1-21 観客と一芝居
ギルド長の部屋は2階にある。
俺は逃げるように階段を上ったが、床下からまだ視線を感じる気がした。
重たそうな部屋の扉をノックして、返事があるのを待ってから部屋の中へ入った。
この部屋は重厚な扉で仕切られていて、なかで重要な話をしていても外に漏れない様になっているようだ。
俺とギルド長の会話には人に聞かれたくない内容も多々含まれているから安心は出来るが、それでも、念の為に姉妹を部屋の外に残して、もし誰かが来たら教えるようにと頼んだ。
「流石だねー。早かったじゃないか」
「まあ、偶然というか、クリスのおかげと言うか……」
「なんだいそれは? まあ、仕事が早いのはなんにしろいいことさね。それで、要件はその報告だけかい?」
「あ、馬車をありがとうございます。それで、実はドリアーヌの事なんですが……」
俺は村の状況を話し、現金がどうしても欲しかった村長のために報酬代金を引いた30万円を渡してドリアーヌを買ったということを説明した。
エルはその話を聞いても驚きもせず、さも当然のように頷いていた。
「あたしはそんな気がしたんだよ。だからドリアーヌには、いつお前さんの奴隷になってもいいように、その心構えを持たせてやったんだが、まあ、見事に的中したというか、なんだな」
ギルド長には貧しい村からまっとうな報酬など、出るわけがないと分かっていたらしい。
そして、ほかの村では誰も助けを呼べずそのまま滅んでしまうことも間々あることだと言った。
「普通は領主に訴え出るんだけどな。そうすりゃ、討伐隊を派遣してもらえるが、まあ、あの村からじゃあ、領主のいる街は遠くて、自分たちで行くことなどできんだろうし、助けてもらえるなど思ってもいなかっただろう」
「じゃあ、俺たちが引き受けなかったら見捨てるつもりだったんですか?」
ギルド長はニヤッと笑い、自慢気に自らの強さをひけらかした。
「あたしの強さをなめんじゃないよ。いざとなったら、馬をとばして行きゃあ、その程度の魔獣を討伐して帰ってくるなんざ、誰にも気づかれずに日帰りで出来る!」
可愛い従業員を見捨てるわけがないだろう、と言って笑っていた。
「だがまあ、それは最終手段だな。前にも言ったが無報酬でそんなことをしてたら、冒険者ギルドという組織自体の根幹を揺るがしちまうからな」
さすが10倍の速度で上がったレベルは並外れた実力ということらしい。
実際には10年前までの話だが、普通に考えたら今の世界最強はエルなんじゃないかと思った。
鍛えていた訳ではなく、冒険に出たときの戦いだけでレベルを上げたらしいから、もっと強い人はいるかもしれないが……
エルは、本題に戻って話を進めた。
「それより、ドリアーヌはどうすんだい?」
「それを、相談したかったんですよ」
「手を付けて捨てちまうなんてのは可哀想だからやめておくれよ」
失礼だな!
俺がそんなことするわけがないだろ!
手を付けたら、当然そのあとずっと、何回も何回もするに決まっ……
「あなた。顔がイヤラシイですわよ」
ずっと黙っていたので、話に興味がないのかと思っていたら、俺の顔には興味があったらしい。
「な、なに言ってるんだよクリス。俺はただどうしようかと思ってただけだよ! ほ、ほら、ドリアーヌはここで働いてるし」
俺は精一杯平静を保ちながら、浮気がバレないようにしている夫みたいな言い訳をした。
「それならば、良いのですが……私はてっきり、あの娘に私たちにしているようなことがしたいのかと思いましたわ」
お前が鋭いのは分かったから、それを活かせる才能も養えよ! せめて時と場所ぐらいは……
案の定それを聞いたエルはニヤニヤしながら冷やかしを始めた。
「へええ……お前さんもなかなかやるねえ。その年で三人も相手にやってるのかい。じゃあ、あたしの出番はなさそうだねえ?」
いいえ、それは違います。美少女と美女と美熟女は全て別腹です。
「い、いや、そ、そんなことないですよ、ギルド長。それにそんなことはまだやってないです」
まだ最後までやってないという意味だから、嘘ではない。
ついでに、エルに出番があるかもしれないということも、ちゃんと示唆しておいた。
「じゃあ、そんなこと以外はやってるってことかい。全く若いもんは……。まあ、それはいいとして、ドリアーヌはあたしが引き取るよ」
伊達に年を重ねていない。
ドリアーヌを引き取って欲しいと思っていた事も含め、全て見通されていた。
「まあ、出来ればお願いしたいと思いまして……せっかく仕事があるのに辞めさせるのもどうかと」
「お前さんがいずれこの街を出るのは分かっているからな。あたしとしても人気者のドリアーヌに辞められるのは困るしな」
「そんなに人気だったんですか? さっき、すごい勢いでみんなから睨まれましたけど?」
それなら、ご機嫌を取るためにドリアーヌの依頼を受けてくれる冒険者はたくさんいたはずだが?
「あの子が来てから、男どもが依頼を受ける数も増えて、仕事をこなすのも早くなった」
聞かないでも理由は分かる。
ドリアーヌに会う回数を増やすためだ。
「だがまあ、そんな連中の下心は分かってるから、ドリアーヌも出来るだけまともな奴を選んで頼んでたみたいだからな」
よかったー! 俺は比較的まともに見られてたんだ。
「お前さんもどうしようもないエロだが、女が三人もいれば夜は満足してるとでも思って頼んだんだろ」
美人だが下品でもあるエルは、そう言ってゲラゲラと笑っていた。
ギルド長としてだけではなく、屈指の実力者として国に特別な地位を与えられていて、その2つの給金はかなりの額であるから、40万円など屁でもないと、その美熟女は宣った。
「じゃあ、それ全額ギルドへの依頼料にしていいですか?」
「ん? どういうことだい?」
「ドリアーヌの村へ支援物資を定期的に送ってあげて欲しいんです」
エルは俺の事をお人好しだと言ったが、それはお互い様だ。
自分もドリアーヌを奴隷になどしないで、そのまま働かせるつもりなのは顔を見れば明白だった。
ドリアーヌへは状況の説明をしておかないと、村へ帰った時に辻褄が合わなくなる。
しかも、このままでは俺は階段を下りて帰るのも困難だ。
手が空いたのを見計らって姉妹が連れて来たドリアーヌに、形だけはしばらく奴隷でいてくれないと困るが、実際には契約はしないし、それもほとぼりが冷めるまでだからと伝えた。
イロイロとメンドウなことになるのを避けるために、俺が村を支援する話はしなかった。
「では、私のご主人様はギルド長になるわけですか?」
「その方が、ヨウスケにもカドが立たんだろ? 縛るつもりはないから、好きにやってくれて構わんよ」
こうして一件が落着した。
ただ、心残りは修練に参加させてあげられなかったことだが、その分は今夜これからクリスと姉妹に存分にさせてあげれば良いと考えた。
話はついたにしても、このまま帰るのは不安がある。
ギルド長に頼んで、建物の出口まで一緒に来てくれるようにお願いをした。
ドリアーヌには出来ればついてきて欲しくなかったが、どうしても見送りたい様子で、それを断るのも薄情すぎるだろう。
ひと芝居を打つことにして、一緒に出口まで見送ってもらうことにした。
「じゃあ、お疲れさん……そうだ! あたしの頼みごとは、お前さんがこの街を出るときでいいから、忘れずに聞きに来とくれよ」
「そういえば、そんな事を言ってましたね。そのときだけはギルドに寄りますから」
そんな話もあったなと思いながらも今は俺の身を守る為に、これから打つ芝居に全力を注ぐ。
観衆の痛い視線に見守られているなか、俺はドリアーヌの方に向き直った。
「村はもう大丈夫だからね。大金だから大変だろうけど、しっかり働いて『ギルド長』に『借金』を返すために頑張るんだよ。これでもう主人じゃないから、これからは普通に接してね。俺は、いち冒険者でしかないんだから」
「はい。本当にありがとうございます。一日も早く返せるように頑張りたいと思います」
それとは関係なく俺の奴隷だとドリアーヌは思っているが、それは無視して話を作った。
借金の形に奴隷になったというのは、村の人たちに対してだけで良い。
依頼を受けた俺に借金をしたドリアーヌは、エルに立て替えてもらって支払ったという筋書きに書き換えた。
これで、俺はすでに報酬金を受け取ったということになり、残念ではあるが、もうドリアーヌのご主人様ではないと、見守る人たちにアピール出来た……ドリアーヌが余計なアドリブを効かせるまでは。
「ですが、このご恩に報いるためにも、ご無礼を働いてしまったことも含めて、私はヨウスケ様の奴隷であると心に刻んでおきます。宜しければ、ヨウスケ様も私をそのように扱って頂ければ嬉しく思います」
策士策に溺れる…いや、俺は策士ではないから、最初から余計な事を考えなければ良かった。
観客がホッとした顔を見せたのは束の間で、安心させてからこの仕打ちか! と、ばかりに憤怒の形相に成り代わり、一斉に剣の柄を握ったのが見えた。
急にジョギングがしたくなった俺は、クリスたちを連れて走り出した。
後ろから「私の身で良ければいつでも捧げます」と聞こえたときは、生き残るためには、やはり世界最強になる必要があるかもしれないという考えが頭をよぎった。
アウルがいるかもしれないと思って商業者ギルドへ寄ってみた。
商談用スペースにはいなかったので、受付で話を聞くと、アウルもしばらく街を離れていたらしい。
今は戻ってきているが、あいにくと近くに出ているそうだ。
俺たちが帰ってきたと伝えて欲しいと頼み、楽しみが待つ家に向かった。
家財道具一式を各部屋へ戻して、夕食はストレージにある出来立て料理でさっさと済ませた。
そして、みんなのお待ちかねであるお風呂の準備を始めた。




