世界の嘘 04
「・・・ところで」
部屋着であるスウェットに着替え、再びわたしの部屋へと戻ってきた。
今はわたしがベッドに座り、アイリスは絨毯の上にぺたんと足をつけている。アイリスにはわたしのTシャツとショートパンツを着せている・・・けど。
Tシャツ、というか胸がぱっつんぱっつんで苦しそうとすら思えてくる。この子の胸の大きさは並の女子高生の比ではなかった。
「わたしが変身を解いた後、急に気絶したのはなんでなの?」
アイリスは冷蔵庫から拝借してきた炭酸飲料のペットボトル・・・そのキャップと格闘していた。
ペットボトルを下から覗いてみたり、手でとんとんとノックするように叩いてみたり、引っ張って開けようとしてみたり。
わたしは自分のものを僅か数秒で開けると、彼女のペットボトルをひょいと持ち上げ、いとも簡単に捻り、開けてみせた。
「多機能OSはキャップの開け方も分かんないの?」
「あ、あはは・・・面目ないです」
後頭部をかきながら、お風呂で蒸気した顔を更に赤くするアイリス。
「まあ、良いけどね。アンタはわたしのもんなんだから」
その言葉を聞いていたのかいなかったのか、彼女は炭酸飲料をこくこくと飲んでいた。
ある程度のところまで飲むと、ぷはぁ、と言う声と共にペットボトルを口から離す。
「これはすごいです! ちょっと口や喉が痛くなりますけど、冷たくてしゅわしゅわしてて美味しい! この黒い飲み物は何と言うんですか!?」
目をきらきらと輝かせながら、彼女がずいっとこちらに乗り出してきた。
その星が煌めく瞳はさながらルーチェ・アイリスになった時のわたしのよう。
「コーラ」
「こーら?」
「そ。赤いパッケージの方のコーラね。青いパッケージのコーラもあるんだけど、あれは近所には売ってなくて。あとカロリーゼロのコーラは邪道だから」
「なるほどー。人間の食べ物飲み物は奥が深いんですね・・・」
コーラを羨望の表情で見つめる彼女は、何も知らない無垢な子どものようだった。
「・・・はっ!? いけません、マスターの質問をスルーしていました!」
アイリスはようやくその事に気づき、コーラを脇に置くと正座してこちらに向き直る。
こほん、と咳払いを一つすると彼女の顔は真剣なものになっていた。
「マスターが気を失った原因ですが、恐らく魔力の残量が0になったためだと思われます」
「魔力残量が、無くなった・・・?」
「魔法少女となったマスターは、変身したその瞬間から膨大な量の魔力を使い続けることになります。飛行魔法はもちろん、身体強化魔法など常人では考えられないほど高度な魔法を使用していましたから」
「ちょっと待ってよ。わたしにそんな魔法を使える魔力があるわけないじゃん。わたし、ただの女子高生だよ?」
「常人の魔力量で戦闘に足り得る力を引き出すのもW.I.T.C.H.プログラムの性能の一つです。W.I.Z.A.R.D.は軍人レベルの魔力が要求されますが、ワタクシたちのターゲットはマスターのような『少女』。うら若き女の子でも使用できること、そこがポイントなのです」
「でも、あんな力を出せるだけの魔力なんて・・・」
とてもわたしの物とは思えない。アイリスの力を借りていたとしても、それでも全く足りていないように思えた。
「マスター。マスターは人間の魔力レベルを過小評価しています」
「そうなのかな・・・」
「そうです。事実、マスターはご自身の魔力を使い切って気絶されてしまったわけですし。気絶するまで魔力を使い続けることなんて、普通に生活していればありませんから」
そう言われると、確かにそうだ。
ましてや現代のように機械で魔法をコントロールする時代。自らの魔力を気絶するまで使い続けるバカなんてそうは居ないだろう。
「じゃあ、わたしは変身するたびに気絶するってこと?」
「その心配はございません」
アイリスは眉を吊り上げると、満足そうな顔をしてこちらにビシッと人差し指を向け。
「W.I.T.C.H.プログラム"試作一号機"の豪華七大特典の一つ、"魔力貯蔵タンク"がありますもの!」
・・・驚くほどのドヤ顔で、彼女はそう言った。
「あらかじめ魔力を貯めておくことで、変身後の魔力残量切れを未然に防ぐことが出来る画期的な機能です」
「へえ。それもアイリスに内蔵されてるってわけ?」
「もちろんです。ワタクシ、こう見えても万能ですから」
胸に手を当て、鼻から息を噴かんばかりに満足げだ。
「先ほど、マスターの身体から魔力をいただきましたので。今は満タン状態です」
「さっきのアレってそう言う意味だったのね・・・」
いま思い出しても顔が沸騰してしまいそうな光景。あんな風に他人と裸で抱き合うなんて・・・
そこまで考えて、重要な事に気が付いてしまった。
「っていうことは、じゃあ貯蔵タンクの魔力が切れたら、またあの、その、裸・・・さっきみたいなことしなきゃいけないって事なの!?」
焦りの表情で食い下がるわたしに対して。
「何か問題でも?」
アイリスは不思議そうに小首をかしげる。わたしの方は頭を抱えてしまった。
「マ、マスター、そうお気を落とさず。あ、そうです!」
わたしを宥めたかと思いきや、いきなりポンと手を叩く。
「先ほど、お母さまと妹さまにお会いしました。お母さまはお若く、妹さまは本当にちっちゃくてかわいいお方でした。お二方ともマスターと同じ金髪っ。素晴らしいです」
そこでわたしはハッとして顔を上げる。
「そうだ・・・アンタ、どうやってこの家に上がり込んだわけ!?」
ベッドから飛び降り、アイリスの身体をがくがくと揺さぶった。
・・・アイリスが言うには、こうだ。
わたしが気を失った後、アイリスはわたしを抱えたまま転移魔法を使い、わたしの家の前へジャンプ。自宅のインターホンを押したら美湖が出てきた。アイリスは「自分はわたしの学校での友達で、魔力爆発震源地付近を走っていたわたしを無理矢理気絶させて引っ張り戻してきた」と言ったという。美湖はそれをすっかり信じ切ってしまい、母さんにも話を通す。心配だからとわたしの部屋へ上がり込むアイリスに二人は何の不信感も抱くことなく。そしてわたしとアイリスは二人きりになった・・・と。
「ちょっとは人を疑えよ・・・本当バカっていうか、お人好しっていうか」
わたしはまた頭を抱えてうなだれてしまう。
「良いご家族じゃないですか。そう言えば、お姉さまにはお会いできませんでしたが・・・」
「姉さんが居たら、アンタ絶対に追い返されてたよ」
「厳しいお方なんですか?」
その言葉に、わたしは苦笑いを浮かべる。
「まあ母さんや美湖とはちょっと違う性格の人、かな。わたしともね。厳しいって言うか」
そこで言おうとした言葉を、わたしは飲み込む。そして顔をふるふると横に振り、口元を少しだけ緩めると。
「天才だよ。世の中にこんな人居るんだ、ってくらいの・・・大天才」
ようやく話が一段落し、わたしは空になった二つのペットボトルを片付けようとした。
しかし。
「ちょっと待ってください、マスター」
「・・・え? まだ何かあるの?」
腰を床に落ち着かせ、再び座り込む。
アイリスはショートパンツのポケットからスマートフォンを取り出し、わたしに手渡した。
「これ・・・」
W.I.T.C.H.プログラムがインストールされた、つまりあの路地裏で拾ったスマホだ。
「アイリスが持っててくれたんだ」
「え、あ、はい・・・」
「・・・?」
急に言葉の歯切れが悪くなったような気がする。
そんなアイリスを横目で見つつ、わたしはスマートフォンを起動させた。だが。
次に表示された画面は、わたしが全く想定していなかったものだった。
『データ通信料についてのお知らせ』
そこに書いてあるのはその文字と、読むのもめんどくさくなるような長文の説明。
これ・・・どこかで読んだことがある。
そう考えた瞬間、ある光景がパッと頭を駆け巡った。
―――あーもう、長ったらしい!こんなもん、全部同意してやる!
嫌な、とてつもなく嫌な予感がする。
わたしは文章を一気にスクロールし、ページの一番下にあった「次へ」というボタンをタッチした。
次に表示された画面。
その最初の文を読んだ瞬間、わたしは思った。
終わった、と。
「『W.I.T.C.H.プログラム"試作一号機"の料金として以下の金額を請求します』・・・」
震える声でその文を読み上げ、生唾を飲み、がたがたと指を揺らしながら画面をスクロールしていく。
そして、その数字に目が行った。そこに書かれていた数字は。
「いち、じゅう、ひゃく、せん、まん、じゅうまん・・・」
『10,000,000』
画面に表示されていた数字は、それだった。
「いっ、い、いいいいいっせんまんんんっ~~~!?」




