第80話 メイド喫茶へ! その1
「お姉ちゃ〜ん。早くってば〜」
「はいはい。・・・子供みたいにはしゃぐ玲奈ちゃん、可愛い」
「私ばっかりじゃなくて、出し物とか色々見るの!」
「はぁ〜い・・・」
はしゃぐ玲奈のあとを、里奈がついてくる。いつも落ち着きを見せている玲奈も、今日ばかりは違う。何といったって生まれて初めて学校の文化祭というものに参加しているのだ。興奮しないわけがない。
それに、里奈だっていつもと違う。無気力であまり面倒なことはしたがらない里奈も、辺りを物珍しそうに見て楽しんでいる。玲奈と同様、里奈だって生まれて初めて文化祭に来ているのだ。見るもの、触れるもの、全てが新鮮だった。・・・周りの男たちの視線以外は。
「結構色々あるものね。驚いた」
「ほんとだね。文化祭ってすごいねお姉ちゃん」
にっこりと満足げに笑う玲奈。来て本当によかった、と顔が言っている。
こんな満足そうに笑う玲奈を見るのは久しぶりだった。いつも家で見せる笑顔とは違う、開放感があるとても清々しい笑顔だった。
「そうだ! 刹那のクラスにも行かなきゃ!」
「・・・そうね、ちゃんとカメラに収めてやらないとね。ふふふ」
里奈は悪代官の如く怪しく笑い、胸の谷間からデジカメを取り出す。・・・里奈は文化祭を見に来たというより、刹那のあられもない姿を撮りに来たようなもの。来る前からわくわくしてたまらなかった。刹那がやめて〜と嫌がりながら逃げ回る姿を想像するだけで・・・笑いがこみ上げてくる。
「・・・お姉ちゃん、変なこと考えてるでしょ」
「べっつにぃ〜・・・。ふふふ」
「もう、お姉ちゃんったら・・・。それより刹那のクラスは・・・2階の3組だったよね。行こ、お姉ちゃん」
「うふふふ・・・って、待ってよ! 玲奈ちゃんってば!」
我に返った里奈は、すでに階段を上っている玲奈のあとを追いかけた。
階段を上っている途中でも、周りの飾り付けに目がいってしまう。どうせ店で売っている装飾品なのだろうが、飾り付けの要領でこんなに綺麗に飾れるものだとは知らなかった。
壁を見てみる。クラスの出し物を宣伝するための画用紙がたくさん貼ってあった。丁寧に書かれた文字、可愛らしいキャラクター。どのクラスも行ってみたくなりそうな出し物ばかりだった。・・・あとで行ってみようかしら。
そんなことを思いながら階段を上ると、廊下で玲奈が待っていた。
「遅いよ〜!」
「ごめんごめん。さて、あいつの情けない姿を撮るとしましょうか」
カメラを構え、わくわくしながら3組へと入っていく。・・・と、
「「「お帰りなさいませご主人様〜♪」」」
・・・野太い声と、ごつい男のメイドに迎えられた。
何かもう、帰りたくなった。というより、逃げたい。逃げたほうがいいかもしれない。いや、絶対逃げたほうがいい。うんそうだ。そうしよう。よし逃げよう。
玲奈の手を引き、そそくさとその場をあとにしようとする里奈だったのだが・・・・がしっと、肩を引っ掴まれてしまった。
「ご主人様、来てすぐお出かけになられるなんて・・・・・ちょっと忙しすぎるのではないですか〜?」
忙しいんじゃなくて、単に不気味だから帰りたいだけなんだけど。
「そうですよぉ。ね? ゆっくりしていきましょ? サービスしますから」
変なことをサービスされても困るんだけど。
「お、お姉ちゃん。いいんじゃないの? 入ってみようよ」
・・・玲奈ちゃん、顔を引きつらせながら言っても説得力ないわ。
「そうと決まったら・・・はい2名様ご案な〜い♪」
「え? あ、ちょ、ちょっと!」
実に楽しそうに肩を捕まれ、そのまま2人は強引に中へ連れて行かれる。
男たちは空いている席を探すと、そこに里奈と玲奈を座らせ、ボールペンと紙を取り出す。
「ご注文のほうは〜?」
「え・・・コーヒー」
「わ、私はオレンジジュースで」
「コーヒーと・・・オレンジジュースですね〜」
サラサラとボールペンを動かして注文を書き終えると、男たちはにっこりと笑って一言。
「「「ごゆっくりどうぞ〜♪」」」
それを言った男たちは、実に満足そうに奥のほうへと消えていった。・・・まるで嵐のような感じだった。あの里奈でさえも、ぽかん、としている。
「・・・お姉ちゃん」
「ん?」
「刹那もあんなことになってるのかな?」
すごく心配そうな目で尋ねてくる玲奈。・・・そんなのあたしが知りたいわよ。
でも、できればあんなふうに開き直ってほしくはない。里奈が撮りたい写真は、刹那が『恥ずかしがっている』写真なのだ。開き直っている刹那では、撮る価値がなくなってしまう。
「・・・そういえば、あいついないわね」
ふとそのことに気づき、辺りを見渡してみても刹那の姿は見当たらない。いるのは先ほどのごついメイド服の男たちと、普通の女の子のメイドさんだけ。
「どこにいるんだろうね?」
「あいつのことだから、目立たない裏方の仕事に回ってるかもしれないわね」
と、なればだ。たぶんずっと出てこないことになってしまう。そうなれば、写真が撮れないではないか。
「・・・注文が来たときに呼び出すか」
それしかない。指名すれば、いくら刹那とはいえ出てこざるを得ないだろう。
「ご注文の品です、ご主人様」
「?・・・・あれ、博人さんだ」
「ん? あ、本当。博人ちゃんじゃないの」
玲奈の言葉に反応して里奈も店員を見てみる。・・・メイド服に身を包んだ博人がコーヒーとオレンジジュースをお盆に乗せて運んできていた。筋肉質なせいか、とってもごつい。さっきの男たちといい勝負だ。
「あ、玲奈ちゃんに里奈さん。いらっしゃい!」
そう言ってポーズを決める博人。その顔は実に満足げで、やりがいのある仕事をこなしている社会人のような顔をしていた。顔には一点の曇りもない。やることなすこと全てが楽しそうだった。・・・やっぱりこの子は変態なのかしら。将来が不安になってきたわ。
これからも「殺し屋」よろしくお願いします!