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1-16 英雄と後継者

 佐藤の愛人だと言ったギルド長はエルヴィーラと名乗った。

 そして、佐藤の後継者なのだから、エルと気安く呼べと言われた。


「無理です、それは。俺は佐藤さんと違って、来る前はまだ25歳だったんですから」


 エルは、それは意外だという顔になったが、クリスもそう思っているようだ。


「おや? うちの亭主は、今は38歳のはずだろ? どういう知り合いかい?」


「あなた。そんな子供っぽいのに25歳だったんですか? 正直に15歳だったと言ってもよろしいのですよ」


 クリスには後で大人の威厳サイズをたっぷり見せ付けるとしても、今は無視することにした。


「正確には40歳のはずで、俺は近所に住んでるただの常連客です」


「あいつ少しでも若かったと思われたくてサバ読んでやがったのか。まあ、いいや。また同い年だしな」


 見かけは年より若くて美人なのに、この口調は調子が狂う。


「もしかして、奥様もコルンバの近くに住んでいらしたのですか?」


 なにを思ったかクリスがそんなことを尋ねた。


「よく知ってるね。ん……どっかで見たことあるね?」


「はい、10年以上前ですが2、3度お会いしてますわ。その時は旅のお仲間かと思っていましたけれども」


「あー! アームストロングの坊やと一緒にいたお嬢ちゃんかい。こりゃあ、またえらい美人になったもんさね」


 アウルと同じ時期にコルンバにいたクリスは、エルに会ったことがあるらしく二人は嬉しそうに話し始めた。


 エルは死の迷宮から帰って来ない佐藤は死んで帰ってしまったのだとすぐに悟って諦めていた。

 それでも数年は待ってみたが、一向に帰ってくる気配がないので、生まれ育ったこの国に帰って仕事を探していると、レベルの高さと経験を買われこの街のギルド長に任命された。


 クリスは佐藤に憧れてずっと自分を鍛えていたと話すと、今は俺と行動を共にしていて、結婚を前提としているなどと余計なことまで付け足した。


 俺は分かる範囲でしか今の佐藤についての説明を出来なかったが、エルはそれで納得していた。


「まあ、仕方ないさね。一緒に行きたかったんだが、まだ子供が小さかったからね」


「こども!?」


「おや、あいつはあたしたちの事を何も言ってなかったのかい? まあ、知り合いに愛人がいるなんて言う訳ないか」


 そんなことを笑って言えるエルは、普段なら長期にならない冒険は子供を預けて一緒に行っていたそうだ。


 しかし、多少の危険なら絶対に守りきる自信はあるが、死の迷宮は桁が違うと言って、佐藤はエルの同行を拒否していた。


 そして佐藤は、秘密基地じたくの宝の場所に封印の術式をかけたまま、日本に帰ってしまった。


 解除呪文は何度となく聞いていたが、覚えらるような文言ではなく、かと言ってメモなどに残して置くのは、佐藤の死を望んでいるようなモノだと思って残しておらず、今更どうしようもなかった。


 それでも、普通に暮らすには十分なお金が秘密基地に残してあったので生活に困ることはなかった。


「俺、解除呪文知ってますよ。佐藤さんは宝を俺の好きにしていいと言ってましたけど、魔法の鞄以外は全部ギルド長に渡しますよ」


 正当な相続人がいるなら、それが当然だと思った。


 魔法の鞄はアウルに渡す約束があったと知っていたエルは「そりゃあ、良かった」と言って喜んだか、ほかの物の受け取りは拒否した。


「別に今さら金なんかいらんさね。ギルド長の給金で充分生活出来るし、それにお前さんの冒険に役立つ物がわんさかあるよ」


「でも、普通に考えたらギルド長とお子さんのモノですよ?」


「あいつはあんたにって言ったんだろ? あたしもいらんしな……そうだ、だったらひとつ頼まれてくれんか?」


 頼まれごとと言えば、話に夢中になりすぎて、ドリアーヌのことをすっかり忘れていた。


「いや、ギルド長。急ぎで無いなら先ずはドリアーヌの件からでいいですか?」


 ギルド長もすっかり忘れていたという顔になり、何の話をしているか分からず、ただ不思議そうな顔で出番を待っていたドリアーヌに話しかけた。


「そうだった、悪い悪い。心配するな、ドリアーヌ。お前は幸運だぞ? こ奴らに任せておけば、大丈夫だ。馬車もこのギルド所有のがあるから使っていいぞ」


 ご機嫌な様子のエルだったが、ギルド長まで絡んでしまったことでドリアーヌは支払いがさらに心配な様子だった。


 その様子を見た俺とエルはお互いの視線が合うとニヤッと笑った。


「そう、心配しなさんな。まあ、タダとはイカンから村からの報酬ぐらいは出してもらわにゃならんが、お前さんが払う必要はないよ」


「そうだよ。ドリアーヌのおかげでギルド長に会えたんだからね。それも本当の意味で」


 そしてエルは決定的なことを話してあげた。


「ドリアーヌ。お前さんは【最強のクマゴン】という〈二つ名〉を持っていた人物を知ってるか?」


 ドリアーヌは、当たり前です! と言いたげな顔で即答した。


「10年程前から姿が見えなくなったと言われている、世界最強の人物ですよね。そんな有名な英雄の名前ぐらい子供でも知ってますよ!」


「そう。それがあたしの亭主だ」


 ドリアーヌは驚きのあまり、目が落ちそうなほど目蓋まぶたを開いていた。


 聞いた事はなくても、俺にはすぐ見当が付いていた。


 世界最強でクマのような容姿のゴンジュウロウ。


 つまり、そのまんまだ。


「あいつはもういないが、お前さんが依頼した相手はその後継者だ。まあ、まだそこまでは強くないみたいだがな。それに……」


 ドリアーヌは俺とエルを交互に見ながら、もう何と言ったらいいのか分からないという感じで慌てふためいていた。


「今は知らんが、近い将来は間違いなく、とんでもない大金持ちだ。お前さんに報酬よこせなんてみみっちいことは言わんよ」


 ドリアーヌは慌てふためくことすら出来なくなり、大変な人物に瑣末な依頼をしてしまったと思って、恥ずかしさを感じている様だった。


 俺にはどれぐらいの価値がある宝が残されているかなど分からないが、エルがそう言うならきっと物凄いのだろうと思った。


 エルは馬車も無料で貸してくれると言うので、ドリアーヌは恐縮しっぱなしだった。


 翌朝に出発ということで、話はまとまった。



 ギルド長の話が聞けて良かった。

 いつもソロだったなんて言ってたが、佐藤さんにこんな秘密があったなんて……

 いい土産話が出来たな。


 これで、万が一死んだときに手ぶらだったとしても、しばらくは食べることには困らない。

 この貴重な情報を手に入れた俺は、歓喜のあまりニヤニヤしながら帰路についた。


 しかし、不思議には思っていた。

 なぜ最初に降り立ったのが、なにも特別なモノのないこの街の近くだったのか。


 推測でしかないが、やはりこれは偶然ではないと思った。


 先達の者の所縁の地が選ばれるのではないかと、考えれば辻褄が合う。


 住んでいたコルンバの街の近くより、心残りだったアウルと、別れも言えずこの世界に残してしまった家族であるエルたちのいる場所が、佐藤の所縁の地と呼べるのだろう。


 アウルだって世界を旅する商人を目指しているのに、父親の屋敷から、たかだか馬車で1週間の距離の街にいたことだっておかしいと思う。


 何者かの意思の力が働いたのかもしれないが、俺との運命的な出逢いに喜んだアウルに、なぜこの街に居たのかなどと尋ねるような無粋な真似などするつもりはない。


 俺は素直に出逢いを喜び、余計な事など考えずに、ただこれからの冒険だけを楽しもうと決めた。



 不在時にアウルが家に来たら悪いと思い、商業者ギルドに寄ってみたが、最近は誰も見かけていないと言われた。

 クリスにアウルが借りている家の場所を聞いて行ってみたが、暫く留守にしているようだった。


 仕方なく、商業者ギルドに戻って伝言だけ伝えて家に帰った。



 家に帰ると既に夕食の用意は整っていたので、先に夕食を済ませ片付けを三人に任せて、俺は風呂の準備に取り掛かった。


 明日からは風呂に入れない。


 その為にも最高の湯温にして、今日はじっくりと修練の相手をしてやらないといけない。


 気合いを入れて水汲みをしていたが、途中で素晴らしいアイデアが浮かび、俺は冴え渡る自分の頭脳に敬意を評した。


 要は水を張った浴槽自体をストレージに入れてしまえば良いのだ。

 しかも全ての桶にも水を満たしておけば、少なくとも2回は、満点の星空のもとで、修練をさせてあげられる。

 村で水が補給出来れば何日かかろうが、みんなの為の修練に支障をきたさない。


 そんなロマンチックな俺は少し自分の優しさに酔い痴れていた。


 しかし、それが出来るなら最初から浴槽を井戸の前に持ってくれば良かっただけで、大量の桶など買う必要がなかったと気付いてしまった。


 俺もまだまだだなと思いつつ、旅には役立つと自分に言い聞かせて納得することにした。



 翌朝は早くから起きて朝食を済ませて冒険者ギルドへ向かった。


 クリスが心配そうに俺の顔を見ているが、それが食事のことだと分かっているので、気にしないことにした。


 用意周到な俺は毎日必要以上に料理を作ってもらっている。

 だから、現在ストレージには料理が大量に保存されている。

 一週間程度なら余裕で足りる量だ。


 こんなこともあろう事を、予測していた自分の慧眼けいがんを褒めたかった。



 ギルド前には既に馬車が用意してあり、ドリアーヌが緊張の面持ちで待っていた。


「おはよう、ドリアーヌ。わざわざ見送りにきてくれたんだ」


「もちろんです。ヨウスケ様」


「ヨウスケさまー!?」


 俺はいきなりの様付けに驚いて、素で聞き返してしまったが、ドリアーヌをよく見ると緊張しているのではなく敬うような姿勢であり、目には隈が出来ていた。


「昨日は大変な失礼を致しました。そして、このような私の瑣末な依頼にわざわざ足を運ばせるなどという、このご無礼をどうお詫びすれば宜しいのかと……」


 それを悩んでいて眠れなかったらしい。

 それほど【最強のクマゴン】の名声は凄いということだ。


「気にしなくていいよ。凄いのは俺じゃないし、世界最強なんて目指してないから」


「でも……」


 この世界じゃ、やはり身分がモノをいうからなぁ。


「いつも通りでいいよ。出来ればアルヴァやベアトリスとも仲良くやってくれたら嬉しいな」


 この街には姉妹の友達など存在しない。

 だから、友達になってくれないかと考えた。


「あのお二方と……ですか? やはり、そうですよね。分かりました」


 突然、なぜか悲痛な表情になり、姉妹は奴隷だから友達になどなりたくないのかと思ったが、俺の言い方が悪かっただけらしい。


「当然ですね。あれほどの無礼を働いたのですから。私はこのお二方と仲良くお仕え致します、ご主人様」


 俺たちが帰った後で、散々とクマゴンの英雄譚を聞かされたのが原因らしく、ドリアーヌが俺に跪いているところに元凶がノコノコとやって来た。


「おや、朝から若い娘に跪かせるなんて、あんたも随分と鬼畜だねぇ」


「ギルド長が余計なこというからですよ。俺は最強でもなんでもないと言って下さいよ」


「心配はいらん。この世界では重婚は認められているから、もらってやればいいじゃないか」


 自分で種を蒔いておきながら、とても楽しそうな表情のギルド長に俺は、バシッと言ってやった。


「俺はドSプレイをするのは大好きですが、それはギルド長みたいな美熟女とだけです」



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