1-28 練習と才能
魔法を習得する要領は同じとは言っても、得手不得手、向き不向きがある。
だから自分が好きな……というか、似合うと思う系統がイメージをしやすく覚えも良い。
普通は1つ、多くても3つぐらいまでしか練習をしないそうだ。
仮にそれ以上の魔法スキルを取得出来たとしても、レベルを上げるのは困難であり、そのような無駄をするぐらいなら数を増やさないで、得意な系統の魔法だけを練習するのが一般的らしい。
アルヴァは料理が得意なせいか火を選び、ベアトリスはその威力を増幅も出来る風を選んだ。
「では、私は氷にいたしますわ」
「氷? なんで?」
なにかクリスのイメージとは違う気がするので理由を聞いた。
「私みたいな、氷な女性にピッタリではないですか」
いや、クールではないだろう。
「俺は、雷が似合うと思うけど?」
「……雷ですか? 雷を纏った女騎士も良いですが、その理由はなんですの?」
「すぐ、怒るから」
俺は思ったことがすぐ口から出てしまうタイプだという事を忘れていた。
まあ、結果として雷が落ちたから、俺が正しいと証明は出来たのだが……
結局、クリスは「夫の意見を尊重しますわ」と、言って雷を選んでいたが、自覚があったのは間違いない。
俺は一番難易度の高い魔法を選んだ。
伝説級と言われているあれだ!
「これを握って好きな場所を考ればいいのかな?」
手に握っている物は、もちろんお義兄さんからの贈り物である空間魔法が込められた水晶だ。
他の魔法はクリスたちがスキルを取得したら、軽く当てて貰えばいいし、光魔法も教会へ行って魔法での治療を受ければいいだけなのだから、地道に努力などするわけがない。
俺はさっそくどこかに転移することにした。
第一候補は例の【特殊な技術】を売っていると思われる繁華街だ。
今なら誰もついて来ないで、こっそり行ける。
しかし、行けば数時間は帰って来られないだろう。
第二候補は公衆浴場だが、間違えて女湯に出てしまう恐れがある。しかし、それ以前に行ったことが無いので無理だった。
他にも女性更衣室や密会場などイロイロと考えたのだが、どれもこれも行ったことがない場所ばかりだ。
だが、慌てる必要はない。いずれ必ずチャンスは到来する。
今日はまだ練習なのだから、無難にフローラの寝顔を見に行くとしよう。
レーダーを使いフローラがベッドでちゃんと寝ているのを確認してから呪文を唱えた。
「……転移!!」
口に出して言う必要があるのかは分からないが、万が一にも失敗するわけにはいかない。
何よりその方がカッコイイ。
いきなり、視界に映る景色が変わった。
手元には魔力を失って割れた水晶がある。
意識は保てたので、おそらくタイムラグはなさそうだ。
目の前でフローラが寝ている。
ドキドキしながらカワイイ寝顔を眺めた。
耳が……いぬみみがちょっと動いている。
かじったり、舐めたりしてみたいが俺は変態ではない。
だから匂いは胸がいっぱいになるほど嗅いだが、かじるのはちょっとだけで我慢した。
メニューを確認すると、空間魔法Lv1があった。
フローラのいぬみみに頬ずりをしている最中だということを忘れて、危うく歓喜の叫びをあげてしまうところだった。
名残惜しいが女の子が一人で寝ている部屋に、いつまでもいるわけにはいかない。
やましいことなど何もしていないが、俺は紳士だからな。
今度は自分の魔力を使って転移をしてみることにした。
周囲探索と同じくLv1では500mが限界らしくレベルを上げないと遠くへは行けないようだ。
クリスの目の前に転移して、驚かせてやろう。――と、思い付いて実行に移した。
一応は成功したが、俺も色々と驚かされた。
「いったああああああ!」
転移した途端にカラダに痺れるような痛みが走った。
怪我をしたというわけではない。電気マッサージ器の出力を最大にしたような痛みだ。
「クリス! 危ないじゃないか!」
「あなた! 驚かさないでください。いきなり現れるなんて、危ないのはあなたですわ!」
確かにその通りなので反論できない。
「……まさか、もうスキルを取得したの!?」
「取得したかどうかは分かりませんが、指先からチリチリと光るモノが出るようにはなりましたわ」
クリスだけではなく姉妹のステータスも診てみたが、スキルはまだない。
「いや、いま調べたけどまだなかった……けど、どういうこと? 魔法ってそんな簡単なの?」
ベアトリスは悪戦苦闘中のようだったが、アルヴァの指先からは小さな炎が出ている。
クリスには心当たりがあるようだ。
「おそらく血統ではないでしょうか?」
「血統? 血筋ってこと?」
貴族とは何らかの功績によって叙された者たちか、その子孫だ。
それが、戦争での手柄であったり、国に大きく貢献したとかである。
アームストロング家は大昔に何万もの魔獣が王都に襲来した際、剣と魔法で手柄を立てたご先祖様が貴族に叙された。
その血は受け継がれ、歴代の当主の中には高名な魔術師や騎士が何人もいた。
婚姻は貴族同士で行われることが多いため、さらに魔力が高まった、いわゆるサラブレッドである子供が生まれることもあるそうだ。
「姉妹はそういった家柄だったのでしょう。ベアトリスもじきに魔法が使えるようになると思います。それに、あなたの能力で成長も早いのですから、アルヴァはとんでもない魔法使いになるかもしれませんわ」
そう聞けば納得がいく。
最初から資質があり、才能もあった。
それが、ベアトリスは剣の方向に少し傾いていて、アルヴァは魔法の方に大きく傾いていたというわけだ。
クリスは嬉しそうに、そう語った。
これで、アルヴァは自信がついて、自分の事を役に立たないなどと思わなくなるだろう。
魔力とは精神力でもある。
もちろん、同じではないだろうが魔法を使うと少し倦怠感が出て気力が減った感じになる。
俺は、この日を予期して日頃から少しずつ買い貯めをしていた、魔力回復用ポーションを10本ずつ渡して、遠慮なく飲んで練習しようと言った。
一本2500円もするが、これでもMPポーションのなかでは一番安い品だ。
クリスが遠慮などするわけがないが、値段を知っている姉妹は、そんなにはいらないと、俺を気遣ってくれた。
「これは、早くみんな一緒に旅へ出たいと願う俺の為なのだから遠慮しないで欲しい」
と、カッコつけて言ってはみたが、4人で40本。たかだか10万円である。
1億円を持つ俺はそんなケチくさいことは言わない。
毎日、同量を使ったとしても月に約300万円。
1年で3600万円だから、約3年も保つではないか!
……1億円が3年で無くなってしまうと気が付いた俺は少しショックを受けた。
しかし、モノは考えようである。
これから強くなるのだから、それ以上に稼げるようになれば良いだけだ。
前向きに物事を考えることが出来る俺は、『これはその為の布石であって無駄遣いではない! 必要経費なのだ』と、自分自身を説得することに成功した。
練習は日が暮れてフローラが起きて庭へ出てくるまで続けられた。
その頃には、アルヴァには火魔法Lv1がスキルに加わり、ソフトボール程の大きさの火球が飛ばせるようになっていた。
ベアトリスはスキル取得には至らなかったが、掌の上に小さな渦巻きを発生させられるようになっている。
そして、愛する奥方様は……
「きゃー、あなた! 見てください! 夢にまで見た雷撃の剣です!」
と、雷を剣に纏わせて遊んでいた。
そして、雷魔法のスキルだけではなく、魔法付与という俺ですら持っていないスキルまで取得した。
「良かったじゃん、クリス。スキルを取得してるよ。やっぱり雷の魔法が合ってたんだね。それに魔法付与のスキルまで取得できてる」
「魔法付与ですか!? 魔法付与は取得が非常に難しいと言われていて、使える方は滅多にいませんのに……。さすが、私ですわ!」
クリスは、俺に指を差して得意げに
「あなた! 私の夫であることを自慢してもよろしいのですよ」
と、宣ったが、何かを思い出して、慌てて付け加えた。
「か、雷魔法は愛する夫が勧めたから練習しただけで、決して私が好きなわけでも、似合うわけでもありませんからね!」
奥さん……その言い訳はおかしいから。
馬鹿でもあるクリスは本当に多才だった。
クリスにしてみれば、佐藤がいれば自分が魔法を使える必要はなかった。魔法の練習に時間を取られるぐらいなら、剣の鍛錬に励んでいる方が有意義と思っていたのだろう。
今は張り詰めていたモノが切れて自分の気持ちに余裕が生まれているのか、楽しそうに魔法の練習をしている。
アルヴァも俺が褒めると、バンバンと火球を飛ばせて見せてくれた。
俺の役に立てる才能があったことが、よほど嬉しいようだ。
おかげで、家が火事になるところだった。
俺の空間魔法で燃え移りそうだった炎を閉じ込めて、事なきを得た。
そのことでアルヴァがまた落ち込むと思ったが、意外にも前向きだった。
「申し訳ございません、ご主人様。これからは、自分で消せるように水魔法も同時に練習いたします」
その前に、燃えるものがある方向に撃たないようにと言いたかったが、使命感に燃えるアルヴァに
「そ、そうだね。頑張ってね」
としか、言えなかった。
俺自身はレベルが早く上がる以外は何の取り柄もない。
少しみんなの才能が羨ましいと思ったが、別に俺は最強になりたいわけではない。
ただ、みんなで楽しくこの異世界を生きていければ満足だ。
そう、考えれば仲間に恵まれた俺は、言い方は悪いが、当たりを引いたということだろう。
血筋で言えば、アウルにだって魔法と剣の才能はあるはずだ。
ウスターシュも、公爵家の家令を務めていたほどの人物だ。戦闘用ではなくとも、何らかの才能はあるだろう。
意外と俺たちは、本当に実力のある世界最強のパーティーになるかもしれない、と思った。




