世界の嘘 09
「ん~っ・・・」
ようやく昼休みになった。
普段なら昼寝でもしていればすぐにやってくるこの時間にたどり着くまでが、こんなにも大変だったなんて・・・。
って、こういう事を考えられるのも久々で。
「咲弥っちー、購買いこー」
授業が終わるや否や、間の抜けた声色で抱き着いてきたのは、やっぱり陽菜だった。
いつもなら違法フライングゲットで人気メニューをせしめていたところだが、今日はちゃんと授業に出たので勿論それは不可能。今頃購買はわたし達が買わなかった人気メニューをめぐって生徒達が狂喜乱舞の大騒ぎをしていることだろう。
しかし。
わたしは頬を人差し指でかきながら明後日の方向を見る。
「あ、ごめん・・・。わたし、これからしばらくお昼は水だけにするから」
「えー!?」
後ろにのけ反る陽菜。
相変わらずリアクションがオーバー。あざといくらいだ。
「どしたの咲弥っち? 食欲しないの? 体調悪いとか? 保健室行く?」
「いや、そうじゃなくてさ・・・」
わたしが歯切れの悪い返事をしてしまったのがまずかったのだろう。陽菜は少し難しい、困ったような表情をして声を小さくすると、口を隠すように口元へ右手を添え。
「もしかしてダイエット、始めたとか・・・?」
眉間にしわを寄せて、わたしの耳元で囁いた。
「うん、まあ・・・そんなところかな」
「えー? 咲弥っち、太ってないどころかどっちかって言うと細いよ? 何かあったの?」
何かあったの。
その質問をされると正直キツイ。だって、昼を抜くことにした理由は。
「わたし着やせするタイプでさ・・・。体重計乗ったら結構あったから、それで」
「そうなんだ・・・。でも無理はしない方が良いよ? 辛くなったら、すぐやめなきゃだよ?」
「ありがと陽菜。心配してくれるんだ」
ダイエットなんて言うのは真っ赤なウソ。陽菜の言うとおり、わたしは太ってるどころか痩せてる方だ。
本当の目的は昼食代を節約してお金を貯めること。
だって、1000万円なんて大金、切り詰められるところから切り詰めないと返せる見込みが全くないのだから。
「じゃあ、あたしたち購買行ってくるから・・・いつも通り屋上で、ね」
そう言って教室から去っていく陽菜、晶、真紀を見送り、1つため息をつくと、すぐにまた背中に柔らかいものが当たった感触がした。
「さあマスター、やっと2人きりになれましたね!」
「その発言は色々と誤解を生むからやめて欲しいんだけど・・・」
なんか、自分の反応が陽菜の時と全く同じような気がする。
そんな事で妙な違和感を抱いているわたしを脇目に、閑散としていた教室で鼻息を荒くしているアイリスは先程のようにわたしの手を掴んで、あっという間に屋上へ伸びる階段を駆け上がり、教室から曇天が広がる屋上へ、わたしの視界を変えてしまう。
いつものように(いつもなら隣に居るのは陽菜だが)屋上の金網フェンスにもたれながら脚を伸ばして、ぺたんとコンクリートの上へ座り込む。その隣に、アイリスは体育座り。
そして一瞬の間を明けると。
「ねえ、アンタから見て陽菜はどうだった?」
わたしは声の音量を2つくらい落として『その話』を始めた。
アイリスもそれに気付いたのか、顔をしかめて話に乗ってくる。
「ワタクシは初対面ですので第一印象でしかないのですが、怪しいところはありませんでした。仕草、会話の内容や口調、立ち振る舞い・・・どれも自然なものでしたから」
「やっぱりね・・・」
わたしは右手でくしゃくしゃと自分の頭をかくと、小さなため息をつき、会話を続けた。
「わたしも一応、気を付けて見てたんだけどさ。今までの2,3週間と何の違いも無かったっていうか・・・逆に何も変わらなさすぎて不自然な気がしてくるくらい」
「ワタクシにも普通に話しかけてくださいましたし・・・」
「アンタを見て何のリアクションも起こさなかったんだもんねえ」
陽菜とアイリスが初めて会い、自己紹介していた場を思い出す。
確かに、アイリスがOSだという情報を知っていたのなら、まったく驚きもしなかったのはやはりおかしい。「咲弥っち、親戚に外国人さんが居たんだー」と言って目を輝かせていた彼女の言動がウソをついている人のそれだとは、やはりどうしても思えなかった。
もしわたしの知っている陽菜が偽りの姿なら、わたしだけではなく、アイリスを含めた複数人を欺くほど高度な演技力を持った手練れ・・・という可能性も否定できなくなる。
「うーん、分からん」
陽菜に直接会ってみれば何か分かると思ったのだが、逆にますます分からなくなってしまった。
「陽菜さんは天真爛漫、自然と周囲を明るくさせてしまうような方だとお見受けします」
「出会ってまだ半日でよくそこまで分かったね・・・」
「違いますか?」
「いや、違わないどころかドンピシャだよ」
多機能OSの多機能性に感心しつつ、わたしは天を仰いだ。
「あの性格を、もし演じられているのだとしたら相当なものです。演技のプロですよ」
「だとしたら謎の工作員なんてやめてさっさと女優になるべきだよね」
「もうっ、マスター! 真面目に考えてください!」
アイリスはぷくーっ、と頬を膨らませながらわたしの肩をぽかぽかと叩く。
(わたしはあの子をどうしたいんだろうね)
彼女が黒だとしたら、どうすれば良い? もし黒なら、言いたいことや聞きたいことはある。
だけど、もし彼女が白だったのなら。
わたしは昨日までのように彼女の隣に立つことが出来るのだろうか。
陽菜とは友達ではない。
だけど、だからと言って今の気持ち悪さを『はいそうですか』で流せるほどわたしは器用でもない。
だって陽菜を疑っているのに、頭の中ではどうしても「彼女は無実」だという考えが勝ってしまっているからだ。これでは冷静な判断などできたもんじゃない。思考の出来レース説、さっきは鼻で笑ったけど・・・実際そうなっちゃうよね。『わたし』という個がある限り、主観の無い意見なんて無いんだから。
気分転換にでも、とわたしはサブバッグの中から水筒を取り出した。
入っていた液体を、くいっと口いっぱいに含み、飲み込む。
「・・・甘い」
水筒の中身、それは砂糖水だった。
テレビかネットかで、『勉強すると糖分が欲しくなる』と言っていたような気がしたので水だけでは心もとなく、砂糖を混ぜてみたのだが・・・予想以上に甘かった。
この場合の『甘い』とは、水が甘いと言うこと+こんなものが昼食代わりになると思っていた自分の考えが甘い、というのをかけてみたんだけど。
「マスターの昼食、お砂糖を混ぜた水道水ですか!?」
「そうだよ。借金あんだから昼ご飯なんかにお金使えないし」
アイリスに話したら、彼女はひどく驚いた。
「おいたわしい・・・華の女子高生がお昼休みに砂糖水・・・」
口を押さえ女の子すわりをすると、しくしくと泣いている風なリアクションを見せた。
まわりが真っ暗で、上からスポットライトが当てられている類の。
「同情するなら金をくれ」
わたしが割と本気でそう言うと。
「それは出来ません♪」
アイリスは満面の笑みを浮かべた。
ここまで綺麗な笑顔をされると、わたしの方は何も言えなくなってしまう。
・・・ホント、かわいくて純粋無垢な女の子の特権だよ。




