1-20 異変と帰還
俺たちは配置に着く前に朝食を取ることにした。
村長が奥さんの作った朝食を持って来てくれたからだ。
昨日の夜食を一人で全部食べてしまっていた俺は、全くお腹は減っていなかったが、貧しい村では俺たちの食事を用意することすら大変であり、その好意を無駄になど出来ないので、お礼を言って受け取っていた。
そのあと俺は、今日一番重要な役割であるクリスと体力の少ないアルヴァ、そして育ち盛りのベアトリスに頂いた朝食全てを三等分にして分けてあげるという優しさを見せつけた。
俺は美味しい朝食を用意してくれた奥さんの為にも必ず作戦を成功させると誓い配置に着いた。
罠から少し離れた場所に、浅い別の穴を掘ってあり、そこに俺とクリスはうつ伏せになって身を隠していた。
太陽が中天にさしかかろうとしたとき、奴らは現れた。
ウトウトとしてしまっていたが、脳内アラームと気配を察知したクリスに起こされて、俺は緊張の面持ちになり、何が起こっても対処できるように事態の推移を冷静に見守っていた。
2日間も大勢の人が周辺にいたので近づけなくて腹を空かせていたのだろう。
奴らは森から出てくると、食べ尽くしてやると言わんばかりに、一斉に畑を目指して勢いよく走り出た。
そして、罠である溝にそのまま落ちた。
クリスは「やりましたわ! 作戦成功ですわ!」と言って、穴から躍り出て罠にハマった魔カピバラたちにトドメを刺すべく走り出した。
俺は何が起きようと対応出来るようにしていたはずだが、何が起こったのか全く理解できず呆然としてしまっていた。
逃走ルート上に罠を作ったのだが、良く考えてみれば、逃げ込む場所なら出現する場所でもあるのだとやっと理解できて、俺も罠に向かって走り出した。
俺が罠に到着すると、既に決着はついていた。
5匹の巨体が横たわるなか、「やりましたー、あなたー!」と、嬉しそうに血塗られた剣をかざしながら、ピョンピョンと跳ねて喜ぶ少女のようなクリスを見ても、俺はヒクつかせた笑顔を向けてやるしかできなかった。
ほかの人たちにも何が起こったか分からず、確認しようと姉妹を筆頭にして徐々に集まりだした。
クリスは自慢気に「【暁の新撰組】の勝利ですわ」と皆に宣言をしていたが、集まった人々は、このあっけない幕切れに、俺と同じようにヒクつかせた笑顔を送っているだけで、モノ凄く恥ずかしかった。
しばらくすると、村人たちは脅威が去ったと実感が湧き、喜び合い歓声を上げた。
討伐した獲物を村まで持ち帰り、そのうちの一匹を丸焼きにして村人全員で祝勝会をすることにした。
村長は討伐したのは俺たちだから、獲物は全て俺たちのものだと言って遠慮をしたが、どのみちストレージに収納しない限り大きすぎて持ち帰れるわけがない。
それに、今まで丸焼きなど食べる機会などあったはずもなく、マンガでしか有り得ない大きさの丸焼きを作れることに心が踊った。
皮ごと食べれるように体毛を焼き、綺麗に剃ってから、内蔵を抜き取り、木を加工した串を刺す。
大人の男性が数人がかりで「せ――のっ!」という掛け声とともに串を刺す様子を見ていると、なぜか自分のお尻が緊張で引き締まってしまった。
村長はこのぐらいの大きさになると、焼くのに5、6時間以上はかかるだろうと言うので、その間はスキルを駆使して、残りの獲物を食料として加工することにした。
馬車に積んでいたと言って、こっそり出した大量の岩塩と硝石を提供して塩漬け肉や干し肉を作り、各家族に配ってあげた。
他にも手の空いている大人に手伝ってもらい簡易燻製室を作り、全ての肉を保存出来るようにした。
これで、暫く食べるのには困らないはずで、後日また食料を届けるから、早く安定した生活を取り戻して欲しいと伝えて、娘を売ろうとしていた親たちに断りを入れた。
親たちからは涙ながらに感謝をされて、それだけで俺は冒険者として満足だった。
交代をしながら数人がかりでグルグルと回しながら焼いている様を、乙女チックなクリスは目をキラキラさせながらずっと眺めている。
もちろん、働き者の姉妹は燃料になる枝を集めたり、またもや俺がこっそり出した材料を使って付け合わせの料理を作ったりしていたが、今日はクリスの好きにさせてあげた。
そして、村長と報酬に就いて話をした。
魔カピバラを解体している時に出てきた魔珠5個はもらうことにして、問題はドリアーヌの事だった。
いくら支援したところですぐに収入があるわけでもなく、結局ドリアーヌを40万で買うことになり、報酬を10万として30万円を渡した。
村長からは俺の奴隷となるようにと認めたドリアーヌ宛の手紙を渡された。
今頃は首輪を握りしめて俺の帰りを待っているはずだから必要はないと思ったが、一応は受け取った。
しかし、買ったはいいがドリアーヌはギルドで仕事をしているので、狩りに連れて行くことは出来ない。
姉妹と同じように風呂とベッドでの修練だけはさせてあげたいが、それだけをみんな一緒でするのもどうかと思い、ギルド長に相談しようと考えていた。
丸焼きの出来上がり直前から祝勝会という名のお祭りが始まった。
こんがりと飴色に焼かれた肉の塊を前にして、写メが撮れないことを非常に残念だと思ったが、心のメモリーに残そうなどと気障なことを考えついた。
クリスが切り分けた肉を皿に盛ってこちらに来ると、俺に差し出して、俺がまず最初に食べないと誰も食べられないと言った。
そんなことなど気にせず、クリスなら真っ先にかじりついているかと思っていたが、チームのリーダーとしてなのか、夫としてなのかは分からないが、俺を立てようとしているのは分かった。
みんなが見守るなか大雑把に切り分けられた肉にかぶりついた。
皮はパリッとしていて、脂身はもっちり。そして肉は柔らかく、ネズミの分際で美味すぎる味だった。
俺が食べるのを見守っていた村人たちに、「うまい!」と笑顔で応えると、大歓声が湧き、自分達も食べ始めた。
どこかの海賊団がしているようなお祭り騒ぎに憧れていた俺は、いつかこんな日が来ることを期待して、樽ごと買っておいたワインと麦酒も2樽ずつ提供していたので、飲めや歌えやの大騒ぎになった。
誰かのセリフではないが「宴だー!」と、叫びたい心境だった。
感謝をしながら俺を取り囲んでいる売られるはずだった女の子たちにお酌をしてもらうと、男の浪曼を叶えてくれるこの異世界は最高だという想いで胸がいっぱいになった。
ほろ酔いになった俺は、寝不足もあって一足先に借りている家に戻ることにした。
戻る前にクリスを見つけて、先に帰ると伝えた。
そして忙しそうに料理を配っている姉妹へ、俺に構わず自分たちも楽しむようにと伝言を頼んだ。
大騒ぎのなか風呂の為に水を汲みになど行けないし、今日はつかれたので、そのまま寝るつもりだった。
俺は着替えもせずにそのままベッドへ倒れこむように横になると、あっという間に意識が飛んだ。
誰かが入ってきて服を脱がせてくれた。
濡れたタオルでカラダを拭いてくれていた事はなんとなく覚えているが、部屋を出て行くときに「お疲れ様……」と最後は、ご主人様だったのか、あなただったのかは分からないが、そんな声をかけられた気がした。
翌朝、目が覚めるとクリスと姉妹はいつもの定位置で寝ていたが、俺のカラダに異変が起こっていた。
俺のカラダの一部が怒っている。
恐らくだが、すぐ寝てしまったせいで、姉妹たちに修練をさせてあげなかったことと、伝統の技を披露してあげなかったことを責めているらしく、怒りマークが浮き出そうなほど怒っていた。
こいつをどうやって鎮めようかと考えていると、俺が起きたことに気づいて全員が起きてしまった。
クリスは目の前にある、俺の怒気の孕んだモノをマジマジと見つめると
「準備は出来ていますね、あなた。昨日はゆっくり寝れたのですから、修練のお相手と約束の伝統の技をお願いしますわ」
と、嬉しそうに言った。
寝起きから修練の相手をするのも主人の務めだと諦めて、俺は自らの責務を果たすことにした。
順番に修練をする三人を相手に、俺も順番に伝統の技を優しくしてあげた。
アルヴァの問題を解決する為に重点的に技を駆使してあげると、いつもと違う顔つきになり、聞いたことがない声を出し始めた。
姉が崩れ去る様子を見て、ベアトリスは何かをモノ凄く期待した目で俺を見つめていたが、その弾けるような大きいモノに触れたときは、一昨日の晩のことを思い出して、ベアトリスと目が合わせられなかった。
クリスの番は最後だった。
掴むと言うより持ち上げるといった表現が的確な運動になり、そしてそのとてつもなく巨大なモノは、指が沈んでしまうのではないかと思うほど柔らかかった。、
クリスは「何か、この二人の時とは違いますわ」と少し不服を述べたが、それもそのはずで、運動種目が変わっただけではなく、タイミングが悪くちょうど賢者タイムに突入していたからだ。
2度目の順番がきたときは、昨日の最大の功労者であるクリスには、気合を入れて文字通りのリップサービスまでしてあげると「これなら許してあげます」と、合格点を頂けた。
しかし、これから街まで帰らねばならないので、これ以上体力を失うわけにはいかない。
名残り惜しそうな顔のクリスに、早く帰って続きはお風呂で、と言ってあげると、嬉しそうに「期待してますわ、あなた」と返して、鼻歌交じりで帰り支度を始めた。
村長以下全村人に見送られ、俺たちは村を出発した。
馬車は行きと同じく快適だったが、なぜかクリスはベアトリスに馬車の動かし方を教えていて、俺はゆっくりと休んで体力を回復させておくようにと言われた。
街に帰還すると、報告を兼ねてまずは冒険者ギルドへ立ち寄った。
受付カウンターにいたドリアーヌと目が合うと、俺はうまくいったという意味を込めて笑顔で手を振った。
俺に気が付いたドリアーヌは、何かの手続きをしていた相手の冒険者を放ってカウンターから飛び出して来た。
そしてまたもや、俺の足元で跪いた。
「お、お帰りなさいませ、ご主人様。随分とお早いお帰りで驚きましたが、もちろん首尾など聞かずともうまくいったと分かっております。ありがとうございました」
確かにその通りなのだが、今は日暮れどき。荒くれ者でもある冒険者たちがギルドに一番集まる時間だ。
皆が驚きの顔をしてドリアーヌを見たが、そのあとの視線は恐ろしいものがあった。
ドリアーヌを跪かせている俺を見る目は、嫉妬、軽蔑、憎悪、ありとあらゆる負の感情と、多少の羨望が混じっているようだった。
「ド、ドリアーヌ! いいから立って! まだ仕事中でしょ!?」
「いいえ、ご主人様。奴隷となった私にはご主人様以上に大切なモノなどありません」
い、痛い…全身に視線の集中砲火が!!
「と、とりあえず、俺はギルド長の所へ報告に行くから。ドリアーヌは忙しいだろうから、あとでね」
俺が歩き出してもドリアーヌは立ち上がらず、意外なことに行く手を阻む者はいなかった。
割れるように開かれていく俺の行く手を、獲物を狙うようなハンターの目をした冒険者に見守られながら進んだ。
俺の血塗られた道からは、ドスの効いた「俺のドリアーヌちゃんに……ヤルしかないか」や「血祭りってどんなお祭りだろう」などのよく意味が分からない言葉が聞こえていた。
突然女神のような美しい声のよく意味が分かる言葉がそれらを遮った。
「うるさいですわね。歩きにくいですわ! 私は、早く帰ってこの姉妹と夫の4人で一緒にお風呂へ入り、イロイロとしたいので邪魔をしないで頂きたいですわ」
女神のように美しい金髪馬鹿は偉そうにそう言って、目を血走らせた皆さんに、なぜか家庭の事情を教えてあげていた。
そして俺は、自分がこの街最強の男になるまで、冒険者ギルドへは近づかないと心に決めた。




