1-11 料理と浪漫
皆様のお陰で累計PVが10000を超えることが出来ました。
お気に入りに登録して頂いた方々、評価を付けて頂いた方々に心よりお礼申し上げます。
翌朝、俺は【黒刀 コテツン】のデビューに胸を躍らせ森へ向かった。
普段は俺が周囲の警戒をして、二人に獲物を探すのを任せている。
しかし今日は、二人が止めるのも聞かず、自分で獲物を探し始めると、新しいスキルを取得できた。
危険だからと言って、俺が自ら獲物を探すのを嫌がっていた二人にはまだ言ってないが、すでに危険感知のスキルは取得していて、逆に俺は警戒役が適任だと自分で知っていた。
今日取得したのは普通のスキルではなく、裏スキルの周囲探索だった。
メニュー画面内にレーダーのようなものが現れ、周りに何があるのかを教えてくれる。
何度も言うようだがメニュー画面が開けるのは俺しかいない。
だからストレージや個体情報診断と同じ裏スキルなのだろう。
診るスキルと組み合わせれば、どこに、どんなモノが、どんな状態で、が全て分かってしまう。
この、【どこで】【だれが】【だれと】二人きりでいてもすぐに分かる最高のスキルに【正義の味方】という《二つ名》を贈ったが、覚えたばかりのLv1では半径100mが限界だと気が付いた。
俺は常に世の中の女性を見守る男になる為に、このスキルのレベル上げを最優先事項にしなければならなかった。
ツタ系の魔物、魔ツタがレーダーに映り二人を連れてを移動した。コテツンをかざし襲いかかったが、ダモクレスと比較にもならない軽さとあまりの切れ味で思わず乱切りにしてしまった。
魔ツタは縄の材料として売れるのだが、これでは売り物にならないので魔珠だけ拾った。
そのあとからは、二人に獲物を逃がさないように前方と退路を押さえてもらい、俺が出来るだけ急所のみを攻撃して倒すようにした。
レーダー探索のお陰で獲物が面白いほど見つかり、昼過ぎに街へ戻ったがいつもと同じほど狩れたうえにコテツンのお陰で腕も疲れなくなった。
この急激な変化に対して、アルヴァは純粋に俺のことを尊敬してたが、ベアトリスは完全に怪しんでいて俺にはまだ秘密があると思っているようだったが何も言わなかった。
時間があまりないので冒険者ギルドには寄らなかったが、家に帰る前に今夜の料理に足りない材料を買いに商店通りへ行った。
パンはアルヴァがいつも焼いてくれていたが、今日はメニューが多いので買うことにした。あとはタルタルソースの為に酢漬けの野菜や自分ではまだ狩れない魔バッファローの肉を買い、鳥系の肉の中ではポピュラーな魔チキンのほかに、この近くでは珍しく値段も高い魔ダックと魔ターキーも買った。
焼売のためにセイロを買い、フライパン、揚げ物用の鋳物の鍋、寸胴の鍋も仕入れ、粉ものはデュラム粉やセモリナ粉、小麦粉、ポテトスターチ、コーンスターチ、と目に付く物をつぎつぎと買った。今日使わなくてもストレージ内に収納しておけば邪魔にもならないし腐りもしないからいつか使えると考えたからだ。
そして俺は金持ちにはなれない人間だと悟った。
いつもは買わないモノまで買い漁っていたら、来たことがない通りまで来てしまった。
そこは繁華街の一角で商品を売る場所のはずだが昼間なのに人通りが少ない。
ちらほら見えるのは綺麗な服を着た女性ばかりで、たまに男性がなにやら商談しているようだったが、商談が成立すると商品を受け取りに二人で建物の中に入るらしい。
建物から出てくる男性は満足そうに出てくる人が大半だったが、商品らしき物は何も持っていない。
きっと、ここは俺の知らない【特殊技術】を売る商店街なのだろう、と思った。
地球人の俺ですら知らない技術であれば、後学の為にも商品内容を是非とも調べなければならない。
危険があるかもしれないので、後日、時間がたっぷりあるときに一人で来ようと決断するに至った。
そして、自分の尽きない知的好奇心に関心しながら帰路についた。
家に着くと俺はまず井戸の前で野菜を洗い、肉の準備を始めた。
ウサギ程度にビビっていた俺は今やイノシシの解体まで出来る。
風呂の準備をする時間が短くなったので暇つぶしを兼ねて、アルヴァに教えてもらいながらウサギの部位分けをしていたら、解体のスキルを得た。
それから毎日狩りのあとは、毛皮を剥ぎ、獲物を解体して、肉の部位分けをして売るようにしたら、やはり、手間をかければ高値で売れるようで少し収入が増えた。
井戸がある家のお陰で助かる部分が多いことに気付き、これもアウルのおかげかと思うと料理に気合が入った。
下拵えは全て二人に任せ、俺は調味料作りを始めた。
アウルが何に使うか分からないと言っていた俺の買い物には大量の香辛料もあり、ソースはすでに作ってあるが醤油はまだまだ熟成が足りない。しかし、醤油とにんにくで漬け込む鳥のカラアゲには欠かせないし、焼売や餃子のタレにも必要だ。
こちらの世界に来る時に、足で踏みつけることによって持って来これた一升瓶に入った貴重な醤油を仕方なく使う事にした。
いずれアウルには自家製醤油も披露しようと思っている。
この家はキッチンが広い。元の持ち主は裕福な商人と言っていたが、食道楽でもあったに違いない。お陰で三人がキッチンにいても、お互いを邪魔することなくそれぞれの仕事が出来る。
当然俺もだがベアトリスに料理のスキルが付いたのもこのときで、俺ほどではないだろうがこの二人のスキルの取得や成長にも小隊編成が影響していることが確認できた。
出来た料理をストレージに収納しておけば、いつでも出来立て料理が出せる。
この便利すぎるスキルのおかげで順番など考えないで料理をすることが出来た。
アルヴァはお菓子も作れるそうで、俺が日本から持ってきた調理器具を渡してレシピを教えた。
生クリームは流石に自分で作ることは出来そうもなかったので、本当に貴重なこれまた持参した生クリームをちょっとだけ乗せたシフォンケーキとフルーツタルトを作った。
二人に味見をさせてあげると、飛び上がるぐらい感激をしていた。
その姿を見て、泡立て器やボールなどのかさばる現代調理器具をわざわざ持ってきて良かったと心から思った。
晩餐の準備が全て整ったので、今日は先にお風呂へ入ることにした。
それは、お客を迎えるのだから当然のマナーでもある。
俺は念入りにカラダを磨いてもらい、すっきりさせたカラダと賢者のような心でアウルたちを迎える準備も整った。
時間になりアウルたちがお土産を持参して到着した。
お土産は俺がすっかり忘れていた物だった。
お酒は好きだが貧乏生活をしていた俺には、食事のときに呑む習慣はなく、アウルは以前一緒に買い物へ行ったとき、その中に酒類がないことに気付いていて、ワインを数本持って来てくれた。
「待ってたよ。ありがとう、飲み物のことはすっかり忘れていたよ」
「招待を受けてるのだから、当然ですよ」
「準備は出来てるから、テーブルに座って」
二人をテーブルに案内して座らせたが、二人とも「あれ??」と言いたそうな顔をしたので、それを見た俺は、心の中でほくそ笑んだ。
「ちょっと! あなた、準備出来てるって言いましたわよね!? 私のコロッケはどこですの?」
俺は、出来立てを食べさせてあげたかっただけじゃなく、驚かせるためにもわざとテーブルには並べずストレージに入れたままにおいた。
「じゃあ、並べるからね。驚いてテーブル倒さないように!」
お皿に山にして盛られた焼売、餃子、カラアゲ…と順番に並べて最後に山盛りのコロッケをクリスの前に出した。
クリスは突然現れた料理の数々に見覚えがある事に気がつき歓喜の声を上げた。
「お、お兄様、コロッケですわ! これは……カラアゲ! きゃー…トンカツですー!」
俺は期待通りの反応を見せてくれたクリスに「冷めない内に早く食べな」と言って、各種ソースとタレも出してあげた。
我慢しきれず、クリスは「では、遠慮なく頂きますわ」と言ってさっそく口に頬張りだした。
その嬉しそうな姿に俺は満足してアウルにも早く食べるように勧めた。
俺は招待主として自分で給仕すると姉妹には言ってあったが、やはり我慢が出来ないらしく、お客の飲み物や取り皿の用意を二人で始めていた。
そして、真実かどうか分からないが、二人の気分を害したく無いので一応確認をすることにした。
「この世界では奴隷と一緒にテーブルへ着くのはダメなの? ウチは一緒に食べてるんだけど、この二人が一緒に食べるのはイヤかな?」
イヤと言われれば仕方がない。俺はこの世界の人間ではないのだから、文句は言えないと考えていた。
しかし、二人の考えはそれぞれ違っていたがどちらも否定的な返答ではなかった。
「私は旅をしている商人ですよ? 宿場や酒場で食事をしていればいろんな人と同席するのは普通です。それに、招待を受けた私たちが相手の家のしきたりにとやかく言うのは失礼ですからね」
「私は、騎士団に混じって汗臭くて汚い食堂で一緒に食事することもありますから、気になりませんわ。このお二人は清潔で綺麗ですし」
アウルは奴隷だからといって特に気にすることはないらしい。そして、クリスはキレイか汚いかでしか考えていない。それに二人は佐藤から俺たちの世界に奴隷がいないことも知っていた。
「サトウ様もよく奴隷はどう扱っていいのか分からんと言われてましたよ」
そして、アウルは俺の好きにしていいのだという意味の笑顔を向けてくれた。
予想通りアルヴァとベアトリスはお客の前で座ることに難色を示したが、デザートの話をちらつかせると即座に座った。
やはり、女の子は甘いものに弱いらしい。そして、その話が聞こえたクリスの目が光ったのにも気がついた。
「しかし、ヨウスケさん。驚きましたよ。ストレージに料理を皿ごと入れられて、しかも出来たてのままなんて……」
「驚いたでしょ? ……あれ? でも佐藤さんも使えたはずだけど……?」
と思ったが、やはり佐藤が秘密にしていたらしい。
「いや、いつもサトウ様は普通に持って来ていたのです。私たちは街のどこかで調理していたのかと思ってました」
そんな俺たちの会話は全てスルーのクリスは「これは少し味が違いますね……こちらは少し形が……」と言いながらも、ひたすら食べていた。
アルヴァに紅茶を淹れてもらいデザートを出すと、贅沢に慣れている二人でも声をあげていた。
「あなたがこれを!? こんなの初めてですわ!」
ウチの娘たちと同様に、クリスも普通の女の子と同じ反応を見せてくれた。
「その上に乗ってるのは生クリームと言って、たぶんこの世界にはないと思うけど美味しいでしょ? それは向こうから持ってきた材料なんだよ」
「まあ! それはとても貴重ということですのね? ここでは作れないのかしら?」
「特殊な機械……というか凄い高度な技術で作った道具が必要なんだ。それ以外にも方法がないわけじゃないみたいだけど、お金はかかるし成功するかもどうかも試さないと分からないんだよね」
ネットで調べた限りは方法はそんなに難しくはなかったが、非常に不経済なうえ不確かな方法だったので今は無理に作る気はない。
「それでは仕方ありませんわね。そのうちということで楽しみにしておりますので」
まだまだ先の話だから気長にね、と心のなかでそう答えた。
その会話の中、デザートを感心しながら食べているアウルをニヤニヤしながら見た。
「その顔は何か面白いことを思いついたという感じですね?」
俺が何か言いたいのだと気が付いたようだ。
「これなら旅がもっと楽しくならない? もちろん野営して外で料理をするのも楽しいだろうけど……例えば、景色の綺麗な場所でお茶にお菓子やケーキとか、満天の星の下でゆっくりお酒を飲みながら食事を楽しむとかね」
「それ、最高ですね! 確かに野外の料理もいいですが、凝ったものは難しいですからね。しかし、出来たもの料理を最初からストレージに入れておけばそれが出来ます!」
立ち上がって興奮しているアウルに、俺が予想をした、もう一つの言いたい事を話した。
「でしょ? 魔法の鞄の大きさは分からないけど、それも同じことが出来るんじゃないかと思うよ」
アウルは一転して意外なことを言われたという表情だった。
「意味が通じるか分からないけど、ストレージと魔法の鞄が別の種類の空間だとは思えないんだ。この世界を創った人はそこまで別の設定にはしないと思う。俺には他の人にはない能力がまだイロイロある。その特別な能力の廉価版の鞄が、違う設定だなんて事はしてないんじゃないかな?」
「確かに言われている意味の半分も分かりませんが、同じような能力のモノが別々の効果とは思えないということですか?」
「そ。だから、アウルが俺と一緒にいない時でも、そういう楽しみが味わえるんじゃないかな?」
アウルの喜びの顔は見物だった。
「でも、まだ待てる? もう少し自分のレベル上げてから行きたいんだ」
「もちろんです。最初にお話をした通り、ヨウスケさんのペースで行きましょう。何も鞄だけが今後の楽しみではありませんからね。それに旅に危険は付き物です。充分レベルを上げてからにしましょう。ヨウスケさんならさほど時間もかからないでしょうから」
アウルは俺が取得出来る経験値が他の人より多いことまで知っていた。
「ふふん。そのうちもっと驚かせてあげるからね」
俺の小隊に編成すればアウルもその恩恵に預かれるとは思っていないようだったのでそんなことを言った。
そして俺たちがどんな所へ行きたいかなどと話していたら、突然、【待った】が掛かった。
声の聞こえた方を向くと、いつの間にデザートを食べ終わっていたクリスが、なぜか不満顔で俺達を見ていた。
「ちょっと、二人ともお待ちなさい」
「なにか、問題があった? 美味しくないモノがあったとか?」
俺には他にクリスが不満顔の理由が思い当たらなかった。
「いいえ。ちょっとあの方とは違うモノもありましたが、すべて美味しく頂きました」
じゃあ、何が問題なんだ??
「私が言いたいのは、私もその話に混ぜなさいということです」
「「……は!?」」
アウルの間抜けな声を初めて聞いてしまった。しかし、今はそこが問題ではない。
今では俺とアウルは似た者同士だと思っている。金や名誉ではなく、どう人生を楽しむかが重要で、それは男の浪漫でもあると思っていた。だから、二人でこんなにも盛り上がれた。
しかし、クリスにそんな感性があるとは思ってはいない。それは女だからという理由だけではなく、確か強さを求めていたはずだからだ。
「えーと……クリスさん? 俺たちは冒険はしたいけど、別に最強になりたいワケでも、わざわざ理由もなく迷宮に挑みたいワケでもないですよ?」
「それは、分かってます。ただ、二人でそんな素敵な計画を立ててるなら、私も混ぜなさいと言ってるだけです」
「あのー……俺たちには素敵な計画だけど、具体的どこが素敵だと思っているのかなぁ……??」
どう考えてもクリスが俺たちと同じ浪漫を感じてるとは考えられなくて、頭の中で思っていたことがそのまま口から出てしまった。
「素敵じゃないですか! 歩きながら出来立てコロッケを食べたり、馬車のなかでケーキを食べたり。他の理由があるんですか!?」
はい、良く分かりました。クリスさんは食べ物が大好きなだけの人でした。




