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1-18 本音と気遣い

 罠は翌日の夕方に完成した。

 幅が3m、長さ15mほどで深さは約1m。

 深く掘るのは予想以上の重労働だったので、溝にハメて足止めをした魔獣にトドメを刺すという方向に変更している。


 翌朝から作戦開始として疲れている村人を帰したが、俺たちは念の為に朝まで交代しながら見張りをすると言ってその場に残った。


 村長がのちほど食事を届けさせると言って村へ戻り、1時間ほどして奥さんが豪華ではないが、心の籠もった夕食と夜食を届けてくれた。


 俺たちはもちろん断らず美味しく頂いている。

 無理をしないようにと言って奥さんは帰って行ったが、全く無理をするつもりはない。


 なぜなら、俺は全く動かず周囲を警戒して侵入するモノを察知出来るからだ。

 

 すでにLv2である周囲探索スキルは、半径1kmを確認できる。

 その範囲に危険なモノが入り込むと、危機感知スキルにより脳内アラームが鳴る。

 それに危機感知もLv2になっている。

 隠されている危険などはまだ感知出来ないが、視認出来る魔獣なら問題はない。



 俺は優雅に星を眺めながら風呂に入るために、昨日のお湯を捨て大量の桶に汲んでおいた水と入れ替えた。


 浴槽の脇に、こんな事もあろうかと買っておいたスノコを並べ、光玉を一つ置いてロマンチックさを演出した完璧な修練場を作り上げた。


 俺はこの情熱を日本にいたときから発揮していれば、もう少しマトモな生き方をしていたのではないかと思ったが、それは死んでから考えればいいかと、あっさり忘れることにした。



 星の瞬く夜空の下で行われる修練は、なんとも言えないほどの甘美な趣きがあった。


 この瞬間なら、一月ひとつきほど大事に守り通した若返った俺の初モノを穢しても良いのでは、と考えた。

 しかし、どの【受け入れ先】を最初に選ぶかなど俺には出来るはずもなく、結局、いつもより修練の回数を増やすだけに終わった。



 ベッドを出してクリスとアルヴァを先に寝かせた。


 俺よりレベルもスキルも格段上のクリスが魔獣討伐の要になるし、アルヴァは体力が俺たちの中で一番少ない。

 だから、少しでも長く寝かせたかった。


 分かってはいたことだが、アルヴァは俺より先に寝るのを嫌がった。


 俺は本番は今日ではないのだから、明日、走れなかったら困るから、体力を回復させることがチームの為だと言い聞かせ、交代するときは起こすから、と約束して寝かせた。


 クリスは何か言いたげな顔を俺に見せたが、結局、何も言わずにアルヴァと一緒にベッドに入った。



「ベアトリス。悪いね、後回しにしちゃって。少し経ったら、寝かせてあげるから」


 会話をする声で寝ている二人を起こさないように、俺たちは少し離れた場所に座り込んでいる。


「明日のことを考えれば、それは当然のことだと思いますよ、ご主人様」


 察しの良いベアトリスは、俺の意図を分かってくれたようだ。


 初めて会ったころは、姉妹ともにガチガチの言葉で話をしていた。

 その応対に毎日疲れてしまっていたが、最近のベアトリスは砕けた言葉で話してくれるようになっている。


「それに、ご主人様はクリス様と姉を起こすつもりはないですよね?」


 俺の本心にもベアトリスは気が付いているようだ。


 本音を言えば、ベアトリスも早く寝かせてあげたいが、アルヴァが起きてるうちにベアトリスを寝かせてしまったら、姉であるアルヴァは妹の代わりに俺の方へ来てしまうだろう。


「バレた? ごめんね。二人で交代しながらになるけど先に寝かせてあげるから、もう少し待ってて。アルヴァがまだ起きてるんだ」


 その意味は通じたが、ベアトリスはそれが意味することを驚いた。


「ご主人様の能力はそんな事まで分かるんですか!?」


 見るだけでは俺のいる場所からアルヴァが寝ているかどうかまでは確認出来ない。

 だから、それは俺の裏スキル……能力だと気付きベアトリスは驚いたのだ。


「はは。これも内緒だよ? 自分の状態を見られて嬉しい人なんていないからね」


「ご主人様。私たち姉妹は大恩あるご主人様の秘密など死んでも洩らしませんよ?」


「いや、死ぬような事態になったら、しゃべっていいからね」


 俺はそこまでして守る必要はないと思ったので、素直にそう言ったが、ベアトリスがかわいい笑顔を見せてくすくす笑い出した。


 こうして見るとベアトリスもただの女の子なんだな、などと当たり前のはずのことが新鮮に思える。


「ご主人様は、本当にお優しい方ですよね」


「そんなことはないよ。前に言ったことがあると思うけど、俺の国には奴隷なんていないから、どう対応していいのかまだよく分からないんだよ」


「それは違いますよ、ご主人様」


ベアトリスはそう言うと立ち上がり、俺の後ろに跨いで座った。

そして、腕を回して俺を優しく抱きしめてくれた。


「向きは違いますけど、前に同じ様な事をして、ご主人様が、大変な事になっちゃいましたよね」


 俺には女性経験はあっても彼女はいたことがなく、こんな素敵な夜空を眺めながら女性と二人きりで接近しながら静かに話すなどというリア充経験はない。


 もし、いまベアトリスが俺の顔を見ることが出来たなら、きっと主人としての威厳などはなく、俺が慣れないこの局面に恥ずかしがって顔を赤くしているただの若者だとバレていただろう。


「ご主人様が私たちに優しくしてくれるのは、ご主人様が優しいからですよ」


 俺にはこの言葉に返せるスキルなどない。

 ただ黙ってうつむいていると、ベアトリスは話を続けた。


「私たちが受けた奴隷の教育は、それがどんな主人にでも受け入れられるモノだと思っていたのですけど、最近になってやっとそれは違うと分かりました」


 俺が何か答えるのを待っているかのように話を切ったが、今の俺は何も言えないほど緊張しているとベアトリスは分かったのだろう。

 そのまま、俺を抱きしめながら自分が何に気づいたのかを話してくれた。


 「私たちの対応は、ご主人様をただ疲れさせていただけなんですよね? だから、私は出来るだけ普通に話すようにしました」


 さすがに姉のいるところでは出来ないので、それは二人きりの時だけと付け加えた。


「姉は純粋ですから、ひたすらご主人様にご恩を返したい一心なので、それは我慢して下さいね」


 アルヴァには無理だろうということは、俺にも分かっているので、それを責めるつもりなど毛頭ない。


「あと、ご主人様が少しヤラしい方だというのも分かってしまいました。あ、でもそれは私も同じだと思いましたから、今まで通りに修練をさせて頂きますね」


 誰にも見抜かれないと思っていた真実とそんな事を無邪気に言われ、恥ずかしすぎてしばらくマトモにベアトリスの顔を見ることが出来そうもなかった。


「ご主人様は私の年齢が気になるようですから待ちますけど、クリス様と姉の後でいいですから、私にもちゃんと手を出して下さいね」


 俺はもうこの状況には耐え切れず、ベアトリスに最終手段を実行した。


「も、もう、アルヴァは寝たからベアトリスも寝なよ。交代する時はちゃんと起こすから」


 俺にはこれが精一杯で、もしベアトリスが拒否をしたらすべはなかったが、意外にもベアトリスはあっさりと立ち上がった。

 そして「その言葉はさっき姉にも言ってましたよ」と言って笑った。


「それと……私、もう一つ気づいた事があるんです」


 俺は振り返らずに「なにを?」とだけ尋ねた。


「ご主人様が気遣って言って下さることを拒否したり、否定したりするたびに、私たちを説得する何か良い方法がないか、いつも苦労して考えているって事をです」


 本当は気づいてもらえて嬉しかったが、年下のベアトリスに見抜かれことが少し悔しくて、それをなんとか誤魔化せないかと考ていた。


 しかしそんなすぐに良い案など浮かぶはずがない。

 ベアトリスも俺からの返事などないだろう思っているようだ。

 

 そして、アルヴァを起こなさい為にもう一つベッドをここに出して欲しいと言った。


 俺は素直にベッドを出すと、見せたくはなかったが、おやすみを言うために振り向いた。


「べ…ベアトリス。その…おやすみ、な。ちゃんと、あとで起こすから」


 ベアトリスは真っ赤にしている俺の顔を見ても笑ったりはせずに優しく微笑んでくれた。


「はい、おやすみなさい、ご主人様。起こしてはもらえないと分かってますので、明日の昼間はお昼寝してて下さいね。魔獣が出たら、私とクリス様でちゃんと起こしますから」


「な、なんで、クリスが??」


 どうせ見抜かれると俺も分かっていたが一応言っただけで、そこにクリスの名前が登場するとは夢にも思わず焦ってしまった。

 ベアトリスはおかしそうな顔になり、信じられない事を教えてくれた。


「クリス様はご主人様がご自分を起こさないだろうって気がついてましたよ? でも、何も言わなかったので、恐らく昼間に寝かせてあげようと考えたんだと思います」


「いやいやいや、クリスが? ないない、それはないよ」


「クリス様は変わっていますけど、馬鹿な方ではないですよ」


 そう言うと俺の前に立ち、修練にもあるおやすみの挨拶をした。


 近づけた顔を離すとベアトリスはすぐベッドに潜り込んだ。

 修練の時とは、全く違う感覚が全身を襲い、俺は動けなかった。


 ベアトリスは、もう一度「おやすみなさい、ご主人様」と言ったが、その時の顔が俺と同じように赤くなっているのが見えた…気がした。


 俺は一連の出来事を忘れられなくて、一晩中ベアトリスのことを考えていた。


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