第87話 12月24日
里奈の忠告に、何かもやもやとしたものを感じながら、刹那はイヴの日を迎えた。
毛布から手を伸ばして目覚まし時計を見る。時刻は7時20分。理恵との待ち合わせの時間は10時だから、まだかなり余裕がある。
むくっと体を起こして、寝巻きを脱いで外出用の服に着替える。家で過ごす用の服とはちょっとだけ違う洒落た服だ。・・・少しだけ高かった記憶があるが。
着替え終わると、刹那は部屋を出て階段を下りて居間のドアを開けた。
「あ、刹那おはよ! 今から起こしに行こうと思ってたの」
「あぁ、おはよ」
「・・・永遠に眠ってればよかったのに」
「お姉ちゃん! そんなこと言わないの!」
「はぁ〜い・・・」
「ははは・・・」
相変わらず賑やかな朝だった。・・・心のもやもやとは裏腹に。
「あれ? 服、いつもと違うけど・・・刹那、出かけるの?」
「あぁ。夕飯は食べてくるからいいよ」
「誰と出かけるの?」
「え・・・あ、その・・・・・」
「?」
玲奈の何気ない質問に、刹那は固まってしまった。どうやって答えたらいいのかわからず混乱してしまったのだ。
素直に理恵と一緒に行くということを言ってしまうと、里奈の言うとおり怒るかもしれない。いつも通りのこの朝の時間を、自分の一言でぶち壊したくない。
だが、玲奈に嘘をつくこともできなかった。別に、ちょっと嘘をつくくらい平気なはずなのに、どうしても玲奈には嘘をつけない。理由はわからない。ただ、なんとなく。
「え〜っと、あはははは・・・・・」
「?」
嘘をつくにせよ、本当のことを言うにせよ、早く選択して言わなければ玲奈に怪しまれてしまうというのに、刹那はその場で乾いた笑いを浮かべることしかできなかった。・・・まずいな、早くしないといけないのに・・・。
「玲奈ちゃん〜、おなか空いた〜、空腹よ〜・・・」
「え? あ、ごめん! 今すぐ持ってくるから! 刹那も座ってて! 今持ってくるから」
そう言って、玲奈はキッチンへと、タタタ! と小走りでかけていった。・・・とりあえずは、危機を脱出できたようだ。
「・・・助かりました」
茶碗にご飯を盛っている玲奈に聞こえない大きさで、刹那は里奈に礼を言った。里奈がああ言ってくれなかったら、たぶん今頃変に気まずい雰囲気になっていただろうから。
「別に、もともとあたしが黙ってろって言ったんだしね」
別にどうってことない、とでも言わんばかりに、里奈はひらひらと手を振ってみせた。・・・それでも、助けてもらったことには変わりない。感謝しなければ。
ふぅ、とため息をついて、刹那は椅子に座った。
{・・・怒る、か}
せっせと働く玲奈を見て、刹那はずっと考えていたことを思い出していた。・・・そう、玲奈が怒る理由だ。
あれからずっと玲奈が怒る理由を考えていたが、どうしてもわからなかった。こういうときに読心術とかがあればいいのに、と思わずにはいられない。このもどかしさがたまらなく嫌だ。
「なぁ〜にしけた面してんのよ」
顔だけ起こして、里奈がこっちを見てそう言った。・・・どうも、考えが表情に出ていたらしかった。
「えっと、玲奈が怒る理由がわからなくて」
「だから、あんたがわかるわけないって言ったでしょ。そんなの考えなくていいの」
「でも・・・・・」
「でもじゃないわよ。あんた、理恵ちゃんと遊んでるときもそんなこと顔するわけ?」
「・・・今どんな顔してますか?」
「そうね、蛆虫みたいな顔してるわ」
「とっても失礼ですね!!」
「あと、スリッパで潰されたゴキブリみたいな顔してるわ」
「さらに失礼ですね!!」
「あと丸まったダンゴ虫みたい」
「もはや顔じゃなくなってますね!!」
「うっさい! 黙れ!」
「最後にはそれですか!!」
「静かにしなさいよ、玲奈ちゃんに聞こえるでしょ」
こ、この人は・・・・・。
何か文句の1つでも言ってやろうと思ったが、話がこじれると面倒なので黙っておくことにした。
「あたしが言いたいのは、そんなに深く考えるなってことよ。あんたはただ、あたしの忠告を守ってればいいってだけの話。誰も、どうして玲奈ちゃんが怒るのか考えろ、なんて言ってないわ」
「それは、そうですけど・・・」
「ならいいじゃない。今後、玲奈ちゃんが怒る理由について考えるのは禁止。わかった?」
「・・・・・」
「・・・返事は?」
「は、はい」
「よろしい。今日は余計なことは考えないで楽しんできなさいな。・・・あ、ごはん来た」
里奈がそう言ったと同時に、玲奈がお盆に朝食を乗せてやってきた。・・・相変わらずおいしそうなメニューだ。腹の虫が鳴きだして止まらない。
「ごめんね、刹那の茶碗なかなか見つからなくって・・・」
「そんなの無視しとけばよかったのに」
「朝飯食うなってことですかねぇ!?」
「お姉ちゃん!! そういうこと言わないの!!」
「はぁ〜い・・・」
いつも通りの朝の空気のおかげか、それとも里奈の言葉のおかげか、刹那の重い気持ちはいつのまにかなくなっていた。
これからも「殺し屋」よろしくお願いします!