1-12 修練と装備品
クリスの本性は、ただの食い意地のはっ…食べるのが好きな女の子だった。
確かにカラダは俺好みだったが、クリスがかなり変な女の子であることに気がついていた俺は、どうしようかとアウルにアイコンタクトを送ったが、まだ悩んでいるようで返信は来なかった。
しかし時間は止まらず、俺たちが悩んでいるあいだに、勝手に話が進んでいった。
「貴方、ヨウスケと言ったわね? はやく旅に出れるように私が剣の使い方を教えて差し上げますわ」
「は!?」
「そうですね……この家に住んで一緒に狩りへ行って差し上げます。その代わり、食事は貴方が用意して下さい」
「ちょ、ちょっと待って!」
俺はマジで慌てた。
アルヴァとベアトリスの修練の邪魔はさせられない。
クリスに修練を知られるのもマズイが、もし姉妹が遠慮して修練をしなくなってしまうのは非常にマズイ。
そして、クリスの兄も別の理由で難色を示した。
「クリス。私はもう家を出たからアームストロング家の人間ではない。しかしお前はそうではないだろう? それに、見合いの話はどうなったんだ?」
まあ、貴族のお嬢様だから見合いぐらいするだろう。貴族で21歳なら、遅いぐらいじゃないの?
俺は人ごとのように考えていると、突然に災難が降ってきてしまった。
「それは、お兄様から断りを入れておいて下さい。私は、ずっとヨウスケといますから」
それは愛の告白ではない。俺の頭がコロッケに見えるだけだと分かっているだけに、なんとか切り抜けようと考えた。
しかし、人生のパートナーが裏切った。
イイダシタラキカナイカラヨロシクタノム
そのアイコンタクトの意味が分かってしまう自分が憎かった。
「で、でも、ウチには女の子が二人もいるし、それに貴族のお嬢様が知らない男となんて住んでたら悪い噂が……そ、そんなことになったらお嫁にいけなくなっちゃうよ!」
俺はなんとしてでもこの事態を回避して、二人の修練の相手をしなくてはならない。
「それでしたら、貴方が責任をお取りになって私を一生食べさせてくれればよろしいじゃないですか」
それ普通の人ならプローポーズだけど、クリスの場合は文字通りだよね。
「それは良い案だ。父上にサトウ様の後継者がクリスの婿になってくれると伝えたらきっと喜ぶ」
ウラギリモノー!!
「お兄様もそう思いますでしょう? この方ならお父様も許して頂けるはずですし、ちょうど良いと思いますわ」
なにを言ってるんだこの二人は!
俺にだって色色と都合はあるんだ!!
「だ、だめだよ! 俺は普通の人なんだから。それにアルヴァとベアトリスの面倒も見なくちゃいけない」
「私なら気にしませんわ。何人もの女性があなたにいても、ちゃんと食べさせて頂けるのでしたら」
俺が気にするんだ――――! そ、そうだ、アルヴァなら修練の邪魔になるから嫌がるかも。
「アルヴァ、正直に言っていいからね。クリスと一緒に住むのはイヤだろ?」
「ご主人様。私はご主人様の奴隷ですからクリス様がご一緒に住まわれるなら喜んでお世話させて頂きます。それに、奥様になられるのでしたら【他人】ではないのですから、修練を知られても問題ありませんし」
アルヴァはダメだ……しかしベアトリスなら、まだマトモだから……
「べ、ベアトリスはどう?もちろんイヤだよね?」
「ご主人様。私も姉と同じで【他人】ではないのでしたら修練に問題はないと思います。それにクリス様の身のこなしから考えますと剣術は私より上だと推察出来ます。もし、ご一緒に狩りへ行って頂けるのでしたら、ご主人様のためにも良いことだと思います」
マトモな意見もダメだ……
退路は断たれて逃げ場もない。しかしこのまま認めてしまえば俺が二人の修練の手伝いをするのが難しくなるだけだ。
それなら、この家で生活したくないとクリスに思わせれば良いと考えた。
「と、とりあえず、もしこの家で生活するなら家の仕事はやってもらう。アルヴァとベアトリスと同じことやってもらうからね!」
「私、家事など出来ませんが?」
「それは、この二人に教えて貰えばいい。この家の主人は俺なんだから、それが出来ないなら認められない」
よし! 我ながら良い案だ。
クリスは剣ばかりと言っていたから家事は出来ないと思ったが正解だったな。
それに、貴族なら奴隷に教えてもらうなんて出来ないはず。
実際、クリスは悩んでいるように見えた。
しかし、それは俺が期待しているようなことを悩んでいた訳ではなかった。
「掃除や洗濯などはあまり上手に出来そうもありませんが……しかし、料理には興味がありますわ! このお二人が教えて下さるのでしたら、私はしっかり覚えたいと思います」
逆効果だった。クリスが悩んでいるように見えたのは、もしかして料理が出来るようになれば、自分でもコロッケが作れるようになるかもしれないと考えていただけだった。
コノママハナヨメシュギョウヲサセテヨメニモラッテクレ
アウルさん、もうアイコンタクトはいいですから……
もう、諦めるしかなかった。しかし、譲れないこともある。
だから、それだけは言っておかなくてはならない。
「分かった。いいよ、ここに住んでも。だけど、この家では色色なことを、みんな一緒にすることが恒例だ。クリスもちゃんとそれを理解するように」
そしてアウルは、実は深刻な問題だったと話してくれた。
アームストロング家はかなりの名家で、爵位はアウルの兄が継ぐことが決まっていた。しかし、それはアウルにとって好都合だった。なぜなら、家の名前を捨てさせてもらい商人になりたいと思っていたからだ。
しかし、学校の寄宿舎から家へ戻ったクリスは父親の反対を無視して、勝手に配下の騎士団に混じり練習をするようになった。そして、21歳になってもその生活は変わらず、このままではいきおくれになってしまう。
アームストロング家は名家であるから、見合いの話も常にきている。しかし、女性らしいことは何一つ出来ず、そんなクリスをそのまま嫁に出すのは家の恥でしかない。
しかし、断り続けるにも限界があり、当主である自分達の父親は、ほとほと困っていた。
そして、そんなところにこの話である。このまま嫁にもらってくれるも良し、もし、家に戻っても少しは女らしさを身に付けているだろう。自分達の家族はどちらにせよ、大助かりなのだそうだ。
はやい話が厄介者を押し付けたいということだ。
「父も、サトウ様のことはよく知っています。ですから、その後継者のヨウスケさんが預かってくれるなら大喜びするでしょう。いや、本当に助かりました。これからは義弟殿とお呼びした方がいいですか?」
アウルは憎たらしいほど嬉しそうに安堵して、とんでもないことを口にしていた。
「それは遠慮させて下さい……」
話が決まりアウルは、明日、妹の荷物は届けさせると言ってクリスを残し嬉々として帰ってしまった。
「じゃあ、ベアトリス。クリスを部屋に案内して。それと、部屋着も貸してあげて」
「ご主人様、奴隷の私の服など貸してもよろしいのですか?」
いまさら気にしないだろうと思ったが、案の定クリスの適応能力は高かった。
「私なら気になりませんわ。演習中など泥まみれの男服でも平気ですし」
それはそれで、貴族のお嬢様として問題だろう。今更ながら、アウルたち家族の気持ちが分かった気がした。
アルヴァと一緒にテーブルの片付けをしながら、今夜は修練を中止するべきか悩んでいた。
部屋に戻ると着替え終わったクリスは、なぜか俺の部屋にいてベアトリスと話をしていた。
「あ、ご主人様。今、クリス様と明日からの狩りについてお話をさせて頂いていました」
「そうなんだ……ところで、あれは何?」
俺の部屋にはベッドがひとつしかなかったはずだ。
「はい、確かにご主人様のベッドは大きいですが、さすがに4人では狭くなると思いまして。クリス様がお手伝いしてくださったので、他の部屋からもう一つベッドをお運びしておきました」
「うん、ベッドなのは分かってる。だからなんで?」
「クリス様をお部屋にご案内するようにとご主人様が仰られましたので……」
確かに言ったがこの部屋に、とは言ってない。しかし、一応続きを聞く。
「それに、イロイロとみんな一緒に、ともご主人様は仰られましたので。クリス様もそのおつもりのようですし、修練のお話もしたのですが、邪魔はしないとのことでしたのでご主人様のベッドの隣に置かせて頂きました」
いま、サラッと、とんでもないこと言いませんでした? ……二つほど。
「えーと……クリスは一緒の部屋で寝ることに異存はなくて、横で修練をしてても構わないと?」
恐る恐るクリスに聞いたが、あっさりした返答が返ってきた。
「あら、みんな一緒のなかに私だけ入れて頂けないのですか? それに騎士団の宿舎では、こっそり女性を連れ込む団員をよくお見かけしましたから、気になりませんわ」
前半は意味が違うと訴えたいが、慣れてて気にしないというなら堂々と修練できる。
「まあもし、あなたが私をお相手としたい時は遠慮なく言って下さい、そのくらいはしないと食事を頂くのが申し訳ないですから」
クリスさん……貴族のご令嬢なのにカラダより食べ物が大事なんですか?
「ですが、私は、初めてなのであまり期待はしないで下さい」
クリスの表情は、俺が満足しなくても食事を減らさないようにとお願いしているようだった。
アルヴァとベアトリスは堂々と全ての服を脱ぎ去り、俺も堂々と……は、いかなかったがコソコソ服を脱いで修練に備えた。
クリスは下着姿で、隣に置かれたベッドの中に潜り込み、自分で言った通りこちらを気にしないで寝に入ったように見えた。
俺はベッドに入り光玉を消したが、なぜかまた明るくなった。
「あれ? ……クリスがつけたの?」
クリスは光玉を再度つけると、またすぐにベッドのなかへ潜り込んだようで、こもった声で「私明るくないと眠れませんの」と答えた。
潜っているなら同じだと思うが、そう言うなら仕方がない。
それに、それはそれで俺にも好都合だから、そのままにして修練を始めた。
しかしすぐに、もの凄い視線を感じて心当たりのある方向を確認した。
視線の主は布団の隙間からこちらの様子をジッと見つめている人物だった。
その人物は、女性を連れ込んだ団員を【よく見かけていた】と言っていたが【よく覗き見していた】の間違いで、【気にしない】のではなく【見てても気にしないで】という意味だったのではないかと思った。
「クリス……」
「なんですか、あなた。私は、明日に備えて寝たいのですから、邪魔はしないで下さい」
邪魔をしているのは熱視線です、と言いたかった。
翌朝、アルヴァたちが朝食の準備を終えたころに目が覚めて、自分で服を着るとまだ寝ているクリスを起こした。
「もう、朝ですの? 私、昨晩はイロイロと考え事をしてまして、なかなか眠れなかったのです……」
俺はその考え事がなにかとは聞かず、朝食を食べたらすぐに出発をするから起きるように言った。
昨夜はドレス姿でウチに来たので、朝食を取りながらクリスに自分の装備はどこにあるのかと尋ねると、剣だけはアウルのところにあるが呆れたことに鎧は父親の屋敷に置きっぱなしだと答えた。
「じゃあ、クリスは防具も着けずに一人で屋敷からここまで来たの?」
「ええ。その話を聞いて兄の使用人からコテツンを奪い、自分の剣だけ握りしめてそのまま屋敷を飛び出しましたから」
馬車で1週間はかかるその距離を、なんの準備もせずに単身防具も着けず馬で来たと聞いて、このじゃじゃ馬娘に苦労してる父親の姿が偲ばれた。
そうなると、アウルが持ってくると言っていた荷物は剣と着替えぐらいだろう。話を聞くとクリスの防具は騎士団のモノに準じているそうなので、もっと軽いモノで揃えることにした。
「クリスはよくそのカラダで騎士団の装備ができたね?」
クリスは貧弱ではないが手足は細くアルヴァと大して変わらないし、胸はベアトリスより大きい。
この体型では鎧を装着したら身動きが取れなくて、長剣など振り回せないと思った。
「鎧と具足は軽い素材と鋼の合金で騎士団と同型のモノを自分専用に特注しましたし、長剣は拝借した玉鋼とミスリルの合金で打たせました。それと女性として当然ですが手が荒れていると夕食会などで堂々と食べにくくなりますので、小手やグローブの内側には最高級の魔ミンクを貼ったモノを作らせました」
クリスの口から女性として当然と言われても……
「玉鋼? 玉鋼を拝借って、どこから?」
「宝物庫に置いてありました。そのコテツンを打った人が残した貴重なモノだとお父様が自慢してましたので、ちょうど良いかと思いまして」
お父さん、絶対泣いただろうな…
聞かなくても分かるけど、もう一つ質問しとくか……今後のために。
「それらを作ったお金はどうしたの?」
「それは、宝物庫にあった絵画や美術品をいくつか売ったら足りました。余ったお金はちゃんと宝物庫に戻しましたので大丈夫です」
「……ちなみに、いくらぐらい掛かったの?
クリスはその質問にしばらく頭を捻らせて答えを出した。
「………さあ? よく分かりません」
「クリス! 絶対に自分で買い物したらダメだからね! 欲しい物があったら必ず俺に言って!!」
クリスは装備さえ揃っていれば、食べ物以外は特に欲しい物はないと言った。
俺はこんなに緊張して、こんなに安心できたのは生まれて初めてだった。




