に合わないように【誰か】が奴隷に与えた権利で、それは教会の司祭だけがスキルではなく祈りで宿らせることが出来るらしい。
そして本来ならその高額の代価は主人が自分で支払うモノらしい。その分を考えると、これが精一杯の金額だとイグナシオは話した。
家事をさせるのが主目的だから、本当のところはこんな高額の奴隷を買うのは無駄遣いでしかないのは分かってはいる。しかし、今更引けないし、本音は引きたくない。
「……分かりました。二人を240万で買いましょう」
人生初の清水の舞台から飛び降りる気分を味わったこのセリフに、買われた姉妹の方が驚いていた。
イグナシオといえば思惑通りといった表情で満足そうに頷きながら、俺の所有物にする為の契約手続きの準備にすぐ取り掛かった。
妹のベアトリスは姉妹揃って買われたことに安堵と喜びの表情を顕わにしていたが、姉のアルヴァは申し訳なさそうな顔で俺を見ていた。
代金を支払い、あっけないほどすぐに契約は終わった。
俺のIDカードには所有奴隷として姉妹の名前が記載され、姉妹には所有者として俺の名前が刻まれたのを確認した。
奴隷は主人に逆らえない。
魔獣や賊などとの戦闘行為では例外だが、直接的に主人に命をとられそうにならない限りどんな命令でも逆らえば首輪が締まっていき、主人の許しがない限り最終的には命を失う。
他にも主人に叛意を持ち害を加えようとすると同様の事態になる。だからどんな無体なことをしようと主人の勝手であり、奴隷はそれに従わなければ結局は死ぬしかなく、これを知れば姉妹がお互いを必死に勧め合っていたのも頷けた。
この二人なら大きい街やオークションなどにかければもっと高く売れると思ったが、貴族や大商人などが奴隷となった場合、恨みを買われていることも多分にある。もし恨みを持っている者がその奴隷を買った場合、その未来は聞かずとも分かってしまう。
売るだけなのだから、そのようなことを考慮する必要があるのかと思わなくもないが、結果的にならば仕方はないが、酷い目に合わされて殺されると分かってるとこに売ってしまうような商人に、自分の娘や家族を売るやつなど誰もいないだろう。
だから、そのような奴隷を引き取った場合は、遠くの街や外国で売ることが暗黙の了解になっているそうだ。
姉妹に出身地や家族のことを聞くのは流石に気が引ける。
買ったばかりでは何を話していいのかもわからない。
姉妹は買われたことのお礼を述べたあとは無言で服を着始めている。二人からしてみれば許可もなく勝手に話すのは、この場ではこれ以上許されないだろうと思っている様子だ。
結局俺は二人とはそれ以上話さないまま、部屋を出てそのままアウルを呼びに行き、ご機嫌のイグナシオに見送られながら商館を出た。
そして、これから行く買い物に付き合って欲しいと、改めてアウルに依頼をしたのだった。