第97話 足取りは重く・・・
家に帰る足取りは重かった。
理恵を傷つけてしまったと刹那は思い込んでいた。あれが正解だったはずなのに、そう言うことが一番だったはずなのに、それなのに・・・気が重い。
こんなことは生まれて初めてだった。楽しかった時間を、重く苦しい空気に変えてしまったという罪悪感に苛まされるなんて・・・初めてだった。
「はぁ・・・」
もう何度溜息をついたのかもわからない。ついてもついても、出てくるのは空気だけで、心の中のもやもやとした感じは一向に消え失せなかった。
もうじき家に着く。家に帰ってもこの顔だったら、玲菜にも里奈にも心配させてしまうかもしれない。・・・家に帰ったら、まっすぐ部屋に行こうと決めた。
家の前までたどり着き、ドアを開く。
「あ、おかえり。早かったね」
玄関のドアを開けたところで、ちょうどよく玲菜とばったり会ってしまった。
「あ、あぁ、ただいま」
いきなり遭遇して驚いてしまい、少しどもりながら刹那はそう答えた。
「もしかして、まだ夕飯食べてない? 今から作るところだけど、食べる?」
「いや、いいよ」
一言だけそう言って、刹那は逃げるように階段を上った。
階段を上がってすぐの自分の部屋へと入り、すぐさまベッドに座り込む。
「はぁ・・・・・」
さらに溜息をつき、刹那はどうするべきかを考えた。
仮にあの選択が正しかったとしても、たぶん理恵とはまともに顔を合わせることができない。それどころか、前のようにうまく話しをすることだってできないかもしれない。
それは嫌だった。仲のいい友達と急に話さなくなり、疎遠になってしまうことは誰だって望まない。もちろん刹那だって望むはずがない。
ならば、どうすればいいか? ・・・それがわからないのだ。期待に満ちた顔で、真剣に自分の瞳を見つめてくる理恵を否定してしまった自分が、今さら何を言える?
わからない。どうすればいいのかわからない。元の関係に戻りたいのに、その方法が思いつかない。
{誰かに助けてもらうってわけにも・・・いかないからな・・・}
自分ではできないことは他の人に手伝ってもらえばいい。1人で解決できなければみんなで解決すればいい。・・・ただしそれは、周りに相談できる程度のレベルでなければならない。
今回は違う。博人たちには相談できない。否、してはならないのだ。これは紛れもなく、刹那が1人で解決しなければならない問題だ。・・・理恵を傷つけてしまったのは、正真正銘刹那なのだから。
でもわからない。方法がわからない。手段が思いつかない。
八方塞がりになってしまい、途方に暮れていたそのときだった。
こんこん。
控えめノックの音が部屋の中に響いた。
「刹那、入っていい?」
そして声がした。・・・玲菜だ。たぶん、急いで階段を上がってきたため不審に思われたのだろう。
「あぁいいよ、どうぞ」
そう言うとドアがゆっくりと開き、心配そうな顔をした玲菜が中へと入ってきた。
玲菜は刹那の目の前まで寄ってくると、おそるおそる、といった具合に刹那に尋ねた。
「何かあったの? 元気ないみたいだったから」
「・・・あぁ。大丈夫、何もなかったよ。心配かけてごめん」
・・・嘘をついた。さっきも言ったが、これは自分自身で解決しなければならない問題だ。すべて吐き出して、玲菜に頼るわけにはいかないのだ。
「・・・本当に?」
「本当、心配しなくていいよ」
刹那の言葉を疑っていた玲菜も、刹那がはっきりそう言うものだからそれ以上は深追いできないようだった。
「それならいいんだけど・・・あまり、1人で悩まないでね」
「わかった。ありがとう、玲菜」
刹那がそう言うと、玲菜はゆっくりとドアのほうに向かった。大丈夫だ、と言い聞かされた割には、なぜか少し悲しい表情を浮かべていた。・・・そんな顔をした玲菜の顔を見るのは嫌だった。だから、
「玲菜」
出て行こうとする玲菜にそう声をかけていた。
「何? 刹那」
「玲菜に頼みたいことがあるんだ」
「え? ホント?」
「あぁ、玲菜にしか頼めないことなんだ」
「うん、がんばるよ、私。それで、何をすればいいの?」
少しもったいぶるように間をおいて、刹那は言った。
「そばに居てほしいんだ」
刹那の言葉に、玲菜はきょとんとしていた。
「え? どういうこと?」
「そのままの意味だよ。ちょっとだけ一緒に居てほしいんだ。そうすれば、たぶん元気になるから」
「何それ、変なの」
くすくす、と玲菜は笑った。・・・さっきまでの悲しい表情は、すっかり消えていた。
「それじゃご希望にお応えいたしまして・・・失礼します」
何かのセリフのようにそう言って、玲菜は刹那の隣に座った。
「これでいいの?」
「あぁそれでいい。ありがとう」
大丈夫だ、と刹那は思った。明日はちゃんと、理恵と元通りの関係に戻れると、そう思った。
理由はわからない。でも、玲菜がこうしてそばにいてくれるだけで心が落ち着くのだ。先ほどの不安や嫌悪感が消えてしまうくらいに。
そうやって、しばらく部屋で玲菜と一緒に過ごした。
特に何か会話があるわけでもなかったが、その時間はとても心安らぐ時間だった。
休みが終わるぅぅぅ・・・
これからも「殺し屋」よろしくお願いします!