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1-13 教育と装備品

 防具一式全て持って来ていないというクリスの話に姉妹も驚いていた。

 あれほど自分達の身分にこだわりを持つ二人ですら、クリスに向かって本気で忠告をしていた。


 ベアトリスだって貴族の令嬢だったはずだが、好奇心旺盛の性格もあって、庶民レベルのことや商売のことなど多方面に渡って知識があり、俺に足りないモノを補ってくれる。


 二人の忠告おせっきょうのなか、のんびりと紅茶を飲んでいるクリスの姿を見て、いつかベアトリスの爪の垢を材料にした特殊なお茶を飲ませてやると心に誓った。



 予想通り朝食の片付けをめんどくさがるクリスに、家事をやらなければ食事はなし、働かざる者食うべからずだ、と言うと皿を割るぐらいの勢いで皿洗いを始めた。


 ちょうどそこに、来客があった。

 俺は自分で客を迎えると言って、三人にはそのまま後片付けを続けるように指示をして玄関に向かった。ドアを開けるとそこにいたのは以前見たことがあるアウルの使用人だった。

 初老ぐらいに見えるその使用人はクリスの荷物と思われる大きな鞄と剣を持ったまま俺に丁寧な挨拶をしてきた。


「おはようございます、ヨウスケ様。私はアウル様の使用人でウスターシュと申します。クリス様のお荷物をお運びさせて頂きました」


 朝一にクリスの荷物を持ってくるとは思っていなかったが、昨晩はあのままクリスを置いて帰ってしまったのだから、アウルも気を利かせたのだろうと思った。クリスはほぼ手ぶらでこの街に来たので、この荷物の大半はアウルが妹の為に買い揃えた物だと分かる。


「ご苦労さま、ウスターシュさん。アウルも色々大変だね。宜しく伝えといてくれる?」


「いえ、これからのヨウスケ様のご苦労を考えれば大した事はないと思います。それと、これを……」


 ウスターシュは胸の内ポケットから、ずっしりとした巾着袋を取り出すと俺の手にしっかり握らせた。


「これでは、足りないかと思いますが、どうかクリス様を宜しくお願いします」


 手渡された巾着袋の中身はお金だった。

 クリスの装備品代をわざわざ用意してくれたのかと思ったが、それにしては多い気がする。ざっと見た限り10万円小判が大半で、どう低く見積もっても100万円以上はある。


「ウスターシュさん、これ多すぎると思うよ。装備品を揃えるにしても、そんなに高い物を買うつもりはないし、生活費ぐらいなら自分で賄えるから……」


パリーーーン……


 皿の割れた音が家の中から聞こえた。


「…そ、それに、お皿の1枚や2枚はどうってことないよ……」


 ガシャガシャガッチャーーーン!バリンバリン……


 がらんがらん…………

 

 きゃーーーー!!×3


 ひゅー……がっちゃーーーん!ぐわわわわーーーん…………


 きゃーーーーーーー!!!!×3


「や、やっぱり、もらっておこうかな……」


「はい、ですから先ほど『これでは足りないかと思います』と申し上げました」


 そんな事を真顔で答えるウスターシュに、なぜそんなにクリスのことに詳しいのかを尋ねると、以前はアームストロング家で家令を務めていたと教えてくれた。アウルが商人になり家を出たときに、主人であるアウル達の父親に暇をもらいアウルの夢に同行させてもらったそうだ。


「これからは、私もアウル様と共にヨウスケ様の旅に同行させて頂くことになると思いますので、宜しくお願いします。それと……」


 ウスターシュは遠くの方を見るように目を細めるとひとすじの涙をこぼした。


「クリス様のことを、くれぐれも宜しくお願いします。出来ればそのまま嫁として貰って頂きたいとお願い申し上げます」


 使用人の分を超えたお願いを……とは全く思わなかった。

 ただ、クリスは今までどれだけみんなに迷惑をかけてきたのかと先行きの不安を感じて戦慄を覚えただけだった。

 そんな俺の心を読み取ったのか「ご武運を」と言ってウスターシュは帰って行った。


 そして俺は、どの程度の被害を出してどこまで被害エリアを拡大させたのかをシミュレートしながら、家の中の戦場へ向かった。



 キッチンという名の戦場では、三人とも瓦礫の撤去作業を必死で行っていた。

 俺が戦線に参加するとアルヴァは「申し訳ございません、ご主人様!私のせいです私のせいです」と言いながら誰かをかばい、ベアトリスも「私が至らなかったばかりに……」と自分の責任を痛感させていた。


 真犯人と思われるテロリストは【まったくこの二人はしょうがないわね】と言わんばかりの偉そうな態度だ。

 この状況に今日の予定を変更することを余儀なくされた。


「今日は狩りに行くのは中止してクリスに家の仕事を徹底的に教える」


「ご主人様、しかしそれでは……」


 収入が減ってしまうとアルヴァとベアトリスは心配をしているが俺の意見は違った。


「このままだと確実に収入より支出の方が高い!」


 完全に沈黙した二人を見て、初めてこの二人を論破できたことに納得がいかないモノを感じながらも満足した。


 片付けを終わらせて、まずは講習会を開くことにした。

 リビングに移動して俺の両側にアルヴァとベアトリス、そして対面のソファーにクリスを座らせて、3対1の徹底講習を始めた。


「クリスは食事が好きだな? その食事をするには料理をしなくてはならない。これは分かるな?」


 クリスは当たり前ですわ! と自分は馬鹿ではないと言いたげに答えた。


「では、料理を作るには材料が必要だ。それはどうやって手に入れる?」


「買えばいいのですわ」


「どうやって?」


「もちろんお金を払えばいいのです。いくらわたくしでもタダで物を手に入れられるとは思っておりませんわ」


 クリスがあまりにも得意げに子供でも分かることを語るので、まだ早いと分かってはいたが、難易度の高い問題を出して反応を見ることにした。


「じゃあ、そのお金はどうやって手に入れる? 自分自身でだぞ?」


「簡単ですわ。宝物庫から自分自身で持ち出せば良いのです」


「それ以外で、だ!!」


 そして、物憂げに首を傾げて考えているクリスの類まれなる美しい顔を見て、俺はずっと頭に浮かんでいた言葉が【つい】口から出てしまった。


「お前……馬鹿だろう?」


 俺がヒドイ言葉を発したのに優しいアルヴァは何も言わずただ俯き、聡いベアトリスは貧乏くじを引いた俺に同情の眼差しを向けている。


 そこから昼前まで延々と講習は行われ、ついに実習の時間となった。


「これから昼食の準備をする。クリス、お前は今後、このアルヴァ先生とベアトリス先生の監督下に入り色々と教えてもらって勉強しろ」


 クリスは明らかに不満顔だ。それは奴隷の監督下に入るからという理由ではなく、自分のことをまるで分かっていないクリスが、子供扱いされるのを不満に思っているからだった。


 しかし、俺には対クリス用の秘策がある。


「クリス。佐藤肉店の料理以外にも秘密のレシピが存在する。どんなモノか知りたくないか?」


 この状況を知らない人が見たらクリスが俺に恋をしていると思われるような、熱い眼差しを向けてきた。


「トンカツの応用料理、カツ煮。さらに米を炊いたモノの上に乗せて食べる、カツ丼。その親戚料理の親子丼。特製のハンバーグの上に、これまた特製のデミグラスソースをかけたデミグラスハンバーグ…まだたくさんある!そしてケーキとお菓子も昨日食べたモノが全てではない…」


 クリスは壊れそうなほどそれらに想いを巡らせているので、これ以上壊れて取り返しのつかないことにならないように、そこでやめた。


「昨日の料理は俺達三人しか作れない。だが、今言った料理は俺しかレシピを知る者はいない。その俺の指示が聞けないと?」


 予想以上に効果があったようで、クリスはいきなり立ち上がり両手を合わせ目を輝かせた。


「し、仕方ありませんわね。わたくしは、このお二人に習って早く家事や料理が出来るようになりますわ」


 いくらなんでもチョロすぎだろ……


「ご、ご褒美を期待してる訳ではありませんからね。あなたの妻だからやるんですからね」



 妻などという戯言はともかく、チョロスティーネの変貌はご褒美の効果を期待していた俺ですら目を見張るモノだった。


 アルヴァに教えてもらいながら、大事な食材の野菜を愛でるように優しく洗い、美味しく食べれるように綺麗に切っていく。

 ベアトリスに指示されたお皿を、割らないようにシズシズと歩きながら運び、優雅な手つきで並べる。

 俺の機嫌を損ねたくないのか、食事中はチラチラこちらを見ながら上品に料理を口に運ぶ。


 それはまるでどこかの貴族のお嬢様のようにも見えた。


 ぎこちなさはあるが、これなら食事の準備は問題ないだろう。

 次は掃除をさせることにしたが、これは特に問題なかった。

 アルヴァに指示を受けベアトリスと一緒に床を掃き窓を磨く。ついでに洗える物は全て洗ってしまおうと考え、カーテンやベッドのシーツまで外して庭の井戸の前に運ばせた。


 俺たちの衣類も含めた大量の洗濯物をクリスは文句も言わず黙々と洗っていた。

 もちろんアルヴァもベアトリスも一緒に洗っているし、俺は井戸のポンプを動かして水を出す役割を担当している。


「あら、あなた。ちょっとこれ、不思議なのですけど……」


 クリスは洗濯物の中にあったタオルを一枚持ち上げて俺に見せた。


「なにが? 普通のタオルに見えるけど?」


「ええ、そうなんですけど……ところどころがバリバリとしてます。糊付けにしては部分的過ぎますし、なにか鼻につくような生臭い匂いもしますわ」


 クリスはその端正な鼻をタオルに近づけながら、何が不思議なのかを話してくれた。


「そ……それは……」


 俺はそれに対してどう説明して良いのか悩んでいると、やっぱり頼りになるアルヴァさんがきちんと説明してくれた。


「それは修練のあとに使用されたモノです。ご主人様の『未来への希望そのもの』を拭いたタオルですから、優しく洗って下さいね」



 家事を全て終えたので、一息ついてから買い物に出かけることにした。

 まだ買い足さなければならない食材などはないが、瓦礫と化した食器類の補充やクリスの防具を買うためだ。

 それに物の価値や相場を知る勉強にもなる。


 

 念の為に割れないモノを買うことにして、お皿やグラスなどの食器は、真鍮や銀製という高価な物で揃えた。


 そして、最初から備え付けられていた、使ってはいない花瓶などを壊して弁償などしたくないので、すでにストレージへ緊急避難させてある。


 衣服や雑貨は普通に説明を聞いていたが、食材になると興味津々で逆に質問までしてきた。

 俺も自慢が出来るほどこの世界のことに詳しいわけではないが、そこは博学のベアトリス先生が補足説明をしてくれた。


 装備を揃えるために前回と同じ店に来た。

 胸当てだけで充分だと思ってアルヴァたちと同じモノにしようとすると問題が発生した。


 ベアトリスはギリギリ装着出来るサイズがあったのだが、クリスには小さ過ぎてハチキレそうだったのだ。

 それを見たアルヴァが自分の胸を手で抑えながら「やっぱりご主人様は、大きいのがお好き……」と呟いていた。


「アルヴァ。俺は確かに大きいのが好きだが、アルヴァにはささやかなのが似合うよ」


 年齢とは裏腹のダイナマイトボディベアトリスと、自分の顔と同じぐらい大きさを誇るウルトラダイナマイトボディクリスティーネの胸は確かに大好きだ。

 しかし、アルヴァみたいな主張しすぎない美を追求した形も好きだ。

 俺はそう言う意味で言ったのだが、アルヴァはなぜかドンヨリとした表情でヘコんでしまった。



 結局、クリスの防具は重厚ではない鎧にしたが、それでも重さを考えるとミスリル製にするしかなかった。


アウルからのお金を受け取っていたおかげで助かったが、今日一日で、あっという間50万以上も飛んだ。


  

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