1-30 探検で練習
家に帰る前に商業者ギルドへ寄った。
兄に今夜探検する妹の森について相談するわけではない。
まだそれの心の準備は出来てはいないが、冒険に出る準備は整ってきたからだ。
商談スペースで待機していたアウルを見つけて話しかけた。
「やあ、アウル。……いや、お、に、い、さ、ま!」
「これはこれは義弟殿、お珍しい。そちらから来られるなんて」
最近はいつもこんな感じだ。
3、4日に一度は様子見を兼ねてアウルは獲物の引取りにウチへ来ているが、俺から来たのは久しぶりだった。
既に魔法の練習を始めていることは伝えてあり、今は連携の取れる戦闘の練習をしていることも知っている。
「宿敵の魔ボアは余裕で倒せたから、そろそろ旅に出ようかと思うんだ」
「ホントですか! いつ出発予定ですか!?」
アウルは座っていた椅子を蹴飛ばす勢いで立上り、目を輝かせながら俺に迫った。
待ちに待ったときなのだから気持ちは分かるが、他のお客や商人が驚いてこちらを見ている。俺はアウルを落ち着かせて椅子に座らせた。
「いや、失礼しました。つい、興奮してしまいまして……」
珍しく恥ずかしそうに顔を赤く染めている。
「気持ちは分かるよ。……で、出発前にアウルとウスターシュさんも一緒に狩りへ行って念の為に連携した戦闘の練習をしたいんだ」
俺とクリス、そして姉妹で太刀打ちが出来ないような魔獣と戦う気などないが、万が一がある。
もちろん、レーダーで危険な生物や野盗などは発見できるが、回避できなかったときを考えると全員で戦える方が良いと思った。だから、出発前に何日か一緒に狩りへ行きたいと話した。
「なるほど……確かにそうですね。分かりました、明日中に装備を揃えておきます。ウスターシュも明日には帰ってきますし、この街での商売は終わりにしますね。――ところで、エル様には?」
エルが佐藤の嫁だったことと、この街にいることは話してあった。
実はこの街のギルド長に推薦したのはアームストロング公爵で、アウルはこの街にいることは知っていたが嫁だったことには驚いていた。
クリスにエルの存在を教えると、相手の迷惑も考えずに押しかけて行くこともありえたので秘密にしていたそうだ。アウル自身もエルが自分を覚えていてくれているか自信がなかったので、今まで訪ねては行かなかったのだが、俺の話でエルが覚えている事を知って既に何度か会いに行っていた。
エルのもうひとつの役職は非常勤の将軍職だった。
要は戦争や騒乱などの有事の際に、騎士団とは別に冒険者や傭兵をまとめ上げた軍を率いて先頭に立つということらしい。
しかし、そこまでの大事は今のところ起こっておらず、多少の問題であれば各領主の所有する兵団や騎士団で対処されている。
なので、ギルド長としての仕事以外は給料泥棒らしいが、国としてはエルほどの人材を他国に取られる恐れも考慮して、かなりの高額の給料を非常勤将軍に対して支払っているということだった。
「まだ、話してないけど……というか、ギルドには近づきたくないからアウルから話しておいてくれる?」
レベルも上がり男どもなど大して恐れる必要はないのだが、所詮、俺は元フリーターだ。
屈強な容姿の冒険者に囲まれる事を想像すると正直まだビビってしまう。
「あなた。何故ギルドへ行きたくないのか分かりませんが、ちゃんとエル様にご自分でお伝えしないといけませんわ」
半分はお前のせいだ! と、言いたい。
残りの半分の原因に会わないでこの街を出るのは偲びないのだが……
「義弟殿。やはり、ちゃんと自分で言わないとダメですよ。それに、ドリアーヌが寂しがってますから、会ってあげて下さい」
アウルは口に手を当てて、ウププ……と擬音が聞こえてきそうな笑いを漏らしている。
どうやら、エルから俺がギルドへ行きたくない理由を聞いているようだ。
「わ、分かったよ。明後日狩りから帰ってきたら、みんなで行こう。何か頼みがあると言っていたから、どうせ一度は行かなきゃいけなかったし!」
俺は投げやりにそう答えた。
商業者ギルドの裏へ周りアウルの馬車に数日分の獲物を乗せた。
「――ん? ヨウスケさん、魔ボアを倒されたんじゃないのですか?」
肉も美味しいが、蛇皮は人気があるらしく丈夫でまだら模様の魔ボアの皮はかなり高値で売れると以前売った時に言われていた。
倒したと言ったのだから当然あるはずと思っていたアウルは不思議そうに尋ねてきた。
「それが……勢い余って灰と魔珠しか残らなかったんだ」
俺は乾いた笑いを見せながら、チラリと姉妹に視線を向けると姉妹は恥ずかしそうに小さくなって謝罪をしている。
「魔ボア相手に勢い余ってって……。このお二人も随分と強くなったようですね」
アウルは感嘆なのか呆れているのか分からない笑いでそれに応じた。
明後日の朝、迎えに行くとアウルに伝えて商業者ギルドを出た。
人気のない路地に入り転移で家に帰ってもいいのだが、心の準備の為には時間が必要だった。
なにしろ、今夜の探検では3つの森へ行かなければならない。
危険を回避するために森を伐採することも考えたが、それはまだ早いだろう。
見た限りでは、どの森も深くはなく木々が生い茂る程度なのは分かっている。
しかし、油断は禁物だ。
どこにどんな危険があるか分からない。
沼地にハマって抜けられない可能性や、前人未到の洞窟の発見もあるやもしれぬ。
黄金の森でまず練習をしようと決断した。
家に着くと、クリスとフローラは洗濯を始めて姉妹は夕食の準備に取り掛かった。
家事をしてもらうためにフローラを買ったのだが、まだ一度も留守番をさせていない。
未だにみんなで狩りへ行って、みんなで家事をしているのだが、誰もそれを不思議に思っていない様子だ。
実際、俺も最近になってフローラを買った理由を思い出したぐらいで、いまさらフローラ一人を家に残す気など全くなかった。
これは余談だが、俺の独断でウチの女の子の下着や夜着は、着物を特注したお店で仕立ててもらっている。
クリスの下着を鑑定して分かったことだが、素材やデザインは良いのだがイマイチ鋭さが足りない。
どれも正面は角度が甘く、後ろがTの字のモノなどは皆無だ。
そこで俺は図案を書き、現代で使われているような素晴らしい品々を用途に合わせて多種に渡り作らせたのだ。
美女が使用しているそれらの下着を干すのは当然家の中だ。
もちろん、並べて干されている下着を見ながら悦んでいることもしばしばなくもないが、盗まれて他の男の慰みモノにならないようにするためである。
防犯のために、下着類には空間魔法で囲ってあり、もし泥棒が入ってもそれだけは触れられないので盗まれる心配はない。
家ごと囲えるほど大きな空間はまだ作れないから、一番高価で大事な物を守るのが精一杯だ。
ちなみに、このおかげで空間魔法の派生でもある結界を張れるようになっている。
俺はお風呂の準備を始めたが、今では数秒で終わってしまう。
魔法の練習過程で水魔法で浴槽を満たし、それを火魔法で温めて空間魔法に閉じ込めた。
それがいくつもストレージに仕舞ってある。
だから、わざわざ水を運ぶ必要も熱玉を使う必要もなくなっていた。
普段はそのあと、俺も洗濯や料理を手伝っているが今日は違う。
「ク、クリス。ちょ、ちょっと来てくれるかな。フローラごめんね、干すのは一人でお願いね」
土魔法が使えるフローラは踏み台ぐらいなら簡単に作れるため、高いところでも余裕で手が届く。
「はい、ご主人様。あとはお任せ下さい」
姉妹が毎日のように文字や多少の算数などを教えてあげている成果で、フローラの言葉に成長が見られるようになっていた。
クリスの手を引いて、次はキッチンにいる姉妹のもとへ向かった。
「アルヴァ、ベアトリス。わ、悪いんだけど、俺とクリスは先にお風呂へ入るから、食事の準備が出来たらフローラを連れてあとから来て。あっ、い……急がなくていいからね」
アルヴァは何の疑問も持たずに了承の返事をしただけだったが、ベアトリスはジッと俺を見つめた。
やましい気持ちがいっぱいの俺はベアトリスから視線を外して、気づかれないようにしたが少し遅かった。
ベアトリスは俺に近づき誰にも聞かれないように耳打ちをしてきた。
「ご主人様。練習をしたいのなら私がお相手致しますよ?」
俺は慌ててベアトリスから離れて誤魔化そうとした。
「ベ、ベアトリス! な、何を言ってるのかな?」
目を泳がせながらとぼけたが、にっこり微笑むベアトリスには全てお見通しだった。
「それは、奴隷である私にするべきで、奥様であるクリス様にするのはおかしいですよ?」
完全に何をするのかバレている。
「それに、クリス様にもすぐ気づかれて、また怒られると思いますけど?」
クリスは不審な顔を俺に向けて説明を求めたが、今更あとには引けない。
「あとは、宜しく。ベアトリス、またあとでねー。ア、アルヴァもあとでねー」と、同じことを何度も言ってクリスの手を引いて風呂場へ逃げ込んだ。
その際、ベアトリスは残念そうに手を振っていたが気にしない様にしよう。
俺は何を考えているのか普段は絶対にしないのに、クリスの服を脱がせた。
そして、自分の服もさっさと脱いで風呂場へ飛び込んだ。
「ふぅぅー……危なかった」
「なにがですか? あなた!」
ベアトリスから逃げたことで安堵してしまったが、よく考えたら何も解決していなかった。
不機嫌になっているクリスは自慢の超巨大兵器を俺に押し付けて説明を迫った。
「た、たまには、夫婦水入らずでお風呂に入りたかったんだよ、実は……」
クリスはちょっと嬉しそうな顔を見せたが、まだ不信の目は消えていない。
それでも、それ以上は何も言わずに俺のカラダを洗い始めた。
二人きりで初めてのお風呂……。
それは、とても甘くてアグレッシブでもある時間だった。
クリスは巨大なスポンジのようなモノを使い、俺のカラダを隅々まで洗った。
そして、掃除には欠かせない、掃除機のようなことをするためなのか、クリスは主に食べるために使っているかわいいお口に、とある食べ物に似た俺のカラダの一部に付いているモノを含んだ。
俺は『夫婦とはここまで許される関係なのか!』と感激したのだが、クリスの目的は全く違った。
「いたたたたた――――――! クリス! いたいいたい!」
クリスは食べ物ではない食べ物に似たモノに噛み付いている。
「ホントにいたいから! 分かんないけどごめんなさい! だから離してー!」
するとクリスは噛み付いているモノを離して立上り、俺に目線を合わせて問い詰めてきた。
「あなた! ホントはアルヴァとベアトリスに下手だと思われたくないものだから、その前に私で練習しようとしましたね? 私への気持ちはあの二人以下なのですか?」
クリスの目は本気だった。
俺は素直に愛していると恥ずかしくて本人には言えないだけで、クリスの夫になれることを本当は嬉しく思っている。
「ご、ごめん……。でも、そんなことない。クリスは世界中の誰よりも俺の好みの女の子だけど、ただ他の女の子より何をしてても恥ずかしくないんだ」
クリスの顔色が少し変わった。俺は慌てて付け加える。
「ク、クリスが女の子に見えないっていうんじゃなくて、なんか、こう……分かってくれるというか分かっている気がして。クリスは俺に優しいからつい甘えちゃったんだ」
「不思議なのですけど……。あなた、女性経験はあるのですよね? なぜ自信がないようなことを言われるのですか? あちらの世界では25歳だったのでしょう? 何も言ってくれませんが、本当は奥様もいらっしゃるのではないですか?」
もうダメだ……クリスには誤魔化しは利かない。
俺は諦めて自分の黒歴史を語ることにした。




