御崎大橋決戦 -オペレーション・バリアブレイク- 05
メッセージを開いてみる。
どうやってかは分からないが、アイリスはあの遮断フィールドの向こう側から、これをわたしに送ってきた。
これが本当に、最後の希望。
『このメッセージはマスターの中に残ったワタクシのコアユニットをリモートコントロールすることで作成しました』
文章はそんな言葉から始まる。
意味はよく分からないが、とにかく読み進めることにする。
『ミーティアさんと国連の准将さんが自分の命と引き換えにBM内部への特攻を計画しています。お2人の意志は固いです、本気でやるつもりでしょう』
瞬間、身体中に悪寒が走ったのが分かった。
『現在、この遮断フィールド下の影響なのか、ミーティアさんに話しかけることができません。お願いしますマスター、お2人を助けてください』
助けてって、どうすれば良いの?
基本OSを失った今のわたしはとても戦える状態じゃないし、第一あの絶対遮断フィールドをどうやって破れば・・・
『あの遮断フィールドはまだ不完全なものです』
その言葉に、わたしは希望を見た。
『BMはミーティアさん、准将さんを閉じ込めることを最優先とし過ぎたため、急場しのぎのフィールドを形成せざるを得なくなりました。今の遮断フィールドなら、超超超大火力の攻撃で破ることが可能です』
『しかし、それも時間の問題。遮断フィールドが完全なものになるまで、残り7分23秒です。ただし、この数字は継続的にフィールドへ一定以上の攻撃を与えた続けた場合のもの。何もしなければ、5分が限度です』
絶望的な数字だった。
そして、一番の問題は。
アイリスの言う超超超大火力の兵器など、わたしは持ち合わせていないことだ。
『マスター、ワタクシを迎えに来てください』
『量子コンピュータへの"アクセス権"は遮断フィールドの中でも使用することが出来るようです。そこで、ワタクシは量子コンピュータ内へ、全ての機能を持ち込みジャンプします』
待って。
アイリスはともかく、わたしに量子コンピュータとやらへ入る方法はあるの?
『先ほど言ったようにマスターの中にはワタクシのコアユニットがあります。よって、量子コンピュータへの"アクセス権"はルーチェ・アイリス状態のマスターにも与えられています』
『ご自身を量子化すれば、理論的にコンピュータ内に入ることは可能です』
『ただし、危険な賭けです。量子コンピュータの内部は想像もできないほどに広い。下手をしたら二度と戻っては来られなくなる可能性があります。それでも』
ここから先を読むのは野暮と言うものだった。
「名前も知らない兵士さん、お願いがあるの・・・」
わたしは彼女の腕の中から、彼女を見上げてそう呟いた。
名無しの彼女は、何も返事をしてこない。
「7分、7分間あのバリアにありったけの火力ダメージを与え続けて欲しい」
「・・・なぜ?」
返ってきた言葉は僅か2文字。
だが、それに彼女の想い、その全てが乗っているように思えた。
「人類が、生きるためだよ」
わたしはふざけているわけでも、ヒーローを気取っているわけでも、なんでもない。
だが今の言葉に、一切の嘘偽りは無いことだけは誓って言える。
それを聞いた彼女はふぅ、とため息をつく。
「分かったわ」
だから、彼女がそんな言葉を、即座に返して来たのは意外だった。
この子はわたしの事情など何も知らない。
それなのに、まるで心の中が見透かされているかのような反応。
彼女はおもむろに右手を挙げると。
「聞いた通りです! 宙域に居るすべての国連兵は遮断フィールドへの攻撃を開始してください! それが私達に残された、最後の希望です!」
今の会話はどうやら拾われて、W.I.Z.A.R.D.を介して全兵士に聞こえていたらしい。それを考えると少し気恥ずかしくなる。
国連兵士たちは唖然とした。
一瞬すべての兵が躊躇し、戦場が波を打ったように静まり返る。だが。
『全軍攻撃開始!』『国連軍の意地、見せてやる!』『うおぉぉぉ』
国連兵たちがバリアに突進し、そしてギリギリのところからありったけの火力を浴びせはじめた。
誰1人として欠けることなく、全員が。
何の迷いも躊躇もなく。
彼ら、彼女らは間違いなく、この地球を守る"正義の軍隊"だった。
「さて、私も行かなくちゃね。貴女も、行くんでしょう?」
「うん・・・」
少しだけ目があって、顔が赤くなる。
「サヨナラは言わないわ。また、会えるわよね」
どこか寂しそうに、そんな事を言う。
・・・答えは1つしかない。
「とーぜんっ。未来で会おう、わたし達が生きる、未来で」
そう言ってピースを作ったところで、彼女はすっとわたしの身体を放した。
そして彼女は移動魔法を起動させ、猛スピードで遮断フィールドへと、駆けて行く。
空中に浮かんだわたしは、ゆっくりと落下していった。
だけど。
不安も迷いも、今は無い。
マイページからアイリスのコアユニットを起動させ、5番スロットの最奥にあったアクセス権を選択し、起動させる。
最終確認にてYesを問答無用で選択すると。
わたしの身体は一瞬にして白い粒子となり、その場から文字通り「消え去った」。
行こう。
彼女を迎えに。
アイリスが、"わたしの大切な人"が待っている場所へ。
◆
目を開けると、そこには何も無かった。
何も無いという言い方は正確ではないかもしれない。
一面、白の世界。
霧の中だとか、そんな類のものでない。
どこまでも、どこまでも白が広がっていて、この世界に終わりなんて無いんじゃないかと思えてくるほど。
そう、例えるなら宇宙。
あの黒い空間が際限なく続いているのと同じで、恐らくここにも明確な端のようなものなどないのだろう。
ただ宇宙と違うのは、ここには輝く星々ではなく、乱雑で何の意味も持たないであろう数字のようなものが、そこかしこに浮かんでいることだった。
「どうしよう」
一瞬、頭が不安でいっぱいになる。
だが、こんなところまで来てしまったのだ。腹をくくるしかない。
入口が分からなければ出口も分からないのだ。わたしには選択肢などない。
やるべきことはただ1つだけ。
アイリスを見つけるという、その一点のみだった。
「アイリスー! アイリスー!!」
叫ぶ。
ただ、叫ぶ。
OSバックアップ無しの拡声魔法を使ってもみたが、果たして効果があるのかは甚だ疑問だった。
人間ではないアイリスは、声や耳を強化することなど出来ない。
マスターであるわたしの魔力を利用しなければ、魔法を使うことはできないからだ。
だから。
・・・わたしが、アイリスを探し当てるしかない。
「アイリス! アイリスーー!!」
この空間は宇宙と同じだ。
ジャンプをすれば際限なく上へ行くことが出来る。潜ろうと思えば、いくらでも下へ行ける。歩くことも、走ることも。移動魔法で飛ぶことも。
ここに重力や、ありとあらゆる法則など存在しない。
ただいたずらに、時間が過ぎていった。
アイリスがタイムリミットは7分だと言っていた事を思い出す。
こんなところでつまずいている場合じゃない。
時間の縛りが、わたしの焦燥感を刺激していって、考えれば考えるほど頭がパニックになり、そのたびに変性異識がわたしの頭に冷水をぶっかけてくれる。
「アイリス、アイリス・・・」
もうダメだ。自然と涙があふれてきた。
会いたい。
アイリスにただ会いたい一心でこんなところまで来たのに。
「こんな終わり方、あんまりすぎるよ・・・」
膝を突こうとした、その瞬間だった。
聴覚強化の魔法がフルスロットルで稼働している耳に、何か刺激が走った。
気づいたらわたしはその方向へ全速力で走って行っていた。
音は最大強化された耳に聞こえるか聞こえないかの音から、段々大きくなってきている。
でも、これは何の音だろう。
少なくとも、アイリスの声ではない。
だけど、そんな事どうでもいい。
時間的に考えて、これが空振りならもう詰みだ。
わたしは自分の耳に、すべての可能性を託した。
音は大きくなる。その音が何なのか判別できるほどにまで。
これは・・・電子音。
目覚まし時計に使われるような、耳障りな、機械的な音の類だ。
絶望。
それしかなかった。
この音が何かは分からないが、これはアイリスではな・・・
「マスタぁー!!」
次の瞬間、高速移動していたわたしに横から思いっきりダイブして突っ込んできた。
そう、アイリスが。
わたし達は転び、もみくちゃになりながら、互いに抱き合う形になる。
「ア、アイリス!? なんで・・・!? さっきの電子音は・・・」
驚いた。
心の底から。
アイリスが居る。
わたしの手の届くところに、触れることが出来るところに。
それを実感した瞬間、わたしは零れ落ちそうになる涙を必死で堪えていた。
「ふっふっふー、これですよマスター!」
彼女は自慢げに、とあるものを掲げる。
これは・・・
「あの時の白いキーホルダー」
そう、駅前大通りのおもちゃ屋で、100円のガチャガチャをやったら出てきた、謎のストラップだ。
「ちっちっち。マスター、これはキーホルダーじゃないんですよ。これは・・・」
彼女は取り付けられていた紐を思い切り引っ張る。
瞬間、聞こえてきたのは大音量の耳障りな電子音。
そうか、このストラップは。
「防犯ブザー!」
わたしは嬉しさのあまり、そう叫んでしまった。
あの時の100円・・・ケチらなくてよかった。




