また、いつもの屋上で 後編
「う、ウソ・・・。バレてたの・・・?」
絶句、驚愕、愕然。
今の彼女にはそんな言葉が相応しいだろう。
「直球ど真ん中に、ね」
思い返す。
ミーティアの主張は一貫していた。
わたしは戦場に出て来るな、そして全てわたしの為に、というようなことも言っていた。
つまりは。
「そうだよ。だって、咲弥っちがあんなバケモノと戦って、万が一でも何かあったらって思ったらあたし、怖くて怖くて怖くて・・・」
陽菜は顔を真っ赤にしながらそんな事を零す。
「あたしが咲弥っちを倒せば、咲弥っちはもうこんな痛い、怖いことはやめてくれると思ったから・・・」
そうか。陽菜のその考えは、あまりに安直すぎたんだ。
『自分の圧倒的な力を見せつければ戦うのをやめてくれるだろう』という、いわば押し付ける形でわたしをねじ伏せようとした。だから、あんな事になってしまったんだ。
・・・これは、わたしの憶測でしかないが。
「ミーティアが魔法少女の使命に反してわたしを攻撃するなんて暴挙に出たのは、陽菜の想いが強すぎたからなんじゃないかな」
「・・・?」
陽菜は今一つ分かっていない様子で、ぽかんとしている。
「ちょっと自分で言うのは恥ずかしいけど、陽菜がわたしを想ってくれてる気持ち・・・。たぶん、それって"変性異識"みたいな精神制御魔法では、制御しきれないほど強力な想いだったんだよ」
「~~~」
陽菜は言葉が出てこないほどに顔を真っ赤にしていた。
今までの会話を聞く限り。
魔法すら突破してしまう、それほどまでに強い陽菜の『想い』・・・
それは"愛"、だと。わたしは思う。
陽菜の"愛"は精神制御でさえ突破し、結果的にミーティアの暴走を招いた。
―――でも、これは可能性の分岐でもある。
"魔法少女が抱く、他の魔法少女への愛"が魔法少女システムを崩し、攻略する鍵なのだとしたら。
今後それを本当に悪用してくる魔法少女が出てくるかもしれない。
もっとも、ミーティアの暴走は量子コンピュータに記録されただろうし、W.I.T.C.H.プログラムがアップデートされるようなことがあれば、それはもう"バグ"として修正される可能性も十分にあるけれど。
「でもさ、陽菜のその気持ち・・・嬉しいよ」
「じゃ、じゃあ・・・」
「でもごめん。今は、その気持ちには応えられない」
彼女はそれを聞いて、先ほどの比ではないくらい肩を落とした。
「そう、だよね・・・。おかしいよね、女の子同士なんて。咲弥っちは、普通の」
「いや、そう言うことじゃなくて」
わたしは彼女の潤んでいる目をまっすぐに見つめ。
「わたし、今まで恋人なんて勿論いなかったし、それ以前に友達が居なかった。陽菜には・・・」
あまりの恥ずかしさに一瞬目を伏せるが、わたしは勇気をもって。
「陽菜には、わたしの初めての友達になってほしい」
言った。言ったぞ。言ってやった。
恥ずかしさで顔は真っ赤だろう。
それでも、言った。
陽菜の顔も、先ほどと変わらず真っ赤だった。
でも、その顔に浮かんでいる笑顔は、恐らく彼女の本当の気持ち。
怠惰な日常を消化していただけなら、見られなかった表情だ。
「当たり前じゃん。咲弥っち、友達になろう。あたし、咲弥っちの親友になる自信なら、この世界の誰にも負けない!」
「なにそれ」
そこで顔を見合わせて、もう一度笑い合ってしまった。
「この流れで言うけど、わたし、陽菜に謝りたいことがあって・・・」
「え? なに?」
陽菜はきょとんとした表情で、わたしを見つめる。
こんな事言うのも恥ずかしいし、あの時を思い出すともっと恥ずかしいけど。
「陽菜にキス、したこと・・・」
ちゃんと言わなきゃ。
その瞬間、陽菜の顔がぼっという音を立てて湯気をあげた。
「ごめん! 武装化するには、粘膜接触が必要みたいで、だから、その、仕方なかったっていうか・・・いや仕方なかったじゃ済まないのは分かってるんだけど! ・・・ううう」
弁明をするわたしに、陽菜はロクに目も合わしてくれず、ずっと顔を赤くしていた。
「ファーストキス、だったんだよ・・・?」
陽菜のその言葉に、わたしは罪悪感を覚えながら、それを凌駕してあまりある彼女の可愛さに、こっちの顔が着火しそうなくらい熱くなっていた。
「謝らないで。あたし、初めてが咲弥っちで良かったって、ホントにそう思ってるの」
「・・・許してくれるの?」
そんな赤くなっているわたしを、陽菜は微笑みながら見つめて。
「最初から、怒ってなんてないよ。咲弥っちの事、"好き"だから・・・」
そう言った彼女の顔はどこか儚げで。
「むしろ、嬉しかった」
そんな笑顔を見せてくれる陽菜の想いに応えられない自分に、歯がゆい気分だった。
「でも、陽菜があんなこと思ってるなんて知らなかったよ」
これ以上、この雰囲気はキツい。
わたしは、無理矢理話題を変えることにした。
「嘘つきで臆病者とか・・・。陽菜、わたしの事あんな風に思ってたんだ」
「ちっ、違うよっ! あれは追い詰められたら出ちゃった本音って言うか・・・ああ違う!本音じゃない本音じゃないっ!」
慌てふためく陽菜。
恐らく、この陽菜が本当の陽菜なのだろう。
"変性異識"が表面に出す性格は自分の理想。
だけど、人間、理想だけでは生きていけない。
誰だって理想と現実の折り合いをつけて、そこで自分が何をすべきか、どう振舞うべきかを考えている。
だから、こうしてわたし達と八方美人気味に、だけど素直に。
時には愛想笑いも浮かべてしまったりする陽菜が、彼女の選んだ最良の性格であり、それが烏江陽菜という人間なのだ。
自分の思うまま、やりたいままにしか生きられない人間なんて、わたしは信用できない。
「ところで陽菜、陽菜ってお金どうしてるの?」
「お金・・・? お小遣いのこと?」
「いや、そうじゃなくてさ。魔法少女になった時、1000万円くらい支払えーって、請求が来たでしょ?」
陽菜の家庭は特別裕福そうには思えない。
もし彼女も借金で苦しんでいるのなら、2人でなんとか協力して・・・
「もう~、なに言ってるの咲弥っちー。1000万円なんて法外な請求、来るわけないじゃん」
・・・え?
「魔法少女プログラムは基本無料なんだよ? そりゃ端末手に入れるのが多分すごく難しいだろうから誰でも簡単になれるわけじゃないと思うけど、1000万円なんて請求が来たら、誰もやらなくなっちゃうよ」
・・・え?
"わたしの知ってる事実"と、違う・・・。
「マスター、楽しい楽しいお昼休みですよー。一緒にお水を飲みましょうー!」
だから、能天気に屋上へ上がってきた多機能OSの胸ぐらを、わたしは掴まざるを得なかった。
「アンタ、魔法少女になるには1000万必要なんじゃないの!?」
「??」
興奮しているわたしに対して、アイリスは何を言っているのかさっぱり分からないと言った顔をしている。
「お、落ち着いてくださいマスター。W.I.T.C.H.プログラムは基本無料です!ただし!」
「ただしぃ・・・?」
わたしがどすの利いた声でアイリスを睨むと、彼女は満面の笑顔で。
「ワタクシ、"多機能OSアイリスの永久使用料"が1000万円ですの♪」
すっごく可愛らしい声でそう言い、ウィンクをして見せた。
「え、いや、だっ、えぇ!? 陽菜だって、あのヴィジョン、何百万円もしたんじゃないの!?」
「ううん。1回1万円のガチャを1回まわしたら、出てきた」
たまに居るよねこういう子!
オンラインゲームとかの初期ガチャでSレア出しちゃうみたいな!
「あとはヴィジョン収束攻撃と連結攻撃の必殺技アプリと、あと防御シールドの、3つ合わせて2万円もしなかったし・・・。3万円の出費は結構痛かったけど・・・」
そこで陽菜は言葉に詰まる。
「1000万円に比べたら、なんてことありませんものね」
「お前が言うなあ!」
へなへなとその場に崩れ落ちた。
こんなバカな、だって、おかしいじゃない。
「それじゃあ必殺技アプリとか、課金DLCの話はどうなるの!? アイリス、お金かかるって!」
「はい、お金がかかるのは事実ですから」
「なんで1万や2万くらいで買えるって言ってくれなかったの!?」
わたしの血相を欠いた質問に、アイリスは表情を崩すことなく。
「月並みな表現になりますが、『聞かれなかったから答えなかった』としか・・・、言いようがありません」
と、極上のスマイルで返してきたので。わたしはもう何も言えなかった。
まさに、ぐうの音も出ないとはこういうことか。
騙された・・・数えきれないくらい、わたしは色々な方面から騙されていた。
最初に利用規約を読まずに1000万円の借金ができたのに、それでもわたしはきちんと情報を入れようとしなかったのだ。
自分の愚かさを、ただ、悔いた。
「500円・・・」
わたしは屋上のコンクリートの上で四つん這いになりながら、左手をすっと陽菜の方へと挙げた。
「え? 500円?」
意味が分からないのだろう。陽菜は困惑したような声を出す。
だけど、わたしはもう容赦しない。
「治癒魔法アプリ使った時にわたしが奢った500円、返しやがれバカヤロー!!」
やけくそ気味にそう叫ぶ。
500円とて立派なお金。
塵も積もれば山になるし、千里の道も一歩から、だ。
わたしは今日から守銭奴になることを、心の底から決意した。




