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1-37 結婚で事前策

 プレゼントを渡したことでエルは俺たちがこの街を出るということに気が付いた。


「そろそろ、準備も整ってきたので。まあ、あと一週間ぐらいはいるつもりですが」


「はぁ。行けるもんならあたしも行きたいよ。こんなことならギルド長なんざ引き受けるんじゃなかったな」


 エルは羨ましそうに俺たちを眺めたが、どこか悔しそうにも見えた。

 佐藤と共に旅をした日々を思い出しているのか、長年の定職生活で落ち着いていた冒険者心に火が灯ってしまったようであった。


「ギルド長も一緒に行きます? 本音を言えばこちらからお願いしたいぐらいですけどね」


 無理だろうとは思いながらも、半分冗談で尋ねてみた。


 世界最強の男の元パートナー。

 その経験と知識は計り知れず、俺たちでは及ぶべくもない。エルが一緒なら冒険の旅が充実した素晴らしいものになるのではないかと思っていたからだ。

 そして、エルの反応は意外と言えば意外だった。


「ホントかい!? あと数ヶ月もすればギルド長の任期も終わる。引き続き頼まれるだろうが、そんなの断りゃいいだけだしな。そんときお前さんがまだ受け入れてくれる気持ちが変わらんかったら、是非あたしも連れてってくれ!」


 言葉遣いはともかく、今のエルの笑顔は先ほどまでゲスな笑いをしていた人物と同じだとは思えないほど、純粋に喜びを表現していて、ただでさえ美人なのにさらに美しくなったように思えた。


「この仕事を引き受けたときは、新たにいい男を見つけられると思ったんだがロクなのがいやしない。このまま枯れちまう人生なんざ御免(こうむ)るよ」


「でも、確かお子さんがいるのですよね? 大丈夫なんですか?」


「ああ、あんたに頼みたいことがあるって言ったろ? あれ、実はウチの娘の事なんだよ」


「と、言いますと?」


 エルの娘は今16歳で現在コルンバにいるそうだ。

 知己であるアームストロング公爵の紹介でアウルとクリスが通っていた学校に入学させていた。その学校はかなりの名門校であり貴族の子弟が多く、普通なら一般の子供は入学させてもらえないほどである。エルの娘は佐藤のチート的な能力を受け継いではいないが、世界最強の男の遺伝子は受け継いでいるらしく、身体能力は飛び抜けて優れていた。


 既に学校は卒業しているのだが、父親のように世界最強を目指すと言って、佐藤たちが昔住んでいた秘密基地に住み着いて帰って来なかった。無鉄砲な性格のようだが世界最強の父親ですら敗れることがあると知っているので、そこまでの無茶はしないと思うが、母親としては心配である。


 連れ戻しに行きたいが、馬車を乗り継ぎコルンバへ行くとなると片道でも1ヶ月以上はかかってしまう。仮に、馬をとばしたとしても最低10日は掛かる。

 さすがにギルド長として、そこまでの期間を私用で休むことなど出来るはずがないし、人に頼みたくとも秘密基地の場所を他人には教えたくはない。


 そのため、ひょっこり現れた全ての事情を知っている俺の登場は、天の助けとも思える出来事だった。


「じゃあ、その娘さんを連れてくればいいんですか?」


「ああ。コルンバにはどのみち行くんだろうが、わざわざこの街まで戻って来るのは悪いと思って、依頼として出そうと思ったんだが、結界を張れるってことは、もう空間魔法の転移を使えるんだろ? 娘が渋るようなら引っ捕まえてそのまま強制的に連れて来て構わんから」


「引っ捕まえてって……。そんなに手に負えない娘さんなんですか?」


「なまじ強いもんだから生意気に育っちまったんだよ。言葉遣いも品がないしな。――全く誰に似たんだか」


「いや、間違いなくギルド長だと思いますけど……」


「まあ、お前さんの手に負えるなら、そのまま嫁にもらってくれてもいいがな」


「は!?」


 エルの娘を? いや、ここは佐藤の娘と考えるべきだろう。

 身体能力が高くて、生意気で、品が無い話し方で、佐藤に似ている……


 最悪じゃないか―――!


 しかし、ハッキリ断るにも人様の娘なのだから露骨に嫌がるのは失礼である。

 

「佐藤さんとギルド長の娘さんなら引く手数多で嫁入り先はありますよ。わざわざ俺みたいな平民に嫁がせるなんて身分違いもいいところです」


 よし、完璧だ。


「お前さんの嫁は、この国では王族の次に高貴な公爵様の娘だが?」


 忘れていたが、クリスは高貴なお方の娘だった。


「あ、いや、クリスは父親である公爵様のお許しを頂いているので特殊な例と言いますか……」


「なら、母親であるあたしが許可してるんだから問題ないだろ?」


 本当は問題が違うとは、いまさら言えない。

 人生の分かれ道、分岐点、転機、などの言葉は、こういう時に使うのだろうか? 

 俺はかつてここまで葛藤するような出来事には出会っていなかったために、完全に言い淀んでしまった。


「あ、あの、その……」


 そんな俺の醜態を見てエルはニヤっと笑うと、俺の葛藤を全て吹き飛ばし、希望すら与えてくれた。


「あたしの娘はあたしによく似て美人だぞ?」


「はい、宜しくお願いします。お義母様かあさま


 条件反射とは恐ろしいものである。

 命の危険すらある監視の中で、こんな死亡フラグを立ててしまえるのだから……。


「じょーだんです、ギルド長! い、いやだなぁ、容姿なんて関係ないですよ」

 

「その割には、お前さんの周りは美人ばかりだな?」


「た、たまたまですよ、たまたま」


 俺の慌てふためく姿に満足したのか、この話を切り上げてくれたのだが、新たな問題を押し付けられた。


「ま、それはどっちだっていいさね。あのが素直に嫁入りするとは思えんしな」


「そんなにお転婆なんですか?」


「まあ、学校に行かせた成果が出て少しは大人しくなってりゃいいが、そんな玉とも思えんしな。それよりだ! 娘より美人で聞き分けが良く、お淑やかでちょっとエロい女性が一人いるんだが嫁にもらってくれんかね? お前さんの役に立つことは間違いないぞ?」


 なんでそんな素敵なお話を今言うんですか!

 ほら、危機感知スキルが警報を鳴らし始めちゃったじゃないですか。

 

 しかし、せめてどんな女性かぐらいは聞きたい。話によっては命を掛けてクリスを説得する価値があるかもしれない。

 俺は腹をくくり、その完璧と思われる謎の女性について尋ねた。


「は、話も聞かずに断るのは失礼ですから、一応どなたなのかだけ聞きましょう」


 警報が一段と激しく頭の中で鳴り響いているが、ここが正念場である。いま引いては男が廃る。

 それ以前に【ハー】なんとかは、俺の最大の夢だ!


「あたしだ」


「「「――はあ!?」」」


 後ろからクリスとベアトリスの声まで聞こえた。

 アルヴァの方をこっそり見ると、声こそ出ていないが、可愛いおめめが大きく開かれている。


「ギ、ギルド長! もう、からかうのはいい加減にしてくださいよ。俺の寿命がどんどん縮まってるんですから!」


「いや、冗談じゃないんだ。まあ、あんたの後ろにいる嫁さんが、どうしてもダメと言うなら諦めるが」


 そうは言ったが真顔になり、なにか事情がありそうな雰囲気だった。


「一応、話は聞きますよ。それから考えさせて頂きます」


「察しが良くて助かるよ」


 そして、エルは何の為に俺と結婚したいのかを話し始めた。

 個人的な事情としては、幾人かの貴族がエルを囲いたいために勧誘が激しくて、とても鬱陶しいのだそうだ。エルは最強の男の元嫁で自分自身も屈指の実力者ということが原因だと思っているが、それは原因の半分で、残り半分はエルのエロスあふれるカラダが目的だと俺は思う。


 外聞をはばかられると思うが、エル自身は若い男に入れ込んだ女だと思われた方が都合が良いとの事だった。


 そして別の理由もあったが、内容はともかく何の為なのかがよく分からなかった。


「あたしが年齢相応の男と結婚したら別だが、お前さんみたいな若い男と結婚すれば、陛下や騎士団の幹部連中はあんたが誰かということに気付く」


「それは俺が他の世界から来た人間だということですか?」


「そうだ。ゴンジュウロウがいなくなって、ちょうど10年経っているからな。過去にお前さんと同じ様にこの世界に来た人物の幾人かが、時の権力者と関わっている。もちろん、公然の秘密にはなっているが、その存在を知っている人がいるんだ」


 エルは異世界人である俺の存在を権力者にさりげなくアピールをしたいらしいが、俺としては自由を失う可能性があるので出来れば関わりたくはない。しかも、魔法具を作る才能があるなどと知れ渡ってしまうと、この国に居づらくなってしまうのは間違いない。


「出来れば知られたくないし、関わりたくもないのですが……。俺としては仲間たちとただ冒険をしたいだけなので」


「それでいいさ、あんたはね。陛下も召抱えたいとは思っても言えない事情もある」


「それは?」


「この国……いや、この世界に異変が起こったときに助けて欲しいんだ。それなのに、あんたが嫌がることをして、手を貸してもらえなくなったら目も当てられんだろ?」


「そんな異変が起こるんですか?」


 佐藤は何も言ってなかった。

 そんな重大な事が起こるなら教えてくれたはずだ。

 単純に知らなかったと考えるべきだろう。


「起こるかもしれんし、起こらんかもしれん」


 そう言いながらも、エルの瞳には何か確信めいたものを感じた。


「あたしのもうひとつの役職を知ってるだろ? それを拝命されたときに聞いたから、この話をゴンジュウロウは知らんよ」


 それなら納得がいく話だが、それなら結婚までする必要はないのではないかという疑問もある。


「それは分かりましたけど……。貴族からの勧誘はともかく、それだけなら別に結婚しなくても万が一のときは助けますよ?」


「それは分かってる。あんたは優しいからな。世界に異変が起こったら仲間の為に、命を懸けてやれるぐらいにな。だが、それだけじゃあ、信じられない人の方が多いのさ」


「え? どういうことですか?」


「異変が起こればあたしは軍を率いて戦う。それこそ命を懸けてな。そのとき横に立って一緒に戦って欲しいが、いくらあたしが信用してるとしても他の連中は不安だろう? だからあたしが見込んだ男であり、嫁であれば夫は守るだろうと思わせたいんだ」


 エルがここまで言うなら異変は確実に起こるのだろう。だから、事前策として俺と繋がりを持ちたいということか。そういう事情なら仕方がないが、ただでは引き受けてはやらない。


「結婚したとして、俺には何のメリットもないですよ? 存在を知られてしまうし、嫁を守らなくてはならないし」


 散々からかわれたのだから、このぐらいの意地悪は許されるだろうと思ったのだが、やはりエルの方が上手だった。


「メリットならあるだろ? あたしのカラダを好きにしていいぞ。嫁なんだから遠慮はいらん」


「ギルドちょー!!」


「嫁なんだから、エルと呼んでくれよ。それに、ゴンジュウロウも相当なエロだったから、変態としか思えんことを色々やったぞ? だから、あたしなら余裕であんたのエロも受け止められるし、あたしとしても若い男のカラダを堪能できるというメリットもあるからいいことずくめだ」


 ……異変が起こる前に後ろの人たちに殺されそうなのでそろそろ勘弁してください。


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