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リトルウィッチ・プログラム  作者: 坂本一輝
第一部:魔法少女ルーチェ×アイリス
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魔法ときらきら 04

 わたし達は屋上へと来ていた。

 晶と真紀はさっさと昼食を済ませ、屋上の真ん中くらいでバドミントンをやっている。シャトルがフェンスを越えて落ちたらどうするつもりなんだろう。本当に自由な子達だ。彼女達がそんなことに興じている間、わたしと陽菜は屋上の金網フェンスにもたれながら座り込み、ゆっくりと昼食を満喫していた。


「ご飯食べながら携帯操作するのやめなよ」

「あ、これは失礼をば」


 陽菜は持っていたスマホをブレザーのポケットへ押し込めると、食事を再開した。美味しそうに焼きそばパンを頬張る彼女は小動物的な可愛らしさを感じる。


(正直、この子のこういうところ、憧れるなあ)


 人間は自分に持っていないものに惹かれる・・・と言うが、わたしに足りてないものを陽菜が持っているという事は普段一緒に行動しているわたしが一番よく知っていた。

 可愛らしさ、愛嬌の良さ、人当たりの良さ、素直さ。そのような、いわゆる「かわいい女の子」みたいな要素。それが陽菜の最大の魅力だ。見た目が単純にかわいいという、これまた大きな長所を差し置いても、性格が美人。愛想笑いの一つもせずに、常にけだるそうな表情を浮かべあくびをしているわたしとは大違いだ。


「・・・ホント、わたしって空っぽな器みたいな人間」


 頭で考えたそんな言葉が、意図せず口から出てしまう。

 どれくらいの声量で放った台詞かは分からないが、隣で陽菜がきょとんとしているところを見ると、彼女にはしっかり聞こえてしまっていたようだった。

 急に意味の分からない独り言を聞いて、引かせてしまっただろうか。そんな事を少しだけ思ったりもするのだけれど。


「で、でも、今って良い時代になったよねー」


 急に陽菜が話題を変え、この一連の流れはそこでぶった切られた。

 ・・・それにしても陽菜って、話題変えるの案外へたくそなんだ。この至らない感じがまた魅力的だったりするんだろうけど。


「ちょっと前なら専用の機具が無かったら魔法なんて使えなかったのに、今は携帯でちょちょいのちょいだもんねー」

「確かに信じられないほど便利に魔法を使えるようになったけど」


 そこでいきなり、声のトーンを低くして真面目な感じを出してみる。


「代償も支払わなきゃならなくなった」


 わたしはそこで一拍置くと、右手の親指と人差し指で丸を作り。


「・・・お金」


 小さく、息を吐くように呟いた。


「えっ、治癒魔法アプリって有料なの!?」


 ひどく驚いた様子で、陽菜は柄にもなく大声を出していた。


「有料。しかもダウンロードする時だけじゃなく使うたびに料金が発生する課金制だよ」

「使ったことないから知らなかった・・・」


 そこで、陽菜はハッとする。


「あ、あたしさっきの分の料金払うよ、いくら!?」


 急いで財布を取り出そうとポケットを探る姿に、少しだけクスッと来てしまった。


「いいよいいよ、たった500円だし。今回は無料で良いよ、ロハ。奢ってあげる」


 わたしはカレーパンの袋やら、ジュースのパックやらをゴミ袋に詰めながらそう言った。わたしは不良だけど、ゴミを捨てたりすることはしなかった。大体、この屋上はわたし達が占拠してるんだから、ゴミなんて出しても誰も掃除してくれない。つまり、長く使おうと思うのなら自分達でちゃんと綺麗にしなければならないという寸法だ。


「あ、ありがとう咲弥っち・・・今度何かお礼させてよ」

「別にいいよ。言ったでしょ、奢りだって」


 その言葉を聞いて、陽菜は一瞬言葉を詰まらせたが。


「う、うん。ホント、ありがとう」


 そう言って、ニッコリと笑顔を見せた。

 わたしは金網フェンスにもたれかかっていた身体を起こし、スカートをぱんぱんと叩く。


「晶ー、真紀ー、わたし午後は授業行くけど、どうするー?」


 遠くでバドミントンをしている彼女達に、手を振りながら叫ぶような形で話しかける。


「えー、授業出んのー?」

「じゃあ、うちらも行くからちょっと待っててよ!」

「オッケー、とりあえずバドミントン一式はちゃんと隠しときなよ」


 そう言って、わたしは隣の陽菜に視線を移す。


「授業、出るんだ・・・」

「嫌?」

「ううん、咲弥っちが授業出るなんて今日は雪かなーって」

「言ってろ」


 若干茶化したような陽菜の言葉に、冗談交じりで返す。

 これが、わたし。

 高校入学してから今までの数週間で確立したわたしの日常だ。あと三年近くはこんなバカをやっていても許されるなんて、正直嬉しい・・今はそう思う。


(ま、でもこんな日常も悪くはないよね)


 決して満ち足りているわけではない。

 だけど、それがわたしの本音だった。





 甘く見ていた。まさか、昼食の後たった二時間弱・・・教師の話を聞いているのがこんなにしんどい事だったとは。眠くて眠くて仕方がなかった。寝ようかとも思ったが、それじゃあサボってるのと何も変わらないと思って一応ノートをとっていたのに。机の上に広げられたノートに目を移す。


「・・・白紙だよなあ」


 ほぼ、白紙。最初に「基本」という漢字が書かれているが、最早これが何なのか全く思い出せもしなかった。わたしは諦め、ノートをそっと閉じると鞄の奥へ、それを押し込んだ。


 ホームルームが終わり、放課後がやってくる。教室全体が開放的な雰囲気になり、クラス中の生徒がこれから始まる部活やら何やらに向かって、頭を切り替えていた。

 勿論わたしはどの部活にも属していない。今は確か部活の仮入部期間のはずだが、そんな事はつゆ知らず・・・わたし、と愉快な不良たちは誰よりも遅く学校へ来て、そして誰よりも早く学校から帰っていく生活を送っていた。


「・・・あれ」


 なにか、違和感がする。

 そうだ。いつもなら誰より早く近くに寄ってくる陽菜が、来ない。それどころか教室を見回してみても、どこにもその姿が見えないのだ。


(帰ったのかな)


 彼女が何も言わずに帰る、というのは珍しいどころか初めてじゃないだろうか。

 ・・・まあ、だからなんだという話だが。別にわたしに断らなきゃいけないルールなんて無いし、急ぎの用事でもあったのだろう。そこを問いただす気には全くなれなかった。


「あれ? 咲弥もう帰んの?」


 軽いサブバッグを持ち上げ、足早に教室を出ようとしたところを真紀に呼び止められる。


「まあね。んじゃまた明日」


 わたしは軽く挨拶をすると、手を振って「さようなら」の意志を示した。


「おう、つかれー」


 真紀だったか晶だったか、どちらかの声に後押しされながらわたしは教室を後にした。

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