魔法ときらきら 02
「良い場所って、ここ勝手に使って良いの?」
陽菜に連れて来られたのは第三校舎の三階角にある、古ぼけた資料室だった。
「咲弥っちー、それ言うなら勝手に授業サボって良い学校なんて無いよ?」
「確かにね・・・こりゃ一本取られたわ」
そう言いながら、ゆっくりと資料室入口の引き戸を閉める。
閉めてから気づいたが窓がどこにあるか分からず、室内は予想以上に暗いし、埃っぽい空気はどこかジメジメしている。思わずむせてしまいそうになるくらい、空気の味は最悪だった。授業をサボるという理由が無かったら、こんなところ絶対に来ないだろう。
「ここ第三資料室って言うんだって。鍵に書いてあった」
陽菜はそう言って自慢げに左手の人差し指にチェーンをくぐらせているこの部屋の鍵と、それに付いているプラスチックのプレートに書かれた文字をわたしに見せつけた。
「・・・さすがに鍵持ち出すのはヤバくない?」
「咲弥っちドン引きしないでよー。落ちてたのを拾ったの! あとで返すよ」
両手を顔の前で振りながら必死になる陽菜を見て、少し頬が緩んでしまった。
その「あと」というのは一体いつになるんだろうか。
「まあいいや。毒を食らわば皿まで、って言うしね」
「おお、咲弥っち頭良い人みたい」
「褒めたって何も出んよ陽菜君、っと」
明らかに感情が籠ってない棒読みになってしまった。やる気が無いのがバレバレだ。
会話が一段落した時、かわいらしい電子音が薄暗い資料室に流れる。この曲なんだっけ・・・とわたしが手を口に当てて思案していると。
「あ、晶からだ」
陽菜が制服のブレザーからスマホを取り出し、メールを確認していた。
「もうすぐ着くって。なんか電車、遅れてるみたいだね」
「電車通学組はいろいろ大変だなあ」
「乗車賃かかるのは勘弁してほしいよね」
「や、晶と真紀って案外ブルジョアだから、そういうの気にしてないんじゃない?」
わたしもスマホを操作しながら、流れ作業のように会話を進める。自分自身、彼女たちのプライベートに精通しているわけでもないし、特段興味があるわけでもない。第一、陽菜も真紀も晶も、知り合ったのはつい二週間ほど前の高校入学後だ。授業をサボるという目的が一致しているから、一緒に行動しているに過ぎない。
(ダチとか、そういうの求めてるわけじゃないし・・・)
ドライで割り切った関係、とでも言うのだろうか。
思えばわたしには本当の友達とか、親友・・・と呼べる人だとか。そんなものは生まれてこの方一人も居なかったと言っても過言ではないのかもしれない。少なくとも、わたしがそう思えた人は今まで誰も居ない。こういう風に一緒に行動して駄弁ってた子は中学時代にも居たけど、あの子たちを友達だと思ったことは無かった。
こんなだから、15の健全な女子なのに、異性に一切興味がないのかもしれないな、と自分の中では考えていた。今まで好きになった人だとか居ないし、恋人なんてもちろん皆無。
「あれ・・・」
そんな事をぼんやりと考えていたら、隣から今までとは少し色の違う声が聞こえてきた。
「どうかした?」
「隣街で小規模な魔力爆発が起きたって」
思わず、身構えずにはいられない情報だった。
「それ、いつ起きたの?」
「7時54分。あたしが家出たのって確かそれより前だったから・・・」
そこで、ハッとする。さっき空を見上げた時に見た、8つほどの光を思い出していたのだ。
「わたしさっき、国連軍が空飛んでるの見た」
「えっ、ウソっ!?」
今まで出された情報を繋ぎ合わせて出てくる答えは一つだけ。
「バーモンが出たんだ。電車が遅れてるのも、多分それが影響して・・・」
「で、でもでも! 国連軍が来たなら大丈夫だよ。小規模な魔力爆発なら出てくるバーモンもどうせ雑魚いんでしょ?」
陽菜の言葉で、興奮した頭をクールダウンさせる余裕が出来たのは幸いだっただろうか。
「そう、だよね・・・」
自分に言い聞かせるようにそう言って、わたしは息を吐き出した。
なに焦ってんだか。大規模爆発ならともかく、小規模爆発なんて日本でも毎日観測されてるんだから、心配する事なんて無い。そして陽菜の言うとおり国連軍も動いている。今頃、優秀な魔導師たちがバーモンを討滅して、そろそろ電車も動き始める頃だろう。
「でもこんな近い場所で魔力爆発が起きるなんて、珍しいね」
顔色の優れないわたしを見て、陽菜は取り繕うようにそう言った。
「ま、今の世界で魔力爆発に怯えてたら暮らしていけないし」
わたしは彼女を安心させるように口元を緩める。
「話題になってないって事は被害もあんまり出てないんでしょ」
そう言ってSNSのタイムラインを表示させたスマホを握りしめた。SNS上でも、そして動画投稿サイトを見てみても大きな被害が出たような様子は無い。ということは、それほど騒ぎ立てるような事態でもないということだ。
そんなわたしの反応を見て、陽菜はくすくすと笑った。
「咲弥っち、ちょっと本気になってなかった?」
聞いて、わたしは少しだけ驚く。完全なる図星だったからだ。
「・・・陽菜って、よく人の事見えてるよね」
感心して言ったわたしの台詞に対して。
「え? あ、ウザい・・・かな」
陽菜が声のトーンを落としたのは意外だった。
少ししょんぼりしたような顔をしながら、陽菜は視線を俯ける。
「ううん、全然。陽菜のそういうところ、わたしはすごいと思うな」
瞬間、彼女の顔がぱぁ、と輝いたように明るくなった。それでこの暗い部屋の照明が足りてしまうのではないかと思うほどに。
「わたしは他人に興味が無いっていうか、無頓着だから・・・真似できない。陽菜の個性だと思うよ」
「そ、そうかなあ? えへへ・・・」
わたしの言葉に、ベタだが後頭部に手を当て、顔を真っ赤にしながら照れる。
感情を包み隠さず出してしまうところも彼女の長所だと思う。こういう子がまわりにいてくれたら楽しいし、嬉しいと思ってくれる人だって世の中にはたくさんいるだろう。
(なんで陽菜みたいな良い子が、わたしと授業サボってんだろ)
そう思うと不思議でたまらなくなることが、たまにある。
まあ授業をサボる理由なんていうのを詮索する気は全くないし、そんな事されても鬱陶しいと思われるだけだ。よって、こちらからそんな話題を振ることは無い。他人に興味の無いわたしが使わなくても良い労力を使って、そんな事をする必要性も感じられないから、ということもある。
ただ。
「こういう時間の過ごし方って、贅沢だよね」
不意に出した言葉に、陽菜は何も返してこなかった。
ゆっくり、ゆっくり時間が流れていくのが手に取るように分かる。
そんな、太陽がまだ登りきる前の出来事だった。