もう1人の魔法少女 05
放課後、わたしはアイリスと駅前を通り抜け、街へと繰り出していた。
何故だか家に帰りたいと思えず、アイリスと離れたくもなかったから。
時間を消費するためだけに街へとやってきたのだ。
・・・もちろん、お金を使うことなんて無い、ただの行く当てのない散歩みたいなものだけれど。
駅前から伸びる大通りを道なりに歩いていく。
わたしは陽が七分以上落ち、灯りがぽつぽつと薄暮を照らし始めている平和極まりないこの街を見て、違和感を覚えざるを得なかった。
「ここさ、一昨日魔力爆発があって、街中メチャクチャになったとこだよね」
「はい。中規模爆発が一昨日の午後5時22分に観測されています」
「・・・なんか、気味が悪いよ」
光るネオン、通り過ぎていく人ごみ、車道を走り抜けるランプの灯った自動車。
人々が当たり前のように享受しているありふれた日常を、わたしはそのように、『気味が悪い』と感じた。
「あの爆発で死んだ人だってゼロじゃなかったはずなのに。建物や道路を修復魔法で直して、それで『はい、切り替えていきましょう』って言われても、わたしはそんな風には考えられない」
アイリスはその言葉に、何も返してこなかった。
ただ黙って、わたしの横を歩く。
だけど、なんでだろう。
何も言わずに愚痴を聞いてくれる人がいるだけで、こんなに救われた気分になるのは。
「現代魔法における4大禁忌、ご存じでしょうか?」
しばらく歩いたところで彼女はそんな話を始めた。
肌寒い夕闇の中で、ネオンに照らされたアイリスのストロベリーピンクの髪がキラキラと光る。
「1つ、魔法は地球外で効力を失う。1つ、魔法で時計の針は操れない。1つ、魔法で人工生命を作る事をしてはならない。そして」
「・・・死者を蘇らせること、それだけは絶対にしてはならない」
最後の1つを、わたしは零すように呟いた。
「そうです。この4つの禁忌のうち、前の2つは実際に魔法では解決できないこと。20年ほど前までは5大禁忌として、『魔法の武力転用は不可能』という項がありましたが、その禁忌もこの2つと同じ、行うことが出来ない魔法でした」
もし地球外で魔法が使えたのなら、人類は魔力爆発から逃げる為に月、もっと言えば火星にでも移住していたのではないか、なんて。何かの雑誌のオカルト特集で見たような気がする。
時間操作なんてできたのなら、それこそBMが出現する前に地球の状態を戻せばすべては解決する。そう、この2つは実行不可能なこと。だけど。
「後ろの2つは実行が可能・・・、か」
アイリスは黙って頷いた。
もちろんこの禁忌を破ることは国連憲章で固く禁じられている。
だが、不可能な事ではない。
実際、アイリスは限りなくグレーに近い存在だ。
だが国連が定義する『生命』とは、"先天的に自ら魔力を生成できる存在"のことを言う。
アイリスはOSが自我を持った、いわゆる機械のような存在である事から国連が定義する『人工生命』にはあたらず、『機械人形』という区分にあたることになるのだ。
だけど、アイリスほど高度な知能を持った機械人形など、聞いたことが無い。
もしアイリスレベルの機械人形を量産できるのなら、国連軍の大半は機械人形が占める事になっているだろう。
そうすれば、人間が命を賭して戦う必要など無くなるのだから。
そして最後の死者蘇生。
これはやった事が明るみになった場合、犯人が即処刑されるほどの大罪である。
もっと言えば、犯人や共犯者だけではなく、犯人の親族や、その案件に関わっただけの人達ですら罪を受けるのは確実、下手をすれば犯人以外の関係者をも処刑されかねないほど、この禁忌に対して国連は強硬な態度をとっている。
人間の生死が深く関係する魔法、そしてそれに関する戒律はいくつかあるものの、これだけは別格だ。
「いくらこのように街のビルや道路、車、ショウウィンドウ・・・それらを復元させることはできても」
アイリスは街を照らすネオンを見渡すように天を仰ぐと。
「亡くなった方の命は何があっても戻っては来ません」
寂しく、消えそうな声でそう言った。
「マスターが感じてらっしゃる違和感は、きっと人間として最も当たり前で、根本的なものなのだとワタクシは思います。ワタクシは人間ではありません。ですが、だからこそ。違うからこそマスターのお気持ちの一部を理解しているつもりです」
「違うから、分かる・・・」
「同じ方向からは同じ面、たとえば物事の表しか見えません。ワタクシは人間とは違う立ち位置から、喩えるのなら裏から。この世界を見る為に作られたのだと思います」
人ならざる者が、人に超常の力を預け、人類を救う―――
これだけを聞いたら、わたしはアイリスを作り出した人達が何者なのか。たった1つしか答えを持ち合わせていない。
(そんな事が出来るのは、『神様』くらいだよ)
その存在を神だとするのなら、さしずめアイリスは天使とでも言うべきなのだろうか。
わたしは天使の力を使って、悪魔と戦う選ばれた人間・・・。
都合よく解釈すると、そんな感じ。
◆
それからもしばらく、わたし達は駅前通りを無言で歩き続けた。
さっさと家に帰るべきだろうか、と考えたものの、まだアイリスと別れたくない。今日のわたしは本当にどうかしてると、我ながら思うけれど。
「・・・っと」
気づくと、アイリスが隣に居ない。
しかし、視界の中には居る。
彼女は駅前通りから少し外れた郊外にある(こんなところまでよく歩いてきたもんだ)、小学生が通っているようなおもちゃ屋の軒先にしゃがみこんでいた。
「何やってんの?」
いぶかしげな表情で、アイリスに話しかける。
「マスター、これは何なのでしょうか?」
彼女の人差し指が示した先には、カプセルに入ったおもちゃが出てくるガチャガチャが上段下段に2つずつ、計4台並んでいた。
「おもちゃが出てくる自販機みたいなもんだよ」
さっさと行くよ、と言いたげにその場から離れようとする。しかし。
「じーっ」
しかし。
「じーっ」
アイリスは、動こうとしなかった!
「欲しいの?」
わたしの問いに、彼女は目を輝かせながらぶんぶんと首を縦に振って答えた。
あの目、あの星がキラキラ光る目はルーチェ・アイリスのそれに通ずるものがある。
あの姿はわたし達が「合体」した姿なのだと、また実感してしまった。
「じゃあ自分で・・・」
「ワタクシ、お金など持っていません!」
「じゃあ諦めて・・・」
「マスタぁーっ」
甘えた声で、涙目になりながらすがりついてくるアイリス。
ヤバイ、大の女子高生が、いくら人通りが少ないとはいえ駅前の大通りで同じ女子高生にこんな風に懇願しているところを誰かに見られるのは、何かとんでもない誤解を与えかねない。あと、普通に恥ずかしい!
「分かった、分かったから。1回だけね!」
今日、こうしてわたしの愚痴を聞きながら郊外まで歩いてきてくれたことを全く恩に着ていないほどわたしは薄情な人間じゃない。
本当なら1円でも惜しいところだが、たかが100円。もってけ泥棒。
「ど、どれにしましょうか?」
100円のガチャガチャなんてロクなもん入ってないよ、という水差しはさすがに出来ない。いくらなんでもあまりに無粋だ。
アイリスは左上のガチャガチャに決めたようだったが。
「・・・これ、どうやれば良いんでしょうか?」
と言って、おずおずとこちらに振り返ったものだから、もう手取り足取り教えてあげるしかなくなった。
確かにガチャガチャって、慣れてないとどうやってやったらいいか分かんないよね。
わたしも子供のころ近所の駄菓子屋で丸いガム買う時によくそうなった。こんな事をここで思い出すなんて予想もしなかったわ。
「ここにこの100円玉入れて」
アイリスは100円玉を縦にして機械(機械か?)へ入れる。
・・・だが、その次もどうしたら良いのか分からない様子だった。
「このレバーを、回すの。右回転ね」
アイリスの手に手を添えて、彼女の邪魔をしないように教えてあげながら一緒にレバーをまわす。身体がすごく密着してるけど、もうこの際そんな事はどうでもいい。
がちゃがちゃとレバーをまわす。
このマシンの名前の由来は恐らくこの擬音から来てるんだろうという憶測は日本人なら1度はしたことがあるはず。いや、実際のところはどうなのか断言はできないけれど。
レバーをまわすと、カプセルが出口から顔をのぞかせた。半分は透明、半分は赤い色のカプセルだ。
アイリスはそれを手に取り、嬉しそうに眺めた。
「それ、ペットボトルとおんなじ開け方で開けるんだよ」
「は、はい!」
妙に力の籠った返事が来た。
アイリスはバカじゃない、むしろ超高性能である。一度覚えたことは何でもやってしまう。
だから、あの夜、お風呂から出たあとに覚えたペットボトルの開け方の要領でこのカプセルを開けることなど、赤子の手を『捻る』ように簡単だ。
カプセルが中央で2つに分離する。
アイリスは出てきたそれを不思議そうに凝視した。
「マスター、これは何というのですか?」
「ん・・・? キーホルダー? ストラップ、かな?」
卵のような形をした白いプラスチックでできたストラップらしきもの。
取り付ける為なのだろうか、卵型の楕円形のてっぺんから、紐のようなものがちょこんと出ている。
(100円なんだから、こんなもんか)
訳わかんないストラップ。
だけど、繰り返すようではあるがこれは100円の代物だ。コンビニで買うおにぎりとかと同じ値段。
決して良いものではないが、「これは100円です」と言われれば納得できてしまう、そんなクオリティのものだった。
「これ、一生大事にします! 肌身離さず携帯いたしますゆえ!」
鼻息荒く、アイリスは口調が変になりながらもそう宣言した。
まるで親の形見か、家宝であるかのような扱いだ。
嫁入り道具かってーの。
(ま、だけど)
その『何だかよく分からないもの』をぎゅーっと胸で抱きしめ、目を瞑って頬を紅潮させている彼女を見ていると。
(本人が喜んでるなら、なんだっていいか)
そう、思えた。
結局、それが踏ん切りになったのだろう。
アイリスの手を取り、すっかり暗くなってしまった街を、今度は駅方面に向かって歩き始めた。
―――今日のところは、家へ帰ろう。
いい加減お腹も限界に近くなってきたところだ。
その、次の瞬間。
わたしの世界が、揺れた。




