1-33 披露と男の夢
俺たちはベアトリスを一晩掛けて慰めてあげた。
クリスは時々見学をしていたが、何を見学していたかは深く追求しないで欲しい。
翌日は疲れを癒す必要があり、日曜日でもあったので休みにした。
さすがに、今日は自粛して日曜日恒例のあの衣装をやめて、姉妹は可愛いメイド服、クリスにはオシャレなドレスを着てもらった。
フローラが不思議そうな顔をしている。
「フローラ。実は可愛い服を着るのもみんな好きなんだよ」
これでどこまで誤魔化せるか分からないが、ベアトリスの痴態をフォローするために俺は一応説明をした。
すると、フローラはあっさり納得してしまった。
「そうですよね、ご主人様。前のご主人様がよくきれいな奴隷の女の人の服を脱がせてよろこんでいたんです。だから、ベアトリスお姉様は自分が好きだからと言っていましたが、本当はご主人様が好きだからそうしてるのかと思ってました」
そして「やっぱり、きれいなお洋服を着ている方がもっときれいに見えますよね」なんて、無邪気な笑顔で言っていた。
ベアトリスではなく、危うく俺が変態だと思われるところだったが、機転を利かせたお陰で自分自身が助かった。
危機感知スキルのお陰ということはないので、やはり俺は優秀だということだろう。
この機会に俺が密かに作っていたモノをお披露目することにした。
コツコツと実験を重ねて、ついにそれっぽいモノが完成した。
夜の自由時間はいつも俺の傍にいたクリスも最近はフローラと遊んでいるので、何を作っていたかはバレていない。
その名は、
メイド服アーマーだ!
俺用の着物アーマーとクリス用のドレスアーマーもちゃんとある。
まずはいつもの洋裁店で俺好みのデザインのドレスとメイド服を発注した。
そして、それらの内側に武具店で作ってもらった鋼糸をメッシュ状に加工したモノを縫い付けてもらい、さらにもう1枚布地を張ってメッシュが見えないようにした。もちろん、俺の着物も同じ様に作ってもらった。
完成品を俺の研究室に持ち込んだ。
そして魔法付与と魔力付与、そして魔力操作のスキルを駆使して、防御力をアップさせるための実験を重ねた。
最終的には魔力によって素材自体を強化し、空間魔法の結界を表面に膜状に張ることに成功した。
もちろん、最初は魔力操作がうまくいかず、何度も失敗してドレスや着物が砕け散った。
しかし、ちゃんと予備の為に何枚も発注してあるから問題はなかった。たかだか数十万円程度の出費だ。
もっとスキルレベルを上げたときに高価な素材で再度作る予定だが今はこれで充分だろう。
念の為に胸当てはつけさせるし、鋼糸のせいで少し重いが、みんなレベルも上がっているのでこの程度なら気にもならないだろう。
なぜこんなモノを作ったのか……。それは、男なら言わなくても分かると思うが一応説明しよう。
ウチの女の子たちはみんな美人だ。無骨な防具など似合わない。
俺も可愛いドレスに包まれている美女に囲まれて幸せなうえに、他の冒険者どもを羨ましがらせてやれる。
しかも、あんな格好で森へ行って大丈夫なのか? と、周りを驚かせてやることも出来る。
なんとも爽快な気分になれるではないか。
いつか、男どもを恐れる必要が無くなるぐらい俺が強くなったら、見せつけてやる為に頑張ったのだ!
明日、冒険者ギルドへ行かなければならないので、ちょうど良い機会だったというわけだ。
魔法や剣の練習などをして今日1日を過ごし、夕食のあとソファーで寛いでいるとき、みんなに披露した。
ちなみのお風呂は夕食の前に済ませてある。
「ジャジャーン! これぞ男の夢だ!」
俺は得意げにそれらを見せたが反応が薄い。
「あなた、これがどうかしたのですか? 確かに可愛いですが、今日着ていた服とあまり変わらないのでは?」
見た目は普通のドレスやメイド服だ。しかし、クリスたちですらこれらが普通に見えているなら、逆に大成功だと言える。
実はスカート部分を膝丈ぐらいにまで短くしてある。もちろんそれは、動きやすくしてあげるためで幸運のハプニングを期待しているわけではない。もっと動きやすいように、今時の女子高生ぐらいまで短くしたかったのだが、それでは防具として意味がないので泣く泣く断念している。
「実は、これは防具なんだよ」
「「「――え!?」」」
クリスは何を言われたか分からないといった顔になり、ベアトリスはそれらを手にとって調べ始めた。
アルヴァは唖然としていて、フローラは……何の話をしているか分からないといった感じだ。
「裏側に鋼糸が……。ご主人様、この鋼糸を編み込んで強度を上げたということですか?」
武具が好きなベアトリスは、すかさず質問をしてきた。
「それだけじゃないよ。魔力を付与してさらに強度を上げてるし、表面に結界を張ってあるから、多少の攻撃や魔法を受けても破損はしないと思うよ」
ベアトリスは目が飛び出すぐらい驚いたが、そこまで大したモノではない。
「いや、そんなに凄いモノじゃないよ、属性の耐性はつけてないし。まあ、一応俺の魔法を当てて実験したけど傷付かなかったから問題はないと思うけど。ダモクレスをぶち当てたら真っ二つになっちゃったのはショックだけど、コテツンには耐えたから物理的にも大丈夫だと思う」
ベアトリスだけではなくクリスまでもが、なぜか開いた口が塞がらないといった様子になった。
そして、「ふぅぅー」と、ため息を吐いて、ベアトリスは語り出した。
「私は今始めてご主人様がこの世界の人ではないと分かりました」
「ん? どういうこと?」
「あのですね、ご主人様。魔力を付与している段階で、すでに高価な代物なんです。しかも、そこに結界ですか!? 空間魔法を扱える人は伝説になるような方だということをお忘れですか?」
「まあ、何回も失敗したけどそこまで難しくなかった……けど?」
魔力付与など魔力操作のスキルを覚えた段階でそれほど難儀はしていない。
「だから、ご主人様がこの世界の人ではないと分かったと言ったんです」
「じゃあ、これ凄いモノなの?」
「凄いどころじゃないですよ! ダモクレスはそれこそ伝説級の代物だから別格です。しかし、ご主人様の魔法やコテツンに耐えたんですよね!? コテツンだって凄いモノなんですよ! それにご自分のレベルを分かっていますか? それで傷がつかないなんてとんでもない代物ですよ、これ!」
「え? え? そ、そんなに?」
「はい。ハッキリ言ってしまえば鋼糸がなくてもかなりの防御力があると思います。ただ、鋼糸にも魔力が通っているのでしたら格段に強度は上がっているはずですし、結界が魔法を防いでくれるのですから、耐性などなくても問題はないと思います」
ベアトリスはなぜか俺が悪いことをしているかのように怒っている。
「あなた。少し常識を弁えた方がよろしいと思いますよ。街の洋裁店で作らせた服をこんな凄いモノにしてしまうなんて。お父様ならいくら出してもいいと言って絶対に欲しがりますわ」
クリスにまで常識がないと言われて、俺は泣きそうなほど落ち込んでしまった。
一生懸命、頑張って作ったのに……主に自分のためだけど。
「ところで、ご主人様。こんな高価なモノをわざわざ全員に1着ずつ作ったのですか?」
「いや、予備にと思って3着ずつ作った。まあ、洗濯するから必要だと思って」
「――ご主人様。結界が張ってあるなら水で流すだけで汚れも落ちて濡れもしないはずですが……」
「あっ……」
確かに水魔法をぶつけても布自体が湿るということはなかった。
そのときは全くそのことを気にも留めておらず、ただ洗濯して着ていけない日が無いようにとばかり考えていた。
クリスとベアトリスから若干白い目で見られ、アルヴァには同情の眼差しを向けられた。
そうだ! 死んでしまおう。そうすればここから逃げ出せるはず。
そんな馬鹿なことを考えていると、クリスが話題を変えてきた。
「まったく、あなたは時間を無駄にして。生クリームや……あの、アイスクリームとやらを作ってくれれば良いのに」
「それなら、もう出来たよ。でも生クリームはまだ試作品だから持ってきた物より少し味は落ちる。だけどまだ改良出来そうだから言わなかったんだけど、アイスクリームなら大量にあるよ」
牛乳から生クリームの元となる脂肪分を抽出した結果、大量の低脂肪牛乳が残ってしまった。
そこで、アイスクリームを作ることにしたのだ。多少さっぱりしているが、これから夏だし風呂上りなどにも丁度いいと思っていた。
次のクリスへのご褒美にと思って隠していたのだが、昨日風呂場で、つい口走ってしまったので仕方がない。
フローラに人数分のお皿とスプーンを持って来てもらい、そこにたっぷり盛り付けてみんなに配ってあげた。
女性陣の反応は俺が苦心して作ったメイド服アーマーのときとは真逆で、尊敬すらしているような眼差しを向けられた。微妙に納得いかなかったが、フローラが俺に買われて本当に幸せだと言ってくれたので、機嫌を直すことが出来た。
皆が幸せそうな顔でアイスクリームを堪能している姿を見て、男の夢は所詮男にしか分かってもらえないのかと思った。
しかし、アイスクリームで満足したベアトリスは、やっと武具好きの血が騒ぎ出してくれたのか、もう一度興味を持ち始めた。
「よく見ると、クリス様のドレスも私達用のメイド服も細かい意匠がされていて、物凄く可愛いデザインになってますね」
「分かってくれた!? いやぁ、このフリルとかいいでしょ? エプロンもセットで可愛く見える様に考えたんだよ! 生地もその店で一番上等な物にしてもらったし、クリスのドレスもボディーラインがハッキリ分かるセクシーな感じにしたんだ!」
「……ご主人様。奴隷の私が聞くのは僭越だと分かっているのですが、おいくら使ったのですか?」
「えーと……なんだかんだで96万円ぐらいかな?」
ブフォ!
アルヴァ、ダメじゃないか。アイスを吹き出すなんて。
「あ、でも、失敗して何着も炸裂させちゃったから、実際は1着あたり4、5万ぐらいだって。俺の着物はもうちょっと安いしね」
ベアトリスは完全に呆れ顔だがクリスは無反応だ。もし、クリスに金額のことを言われたら流石に立ち直れないところだった。
そしてアルヴァが涙目になりながら質問をしてきた。
「ご主人様……私たちのためにそこまでして頂いたのは嬉しいのですが、なぜそんな高価な物で練習したのですか? 古着では練習出来ない理由があったのでしょうか?」
「…………」
しばらく無言のときが流れた。
いち早く再起動をしたベアトリスは、そこから別の興味を覚えたようだ。
「ご主人様。それで今はいくらぐらいの価値になっているのですか?」
「え? そういえば鑑定してなかったな。今、調べてみるよ」
何度も強度実験は繰り返したが、売るつもりはなかったので価値は調べていなかった。
「ええっと。――あっ……」
見なかったことにしたい。
しかし、姉妹が固唾を飲んで俺をジッと見つめている。
「うん……1着数百万円だった」
「「い、1着で!?」」
「オークションにかけたらもっと高く売れるかもね」
空間魔法である結界など付与してしまったのだから、付加価値は計り知れないだろう。
まあ、売るつもりは全くないが。
翌朝アウルたちを迎えに行った。
アウルたちは既に外へ出て待っていたので、お互いすぐに気がついた。
俺が声をかけようとすると、アウルはギョとした顔になった。
女性陣がドレスを着ているのを、さすがに不思議に思ったらしく鑑定眼を使ったようだ。
「ええ!? 何ですか、これ!?」
紆余曲折を経てやっと理解してもらえた。
ドレスを着せて戦わせたいという俺の願望は、真の漢であるアウルはすぐ理解してくれたのだが、魔法具はスキルがあるからといってそんな簡単に作れる代物ではないと言った。
考えてみれば、簡単に作れるなら、魔法具など珍しくもなく、魔剣などゴロゴロ転がっていそうだ。それに水玉や熱玉の魔力補充などに魔珠など使う必要もなくなる。
アウルが言う事には一時的に、魔法や魔力を付与することはスキル持ちなら出来る人はいるが、その効果を永続させるなど生半可な技術では出来ないそうだ。恐らく俺はこういった才能に特出しているのだろうということだった。
思い返せば俺はプラモやフィギュアを作るのが得意だった。
器用でもあり、完成度は高く写メをネットに載せていつも自慢をしていた。
もちろん魔力を扱うなど初めてだったが、魔力を付与するのはフィギュアを作っているときのように、ただ冷静に集中すれば出来たし、魔法付与などプラモにペイントしているような感覚だった。
「じゃあ、もしかしてスキルのレベル上げたら伝説級の武器とか自分で作れちゃうかな?」
「かな、じゃないですよ! お忘れですか? 高位の魔法ということもありますが、あのサトウ様が作った転移の水晶ですら一回で壊れたのですよ? すでにこれだけの代物を作れるヨウスケさんなら間違いなく作れる様になりますから」
日本にいたときは自分には何の才能もないと思い無為に時を過ごしていた。
しかし、俺にも秀でた才能があった。
ただそれだけのことが、とても嬉しかった。
いつも読んで頂きありがとうございます。
最近、別作品『必要な関係』の連載を再開しました。恋愛コメディーとなっていますが、もしお時間があり、そちらも合わせてご覧頂ければ嬉しく思います。




