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1-25 冒険で贈り物

 巨大な物体のアルゴリズム解明はいずれゆっくりすることにして、午後からは自由時間にした。

 そして俺は今日こそのんびり過ごすことにした。


 クリスはさっそくフローラを鍛えている。

 ベアトリスと一緒に庭に出て剣の構え方や振り方、戦闘が始まったときは盾をどう使うか、などを教えていた。


 ソファーで庭の練習風景を眺めていたが、アルヴァが気を利かせて紅茶を入れてくれた。

 そのあと俺の隣に座ったのだが、庭が気になって仕方がないらしく落ち着かない様子だ。

 主人である俺を一人残して自分も練習に参加するなど出来ないと考えているのだろう。


 自分も強くなりたいと思っているアルヴァに一緒に練習してくるように言ったが、やはりおれのそばを離れるわけにはいかないと答えた。

 こんな何もしてない俺のために控えていてもつまらないに決まっている。


 アルヴァがもっと強くなってくれた方が俺の役に立てる、とうそぶくと、嬉しそうに返事をして走って部屋へ自分の剣を取りに行った。



 初夏の日差しの中で楽しそうに練習をしている姉妹とフローラに、氷玉で冷やしてからストレージに仕舞っておいたレモネードを出してあげた。


「あなた。献身的な妻のわたくしの分はどこですの?」


「あれ? その胸の中に水分がいっぱい入ってるからいらないのかと思った」


 またもやぷりぷりと怒るクリスに冗談だと言って、グラスに入れたレモネードを出してあげた。



 汗をキラキラとほとばらせている姉妹とフローラ、そして巨大な物体が重すぎて汗だくなのに平然としているクリスの姿を見て、今日はもう一度お風呂の準備をすることにした。


 また、ぬるめにしたお風呂にみんなで入り、さっぱりしてから夕食の支度を始めた。


 風呂場でフローラが


 「おくさまとベアトリスおねーちゃんは、こんなにおむねが大きいのにあんなにうごけるなんてすごいです」


 と、二人の胸を見ながら言うと、今度は自分のほぼ平らな胸を手で確認しながらアルヴァの方を向き


「フローラはアルヴァおねーちゃんみたいに小さくないとあんなにうごけないとおもうから大きくならない方がいいなぁ」


 と、いう素直な気持ちを発言して、アルヴァがシクシク泣きながら風呂の中へ沈んでいくという事件が……

 いや、これ以上詳しく説明するのはやめよう。


 

 夕食も支度と言っても今日はストレージから出すだけだ。

 サボったわけではなくフローラに色々な食べ物を味わわせてあげたかったからだ。


 風呂の中でフローラに好きな食べ物は何かと聞くと先ほど食べたカレーとカラアゲだと答えた。

 そのほかの食べ物だと今まで食べた中では、まれに食べさせてもらったという硬くて何の肉か分からないモノや自分で探してきた野イチゴとブルーベリーだけだった。

 

 そして、白くて柔らかいパンが食べてみたいと言われたとき、聞かなければ良かったと思いながらも世の中にはいろんな料理があると教えたくなった。


 決して哀れんだのではない。


 【おにいちゃん】が【いもうと】に尽くすのは当然だからだ!


 俺はテーブルを料理で埋め尽くし、残してもまたストレージに仕舞うだけだから、遠慮をしないで好きな物を好きなだけ食べるように言った。

 見た事のない料理の山に喜び勇むかと思いきや、逆に引かれてなかなか手をつけられなくなっていた。


 アルヴァがどんな材料を使っていて、どんな味がするかと説明してあげたり、ベアトリスは興味を持って見ている料理をお皿に取ってあげたりして、フローラの好感度を上げたことは喜ばしい。

 

 だが、クリスは許せん。

 俺の許可もなく特殊スキルの【あーん】をしてあげている。

 

 それは、俺がするはずだったのに!


 もちろん、フローラに罪はない。

 クリスとはやはり今夜にでも、カラダとカラダのぶつけ合いで話をつけねばなるまい。



 クリスに対し、俺が威厳を保つための策を懲りずにろうしていると、お兄様が突然訪れた。

 

「久しぶりだね、アウル。食事中でごめんね」


 玄関に客が来たようだったのでアルヴァが見に行くと、伝言を聞いたアウルが訪ねにきていた。


「こちらこそ、食事どきに申し訳ない。おや、可愛らしいが増えたのですか?」


 俺たちが狩りへ出かけているあいだに、家事をしてもらおうとフローラを買ったと説明した。


「それならレベルも順調に上がり早く旅に出られますね。ところで、私もですが……留守にしていたようですが、どちらへ?」


 俺は魔獣討伐の依頼を受けてドリアーヌの村へ行っていた事を話した。

 アウルはその話を夢中になって聞いてくれた。


「それで、倒した魔獣で丸焼き作ってお祭り騒ぎをしたんだ。アウルにも一緒に味わわせてあげたかったよ」


「いやー、ホント残念です! 知っていれば私もついて行きたかった!」


 機会はこれからいくらでもある! そう言って、心から悔しがっているアウルを慰めた。


「ところで、今日は買取にきてくれたの? だいぶ貯まっているから、積みきれるか心配だけど……」


「まあ、それもあるのですが……」


 なにやら、はにかむような笑顔で要件を切り出した。


「冒険資金の足しにして頂きたい……というか是非受け取って頂きたモノを持って来たので見てもらいたいのです」


 気を遣うアウルには珍しく食事を中断させてまで今すぐに見てもらいたいようだった。

 それを不思議に思い、そのまま立ち上がってアウルと2人で外へ出た。


 アウルは自分が乗ってきた荷馬車の荷台を俺に見るようにと促した。


「これ、クリスの世話代として受け取ってもらえますか?」


「は!? これ全部!? 世話代ならこの前もらったよ!」


 普段よりふた回りほど大きい4頭立ての荷馬車には、嫁入り道具としか思えない荷物と大量の贈り物にしか見えないモノが山積みになっている。


「これは私の…と言うよりクリスの父親が用意した持参金です。もちろん屋敷に置いてあったクリスの私物も混ざっていますが」


 見たままの通りのモノだった。


「持参金って……俺まだ結婚するなんて、言ってないよ!」


「父にクリスをヨウスケさんに預けたことを報告に行っていたのですが、それがサトウ様の後継者と知ると大喜びで何としても嫁がせて来いと言われまして……」


 その結果が大量の贈り物と共に俺のところに説得に来た、という訳だった。


「クリスと結婚……するかしないかは別として、なんで佐藤さんの後継者だとそんなに喜ぶの? 俺は世界最強なんて目指してないのはアウルだって知ってるでしょ?」


「ひとつにはヨウスケさんにもその実力があるという理由もあるのですが……」


 アウルが話してくれたほかの理由は、スケールが大きすぎて現実味が湧かなかった。


 この世界は大きく分ければ12の国で成り立っている。

 独立都市や部族の集落などもあるが国と呼べる程の大きさではない。

 

 そしてこの国の名前はアリエス。


 アウル達の父親は貴族の中でも最高位の公爵であり、国王を除けばこの国では1位、2位を争うほどの権勢を誇っている程の人物だった。

 

 その娘であるクリスを嫁に出すなら、それなりの地位か実力がある者でなければならない。

 しかしクリスはあの通りで、なまじ名門の貴族などに嫁に出そうものなら、恥を掻くどころか権勢すら揺らぎかねない噂が立ってしまう。


 勝手に騎士団で修業してるぐらいなのだから武門の名門にでもと思っても本人にはその気がなく、ただ自分を鍛えているに過ぎず興味すら持たなかった。

 それならいっそ嫁に出さなければ良いのだが、それすらも身体的には何の問題もないクリスが、この世界の結婚適齢期を過ぎても嫁に行かないのは、何か別の問題でもあるのではないかと悪い噂が立つ。

 それ以外でも、父親が美人の娘を嫁に出したくないだけだと勘ぐられるかもしれない。


 実のところ、父親はクリスには幸せになって欲しいと願っていた。

 冒険に出るなとはいまさら言わないが、せめて女の幸せである結婚ぐらいはして欲しい。最大限の譲歩をした、気に入りそうな婿を見つけては見合いをさせようとしたが、クリスはことごとく、その全てをことわった。


 すでに諦めかけていたところに、若くて将来有望な俺が登場した。

 自分で言うのもなんなのだが……クリスの父親は、世界最強でなくとも、いずれ俺がこの世界で名を馳せる能力を備えている事を分かっている。

 今は無位無冠の俺がその実力を活かせるように、自分の権限で爵位を授け、山のような贈り物と共にクリスを嫁に貰わせたい…いや、押し付けたいという訳だった。


「それだけなら、俺じゃなくても誰か実力のある若者ならいいんじゃないの?」


 すると、アウルは何がおかしいのか突然クスクスと口にこぶしを当てて笑い出した。


「ぷ…くく…いや、すいません。これだけの好条件でも二つ返事で了承しないとは……さすがですね」


 クリスを愛している父親としては、佐藤ほどとはいかなくても、世界最強クラスにはなれる俺にクリスをもらって欲しい。危険な冒険に出ても、クリスを絶対に守れるほどの男が夫になってくれれば安心が出来る。そう言いたかったらしい。


「まあ、もうひとつ理由があると言えばあるのですが…」


 まだ、笑っているアウルは、もうひとつの理由を思い出し、声を出して笑い出したいのを我慢しているように見えた。


「そんなに変な理由なの? それに、俺に爵位なんて必要だとも思わないし何をすればいいのかも分からないよ」


「別に何かをして欲しい訳じゃありませんよ。実は父はサトウ様にも爵位を授けようとして断られているんですよ。冒険の邪魔になると言われて…」


「佐藤さんに? 臣下にでもしたかったの?」


 なかなか、話の核心を言わないアウルは、もう我慢できないという様子になり、とうとう大笑いをしていた。


 そして、笑いが収まると本当の理由を話し始めた。


「父は爵位など継がなければ本当は自分も冒険者になって、サトウ様のように世界を回り、迷宮に挑んだり未知のモノを探したり、いろんな景色を眺めたりと、要は私たちがこれからしようとしてることがしたかったんですよ。だから、私が家名を捨てることも簡単に了承したわけです」


 まあ、そうだな。いくら嫡男ではないにしても、父親が許可しなければ名門貴族の直系が、ただの商人などにならせてもらえるわけがない。アウルの気持ちが分かってやれる良い父親ではないか。


「早い話が父は英雄や勇者といったモノに憧れてまして……。爵位があれば他国や一般の人々が入るのを制限されている場所でも簡単に入れます。ヨウスケさんにクリスを娶ってもらえれば、冒険の話や……まあ、家族になるわけですから、珍しい物や美味しい食べ物の一つや二つお土産に持ってきてくれるだろうと」


 早いもなにも、その父親が自分の希望を叶えたいだけではないか。


「正直に言えばヨウスケさんから買ったものを売った相手も父ですし。こう言ってしまうとなんですが、私の一番のお得意様ですから」


 前言を撤回したい。

 息子の気持ちとは関係がなく、自分の代わりに珍しいモノを集めて欲しかっただけではないか!


「ああ、そうでした。ストレージには何でも保管できると話をしてしまいました」

 

 アウルは、さもこの話には自分に責任がないような言い方で付け加えた。


「別に、俺もこんな贈り物やクリスと結婚しなくても、そのぐらいならしてあげられるよ?」


「サトウ様もそう言って爵位を断られましたが、その前にお帰りになられてしまいました。ですから、妻がいればそんな無理もしないでしょう。それに、クリスは騎士見習いとなってますが、それはただ叙勲を父が許さなかっただけで実力も才能も折り紙つきですから、旅でもきっと役に立つはずです」


「それ、建前だよね?」


「もちろんです。父がそう言って説得しろと。まあ、断られるかもとは言ったのですが、結婚を断られても、贈り物を受け取っていれば、クリスのことを家に戻しにくくなるだろう、と言ってました」


 父親の本音を暴露バラしながら面白そうに笑ってますけど、あっさりその日のうちにクリスを置いていったのはアナタですからね。


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