第92話 女の子ですよ?
食べ始めてから20分少々。2人のどんぶりはすっかり空になっていた。
「すっごくおいしかったですね」
「当たり前でしょ? なんて言ったってアタシのお気に入りだからね」
理恵は満足そうな顔でそう言った。
「それじゃ、そろそろ行くわよ。お兄さ〜ん、お勘定」
「・・・わかった」
店員は新聞を畳むと、相変わらずタバコの煙をぷかぷかさせてこちらに寄ってきた。
「それじゃ、2人で200円だな」
「はい」
そう言って店員に100円玉2枚を渡す理恵。・・・って待て。ちょっと待ってくれ。
「そ、そんなに安いんですか?! この店のラーメン?!」
「そうよ。だから言ったでしょ? お気に入りだって。健康にも財布も優しいんだから」
・・・って言っても、あの芸術的にうまいラーメンが1杯100円だぞ? 0が1つ増えてもおかしくない味とボリュームなのに、そんな安価で店が成り立つものなのだろうか?
「青年、この店は俺が趣味でやってる店でな。別に赤字で構わないんだ。安く、うまいラーメンを食ってもらうだけで、十分なのさ」
・・・また心の中を読まれた。もしかして、思っていることが顔に出てるのか?
「でも、いくらなんでも安すぎませんか?」
「言っただろう。赤字で構わないのさ。俺の本業はラーメン屋じゃないんでな、こっちで赤字出しても痛くもかゆくもないんだ」
そう言ってふっと笑う店員。・・・趣味でのラーメン屋か。それだったら確かに利益はいらないかもしれない。『趣味』なのだから、むしろ金がかかって当然なのだから。
「わかってくれたようだな、青年」
「・・・・・」
・・・だから何でこの人は人の心の中を読めるんだろう。里奈さんもびっくりなくらい平然と使ってくるな。
「ちなみに調理師免許は持ってるし、店のほうだってちゃんと許可をもらっている。趣味と言っても、そこら辺は手ぬかりないから安心しろ」
「それは何よりです」
・・・でも、趣味で免許取ってまでやるものなのだろうか? そんなに面白いものなのだろうか、ラーメン屋というのは。
「ほ〜ら、値段に納得した? それなら行くわよ」
「え、あ、その、すみません。俺の分まで払ってもらっちゃって」
「100円ぽっちくらい、別に気にしなくていいわよ」
ジュースを奢ったような感じで、ひらひらと手を振って理恵はそう答えた。・・・まぁ、確かにジュースみたいな値段だったけど、ちゃんとした昼食だしな。今度は自分から奢ろせてもらおう。
「それじゃほら、さっさと行くわよ。じゃあね、お兄さん」
「あ、どうもごちそうさまでした!」
「あぁ、また来い」
最後にそう言って、刹那と理恵は店を後にした。
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「・・・・・」
1人だけ残された店。店員は先ほど2人が出て行った入口を見つめていた。・・・顔は無表情だった。何を考えているかわからない、そんな表情だった。
「・・・刹那、か」
ぽつり、とそれだけ言って、店員は煙草を灰皿に押し付けて火を消し、視線を新聞に戻した。
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ラーメン屋を後にして歩くこと少々、今どこへ向かっているのだろうという疑問が湧いてきた。
「理恵さん、これからどこに行きますか?」
「特に目的もなしだけど、刹那はどこか行きたいところ思いついた? さっきどこでもいいって言ってたけど」
「相変わらず、理恵さんの行きたい所に行きたいですよ、俺は」
「アタシの行きたい所かぁ・・・」
そこで、なぜか理恵はちょっと赤くなってもじもじしながら考え始めた。たまにう〜、とか、あ〜、とか、変な声を口から漏らしながら刹那のほうをちらっと見てくる。・・・そんなに行きたい所は恥ずかしいところなのだろうか? 別にこの辺りでそういう店はなかったような気がするが。
「理恵さん、どこに行きたいんですか?」
「え? あ、それは、ん〜・・・・・」
「いいですよ、どこでも。理恵さんの行きたい所がいいですから」
刹那がそう言うと理恵は決心がついたのか、刹那に顔を向けて言った。・・・やっぱり、顔を赤らめながら。
「えっと、それじゃその、付いてきてくれる?」
「? どこに行くんですか?」
「な、何ていうか・・・ま、まぁいいから付いてきなさいよ!」
「は、はい、わかりました」
了承するなり、刹那は腕を取られ、そのまま引きずられていってしまった。
・・・そこまで理恵さんが口にしたくない場所って、どこなのだろう。
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理恵に引きずられている時間はそう長いものではなかった。ものの2、3分くらいの非常に短い時間だ。
だが、今日で一番恥ずかしい時間だった。理由は簡単、人が非常に多くなっていたからだ。おそらくは、昼で外食した人たちが腹ごなしか何かで店を回り歩いていたからだろう。
最初に腕を取られて引っ張られていたときの数の倍くらい、いやそれ以上かもしれない。そんな大人数いるなかで、『引きずられている』のだ。腕を取り合って仲良く一緒に歩いているのではない。一方的に引きずられているのだ。
それを、たくさんの人ゴミの中でやってみろ。もはやそれは、見世物と化してしまう。色んな人から指をさされ、くすくすと小声で笑われる。
理恵はそんなこと気にしていないようだったが、刹那はかなり落ち着かないようだった。喜々として腕を引っ張っている理恵に、腕を放してくださいと言えず、人目を受けるしかないのだから。
・・・それでも、理恵の笑顔を見るとどうでもよくなってしまう。その顔さえ見れば、周りの視線なんて大して問題ではない。・・・恥ずかしさは残るが。
そして、たどりついた。そこは・・・
「アクセサリーショップ?」
「う、うん」
理恵を見ると、何だかバツの悪そうな、でもちょっと嬉しそうな、そんな顔をしていた。
「ほ、ほら、アタシってさ、何かこう、おしゃれとか、そういうの関係ないように見えるじゃない? いつも部活ばっかりで、そういうの全然しないから、こうやってくるの、何だか恥ずかしくて・・・」
「? それって、変なことなんですか?」
「え?」
「だって、理恵さん女の子じゃないですか? 別に恥ずかしがることなんてないですよ」
「・・・・・」
自分の思っていることを口にすると、理恵は呆気に取られたような顔をして刹那を見た。何も言わず、驚いているようだ。・・・変なこと、言っただろうか? いや、だって理恵さん可愛いし、普通にこういう所に来たっておかしいことなんてないはずなのだけど・・・。
「えっと、どうしたんですか、理恵さん」
おそるおそる尋ねてみる。・・・ひょっとして、また理恵に嫌な思いをさせてしまったのではないのだろうか。
「え、あ、ごめん。ちょっとびっくりしちゃって」
だが、刹那の心配をよそに理恵の言った言葉は全然予想していなかった言葉だった。
「そっか、ちゃんと女の子として見てくれてるんだ、アタシのこと」
「いや、だって女の子じゃないですか理恵さんは。何かおかしいんですか?」
「ふふふ、うぅん。おかしくない。ただ、嬉しいだけ」
「???」
どうしてそんな当然なことで理恵が喜ぶのか、刹那にはよくわからなかった。
「ほら、首傾げてないで行くわよ」
「あっと! い、行きますって!」
さっきよりも上機嫌な理恵に引きずられ、刹那はアクセサリーショップに入って行った。
年内の更新はこれでおしまいですね。「殺し屋」、二回目の年越しでございます。
来年も「殺し屋」よろしくお願いします!