魔法ときらきら 09
『W.I.T.C.H.プログラム、インストール完了。第1フェイズ、コンプリート。ただいまより第二フェイズへ移行、デバイス及びユーザーの登録を開始します』
聞こえてきた、とてもじゃないけど機械のガイダンスとは思えない可憐な声が、そう告げる。
本当はどこかに通信が繋がっていて、そこで女の子が喋ってるんじゃないかと、本気でそう思えてくるほどだ。
『貴女の住所、氏名、年齢、電話番号、メールアドレス及びユーザーIDとパスワードを入力してください』
わたしは思わず黙りこくってしまった。そうか、こういうことを絶句って言うんだ。
スマホの方も、その問いかけをした後、何もしゃべらなくなってしまう。
『もう一度繰り返します、貴女の住所、氏名、年』
「ちょっと待って! ストップストップ!」
機械的にこちらの情報をせがむこのスマホの言葉を、わたしの言葉が遮った。
書き換えたOSが機能しているのなら、音声認識機能もちゃんと使えるようになっているはずだ。
『ユーザー登録を一時中断、質疑応答を開始します』
どうやら正しく作用したようだった。
とびきり可愛い女の子声のスマホに、話しかける。
「ごめん、わたしそのW.I.T.C.H.プログラムとやらに全く興味ないから。さっさと魔術障壁を展開してくれる? 今、結構ヤバい状況なの分かるでしょ?」
『魔術障壁など無意味です』
「なんで?」
『3、2、1・・・』
唐突に、そして勝手に意味不明なカウントダウンが始める。
だが、何となくだが予測できた。
この後、絶対に良くないことが起きると。
『頭部を保護して、伏せてください』
わたしはスマホをきつく握りしめ、両手で頭を覆い隠しながらコンクリの地面に伏せた。
直後、わたしがもたれかかっていたビルから1つのビルを挟んだ、ここから2つ右のビル。その建物が、轟音を上げ、崩壊を始めたのだ。
今度こそ死を覚悟した。
しかし、身体に痛みは無い。耳をつんざくほどの音が一段落するのを見計らった後、事態を確認しようと思い顔を上げる。目の前にあったのは、瓦礫で埋め尽くされ、煙で数m先すら見通すことが出来ない視界。むせかえりながら、わたしはふらふらと立ち上がった。
『緊急一時障壁、解除』
わたしの身体を包んでいたピンク色の球体状障壁が、ぱらぱらと鱗が落ちていくかのように崩れていく。
「アンタ・・・助けてくれたの?」
『否定です。緊急時のプログラムに従ったまでのことです』
「そりゃどーも」
表では平静を装っているが、内心怖くて立ってもいられない状態だった。
さすがに今のビル爆発には腰を抜かしそうになったと言わざるを得ない。嫌な汗が身体を伝っていく。
『先程の攻撃で近隣の熱源反応、2つロスト。バーストモンスター"中規模型"と交戦中の魔導師総数、3まで減少』
その言葉を聞いて、わたしはハッと我に帰る。
「熱源反応2つロスト・・・それって」
『戦闘中行方不明となった、と言う事です』
「そんな・・・!」
つまり、少なくとも2人、国連軍の魔導師が戦闘不能に追い込まれたということ。
『先程の会話を続けましょう。魔術障壁など無意味です』
ビルの崩壊でかき消された会話の続きを、手に握りしめた携帯が語り始める。
『確かに瓦礫程度なら障壁で防ぐことは可能でしょう。しかし、ただのスマートフォンの障壁でバーストモンスターの攻撃を防げるかどうか、今のビル崩落でお分かりになったはずです』
もうこの場から、バーモンとの交戦を避けて逃げることなど不可能だ。
この裏路地から一本抜けたところにある大通りでは、国連軍が命を賭してバーモンと戦っている。その事実が、わたしに重くのしかかっていた。震える膝に力を入れ、頭の中の「逃げろ」という声を全てかき消し。
「やるしか、ないんだよね・・・!」
小さくそう呟いた。そして、再びスマホに語りかける。
「さっきのW.I.T.C.H.ってアプリ・・・。あれって、バーモンと戦う為のものなんじゃないの?」
『何故、そう思われるのですか?』
「Witchって魔女の事だよね。今、国連軍で使われているデバイスのOSって確か・・・」
ニュースか何かで見た記憶を、必死に思い出す。
「W.I.Z.A.R.D.・・・。こっちも意味は魔法使い。つまり、このアプリは国連軍で使用されているデバイスの開発型か、試作型。なんでこんなところに落ちてたのかっていうのはわかんないけど・・・違う?」
スマホは一瞬言葉に詰まったのか、再びフリーズしたかのように何も言わなくなった。
だが、すぐに会話を再開させる。
『部外者への情報漏えいは許されていません。その質問には答えかねます』
その言葉―――
何の関係も無い、わたしに対する拒否反応は、恐らくわたしの中で想定内のものだった。
「部外者に、ね」
だから次の言葉が頭で考えるまでもなく、口から出てきたのだろう。
「だったら、わたしがアンタのユーザーになってやる」
―――今更、タダで帰ろうなんて思わない。
「いや、ちょっと違うかな・・・」
―――どうせ帰るなら、この街を瓦礫の山にしたバーモンを。
「アンタは今日からわたしのもんだから、わたしの自由に使わせてもらうわ」
―――ぶっ飛ばしてからにしよう。
『・・・"アイリス"と、そうお呼びください』
まるで王に尽くす騎士のように従順に、首を垂れるがごとく。
この携帯端末・・・アイリスはわたしに誓いの言葉を告げた。
『W.I.T.C.H.プログラム"試作一号機"は只今より貴女をマスターとして認証します』
その音声と共に、スマホの画面に限りなくめんどくさく、そして小難しそうな長文が表示される。
『利用規約に同意をした上、決定をタッチしてください』
スクロールバーが恐ろしく小さいことからその長さが大体だけど、予想できた。見ているだけで頭痛がしそうな文章だ。やたら漢字が多くてイライラする。
だからわたしは2、3行で読むのを止め。
「あーもう、長ったらしい! こんなもん、全部同意してやる!」
どうせ、そんな大した内容なんて書いてないだろうし。
わたしの声を認識したのか、画面が移り変わる。
表示された画面は何かの会員制サイトに入会する時に表示されるような、個人情報を入力する簡素でありふれたページだった。住所、氏名、電話番号、メアド・・・それら項目の下に入力情報表示のための余白が置かれている。
それら全てを音声で入力し、最後に決定をタッチする。
『最終確認。貴女はアイリスのマスターになることを承認しますか?』
このテの手続きにおける最終確認は、たとえそれがどんなに小さなものでも、一瞬躊躇してしまう。
本当にこれで良いのか、これが正しい選択だったのか。頭で一瞬考えてしまうのだ。こんなもの必要なのか、お金の無駄じゃないのか、この契約を結んで後悔しないだろうか。
わたしだって現代日本に生きる女子高生、そんな選択は何度も何度もしてきた。
だけど、これだけは絶対の自信を持って言える。
最終的に選択をするのは。
選ぶ『意思』と『権利』を持っているのは、他の誰でもなく。
『わたし』なんだ。第三者、他人じゃない。
だから。
「やるって言ってんだろ、わたしがマスターだ!!」
―――わたしは生きて帰るために、自分の意思で、この契約を結ぼう。
そう大声でスマホに叫んだ瞬間だった。
視界が、真っ白になる。まるでわたしが自分以外の世界と、切り離されたかのような感覚。
驚きで思考がまわらない中、『わたしは出逢う』
―――ストロベリーピンクの髪をした天使にも見える女の子に、口を塞がれるという光景に。
そう、彼女の唇で、わたしの唇を。
文字通り、塞がれた。




