1-17 報酬と冒険者
俺たちは、「年増が好きならいつでも相手をしてやるから、遠慮するな」と言うエルと「帰ってくるまでに首輪を買っておきます」と言うドリアーヌに見送られて出発した。
クリスに馬車の馭者は任せて俺と姉妹は幌が付いている荷台の中にいたが、ベアトリスが周囲を気にしていたので、もう一度、周囲警戒と危機感知のスキルの話をした。
しかし、気が付かないうちに、居眠りをしてしまうことも考えられる。
それとは関係はないが、俺は姉妹に出来るだけ薄着で胸当てを付けるように指示をした。
初夏の日差しが熱く照りつけているが、幌の中は意外と涼しい。
それでも熱中症の心配があるからだ。
しかし、薄着だと身体の露出部分が激しく、もし野党などに襲われたら怪我をしてしまう。
そんなことにならないように、しっかりと姉妹の露出が激しいカラダを見守り、それに集中することで眠気に襲われないようにした。
クリスばかりが日射しの下にいるのは、さすがの俺でも申し訳なく思い、馬を操る方法を教えてもらい交代してあげた。
すぐに取得した馭者スキルのおかげで慣れるのがはやく、意外と面白かったので、馬車の旅も楽しいと言ったアウルの気持ちが分かる気がした。
ちなみに、家の中には盗める物は何も無い。
全てストレージに収納してあるので、泥棒対策は万全である。
荷台にはベッドのマットレスを敷いてあるし、御者席にもソファのクッションを置いてあるから、乗り心地は悪くない。
馬を休ませる為に何度か休憩を入れて、日暮れ前には目的地の村が見えた。
その村は予想以上に小さくて50軒ほどしか家がなく、魔獣を恐れてか日暮れどきに通りを歩いている人は誰もいなかった。
ドリアーヌに聞いた村長の家の扉を叩くと、奥さんと思われる老婦人が小窓から顔を出し、見かけない顔を見て不審そうに誰かと尋ねた。
「ドリアーヌから魔獣討伐を頼まれて来ました」
奥さんは破顔して、待っていたとばかりに急いで扉を開けて、俺たちを中に入れてくれた。
椅子を薦められてテーブルに着くと、奥さんはお茶を出してくれて、そのあと裏の納屋で作業をしていた亭主である村長を呼びに行った。
村長は俺たちを見てあまりの若さに驚きを隠せない様子だったが、俺以外の全員がそれなりの武装をしているのを確認すると不思議そうな顔になった。
「遠いところをご足労お掛けしました。それで……こちらの若い女性のお三方が討伐をして頂けるということでしょうか?」
言いたい事は分かる。
俺は防具も着けずに着物一枚だし、腰のカタナは知らない人からの見ればタダの木の棒にしか見えない。
この三人に雇われた荷物運びに思われたのだろう。村長は、一番年上に見えるクリスに話し掛けていた。
「違いますわ、村長。私たち【暁の新撰組】のリーダーはこちらのヨウスケ局長ですわ」
そして、私の夫でもあります、とまた余計な事を付け加えて俺を紹介した。
いざとなると、名付けたチーム名と局長と呼ばれることが恥ずかしくて、調子に乗り過ぎたことを早くも後悔していた。
しかし、この世界にはその意味の分かる人などいないと思い返し、堂々と名乗りをあげた。
「ワシが【暁の新撰組】リーダーのヨウスケ局長じゃ。詳しいことを教えて頂こうかのう」
俺は出来るだけ大物ぶって、村長に自己紹介し、説明を求めた。
だが、それは失敗に終わり、明らかに信用して良いのか迷っている様子だった。
それでも、他に救助の当てがある訳ではないのだろう、頼りなさそうだが仕方ないといった感じで話し始めた。
魔獣は魔カピバラだと思われ、今は5、6匹程度しか確認されていないが、放っておけば旺盛な繁殖力で何倍にも増えて、こんな小さな村などすぐ滅んでしまう。
しかし、体長2mほどもあり、しかも動きが素早い。
丸々と太った牛が華麗にステップを踏む様なモノて、村人では突進されたら避けて逃げるしかなかった。
「分かりました。では、明日から討伐を開始しますが、報酬は幾らになりますか」
これはエルに言われたことで、冒険者として依頼を受けるならまず報酬額を決めて、それを必ず受け取らなくてはならない。
慈善事業ではないのだから、ただで依頼を受けて、それが噂にでもなってしまうと、ほかの冒険者達にとっては迷惑でしかない。
だから、依頼を仕事として受けたモノなら金額の多寡を問わず、必ず報酬をもらわねば冒険者として失格である。
俺も冒険者として生きるならそのルールに従わなければならないと思った。
「その……あまり、豊かな村ではないので……」
「払えるだけで、いいですよ」
村長は歯切れが悪く、なかなかその報酬を言い出せない様子に見えたが、俺も鬼ではない。
魔獣による被害で苦しい生活をしている村から貪り取るような真似などする気はなかった。
そして、村長は俺の言葉に安堵して、トンデモナイ報酬を言い出した。
「無事討伐出来たとしても、作物の被害が大きくて今後のことを考えますと現金では払えません。しかも、それでも足りそうもないのです。そこで、ある物を報酬額を引いて買って頂きたい」
もの凄くイヤな予感がするのだか、聞くしかない。
「で、それは?」
「孫のドリアーヌです」
だと、思いましたよ!
ドリアーヌは村長がおじいちゃんだって言ってたし、報酬が払えるか分からないから自分で払うって言ってたぐらいだからね。
「それは無理です。だいいち本人の了承を得てないですよね?」
「あの子も村の大事ですから、分かってくれますよ。それに、このままではどのみちあの子を売らなければ生活も出来なくなりますから」
ドリアーヌの両親も村長の家族としてすでに覚悟は出来ていると言っているらしく、売ること自体は確定している様だった。
ドリアーヌはすでに俺の奴隷になっているつもりだ、などと言えるはずもなく、討伐が終わるまでに考えておくと伝えた。
空き家に案内をされて、討伐が終わるまで自由に使ってくれと言われ、滞在中に必要なベッドや家具を、いつの間にか集まっていた村人たちに運び込むように指示をした。
しかし、ストレージに家財道具一式が入っている俺には必要がない。
俺は男らしく「冒険者は床に寝るのには慣れているから必要ない」とキッパリ嘘を言って断った。
念の為に井戸の場所だけは、確認したのでこの村での生活にはもう問題はない。
俺はさっそくお風呂を出してみんなの疲れを癒してあげることにした。
しかし盲点だったのは、風呂場などないこの家の中だと浴槽の外でカラダが洗えない。
そこで、俺は海外式の泡風呂にすることを思いつき自慢の石鹸をふんだんに使い混ぜ合わせた。
風呂での修練は今までよりも格段に熱が入り気分が高揚した俺は、間近で見学をしていたクリスの顔面を危うく狙撃の的にしてしまうところだった。
食事を済ませると、翌日の作戦を練るためにソファを出して会議を始めた。
「クリス。なにか良いアイデアある?」
「魔カピバラは大きいだけで、私たちとっては、大した敵ではありませんわ。ただ正面から戦えればの話ですけれども」
そう、逃げられてしまうのが問題なのだ。
「ベアトリスはどう?」
「落とし穴を掘るのはどうでしょうか?」
「落とし穴? どうやってそこに追い込むの?」
俺たちを4人では無理ではないかと思ったが、ベアトリスは村人に協力を要請することを提案した。
魔カピバラが現れたら、アルヴァとベアトリスが農具などの武器になりそう道具を持たせた村人たちと共に、出来るだけ戦いを避けて、落とし穴の方へ追い込む。
俺とクリスは、落とし穴の近くで待機して、穴に落ちなかった奴をダッシュで仕留めるというものだった。
誰もほかに案がないようだったので、翌朝早く、村長に協力要請を申し出ることにした。
部屋が狭くて、俺のベッドを出すとそれでいっぱいになってしまった。
仕方なくベッドの上で全員服を脱いで、いつもの寝るスタイルになり、定位置についた。
相変わらず光玉を握りしめて俺の足元に潜っているクリスは、今まで唇接触以外の修練には参加してこなかったのだが、よくある旅行中は開放的な気分で大胆になるというやつらしく、何度か手を出してベアトリス先生にコツを習っていた。
しかし、修練に励む三人には申し訳ないが他のことを考えていた。
それは、報酬とされてしまったドリアーヌのことであった。
スレンダーで可愛いと思って冒険者ギルドに行くたびにチラチラ見ていた純情そうなドリアーヌ18歳の未来が、優しくて素敵な俺か、もしくは俺と違ってケダモノのようなイヤラシイことばかり考えている男の奴隷になるしかないと思うと、胸がいっぱいになり、気が付くと俺の気持ちをいっぱい詰め込んだカラダの一部も、いっぱいいっぱいのハードタイプになっていた。
昨晩の修練は、濃厚なゴールを決めたので一度だけとし、ドリアーヌを魔の手から救うために早く寝て、夜が明けるとともに村長宅の扉を叩いた。
魔獣に襲われている村の責任者が、まだ寝ていたらしく眠そうな顔で俺を出迎えた。
「まだ日の出前ですが、もう行動するのですか?」
一刻も早く救助して安全を確保したいと、ドリアーヌのカラダのことばかり気になっている俺は、事態の深刻さを理解していない村長に喝を入れた。
「お孫さんは、俺が魔獣を倒して帰ってくるのを希望と共に首を長くして待っている。だからからノンビリしている訳にはいかないんだ!」
俺の喝が効いたらしく、村長は村人を起こして回り大人たちを全員畑の前に集めた。
シャイな俺に代わって、副長のクリスが作戦内容を説明した。
眠そうだった村人はクリスが説明を始めると、男性陣はその言葉に胸を打たれたらしく目を見開き、クリスの胸に目が釘付けになっていて、女性陣はその偉そうな物言いを逆に頼り甲斐があると感じた様だった。
そして、魔獣がいつも逃げ去って行く方向を全員から聴き取り調査をして、いつも逃げ込んで行く森の手前に数カ所落とし穴掘ることにして、村人総出で作業を開始した。
男性陣は穴を掘り、土を運び、女性陣は穴を塞ぐ細い枝や枯れ葉などを集めた。
俺も作業出来る服装に着替えてから、穴掘りを手伝った。
ときどき、小さな女の子や若い娘たちが、俺の為に汗を拭いてくれたり、飲み物を持って来てくれた。
あまりにも、俺だけに甲斐甲斐しく世話を焼こうとするので、異世界に来てやっとモテ期到来かと思ったのだが、そういう訳ではなかった。
村人はドリアーヌが俺に買われることを知っているらしく、休憩どきに娘の親たちが、安くてもいいから買って欲しいと頼み込んできた。
親たちは、自分の娘は料理が上手いだの気だてが良いだの、幼女の親などは将来絶対に美人になるから、今のうちから俺自身で育てないかと光源氏計画を勧める人までいた。
薄情で言う訳ではないが、わざわざ俺に安く売らなくても、普通に奴隷商人に買ってもらえばいいのではないかと思った。
その疑問をクリスにこっそり尋ねると、生意気にも呆れた顔になり、ウチの姉妹を指差した。
「あなた。あの娘たちと、この村の娘たちを見比べても分かりませんの?」
なるほど。確かに姉妹が着ている作業用の衣服ですら、村の娘たちのモノより上等だ。
「それは分かったけど、なんで俺なの? 安くするなら、もっと金持ちそうな人が買ってくれるんじゃないの?」
「それは、好きで娘を売る訳ではないからです。あなたと同じく、私も子供はいないですからハッキリとは言えませんが、親とはそういうモノなのではないのですか?」
好きで自分の娘を売りたい親などいない。
しかし、家族が生き残るには娘を売るしかない。
それなら、せめて娘を少しでも良い主人に買ってもらいたい。
俺が照りつける太陽の下で働く自分の奴隷でしかない姉妹の体を気遣い、そして自らも働く姿を娘の親たちは見ている。
この人なら娘に無碍なことなどせず、それなりに大切にされるのでは、と思えば当然親たちの行動は不思議ではない。
クリスはそう言いたいのだと分かった。
尋ねておいてなんなのだが、クリスに諭されるのは釈然としない。
何一つ不自由なく生きてきたクリスだが、騎士団で庶民と通じていたので人の機微には聡いのだろうと、このときは思っていた。
しかし後日、親など無視して自分のやりたいことを優先しているクリスは、その親に愛されていて、実は自分が迷惑をかけていることを申し訳なく思っていたことを知った。
娘たちの親には、考えてさせてくれと言って、穴掘り作業に戻った。




