世界の嘘 01
「ですから、何度もそう報告しているはずです。白と金の魔力を纏った魔導師がほぼ単独でBM中規模型を討滅・・・え? どこって、空ですよ。彼女は超高度な飛行魔法を完璧に習得していました」
国連軍はバーストモンスターが消滅したからと言って、はい任務終了です、とそそくさ帰るようなことは出来ない。事後処理、とでも言うべきだろうか。人命救助から各種データの回収、進入禁止区域を設定し、破壊されたビルやら車やらを魔法で修復したり・・・応急処置ではあるのだが、とにかくやることは山のようにある。敵を倒すことだけが軍隊の仕事ではないのだ。
私はゆっくりと歩き、電話口の相手に対して多少なりともイラつきながら報告をしていた。
事後処理のために駆け付けた応援や、民間企業の作業員が辺り一帯を駆け巡る中、通話を続ける。
『明智少尉、君はそんな説明で上層部が納得すると思っているのかね?』
直接、駐屯基地からの通信回線がまわされているW.I.Z.A.R.D.によってわたしは通信をしている。
何せ、魔力爆発震源地では有視界通信しか行うことが出来ない。
報告が日没まで遅れたのは長距離通信機器の回復を待っていたからだ。
『冗談にしても程度が低すぎる、中学生ほどの少女が単機でBMを討滅したなど』
「しかし、事実です。私の他にも2名がこれを目撃、彼女の支援を受けて交戦もしています。必要ならば議会で証言して・・・」
『議会? こんな絵空事、論ずるに値せんな。だいいち証拠はあるのか証拠は』
相手の男、初老でしゃがれた声をしている彼は段々と苛立ちの色を隠さなくなってきた。
「『魔力爆発震源地付近において、記録機器は砂嵐しか撮影できない』と言うことは大佐も重々ご理解しておられるはずです」
通信の向こうに居る相手は大きなため息を漏らすと。
『今回の件は審議させてもらおう。確かに君の分隊が全滅寸前まで追いやられながらも、たった3人で中規模型を討滅させたという事実はある』
その口ぶりから察するに、彼の言葉には「お前みたいな役立たずが中規模型を討滅できるわけがない」というような嘲笑が混じっているかのように感じた。感じたというより、その通りなのだろうが。
『まあしかし、公には君が中規模型を討滅させたと発表しよう』
「ですから、私ではないと・・・!」
『要らぬ混乱を避けるためだよ。おめでとう少尉、君の昇進はほぼ確実だ』
私は奥歯をぎりっと噛み締めた。
無能扱いされた上に、御飾のピエロとして討滅の手柄を押し付けられ、あまつさえ軍は今回の件を握り潰そうとしている。
(こんな屈辱・・・!)
部下の大半を失い、得られた結果がこれか。自分が情けなくて仕方が無かった。
こんなことでは、BMと交戦して死んでいった彼ら、彼女らに顔向けが出来ない。
「了解です、大佐。ただし、これだけは言わせていただきます」
『何だね?』
「彼女・・・白と金の魔導師は、恐らく次にこの御崎市近辺でBMが出現した際に再び現れます。彼女の存在が白日の下に晒された時、今回これを握り潰したあなたには軍法会議に出廷していただく・・・!」
そう言って、ぶつりと回線を切った。
怒りで腹が煮えくり返ったが、最後の言葉を吐き出して少し清々した気分だ。
(何だったのかしら、あれ)
先ほどまで見ていた光景を思い出す。
彼女の力、それは国連軍とは比較にならないものだった。
まさに読んで字のごとく、一騎当千。千の兵、いやそれでも足りないほどの巨大な力を彼女は持っていた。
恐らく、彼女1人の力は国連軍の一個旅団にも匹敵する。
(何者なの。彼女が人間だとするのなら、あの革新的な魔導兵器技術はどこからどうやって得た? あんなものがあるのなら国連軍で運用、管理して対BMの切り札にすべきはずなのに・・・)
いくら考えても答えが出ない。彼女を捕縛することなど先程の戦闘を見た限り不可能。
ならばあれは敵なのか、味方なのか。その判断は一体どうやってつけるというのだろうか。
「BMだけでも厄介だってのに、次から次へと問題が降りかかってくるわ」
私は大きなため息をついた後、視線を前に移して崩壊した街の中を歩きだした。
◆
「・・・っと」
光学迷彩化魔法を解除させ、人気のない公園へ着地した。
陽はすっかりと沈み、闇夜がこの街を支配する。とはいえ、住宅地には無数の光が見えるのだ。幸せに暮らす、市民たちの家から漏れる光。
だけど、空を飛んだからこそ分かったことがある。BMの襲撃を受けた市街地の方はほぼ真っ暗だった。これから国連軍の応援がやってきて、夜通し修復魔法による復旧作業が始まることだろう。
わたしは視界の一番右上、そこに書かれている「ログアウト」の文字をタッチした。
目の前に「ログアウトしますか?」という半透明青色のウィンドウが表示され、Yesのボタンをタッチした。
瞬間、身体が光に包まれる。瞬く間にわたしは元の制服姿に戻っていた。
「疲れた・・・」
ホッと胸をなでおろした後、最初に思ったことがそれだった。
普通ではまず体験できず、考えられないようなこと。あれを本当にわたしがやったなんて今でも信じられない。
「バーモンを、ぶっ飛ばしたんだよね」
右手を見てみるが何も異常はない。
痛くもないし、アザが残っているということも、傷一つすら付いていない。
「あ、」
その時、わたしは思い出した。あの、アイリスというOSのことだ。
さっきは勢いに任せて色々とやってしまったが、彼女には聞きたいことが山ほどある。冷静に考えれば、わたしが体験したことはあまりに異常すぎるのだ。
ポケットに入っていたスマホを取り出し、メイン画面を起動させようとした、その時。
「えっ・・・」
景色が、傾く。
全身から力が抜け、わたしの身体は地面に叩きつけられた。
何が起こったのか全く分からない。ただ、脱力の後にやってきたのは強烈な眩暈だった。景色が、倒れて90度傾いた夜の公園の風景が、何重にもぶれて、目のピントがまともに合わない。
「・・・ぁっ」
頭がくらくらしてくる。身体が熱い。動悸が激しく、過呼吸を起こしそうなくらい。嗚咽の声をもらそうにも、その声すら出てこなかった。
―――苦しい、苦しい苦しい。
意識が遠のいていく感覚がする。
(こ、こんな・・・こんなことって・・・!)
まだ何もしていない。
何も分かってすらいない。
こんなにも全身に明らかな異常を感じたのは生まれて始めて。
でも、知らないけど分かる。このままこの状態が続けば、わたしは確実に死ぬんだって事は。今、感じている苦しさはそれほどまでに尋常なものではなかった。
頭がぼうっとして思考もまわらない。
わたしの意識が遠のき、外の世界と自分が完全に切り離されたその僅か数秒前、わたしの耳には女の子の声が流れて来ていた。
しかし、それが何だったのかと言うようなことを考える暇もなく。
―――わたしは、力尽きた。




