世界の嘘 10
「アンタはお腹空かないの?」
話をわたしの事から、アイリスの事へと切り替える。
「ワタクシの身体は魔法で作られていますので、そのエネルギーの全ては魔力。つまり、魔力を供給され続けている限りお腹も空きませんし、疲れませんし、寝る必要もありません」
「便利な身体だねえ・・・って、ん?」
今の会話に、看過できない一文が混じっていたことに気づく。
「『魔力を供給』って、それどこから供給されてんの?」
わたしは100%返ってくる言葉が何か分かっているのに、その質問をアイリスに投げかけた。
彼女はまた、あの満面の笑顔を浮かべると。
「マスターからですが、何か?」
わたしはしばらく、何も言わずに彼女の笑顔を見守ると。
「いつもより疲れるって思ってたけど、それって授業受けてるからとか、そういう理由じゃなくて、アンタに魔力を吸い取られてたからってこと!?」
2人だけの屋上で、そう叫んでいた。
「吸い取るだなんて、そんな。ふふっ、ワタクシは吸血鬼じゃないんですよ?」
「でも、要するにそういう事なんでしょ・・・?」
アイリスは少し困ったような、何か含みを持たせたような感じで首を横に振ると。
「魔力の供給が行われるのはワタクシの活動限界が来た時です」
「活動限界?」
「バッテリー残量が底を尽きた時、と言えば分かりやすいでしょうか」
「・・・うん、分かりやすい」
つまり。
アイリスは昨日わたしから摂取した魔力で今、ここにこうして実体として現れ、自由に動くことが出来る。アイリスの話では1回の魔力接触で1週間は普通に過ごすことが出来るらしい。週1であれをやるのか・・・。
なので、今この時、現在進行形、beingでわたしからは何も吸い取ってなどいないのだ。
「って、じゃあいつもより疲れた感じがしてるのは・・・」
「普段は出ない授業に出席していたのが原因かと」
どうやらそのようなことらしい。
その事実を聞くまで、これは後出しじゃんけんでも外付けの言い訳でもなんでもなく、わたしは間違いなく2人分の疲労を感じていたのに、「全く関係ない」と言われれば確かにそのように思えてくる。人間の精神ってふわふわ。
「とはいえ」
そこで彼女は話を一区切りするように。
「身体が実体としてある以上、それを維持するには人間同様、飲食をして栄養を摂らなければなりません」
「だろうね」
適当に返したわたしの言葉を聞き流し、彼女は横に置いていたサブバッグを開ける。
「!?」
驚いた。わたしはただ、驚いた。
彼女のバッグから出てきたのは側面に白いラベルが貼られた、濃い茶色の瓶だった。薬局の奥の方で見かける、白い錠剤の類が詰め込まれているようなもの。ラベルに書かれている文字は全て英語なので読めないけれど、何かとてつもなくヤバイ雰囲気が、そこはかとなく出ていることだけは理解できた。
「な、なにソレ・・・」
「人間が1日に摂取しなければならない栄養です」
「え、栄養って・・・錠剤・・・!?」
「はいです」
彼女は素知らぬ顔をして、むしろ鼻歌交じりというようにご機嫌な様子で、昨日わたしが教えたとおりの要領ですべての錠剤の蓋を開ける。そして。
「ナトリウムは3錠、カルシウムは2錠、鉄1錠、リンが3錠にマグネシウム、カリウムが・・・」
アイリスはそれぞれきちんと数を数え、恐ろしい量の錠剤を両手いっぱいに掴む。
(なんだよビタミンKとかビタミンB12って・・・)
アイリスが読み上げた栄養素、それを1日に摂取しなきゃいけないことを知らなかったのはともかく、そんな錠剤、どこの大型ドラッグストアで調達してきたんだ。
「いただきます」
そう呟いたアイリスはそれを、両手いっぱいに盛った白い錠剤の山を、口に押えるような形で含むと。
ぼりぼり、ばりばり、がりがり。
そんなオノマトペでしか形容の出来ないような、こっちとしては石みたいなひどく硬いものを食べてるとしか思えないような音で、それを、信じられない事に、噛み砕いて食べていた。
そしてその後で、アイリスはそれを、同じくサブバッグから取り出した「何とかの天然水」みたいな名前のミネラルウォーターで胃の中へ流し込んだ。
「・・・歯、丈夫だね」
こんなリアクションしか取れない自分が情けない。なんか気の利いたこと言えよ。
しかし、人間、実際目の前でドン引きするような事実を見てしまうと頭が上手くまわらないのだと、わたしはこの1日で10回くらい思い知らされたような気がする。
「人間の歯の強度、とても素晴らしいです。すっごく、栄養摂取できた気がします!」
アイリスの笑顔はあまりにも清々しかった。
(絶対、絶対この栄養剤の使い方は間違ってると思う・・・)
わたしがドン引きしたその時、屋上から階段へ続く扉が乱暴に開かれる。
元気いっぱい、屋上へと乗り込んできた陽菜、晶、真紀へ向かって、力なく挙げた手を振った。
◆
「あ~・・・」
ついに、念願の放課後がやってきた。
1日ってこんなに長かったっけ、と思わせられる濃密な50分×6を過ごした気がする。
疲労感で頭から煙が出かけているのが分かる。思わず机にへばりつくように倒れてしまったほどに、強烈な「解放から来る疲れの実感」がやってきた。
そこで、だ。
わたしは何か言いようのない違和感のようなものを覚えた。
教室中が異質な雰囲気を醸し出しているというか、大騒ぎになる一歩手前・・・着火する前の火種とでも言うのだろうか。そこら中にいる生徒達がみな、何か有り得ないようなものを見ている・・・ような表情をしている。
その視線が共通したところに向けられていたのは妙な事だと思ったが、わたしはすぐ理解することになる。
彼女達は一様に、手に持っているスマホを見つめているのだと。
「咲弥っち大変だよ!!」
そんな異常とも言える空気の中、椅子に座っていたわたしは後ろから肩を掴まれてぐらぐらと揺さぶられた。
わたしの席は窓側後ろから2番目。ということは、こんな事が出来る人物は1人ということになる。後ろを振り向くと、そこに居たのはやはり陽菜だった。
「お、お、おおお落ち着いて聞いてよ!」
「まずアンタが落ち着け」
彼女はひどく動揺し、そしてどこか高揚したような表情をしながら、自らのスマートフォンを震える手で操作し。
その画面を表示させた。




