1-10 秘密とあの方
あの【出来事】による事件から数日経ったあくる日の夕方、予定よりも少し早い到着のアウルが待望のカタナを持って俺の家に訪れた。
アウルが荷馬車を降りて俺の方へ向かって来ると、御者をしていた小柄な使用人がカタナを持って後ろからついて来た。
「こちらが待望のニホントー……カタナでしたね、お待たせしました」
アウルがそう言うと、大きい帽子を目深にかぶっているその使用人は何も言わずに俺にカタナを渡してきた。
カタナを白木の鞘から抜き払うと漆黒の刀身に白銀の刃紋が浮いている、日本ですら存在しない美しいカタナが俺の目を奪っていった。
「す、すごい……間違いなく本物の刀だけど、俺の国ですら存在しないよ、こんな綺麗なカタナは!」
俺は目を輝かせて力説した。そしてやはりただで頂くことは出来ないと思った。
「やっぱり、お金払うよ! 分割になるけど……」
「鞄だけで結構ですよ。しかし、お願いがひとつあります」
「何でも言って!」
俺の喜んでいる顔を見てアウルも嬉しそうだったし、このカタナの代価なら何でもお願いを聞くつもりだったが、あまりにも簡単すぎるお願いに拍子抜けしてしまった。
「ダモクレスを見せてください」
「え? そんなこと? 全然構わないけど…でも今は『収納』してあるんだよね」
俺はアウルに理解出来る言葉で、ストレージにあるけど使用人の前で出していいのか?と尋ねた。
「それを含めてのお願いです。この人は大丈夫です。私が保証します」
アウルがそこまで言うなら大丈夫だろうと思った。それに、佐藤の存在を知っているのがアウルだけではないのかとも思い、自分の掌の上にダモクレスを出現させた。
「はい、どうぞ」
アウルの前に鞘に収まったダモクレスを差し出したが、なぜか受け取ったのは使用人の方だった。
帽子のせいでよく表情は分からないが、自分で鞘から抜いたダモクレスを見つめて驚愕していることは雰囲気で分かった。
「本物だわ……お兄様! 本当だったのですね!」
使用人と思っていた人物があげた驚きの声は若い女性のモノで、しかもアウルを兄と呼んだ。
「は!? お兄様??」
俺は間抜けな声で聞き返してしまったが、その女性は帽子を取ってその姿を現した。
アウルは「だから、言っただろう、本当だって」と言いつつ苦笑が止まらない様子だった。その金髪で、背丈はウチの姉妹より少し大きいぐらいで、20歳ぐらいで、スタイル抜群で、ベアトリスより大きい丸い果物のようなモノを2つ兼ね備えた、顔は少しきつめだがアルヴァに匹敵するほどの美人の出現に、俺は警戒を露にして、即座に俺にのみ与えられた方法で彼女をガッツリ調べた。
クリスティーネ 年齢21 Lv45
職業 騎士見習い 身分 アームストロング家令嬢
称号 なし 二つ名 なし
犯罪歴 なし
Lv45!?
まさか、あの大きさはレベルに依存しているのか!?
騎士見習い?? Lv45でも見習いなのか?
じゃあ、あれよりもっと大きく成長するというのか!?
あと……スキル?
スキルなんてどうでもいい!
精神は少し興奮気味か。
問題は……
処女か??
まさか……彼氏はいるのか!?
なんで一番肝心な事が診れないんだ!
何のためのチート仕様なんだよ!!
俺はこの世の不条理を呪いたかった……
「お兄様、本当にこの人があの方のお知り合いで、次に来られた人なんですの!? 全然そんな感じに見えませんわ!」
俺はまだ呪詛を世界に撒き散らしていたが、クリスはそんな俺の心が見えた訳でもないのに、なぜか怒っていた。しかも最後の部分は完全に見下されている言葉だと俺でも理解できた。
「クリス。やめなさい、失礼ですよ」
「でも、お兄様……あの方が帰られてしまったのは仕方がないことですけれど、こんな人が……」
なぜ、そこまで俺が佐藤の後釜なのが認められないのか、が不思議に思い直接聞くことにした。
「何がいったい問題なの? 俺はまだ何もしてないよね?」
すると、クリスはキッと俺を指差し睨みつけた。
「それが問題ですわ! あの方ならすでに迷宮の一つや二つ、制覇していらっしゃいます」
いや、まだ来てから10日ほどしか経ってないのだから、いくら佐藤でも無理だったと思うけど……
「それに、そのひ弱そうな身体! 私が目指したあの方とは全然違いますわ! あなたはあの方とはどういうご関係なのですか?」
「え? 家が近所なだけだけど?」
クリスは口に両手を当てて、驚きの表情と俺が何か悪いことをしてるとしか思えないような目で俺を見た。
「そ、それだけ!? それだけなのですか?」
「それだけだよ。あとはコロッケ買いに行くぐらいかな?」
しかしそのとき、何がそうさせたのかは分からないが、今まで剣呑と不快のブレンド顔だったクリスの表情が微かに和らぎ、代わりに何かを俺に期待するような目を向けた。
「あなたはそれを作れるのですか?」
今の話の流れだと【それ】に該当しそうなのはコロッケしか考えられない。まさかとは思ったが一応聞き返した。
「コロッケのこと?」
「そうです! コロッケのことですわ!!」
今度は、ハッキリと分かった。
掌を自分の前で組み合わせたクリスが、懇願するような姿で猛烈にコロッケを所望しているということが。
俺は料理が出来ない訳ではない。薪を使った竈やオーブンを使うことに自信がなかっただけだ。
佐藤の店のコロッケなら恐らく作れる。なぜなら貧乏生活をしていた俺は、佐藤の店で揚げ物や惣菜類を買うことが多かった。そしてその都度「これはウチの秘密のレシピで作った特製の……」と言いながら、いつも自慢気に作り方を話していたからだ。だから、アルヴァに火の扱いを任せれば、コロッケだけではなく、トンカツやカラアゲなど佐藤自慢の【秘密レシピの特製料理】は作れると思った。
「たぶん、作れると思うけど?」
クリスは喜びに瞳を輝かせると、また俺にビシッと指を差し
「そ、そこまで言うのでしたら、明日食べて差し上げてもよろしいですわ」
と、言うと嬉しそうに荷馬車に駆けて戻り、もう一度、俺に期待の目を向けてから乗り込んだ。
唖然としている俺に、終始苦笑しきりのアウルは説明してくれた。
「ウチの末の妹なんですが、当時、私と同じ学校にいまして、一緒にあの方の話を聞かせてもらっていたんですよ。……まあ、早い話があの方に憧れてずっと剣を鍛えていた訳です」
「それで俺と、どう繋がるの?」
アウルは佐藤に同行するのを諦めて自分で旅する商人を目指したが、クリスは諦めていなかった。15歳のときに学校を卒業したクリスは嫁にもいかず、いつか佐藤は戻ると信じて父親の反対すら気にも留めず、家臣に混じり剣の修行ばかり励んでいた。
クリスも密かに佐藤を探していたが、突然兄の遣いが父親と住んでいる屋敷に来て、兄が大事にしているはずの、このカタナを売ると言って持ち出そうとしたときは激怒した。
カタナの制作者が佐藤と同じ世界の人物だとクリスも思っていた為に、佐藤を探す手がかりになるかもしれないと考えていたからだ。
真相を確かめる為に馬をとばして自分でカタナを運び兄を問い詰めると、佐藤は帰ってしまっていて、代わりに俺が来ていると説明された。
そして、どうしても会わせろというので、容姿の目立つクリスを変装させて連れてきたということだった。
「そんな訳です。ご迷惑をおかけしました」
困った妹にまだ苦笑いをしていたが、この展開に悪い気はしてないようだった。
「それで、妹さんはコロッケが好きなんだ?」
「あの方はお土産だと言って、よくコロッケを作って持って来てくれたのです。食感や味はこの世界のモノとは違っていて、かけられていたソースがとてもコロッケに合い私も大好きでした」
「他には何か作ってた?」
佐藤のお土産の品々を懐かしむように思い出しながら詳しく俺に話してくれた。
「あとは、イノシシの肉をコロッケと同様の衣に包んで揚げたモノや、鳥のぶつ切りを揚げたモノ、ジャガイモのサラダ、シェル状のパスタのサラダ、ミンチにした肉を薄い皮に包んで蒸したモノ、それと同じくミンチにした肉に野菜を混ぜて同様の薄い皮に包み焼いたモノがありましたね」
俺はおかしくて仕方がなかった。それは全て佐藤の肉屋の定番だったからだ。
要はトンカツ、カラアゲ、ポテトサラダ、パスタのサラダ、焼売、餃子で俺が買う定番でもあった。
アウルはカラアゲに添えられた練り物のタレとサラダに混ぜられた調味料もソースと同様に材料さえ分からなかったそうだ。
「あの方はいつも【秘密のレシピ】だと言って教えてくれなかったのですよ」
そして、屋敷のシェフにいろいろ作らせてみたが、どの料理もマズイ訳ではなかったがどこか違うモノばかりで、同じ物はどれ一つ出来なかったそうだ。
ソースだけではなくタルタルソースやマヨネーズさえ自作してた佐藤だったが、俺もそれらの基本レシピは調べてきたし、佐藤の味は覚えているから、若干違うかもしれないが同じような味や料理が作れそうだった。
「いいよ。それ俺が全部作るよ。ちょっと違う味になるかもしれないけど作り方は全部知ってるから」
「ほんとですか!?」
アウルは本当に佐藤のお土産が好きだったようで、クリス以上に嬉しそうに聞き返してきた。
佐藤の教えてくれた【秘密のレシピ】は2種類のじゃがいもを蒸してから、食感を失わない程度に荒く潰して数種類のスパイスを合わせて作るコロッケや下味をつけたロース肉を柔らかくする為に叩いてから、低温でじっくり揚げて、そのあと高温で再度揚げることで表面にサクサク感を出すとか、パン粉は自家製生パン粉を使うとか、全く秘密にするところがない【秘密のレシピ】だった。
だから俺には普通に教えてくれたのだ。
まあ、恐らくお土産を楽しみにしていた二人に、【秘密のレシピ】と言って楽しんでいただけだろうな、と予想がついた。
「明日は早く帰って来て準備するから、夕食を一緒に食べようよ」
「え? 私も一緒していいんですか?」
遠慮がちに尋ねるアウルに、俺は満面の笑みを浮かべて答えた。
「一緒にイロイロ体験する人生のパートナーだろ? だから一緒に食事を楽しもう」
俺の言葉を聞いたアウルの顔には、食事のことだけではなく、これからの楽しくなりそうな未来に想いを馳せているような色が浮かんでいた。
「ところで、このカタナは誰が作ったか分かるの? 銘とかある?」
「刀匠はスズキと伝えられていますが、名前は違ったようです。それと銘は……黒刀、コテツンです。」
うん、なんとなく分かってたよ。
実は、この世界に来れる人の条件には【ファンタジー馬鹿】が含まれているんじゃないかって。
「そ、そうなんだ……あ、俺の国では名前じゃなくて苗字を名乗るのが普通なんだ。だから鈴木は姓で名前じゃないんだよ」
「なるほど……ヨウスケさんの世界は貴族や王族以外でも姓があるのですか。でしたら、サトオはあの方の姓なのですね」
「まあ、正確にはサトウだけどね。それで『あの方』の名前ってなんだったの?」
俺は、途中から【あの方】と呼ばれている世界最強と言われた佐藤の名前が、ずっと気になっていた。
「『あの方』のお名前ですか? ゴンジュウロウ様でした」
ヒゲダルマの佐藤に似合いすぎているその名前に、俺は必死に笑いを堪えることを余儀なくされた。
クリスが早く帰ろう、とアウルを急かすので、俺達は話を切り上げて明日を楽しみにすることにした。
家の中に戻ると夕食の準備はすでに整っていて、アルヴァとベアトリスは俺を待っていた。
食事をしながら明日のことを話し、二人にも手伝いを頼んだ。
「で、早めに明日は家に戻るから、二人にも手伝って欲しいんだ」
二人の反応が妙だった。普段なら絶対ありえないが、主人であるはずの俺の頼みに二人とも首をかしげていた。
「ご主人様、私と妹はご主人様の奴隷です」
俺はアルヴァが何を言いたいか分からずにいたら、気が利くベアトリスはちゃんと補足説明をしてくれた。
「ご主人様はお優しい方なので私たちの務めを、よく手伝って下さいます。私たちも申し訳なく思ってはいるのですが、いつもそれに甘えてしまっています。ですが、私たちがご主人様を手伝うのは当然なのですから、わざわざお頼みになる必要はないと思うのですが……」
うーーーん……どう説明するかな?
悩んだ末に、いい事言ってテキトーに丸め込もうと考えついた。
「二人は奴隷だけど人間なのだから、俺は人として二人を扱い、当然主人としての義務として二人にもそれが分かるように教育もする」
自分でもあまり意味が分からないが、そんな感じで、それが俺の普通だと思わせようとした。
不思議なことにアルヴァは理解出来たのか、感激した様子で感謝を述べてきた
「ありがとうございます。ご主人様。常に私たちの未来のことまで考えて頂いて……身を削ってまであのような【出来事】を起こさせる修練にまで毎日何回もお付き合いして頂いていますのに。これからも一生懸命に修練に励み、早く一人前の奴隷としてお仕え出来るように致します」
まあ、アルヴァにしてはよく理解した方かもしれないけど念の為に釘は刺さなければ……
「アルヴァ、ベアトリス。よく聞きなさい。修練に励むのは良いことだ。しかし、修練とは人知れず行うもの。【他人】には知られてはならない。だから、誰にも話さないように」
これで【他人】に秘密の修練について知られる脅威を避けることが出来る。
……はずだった。




