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1-26 機会で羞恥心

 結婚をしないまま一緒に住んでいても、いずれ同じ結果が期待できる。

 クリスの父親がそう考えていることは分かっている……


 贈り物を受け取ったら、もうクリスを返品出来ない。

 しかし、贈り物が欲しい訳でもない。

 狩りも順調でこのままでも特に不自由はない。


 だから、クリスを実家へ返したいのかと言われれば、実はそれはイヤだと思っている。

 まだ半月ほどだが、俺には必要な存在になってしまっていたからだ。


 これには、自分でも戸惑っている。

 いつの間に、そんな気持ちになったのか分からない。


「……クリスはこのまま預かるけど、贈り物はいらないよ。クリスの荷物だけは受け取っておくけど」


 アウルは意外だという顔はしなかった。

 すでに俺の顔を見てとピンときていたらしい。


「少なくともクリスを預かって、その荷物だけは受け取ることは了承して頂けると? では、満更まんざらではないということですか?」


 そう言って、アウルは口角を上げる。

 俺は自分の顔が赤くなっていくのを止められない。


「そうだよ! ウチにはクリスが必要だと思ってる。クリスはどう思ってるかは知らないけど!」


 誤魔化すように力強く肯定して、敢えて、俺には……と、言わなかった。

 何の効果もありはしなかったのだが……


「ふふ、そうですか。嬉しい誤算でした」


 アウルは明らかに冷やかしたいという表情だ。

 しかし、それだけならまだ良かった。

 続く言葉は俺の裏スキルがなんの役にも立たないと証明した。


「それでは、本人にも聞いてみましょうか? クリス、お前はどうなんだ?」


 レーダーは視界を一部遮るから常には起動させていない。

 まさか!? と思い振り返るとクリスが、フローラと手を繋いで立っていた。


「お兄様、お久しぶりです。わたくしには挨拶もしてくれないで二人で外へ出てしまうんですもの」


「すまない、クリス。荷物をこんなところに置きっぱなしにしたくなかったからね。それで、どうなのかな?」


わたくしは最初から、ヨウスケとずっと一緒にいると申したと思いますが?」


「それは、ただ食べ物に釣られていただけではなかったのか?」


「それは否定しませんが、今はそれ以外の理由もありますわ」


 クリスは俺に微笑みかけながらそう答えた。

 この話に間違いなく噛んでいるはずのアウルには、この返答は意外だったらしい。


「それは、どういう意味かな?」


「確かに、食べ物のことで少し取り乱していましたけれども、わたくしは、ヨウスケとなら結婚しても構いませんわ」


「あんなに嫌がっていたのに、また急にどうして?」


 アウルがあからさまにニヤケた顔を見せる。

 なぜだか、俺は恥ずかしくて逃げ出したい!


「あの方はもういらっしゃりません。でも、ヨウスケならわたくしの夢を叶えさせてくれると思いますから」


「では、もしサトウ様がまだいらしたら否定したと?」


「意地悪です、お兄様。ヨウスケは、とても心優しくて、素敵な男性ですわ」


 クリスは常に騎士団の中で生活をしていたので身分に拘わりがない。

 騎士団の中では貴族も平民も等しく実力だけが全てだったからだ。

 だから奴隷というだけで物扱いするのは、良い気はしなかったが、この世界ではそれが普通だし他人の奴隷の扱いなど、とやかく言える権利もない。


 自由奔放のクリスだが父親を困らせたい訳ではない。

 ただ、いつか佐藤に会えたら一緒に旅をしたかった訳だから、一緒に行ってくれるような夫か少なくとも旅に出かけるのを止めない夫でなければ困ると思っていた。


 父親がそれを分かって、譲歩をした見合い相手を探していてくれているのは知っていた。

 しかし、そのような相手を冒険へ連れて行って危ない目に合わせるなどしては父親に迷惑をかけてしまう。


 騎士団のなかには気の合う仲間もいて、自ら一緒に行きたいと言ってくれる者もいたが、実力で上がってきた貴族ではない者ばかりだった。流石に結婚となると家のメンツがあり、いくら父親が譲歩したとしてもあまり身分の低い者では、今まで断ってきた相手が納得しない。悪くすれば、家同士が不仲になってしまうだろうと分かっていた。


 このように結婚しなければならないと思ってはいても、その厳しい条件に合う者などいなかった。

 だから、自分の条件にさえ合う相手であれば恋愛でなくとも、父親の気持ちに応える為にも結婚はするつもりだった。


 そんな折に、薄々はそんな気はしていたが、佐藤が帰ったと知ってしまった。

 今までのことが無になってしまったとは思いたくない。


 後継者にどうしても会いたくてアウルに頼み込んだ。

 そこで見た者は、佐藤とはあまりにも違いすぎるひ弱そうな男で、自分でも理不尽だとは分かりながらも怒りが抑えきれなかった。


 佐藤のコロッケが食べられると分かったとき、少し怒りが収まった。

 思い出の品であり、忘れたくない味でもあった。

 罵倒したあとにお願いするのはさすがに恥ずかしかったので、偉そうにお願いしてしまった。

 

 それでも俺が引き受けてくれたことが、本当は嬉しかったそうだ。


 招かれた食事会で、俺が奴隷に対してまるで家族のように接している姿、兄のアウルと楽しそうに話している姿を見た。

 この人となら一緒に生活しても不快な思いをしないし、佐藤について行って自分がしたかった夢が叶うと思った。

 

 佐藤の後継者なら父親も喜び、将来も有望であり家のメンツが保てて迷惑をかけずに済む。

 この機会を逃したら2度と自分と父親が希望する条件を満たす男は現れないだろうと思った。

 だから、ここに住むと言い出した。


 そのときは一緒に住んでいるという、既成事実さえあれば愛など大した問題ではないと思っていたのだが最近は全く違うことを考えていた。


「ヨウスケの前で言うのは恥ずかしいのですけれども、みんな一緒に何でも楽しそうにやってる姿が、わたくしはとても好きですわ」


 俺の方が恥ずかしくて死んでしまいそうなんだけど!


「恥ずかしい? ク……クリスに羞恥心? 随分と成長したんだね。父上にまた報告に行かねばならないな」


 アウルは本気で嬉しそうにクリスに羞恥心が生まれたことに感激をしていた。


「クリス……いろんな意味で俺が恥ずかしいから、もうその辺にして欲しいんだけど」


 俺は結婚を前提としてもいいと伝え、ついにクリスを好きだと認めた。

 ただ、結婚はもっと先のことにして欲しいと正直に話した。


「そこは大した問題ではありませんから心配ありませんよ。クリスの嫁ぎ先が決まっただけで十分ですし、安定した結婚生活などヨウスケさんがまだ望んでいないのは知っていますからね」


「そうですわ、あなた。男性は結婚を間近に控えると逃げたくなると聞いたことがありますから、わたくしはあなたが決心するまで気長に待ちますわ」


 これでは俺一人が我が儘を言っている子供みたいではではないか。

 叔父になる日が待ち遠しい、などと言っているアウルを見ながら、何かうまい言い訳をしようと考えていた為にクリスの発言を止めることが出来なかった。


「お兄様。それはまだ早いですわ。わたくしはまだそこまでの事はしていませんから……。でも、その為の修練は欠かさずお風呂とベッドで……姉妹と一緒にしておりますけど」


 俺は今のアウルの顔を確認する勇気などなかった。


 夫はわたくしの大きすぎるモノがお好きで……と、聞こえた瞬間に俺は走り出した。



 5分後、フローラに手を握ってもらいながら、アウルたちが待っている荷馬車の前まで戻ってきた。

 

 クリスにとってアウルは実の兄で他人ではない。

 口止めする方法はなかったのだと自分に言い聞かせて、何事もなかったような顔でアウルに話しかけた。


「それでこの大量の贈り物は、悪いんだけど返しておいてくれる?」


 やはりニヤついていたアウルの顔など見ない。


「あなた。もらっておけばいいではないですか?確かに生活するのには必要ありませんが、お父様だってその方が安心できるでしょうし」


 クリスは父親が何を期待しているかを知っている。

 そこに自分の身請け代を含んでいることも分かっていた。


「それに、生クリームはもう無くなってしまったのですよね? あのような物を作ったり、あなたがいつも研究や実験をしている物の費用に当てれば良いではありませんか」


 俺はアウルとクリス、可愛らしい手でまだ俺の手を握ってくれているフローラの顔を順番に見た。

 そして、アルヴァとベアトリスの顔を思い浮かべた。


「そうだな。まだまだ作りたいものはあるし、それをみんなで使ったり楽しんだり出来ればいいか! それにお父さんにもお裾分けしてあげればその方が喜ぶだろうしね」


 なんの話か分からず俺の顔を不思議そうに見上げるフローラの頭を撫でながら微笑みかけると、アウルとクリスも笑顔を見せてくれた。



「忘れてました。兄からも一つ贈り物がありましてね」


 そう言うとアウルは胸のポケットから宝石を入れるような小さな箱を取り出した。


「兄というと、次期当主のおにいさんのこと?」


「ええ。兄も羨ましくて仕方がないみたいで……」


 箱の中には魔力の込められた水晶が入っていた。

 水晶の中には黒い渦が巻いていて、まるで別次元がそこにあるようだ。


「魔力は感じるけど、なんに使うの?」


「すでに魔力を感じられることが出来るのですか!?」


 冒険者ギルドへ通っていれば、今まで感じたことがない感覚ぐらいは察知できるようになる。

 その結果、魔力感知のスキルを取得していた。……まだ、ひとつも魔法が使えないのに。


 これは佐藤が作って、アームストロング家に贈ったモノだそうだ。

 空間魔法が込められていて、自動的に転移が出来るように作られていた。

 

 1度だけ任意の場所に一瞬で移動できる。

 万が一、家に何かあった時の脱出用にと、佐藤から渡されていた。

 空間を操る魔法は伝説の賢者などしか使えた者はいないとされている。

 もちろんこんなレアな魔法具など作れる人は、この世界にはもういないだろう。


 使ってしまえばなくなってしまうこんな貴重なものを、なぜ俺に? と、思っていたら、理由は簡単であった。


「他の魔法なら、自力で簡単に習得できるでしょうが、使える人がいない魔法では、いくらヨウスケさんでもスキルを取得出来るまでは長い年月がかかるでしょう。それを危惧した兄がこれを渡すようにと」


 これも、建前なのは分かっている。


「で、本音は?」


「転移が出来るようになれば、お土産も持ってきやすいだろうと。うまくいけば、珍しい場所や見たこともない景色を見つけたときに、迎えに来てくれるのではないかとも言ってました。あと、そのうち魔法付与のスキルを覚えてレベルをあげれば、同じ物をヨウスケさんが作れる様になるはずだから、痛くも痒くもないと笑ってました」


 そこまで、ぶちまけたアウルは自分自身も腹を抱えて笑いたいのを必死で我慢しているようだった。



わたくし、ずっと待っているのですけれども、誰もわたくしの夢は聞いて下さらないのですか?」


 俺の嫁は、仲間はずれにされているのをまた怒っていたが、聞かなくてももう分かっていたので、いまさら聞く必要はないと思っていた。


 アウルも分かっているだろうに、妹の機嫌を損ねないようにわざわざ聞いてあげていた。


「そういえば、クリスはなぜサトウ様について行きたかったのかい?」


 やっと出番がきたクリスは、嬉しそうに語り出した。

 そして、俺はもちろん邪魔をした。


「それはですね! わたくしは……」


「世界中の美味しい食べ物を探したり、珍しい魔獣の肉を食べてみたかったんでしょ?」


 口をパクパクとかわいく動かしたクリスは「もう、知りません! 嫌いです、あなた!」と、言ってフローラの手を引いて家に戻って行った。


 そのあと、俺とアウルが大笑いしていたことを、わざわざ説明する必要はないだろう。


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