1-1 福引で異世界
なんでもアリでご都合主義のファンタジーですが、
基本は異世界を舞台にしたコメディーです。
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「大当たり~!!」
それが俺の異世界譚の始まりだった。
コロンと出てきた虹色の玉。
「おお! 耀介ちゃん、すげーの当たったぞ!」
これが特賞だと福引の受付をしているこの商店街で肉屋を営んでいる佐藤が教えてくれた。
バイトしかしていないその日暮らしの俺には助かるが、特賞の景品は1等の二泊三日温泉旅館ペアご招待券よりなぜか金額的に劣るこの商店街の商品券だった。
まあ、もし1等が当たっていたとしても一緒に行く相手などいないのだから、特賞で良かったと思うことにしよう。
さらに特賞には秘密のオマケ付きだそうで、夜になったら自分の店に来るように、とこっそり俺に耳打ちをしてきた。
なぜ今じゃないのかと思ったが、佐藤の店の惣菜をよく買いに行く貧乏な常連客の俺を不憫と思って店の商品でもくれるのだろう。
――そう考えて、素直に言われた時間に行くことにした。
約束の時間通りに店へ着いたがシャッターは閉まっている。
仕方なく裏の自宅に回り佐藤を呼ぶ。
「待ってたぞ! 今、嫁はいないから早くウチへあがれ」
玄関から出てきた佐藤が嬉しそうに俺を迎えてくれる。
その表情はこれからイタズラをする少年のようにも見える。
遠慮なく家の中にお邪魔すると、座敷へ案内された。
「耀介ちゃん、異世界って分かるか?」
「ゲームとかファンタジーとかに出てくるやつですか?」
「そう、それだ!」
ちゃぶ台の周りに敷いてあった座布団へ座ると突然そんな事を言いだす佐藤。
「実はな、お一人様1回限りだが異世界に行けるんだ。ただし、幸運の持ち主だけだ」
「は? 佐藤さん、なに言ってるんですか?」
こんなことを突然言われれば、誰でも同じ反応をするだろう。
佐藤には俺の反応など織り込み済みだったようで、口角をあげてニヤリと笑う。
突然立ち上がると「ちょっと待ってろ」と言って、別の部屋から革の鞄を持ってくるなり、その中から緩衝材に包まれた何かを大事そうに取り出した。
その中身は手鏡であった。
どことなく変な形だが、それ以外はなんの変哲もないと思える代物。
10年前、佐藤が宝くじで100万円を当てたとき、それを知ったある友人から渡されたモノらしい。
この手鏡は自分で自分を写すことによって異世界へと行ける。
そして、老衰を含め何らかの要因で死んでしまうと、異世界へ行く前の姿と時間で元の場所に戻って来るそうだ。
分かり易く言うと、行ってから帰るまでのあいだは体感だけが時間を経過する。しかし、実際には1秒も時間は経過をしていない、ということである。
しかも異世界生活は18歳から始められると言われれば、それは人生を2回やれるようなものだ。
幸運の持ち主と佐藤は言ったが、100万円と町内会の福引の特賞では比較にならない。
それについては、最後にその手鏡を使った人の主観で選んで良いと言われているらしい。そして1度使うとその後10年間は誰も使えない状態になるそうだ。
既に佐藤は10年前にその手鏡を使用している。
そして、時間が来るのをひたすら待っていた。
もちろん、行けるものなら行ってみたい。
コトの真偽はともかく、実際問題としていきなり知らない世界などへ行ってどうやって暮らすのかなど色々な問題もあると思った。
「その心配はない。いわゆるチート仕様になっている」
この異世界の人々にはレベルが存在して、修練や勉強をすることで多種多様なスキルも得ることが出来る。
自分だけは他者より30倍の経験値を獲得出来て早くレベルが上がる。
簡単にスキルの取得が出来て、しかもスキルレベルの上がりも早い。
他にも自分だけが持てるスキルがイロイロある。
「どんどん強くなるから、モンスターを倒して稼いだり、迷宮などを攻略して宝探しをするのも楽しい。他には、自分の知識で商売をして大金を稼ぐことも可能だ」
しかも異世界へ行くときに、こちらの世界の物を持って行くことが出来る。
身に着けている衣服から、手で持っている鞄や背負っている物など触れてさえいれば一緒に異世界に運ばれる。
ただし電化製品やそれに類する技術を用いた現代にしか存在し得ない物は持って行けない。
そして、それらを異世界で作ろうとすれば強制送還されて、2度と行けなくなる。
俺が貧乏人と知っている佐藤は、必要なものは特賞の商品券で買い揃えろと言って、高額で売れそうな物をいくつか教えてくれた。
そのほか、異世界に辿り着いてから最初に役立ちそうな情報なども教えてくれたが、詳しく話すと楽しみが減るから自分で調べろと言われた。
そして立ち上がると押入れからダモクレスという剣と漆黒のローブを引き出し、自分が使っていたモノだと言って渡された。
その剣は伝説級の代物で、ローブはあらゆる状態異常を防ぐだけではなく魔法の耐性も非常に高く、どちらの物も踏破したことが誰もいないと言われていた超高難易度を誇る地下迷宮で見つけたレア中のレアだそうだ。
この二つの品には本物としか思えない重量と存在感があり、この話はマジだと思った。
しかし行くとしても、ひとつ気になることがあった。
「ところで、どうして死んだのですか?」
老衰なら良いが、万が一にも何か危険があるなら聞いておきたい。
そしてそれは、全く役に立たない情報だった。
「冒険するのが楽しくてな、ずっと魔物や魔獣と戦ったり迷宮探索をしていたが、ある日、存在すら噂でしかなかった死の迷宮タワーを発見してな、イケルと思って一人で挑んだら、死んじまったんだよ」
佐藤は「人外と思うぐらい強くなったはずなんだが……」と呟いていたが、普通の人なら絶対にそんな危険なことはしない。
そして死ぬときにポケットに入っていたという、百万円と書かれた金の大判を1枚と十万円の金の小判を5枚、一万円書かれた銀の小判や千円の銅大判、百円の銅中判、十円の銅硬貨、1円の青銅硬貨を数枚ずつ渡してくれたが、装備もお金も記念品だから死んだら返せと言われた。
ストレージというスキルが自分だけに存在するそうだ。
それは、別空間に何でも仕舞うことが出来るというモノだが、異世界へ行くときと同様で、死ぬとき身に着けているか手に持っているモノでないと、こちらの世界に持ち帰れない。
だから、死にそうなときは持ち帰りたい物をしっかり握ってろ、と念を押された。
元の時間に戻れるなら佐藤にとっては、俺はすぐに再会出来る相手なのだが、感謝と一応のしばしの別れの挨拶を伝えてから自宅に帰った。
その翌日、さっそく勧められた品々を買い集めに商店街へ向かう。
勧められた品物は、透明度の高いガラス製品のグラスやお皿、精緻な細工が施してある置物やアクセサリーにいろんな種類の鏡。他にも絹、天鵞絨、織物などといった布ものや金属製品などの機械生産品である。
それは、異世界にもあるが、質の良いこちらの世界の品々だった。
商品券の他にもなけなしの貯金を使い果たしそれらを買い漁る。
商店街のほかにも、ホームセンターに行き日用雑貨や便利な道具、日用品の中古販売をしているハードなオフの店では価値が有りそうなモノ、さらには1品100円コーナーにも寄りイロイロと買い漁る。
それらを佐藤から借りた鞄やリュックに詰めて込んで自宅のアパートに戻った。
仮にさらに高額で売れそうな物があってももうこれ以上の元手が無い。
だから、調味料や石鹸などの消耗品で自分でも作れそうな物の作り方や、役に立ちそうな生活の知恵などを色々とネットで調べて次々プリントアウトしたりメモを取った。
こちらの世界では体験できないようなことを楽しんでくること。
死ぬときは高価な物を体中に巻きつけて、こちらの世界でも楽しい人生を送る。
この2つを目標に異世界へと旅立つ。
意を決して立上り、リュックを背負って、両手に鞄を持った。
そして異世界への扉を開くために佐藤から受け取った手鏡を覗き込んだ。
浪漫と希望と欲望を胸に秘めて。
渦に巻き込まれたような感覚が襲い掛かり、一瞬だけ気を失った。
気がついたときには、さほど遠くない場所に街が見える森の近くに立っていた。
「やった! すごいぞー。異世界は本当にあったんだ」
佐藤が言っていたように本当に『すげーの当たった』らしい。
それまで、まだ半信半疑だった俺は歓喜の声を上げた。
最初にすることは、自分自身がどういう存在なのかを確認することだった。
この世界の住人なら誰でも掌からIDカードが出せる。
それは佐藤から教えてもらっていたので、さっそく実践した。
ヨウスケ 年齢18 Lv18
職業 なし 身分 放浪者
称号 なし 二つ名 なし
犯罪歴 なし
これ以外の自分の情報である、取得できたスキルやスキルLvは、教会に行き手数料を払って確認するしかない。
教会では魔法による治癒をしているが、あまりに高額である為に利用できる人は少ない。
そのため、身寄りのない子供達を養ったり、炊き出しなどの支援活動をしている教会では、寄付のほかはその手数料が貴重な収入の一つだった。
しかし、チート仕様である俺は自分自身のステータスが全て確認出来る。
取得スキル一覧
鑑定眼 Lv10 MAX
取得裏スキル一覧
ストレージ Lv10 MAX
個体情報診断 Lv10 MAX
精神状態
大興奮
身体異常
なし
病気
なし
俺は自分自身と同様に他人の情報を同じ個体情報診断スキルで診ることが出来る。
しかも裏スキルは、俺自身にしかその存在を確認することができない。
だから、俺が女性の秘密を知る存在だと誰にもバレることはなく、温かく見守ることにも便利なスキルである。
【大興奮】の俺は、さらに興奮するべくダモクレスを腰に差してローブを纏った。