1-2 宿屋と商業者ギルド
まずは、近くに見える街へと向かう。
情報収集と宿を探すためだ。
ここは完全日本人仕様の世界である。一部の例外を除けば、言葉や文字の心配もない。
街への入口には衛兵が数名立っている。
物々しさは感じないので、まあ問題はないだろう。
商人や冒険者風の人たちが並んでいる。顔パスの者もいるようだが、大半の者は自分のIDを提示しているようだ。
盗賊など犯罪者を迂闊に入れることなど出来ないであろうから、当然のことではある。
俺は「意外と治安はいいのかな?」などと考えているうちに自分の順番となった。そして衛兵の一人に言われるがまま自分のIDカードを発現させて提示する。
まあ、当然のことではあるが、第一声は「その年で無職の放浪者なんて恥ずかしいから仕事を探せ」であった。
それ以外にはIDカードに不信な点はなく、この街には仕事を探しに来たと答えた。いきなり「冒険者に俺はなる!」などと言ったら無謀と思われるのがオチだろう。この街のことや働き口、その他の知りたい情報を尋ねた。
この街の名前はモノケロス。
ここはさほど大きい街ではないが、それでも仕事はあるとのことだ。
仕事に関しては念の為に聞いただけで、当然冒険者になって稼ぐつもりである。
大して人も並んでいなかったおかげで、細かくとはいかなかったが、それなりに話を聞けたのは幸運だったと言える。
偉そうな物言いではあったが、年長者から若造への忠告といった感じで悪い印象はない。
いきなり不審者扱いすることもなく、話をしてくれるのだから人柄は良いのだろう。ここは想像していたより平和なようだ。
この街に知り合いはいないらしいと察したその衛兵は、安い宿は貧困街にも近いから俺のような無知な田舎者には危険であり、金があるならまともな宿へ行ったほうが良いと、手頃な値段の宿まで教えてくれた。
礼を言って街の中に入り歩き始める。
中世の西欧文化が色濃く出ている想像通りの街並みで、オノボリさんの様に周りをキョロキョロと見回しながら歩くと10分ほどでその宿に到着した。
中に入り宿の主人らしき人物に部屋は空いているか尋ねた。
見慣れない服装のせいかちょっと不信の目をされたが、衛兵から紹介されたと伝えると、犯罪者の類ではないと思ったのか、1泊300円で朝食付きと説明された。
高いのか安いのかも分からないが、とりあえず一泊の料金を支払うと、ついて来いといった仕草で2階へと上がった。
案内された部屋は6畳ほどの大きさで、机と椅子、そしてベッドが一つあるだけ。簡素ではあるが、さしあたりこれで十分だ。
手ぶらで街に来るのもなんだか怪しい気がしたので、手荷物ぐらいは持ってはいるが、そのほかの荷物はすでにストレージへと収納済みである。
そのおかげで歩き疲れたということはなかったが、ベッドへ腰を下ろすと、そのまま後ろに倒れ横になった。
「ホントに異世界に来ちゃったんだな…」
そんなことをつぶやきながらも、これからのことに想いを馳せる。
自分の希望を叶えるための準備はしてきたつもりではあるが、当然まだそのための具体的な計画はない。
だから、しばらくは強くなることを優先して、そのあいだに情報を集め方法を模索するのがいいだろう。チート仕様でもあるし、準備にそれほど長い時間はかからないはずだ。
焦る必要は全くない。死んでしまったら元も子もないのだから。
まずは、かさばるので殆ど持ってこなかった衣類や生活雑貨などの買い物から始めるか。
幸いにもこの宿程度なら10年以上宿泊できる資金はあるが、この世界の常識も知らないのだから、怪しまれないためにも何処かに部屋も借りたほうがいいだろう。
この宿屋は1階は酒場を兼ねた料亭となっているので、食事でもしながらこの宿の主人からそれらの情報を集めるのが手っ取り早い。
さしあたりの方針を決めた俺は、部屋を出て階段を下りる。
店内には入ってきたときと同様に数人しか客はいない。これなら、仕事の邪魔にならない程度なら話は聞けるだろう。空いている適当なテーブルに着くと、オススメの料理と飲み物を頼んだ。
さて、まずは何から聞くとしようかな…
佐藤から借りたお金はあるが、装備や必需品など揃え、部屋まで貸りるのにはそれで十分なのかどうか正直不安でもあった。
資金を増やすために持ち込んだ物を買い取ってもらうことから始めたい。
しかし露骨に聞くのは俺が金目の物を持っていると言っているに等しいだろう。治安は悪くなさそうでも、どこで誰が聞いているかもわからない。
無難に、一攫千金を狙ってやって来た若者といった感じでさりげなく尋ねることにしよう。
幸いにはそれは誰でも知ってる程度の話だったらしく、宿屋の主人は田舎者だと思っただけのようで、特に不審がることもなく教えてくれる。
曰く――
魔獣や魔物の高額部位や依頼が来ているものなら冒険者ギルドでも買い取りをする。
商業者ギルドには、常に独立した商人たちが幾人か待機している。
魔獣やケモノの肉や毛皮を含め、色々な商品を売りに来た人と交渉して買い取ってくれる。
さらに主人の口を滑らかにするために追加で飲み物を頼み、他にも雑談を交えて知りたい情報を尋ねる。
支払いは90円だったが、食事はかなりのボリュームがあった。
通貨は円になっているが、物価は1/10以下といったところか。
食事を済ませると、お礼を述べて教えられた商業者ギルドへと向かう。
商業者ギルドの建物には商談用スペースがあり、何組かが話し合いをしているようだ。
俺は商人たちの待機スペースと思われる場所で話しかけると、指名の場合以外は順番制であるとのことで、次の順番と思われる見栄えの良いイケメンが立ち上がった。
初っ端からイケメンとは俺も運が悪い。
俺はコンプレックスがあるほど酷い容姿ではないが、比べられたら泣くしかないほどの差はある。―――が、ここは仕方ない。ぐっ、と涙を飲んで話しかける。
「売りたいものがあるんだけど、見てもらってもいいかな?」
実年齢は兎も角、今は18才でしかない。俺があまりにも若いせいか、大したモノは持っていないだろうといった表情を一瞬だけ見せたが、そこはさすが商人、すぐに「駆け出しですが」と人好きのする笑顔で挨拶をしてきた。
スキルを使い診てみると名前はアウル。24歳でLv30、スキルには鑑定眼Lv7がある。
MAXがLv10なのだから鑑定眼Lv7なら交渉するには充分だろう。
お互いの自己紹介を済ませると、アウルに誘われがまま商談スペースの空いている席に着いた。
駆け引きなど全く自信はないが、俺が持ってきたモノは、この世界では高額のはずである。強気に出ても問題はないはずだ。
流石に全部出すような馬鹿な真似はしない。
ストレージの存在がバレないように、あらかじめ鞄に入れておいた布ものやガラス細工やグラス、ほかにも1品100円コーナーで買った小さい鏡や雑貨類を様子見を兼ねて数点取り出した。
「こ、これは……どこで手に入れられましたか?」
愛想良くはしているものの、全く期待などしていなかったのだろう。これらの品を目の前に並べられたアウルは驚愕の表情を露わにしている。
なにか、他にも気付いている感じもするが…
「……それは、当然秘密です」
地球という惑星の日本です!などと正直に言えるはずもない。
交渉中なのだからこの応答でも問題はないだろう。
「そうですよね……。では、おいくらをご希望ですか?」
俺の鑑定眼Lv10で視ると総額は120万ほどである。
「250万でどうですか?」
「――え!?」
提示した金額が高いのは承知の上だ。この世界にも似たようなモノはあるだろうが、品質はケタ違いのはずだし。それに高品質のものは簡単には手に入らないという付加価値もあるだろう。
限られた俺の資金源だから出来るだけ高く売りたいという気持ちもある。
それにそこまで急ぐ訳でもない。
この値段以下なら今売らなくてもいずれチャンスはあると思う。
俺の強気の発言にアウルの表情が変わる。
高すぎたのかとも思ったが、その理由は俺の想像の対局であった。
「もう少し高いと思ったんですが…」
アウルは付加価値を俺より理解していた。
まあ、商人なのだから予想外としても意外だったということはない。
逆に、安いと思ったのならわざわざそんなことを言わず、無知で馬鹿な奴とさらに値下げ交渉をしても良いところだ。
しかし、根が単純な俺はそんなことには全く気付かず、正直、早まった! と思いっきり顔に出てしまっている。
そんな俺の表情を見て、何を思ったか、アウルはクスっと笑うとなぜか譲歩案を提示してくれた。
「もし他に何かお持ちでお売り出来るものがありましたら、これらを300万で買わせて頂きますよ?」
プラスされた50万が妥当なのかはもちろん分からない。
しかし考えてみれば、普通ならそのまま250万で買われていただろうし、悪ければさらに値下げの交渉されていたはずである。
それを思えば、この商人の話に乗ってさらにいくつか売るのは悪くない。
あまり高くなさそうなモノを数点選び、テーブルの乗せてアウルの表情を伺う。
少し思案顔になったアウルは、それを鑑定しながら考え事をしている様子であった。
「では、全部で350万でどうですか?」
値段以外のことを考えていたようにも見えたが、そんな素振りを消して値段を告げてきた。正直なところそれすら妥当か分からない。しかし、金額的には自分の予想より上だし、無知な俺としては相手を信用するしかないのだから、このままこの商談を成立させることにしよう。
それに話をこじらせて、この世界を生きる為に必要な情報を得る機会を逃したくはない。
聞きたい事があるので時間はまだあるかと尋ねると、それなりの高額の取引をした相手だからなのか、即良い返事をしてくれた。
何から尋ねればいいのかと考えたが、まずは身の回りのことよりこの相手、つまりほかの街へも行く商人にしか聞けないことから始めるべきだろう。
最終目的地ではないが、俺には行きたい場所があった。
このとき、その場所を直接聞いていれば、事は済んでいた。
衛兵や宿屋の主人にも尋ねてはいたが、名前を聞いたことはあっても場所は誰も知らず、調べる為にはもっと大きい街にでも行かないと分からないのではないかと言われていた。
そのせいで、その場所ではなく、情報が得られそうな大きい街の場所を尋ねてしまっていた。
そしてアウルは馬車を乗り継いで5日程のところに、王都ほどではないが、フォルナックスというかなり栄えた街があるということを教えてくれた。
聞いてはみたが、俺には今すぐその街に行くつもりは当然ない。
馬車で行けると言われても、まるで日本と違うここの生活にまずは慣れる必要がある。右も左も分からないのに、そんな大きい街に移動して生活難になるくらいなら、ここで無難な生活を始めておくほうが良いだろう。
ここが無難なのかと問われれば答えようもないが、今のところ住民に悪そうな人は見かけていない。もちろん、荒くれ者といった冒険者風の者は見かけたが、絡まれたわけでもない。
そしてこれも急ぐわけではないが、今聞いておくのが良いだろう。
どこかに家を借りたいと伝えて、その家で家事をしてくれる人をどこかで雇えないかと尋ねた。人を雇うのには不安はあるが、掃除機や洗濯機、ガスコンロがあるわけでもないのだから、自分で出来ると思えない。
それなら、宿暮らししてればいいかと思うと、それはそれで人付き合いが増えて常識のなさからいらない問題を引き起こすかもしれない。それなら雇用関係のある相手のほうがマシと思える。
しかし、アウルは別の提案というか助言をくれた。
それだけの資金があれば奴隷を買った方が良いのではと告げられたのだ。
「奴隷であればそのままフォルナックスへ連れていけますし、必要がなくなればそのまま売ればいいのですからね」
確かに一理ある。
それに、この世界の奴隷もテンプレを外さず、首輪によって命令を聞かせることができるらしく、秘密にしたいことが漏れたとしても、口止めは可能である。
しかし、俺は考えついた事は全くちがう。
奴隷という言葉で最初に思いついたのは、当然【ハー】なんとかである!
そして、これも当然ことながら即座に次の質問をするのであった。
「い、いくら……いくらぐらいで買えるのー!?」