1-15 偶然と新撰組
待ちに待った着物の出来は上々だった。
店主の話によると、このようなモノを作るのは初めてで、戦闘の動きにも耐えられるように縫製部分を頑丈にする必要があり、非常に大変だったと言われた。
これで一着3000円は安い!
ちなみに普通の服なら上等のモノが10着以上は買える。
俺はさっそく袖を通して帯を巻きカタナを腰に差すと思わず【THE 浪人】と叫びたくなるほどご機嫌になってしまい、調子に乗って背中に【誠】と入れた水色で白柄の羽織まで特注した。
俺は思った。このカタナ【コテツン】を打った人物ならきっと【キクイチモンジー】を打ったに違いないと。
それを探して手に入れた時は、カタナ二本差しで二刀流を極めよう。
今日、俺に新しい夢が生まれた。
染め抜きには時間が掛かるそうだが、今の季節はまだ初夏で、羽織など全くいらない。
しかし、ストレージに入れておけば邪魔にならず、いつでも必要なときに出せる。
そうしたら、やはり念の為に袴も必要だろう。
まとめれば安くなりそうでお金の節約になると考え、他の服も思いつくままイロイロと数着ずつ発注した。
こうなると木串も口に咥えたかったが、そのまま戦うなど俺には危なすぎるので断念した。
ちなみに、用意周到な俺は雪駄と足袋をちゃんとこの日のために日本から持参している。
もちろん、それらも予備のために特注した。
日本には【コスプレ】などという言葉があるが、これらは実用品なので【プレイ】ではない。
だから、断じて俺は【痛い】男ではない!と、誰も聞いてないのに一人で言い訳をしていた。
翌日の狩り最中、着物とカタナで気分が高揚し自分で戦いたくてどうしようもなく体が疼くので、今夜はコロッケにするからとクリスに頼むと愛する夫の願いをすぐ聞き入れて陣形変えてくれた。
4方向から獲物を囲み、俺がクリスの指示を受けて戦った。
一度戦闘が終わるたびにクリスは剣の構えや振り方を教えてくれて、ベアトリスも後ろから見てダメだったところを指摘してくれた。
それから10日が過ぎた。
クリスのおかげでレベルもかなり上がり、破竹の勢いの俺たちはすでに異例の出世を遂げて、全員冒険者クラスDになっていた。
実際には、クリスの実力なら本来はもっと上のクラスでもおかしくはないそうだ。
いつも通りに狩りの帰り冒険者ギルドへ寄って魔珠と依頼書に出ていた獲物を売ろうとすると、スレンダーで可愛いと思ってここに来るたびにチラチラと見ている純情そうないつもの受付のお姉さん18歳がチーム登録を勧めてきた。
仲間4人以上で組めばチーム名を自分で決めて登録出来るそうだ。
メリットとしては実績が上がれば個人より知名度を高め易く、名指しで割の良い依頼が来ることもあると説明された。
「これからも、同じメンバーで続けていかれるのでしたら、どうですか?」
知名度など、どうでも良いが、チームという響きは魅力的だ。
そして、すでに俺の頭の中では、チーム名の候補が4つにまで絞られていた。
第一候補の【ネオ○オン】は巨大人型機動兵器や宇宙戦艦を持ってきていないので断念した。
第二候補は【麦○らの一味】だったが、いつも森にしかいない俺たちには似合わないと思い諦めた。
残るは【風林火山】と【新撰組】だが、鎧も兜もなしでは【風林火山】は名乗れない。
仕方なく【新撰組】に決めたが、偶然にも【コテツン】があり例の羽織ももうすぐ出来るはずだ。
興味本位で有名チームの名前を聞いてみると、そのなかに長い歴史を誇る【ベルサイユローズ】という名前のチームがあった。
時代から考えて佐藤の前の人かその前の人が作ったチームに違いない。
チームに所属している証明書として冒険者ギルドの紋章が刻まれたプレートを発行される。
大きさは名刺2枚分ぐらいで、もちろん全てただではない。
チームを作る費用は10万円かかる。
そして、証明書であるプレートの発行は銀製なら1人2万円、銅製なら1000円を取られる。
このプレートには契約によってチーム名と名前、そしてチームランクが記憶される。
そして、本人だけがプレートにその情報を映し出すことが出来て、ほかの人に見せることができる。
もし、プレートに記憶された情報内容が変わったりしても、上書きが出来るので買い換える必要はない。
高額のように見えるが、その程度の支出で【新撰組】を名乗れるなら安いと言うべきだろう。
しかし、オリジナリティーは必要だ。
俺は何の躊躇いもなく銀製プレート4人分と新規チーム登録料を合わせた18万円を渡し【暁の新撰組】で登録申請をお願いした。
すると、いずれどうですか? というだけのつもりだった受付のお姉さんは驚いてしまっていた。
リーダーの呼び名を決められると言われ、局長と組長のどちらにしようか悩んだ末に、近藤きょ……ヨウスケ局長を選び、クリスを副長に任じた。
新撰組 ランクE
局長 ヨウスケ
いずれ、一番隊組長にベアトリスを任命しようと思う。
手続きが完了して証明書を受け取ると、あまりの嬉しさでそのまま帰ろうとして、危うく獲物の売却を忘れるところだった。
獲物の代金を受け取り、今度こそ本当に帰ろうとすると、受付のお姉さんが引き止めた。
「あ、待って下さい。ちょっとお話があるんですが、お時間ありますか?」
女の子を三人も連れている俺に声を掛けてくる受付のお姉さんの目的は、どうやらお茶のお誘いではないようで真面目な顔で尋ねてきた。
あとは帰って風呂と夕食の準備をするだけなのだが、一応どのぐらい時間がかかるのかを聞くと、ある依頼を受けて欲しいので、その説明をしたいから少し時間が掛かると答えた。
「アルヴァ、ベアトリス。悪いけど先に帰って夕食の支度をしておいてくれる? 俺とクリスで話を聞いていくから」
二人は何も尋ねたりしないで「分かりました、ご主人様」とだけ答えた。
俺は二人に食材をこっそり渡して先に帰らせた。
「自分の奴隷にも優しいのですね。まあ、だからお願いしてみようと思ったのですが……」
そして、もうすぐ交代の時間だから少し待ってて欲しいと言われた。
ちなみに国によって営まれている冒険者ギルドは24時間営業である。
冒険者ギルドの建物には依頼者との打ち合わせが出来る部屋があり、そこで待つことにした。
「お待たせしました」と言って部屋に入って来たお姉さんは、俺たちの前に座るとドリアーヌと名乗り、話をする前に確認したいことがあると言った。
「実は、ギルドからの依頼ではなくて私個人からのお願いなんですけど、それでもいいですか?」
心配そうに問い掛けてくる顔からすると、依頼報酬の支払いのことが気になるのかと思った。
依頼内容には興味はあるが、正直、報酬のことなど俺は大して気にしていないので、構わないと答えると少し安心した顔になった。
その内容は最近ドリアーヌの出身の村で魔獣が出没するようになって、畑に被害が出て困っているとの事だった。
まだ人的被害は出ていないが、村の人々はいつ襲われるか不安で畑作業が出来なくなっているそうで、このまま放っておける状況ではない。しかし、小さい村なので魔獣を討伐出来そうな戦いに精通している者などいない。そこで、この街の冒険者ギルドで働いているドリアーヌに誰か雇えないかと村から連絡がきた。
しかし、報酬金額が確定していない依頼などギルドで受けられるはずもなく、問い合わせをするにもここから村まで徒歩で3日はかかり、馬車でも1日はかかる。
それに、あまり豊かではない自分の村では請負人が満足できる報酬を支払えるかどうかも分からない。
どうするか迷って、この事をここのギルド長に相談すると、自分で冒険者たちと交渉して良いという許可がもらえた。
そして、何人かの頼れそうなレベルの人たちにお願いをしてみたが、あまり良い顔をされなかった。
ほかには、足りない分はお金ではなくドリアーヌ自身で払ってくれてもいい、とイヤラシイ笑いを浮かべて言う人までいた。
そして、いつも女の子だけを連れていて、しかも自分の奴隷にまで優しい俺を思い出し、相談しても無碍には断られないだろうと考えたということだった。
「それで……報酬なんですが、もし足りなかったら……分割となりますけれども、私が払いますのでなんとかお願い出来ないですか?」
最近の俺たちは4人で1日12000円以上は稼いでいる。
どんな魔獣を何匹討伐して欲しいのかも分かっていないのだから、一人で行くわけにもいかない。
そうなると【暁の新撰組】全員で行くしかないのだが、行き帰りの経費から魔獣を発見して討伐するまでの期間を考えると、支払い総額は10万円ぐらいになることが予想される。
だから、本当はもっと詳しい情報を調べてから依頼を出したかったとは思うが、時間をかけすぎて人死など出てしまったら元も子もない。
しかし、18歳の女の子が働いてもらえる給料など月に1万円以下だろう。
これでは、ほかの人が受けてくれる訳がない。
「クリスはどうする? 俺は構わないと思うけど」
俺の言葉にドリアーヌは嬉しそうな表情を見せたが、クリスの方を向くとまた顔を引き締めた。
「どうしたの? 難しい顔をしてるけど。クリスには気になることがあるの?」
数も相手も分からないのだから流石のクリスも不安なのかと思ったが、全く違った。
「いえ、あなた。私たち4人で討伐へ向かう訳ですけれども、何日ぐらいかかるか分かりませんと、何食分の食事を用意しなくてはならないかが分からないと思いまして」
「いいよ。引き受けるから、詳しい話を聞かせて」
俺はクリスを無視して話を進めることにした。
村の場所を聞いて、徒歩ではなく馬車で行くことにした。
時間をかけて旅をするのも楽しそうなので徒歩でも良かったのだが、急がないと被害が広がる恐れがある。
どこかで馬車を借りれないかと尋ねると、自分では分からないそうなので、ドリアーヌはギルド長を呼びに行った。
「あんたらかい、この娘の依頼を受けてあげたのは? まあ許可した私が言うのもなんだがよく受けたね?」
意外にもギルド長は女性だった。
診ると40歳でLv122と、もの凄い強さだが、見かけは近所で有名な美人で気立ての良い奥さんにしか見えなかった。
「まあ、そんなにお金にも困っていないですから」
すると、ギルド長は面白いモノを見るような目になり質問をしてきた。
「へえ……じゃあ、あんたら何のために冒険者になったんだい?」
「もちろん、生活費を稼ぐためもありますけど、いずれいろんな場所へ行って、綺麗な景色を見たり、珍しい物を見つけたり、変わった体験をしたりしたいからですよ」
「何の為に?」
今のギルド長の顔を見れば答える必要があるとも思えなかったが一応は答えた。
「そりゃあ、してみたいからですよ。冒険者っていうぐらいですからね」
嬉しそうな顔になっていたギルド長は俺の答えを聞くと、声を上げて大笑いを始めていた。
「いや、まだお前さんみたいなのがいてくれて嬉しいさね。最近じゃ割の良い仕事しか選ばない奴が多くてね。あたしも冒険がしたくて冒険者になったから、お前さんの気持ちはよく分かるよ」
「それが普通なのかと思ってましたけどね。まあ、この世界じゃ生活するのも大変そうだから仕方ないのかな?」
俺は失言をしたことには気付いていたのだが、意味が通じるとは思っていなかったのでギルド長の発言には心底驚いた。
「この世界? あんた、今、この世界と言ったね?」
俺は答えていいのか分からず黙っていたが、ギルド長は決定的な質問をしてきた。
「まさか、ゴンジュウロウの知り合いか?」
いまさら否定することも出来ず、俺は諦めてそれを認めた。
「ゴンジュウロウって佐藤さんですよね。ギルド長はどこまで知っているんですか?」
そして、ギルド長は爆弾も吃驚の爆弾発言をした。
「知ってるもなにも、あたしは奴の女房だ。まあ、向こうにも嫁がいるらしいから、正確には愛人でしかなかったがな」




