第8話 殺し屋の家具集め
何とか玄関先の人ごみを片付け、やっと朝食を食べ終わった刹那は、食後のお茶をすすりながらこんなことを玲菜に言った。
「そういえば、玲菜家具が欲しいって言ってたよな」
「うん。さすがにあんな質素な部屋じゃね」
ベッドに机、押入れには昔刹那の父親が読んでいた小説のシリーズがずらりと並んでいるだけの部屋だ。玲菜の家がどうなっているのかはわからないが、さすがにここまで物を置いていないなどということはないだろう。玲菜が不便がるのも無理はない。
「それじゃ、買いに行こうか。里奈さんが起きる前にさっさと済ませたほうがいいし」
「うん。でも、お金あるの?」
「大丈夫だよ。ただで貰えるから」
「・・・・なんで?」
「そりゃそこら辺に落ちてるやつを・・・・」
「ちょっと!!やだよそんなの!!!」
「冗談だよ。それより早く行こう。里奈さんが起きたら色々怖いし」
玲菜は一体どんな家具を刹那がくれるのかものすごぉく気になったが、里奈が起きると色々と怖い、という点に納得し、首を縦に振って湯飲みのお茶をずーっとすすった。
玲菜がお茶を飲み終わると2人は食器を片付け、身支度を整えて外に出た。ドアを開けるとぶわっと外の空気が2人の顔を撫ぜた。空も今日は少なく、そのおかげで太陽の光が気持ちいいくらい燦燦と降り注いでいる。
刹那はドアに鍵をかけようとしたが・・・やめた。何てったって中には最強の防犯対策がついているのだ。鍵なんてかける必要はない、むしろ家中の窓を全開にしてもいいくらいだ。
仮に泥棒が入ったとしよう。まず、後悔するのは間違いない。その次に全身を震わせ冷や汗で吹くがびっしょりになる。最後に生まれてこなければよかったと後悔するだろう。・・・想像してみるとなんと恐ろしい。ぶるぶる。
気を取り直してとりあえずは歩き出すことにする。玲菜は少し刹那の後ろを歩いていて、にぎやかな道を少し楽しそうに見ていた。
犬がとぼとぼ歩いている。あ、子供に見つかった。追いかけられてる。今度は子供の母親登場。あはは、耳引っ張られてら。
玲菜は興味深そうに、それでも楽しそうに笑っていた。・・・可愛いですな、うん。
「そういえばさ、どこで買うの?デパートならあっちだよ?」
「ん?あぁ、デパートには行かないよ。俺財布持ってきてないから」
「??」
玲菜は刹那の言葉に混乱してしまった。今自分たちは家具を買いに行こうとしている。でもデパートには行かない、なぜなら財布を持ってきていないから。・・・ちょっと待て。
「財布ないんだったら家具買えないじゃないの」
「ん?そうだよ?だから貰いに行くんだよ」
「貰いに?」
「そう。・・・ここだよ」
そこは別に何も変わったところのない普通の民家だった。ただ、玄関は引き戸になっていて、家全体もそんなに新しくない年季の入った家なのだが、それだけだ。別にこれといって特別な設備もなければ外装もない。本当にこんなところで家具が手に入るのだろうか?・・・ちょっぴり不安だ。
刹那はそんな玲菜を差し置いて玄関の引き戸をガラガラっと開け、大きな声で呼んだ。
「お〜い、博人〜〜〜」
博人、というのはこの家の人だろう。刹那がそう呼んだら階段をトントンと軽快に下りる音がして1人の男、まぁ俗に言う美青年がジャージ姿でやってきた。・・・この人が博人なのだろう。
髪は染めていない綺麗な黒色で長髪、顔もすっきりしていて肌も綺麗だ。体も締まっていて、腕のたくましさからは何かスポーツをやっていそうな雰囲気を醸し出していた。身長も高く、刹那よりも10センチほど高い。誰がどう見ても美青年としか言えない容姿だ。
「おぉ、刹那じゃんか。おろ?そっちの可愛い女の子は?」
「あぁ、俺の・・・・いとこだよ。夏休みだから遊びに来てるんだ」
とっさのことにしてはうまく口から出たものだ。博人はすっかり騙されたようだった。
ふぅ〜んと言って博人は玲菜を姿をじっと見つめた。足元から顔まで、それはもうじっくりとだ。
と、一通り見終わってから、博人ははぁ、とため息をついて言った。
「はぁ、・・・・惜しいなぁ。メガネかけてれば100点満点だったのになぁ・・・・」
「・・・・・・は?」
「だからメガネだよ。萌えってやつ?メガネをかけるかかけないかじゃもう全然違うの!かけたらもうその人の印象は全然、180度、真逆になるのよ!!元気な女の子もメガネをかけるだけであら不思議!!大人しそうで清楚でか弱そうな女の子に大変身だ!!それだけメガネってのは重要なのさ!!萌えの重要アイテム!!奇跡の鉱石!!マジックアイテム!!・・・どうだい?今日から君もメガネをかけてみないかい?」
「え、いや、私目は良いですから」
「だ〜いじょうぶ大丈夫。そんな人のためにあるのが伊達メガネってやつさ!!こいつがあれば・・・」
「博人、玲菜が困ってるからメガネ講座はまた後にしろよ・・・」
博人にメガネエンジンがかかる前に、刹那が横から口を挟む。おっと、ごめんごめん、と博人は自分が熱中して玲菜に語りかけたことを謝った。
「改めて、俺は『佐藤 博人』。刹那とは小さい頃から一緒に仲良くやってる。血液型はABで、趣味はメガネ鑑賞」
「わ、私は佐々木 玲菜。よろしくね、博人さん・・・」
ちょっと玲菜が引き気味だが、とりあえず自己紹介は終わった。まぁ、あれだけメガネについて語られたら誰でも引くだろう。玲菜だって例外ではない。
博人が再びメガネ熱に浸る前に、刹那は本題に入るとする。
「博人、家具くれ」
「ストレートだな。まぁいいよ。俺の作ったやつでいいんなら」
ついて来いよ、と言い残すと、博人は奥の部屋へと歩き出した。もちろん刹那と玲菜もあとに続く。
少しだけ長い廊下を歩いている途中、玲菜は刹那に声をかけた。
「ねぇ、家具ってもしかして博人さんが作ってるのを貰うの?」
「あぁ、そうだよ。博人はそういう物作りが小さいときから大好きでさ、うまくできてるやつはたまに貰っていくんだよ」
「え、それって迷惑じゃないの?」
「むしろアイツが押し付けてくるくらいだからな。こっちは迷惑でも、あっちは迷惑ってことはないだろうなぁ」
博人は小さい頃から金槌や釘などの日曜大工セットに触れ、親しんできた。博人の父親が大工だということもあり、すぐに腕のほうは上達していったのだが、困ったことに熱中しすぎて置く場所もないほど作ってしまうというエピソードも少なくはない。
そこで刹那が登場するわけだ。生活に必要なものはそのまま使ってもらい、そうでないものは店に売ってもらう。幸いにも、博人の作るものは丈夫で長持ちし、色合い等もなかなか人気があったためすぐに売れた。
売れたお金は3分の1が刹那のもので、残りが博人のものになっている。なぜ刹那が受け取るのかというと、刹那が売りに行ってくれるからお金になるのだ、ということらしい。・・・まぁ要するに、売りに行く手間が省けるからその分のお駄賃、ということだ。
まぁそんなこんなで、刹那と玲菜は博人の作業部屋に到着した。見てみると、そこら中に棚やらタンスやらがある。どれもこれも綺麗な作りで、さすが売り物にしているだけのことはあった。しかも、全て手作りというのが驚きだ。
「さ、どれでも好きなのもってけよ」
「だってさ玲菜。好きなの選んでいいよ」
「え?う、うん」
ちょっと戸惑ったあと、玲菜は一番近くにあるタンスに手を出した。大きさは問題ない。引き出しの数も大丈夫だ。コンコンと軽く叩いてみる。うん、大丈夫、綺麗な音しか返ってこない。
あとは小さな小物入れが欲しい。あ、これ可愛いな。
玲菜が手を伸ばしたのは桜色のちっちゃな小物入れだった。引き出しが1つのささやかなものだったが、それでも玲菜は気に入ったようだった。
中の広さはどのくらいかな?そう思い、玲菜は小物入れの引き出しを開けた。
「・・・・え?」
中には、ぎっしりとメガネが詰まっていた。赤いフレームのものや黒い丸メガネなど、本当に種類様々なメガネがぎぃぃっしりと詰まっていた。・・・こんなに詰まってるのにも関わらず、折れ曲がったりしてないというのはどういうことだ・・・。
それを見た博人はグッと親指を立てると、やや興奮気味に喋った。
「おぉぉおおお!!大当たり!!そのメガネ全部持ってっていいぞ!!何なら今からかけても・・・」
「おいコラ博人。玲菜がひいてるって・・・・・」
「あはは・・・・」
博人の興奮気味の言葉には失笑するしかなかった。
まぁ何にせよ、家具は選び終わった。タンスと小物入れだけだが、それでも玲菜は満足したようだった。
「それじゃ博人さん、これとこれください」
「あいよ。そんじゃ持ってけ・・・って言ってもこの大きさじゃ運べないな」
博人はチラッと部屋の壁にかけてあるカレンダーを見たあと、ん〜と唸り刹那にたずねた。
「刹那、明日親父の軽トラ帰ってくるから、そのとき運んで大丈夫か?」
「うん。全然問題なしだよ」
「おっけ」
刹那の返事を聞くと、博人はジャージのポケットから鉛筆を取り出し、カレンダーの日付に丸をつけた。ちなみに博人のジャージに鉛筆が入っていたのは、板などに釘を打つ場所や鋸で切るところに印を付けるためだ。もちろん作業はいつもこのジャージ、鉛筆も常にポケットに入っている。
印を付け終わったあと博人ははっとした表情を浮かべ、何か大切な用事を思い出したのか突然あたふためいてこう言った。
「や、やべぇ!!今日デートだったってことすっかり忘れてた!!」
「ば、バカ!!早く行ってやれよ!!何時に待ち合わせだよ?!」
「い、1時ちょうどだ!!あと10分しかねぇ!!」
部屋の隅にある博人作の置時計に目をやる。12時51分、これから着替えて走っていけばギリギリ間に合う時間だ。・・・いや、間に合わないかも・・・
「刹那、わりぃ!!今日のところは帰ってくれ!!」
「わかったよ。遅刻したらちゃんと恵利に謝っておけよ?」
博人は刹那と玲菜を部屋の残し、慌ててドタドタと風呂場のほうに走っていった。
ちらっと玲菜のほうを見てみる。玲菜は何が起こったのかよくわからず、きょとんとしていた。・・・まぁ、いきなり大声上げて部屋から出て行けば誰でもきょとんとするわな。
「さ、玲菜。そろそろ帰ろう。もうすぐ里奈さんも起きるだろうから」
「う、うん」
何だかあまり状況を理解できていないようだったが、里奈が起きる、ということが玲菜を動かしたらしい。里奈のことだ、目が覚めて玲菜がいなかったら・・・不安に駆られて家をぶっ壊しかねない。壁を壊されたばっかりなのに、これ以上壊されちゃたまらない。
家具を選んだ刹那と玲菜は、里奈の待つ自宅へと帰ったのだった。
・・・・・・そして帰宅し、里奈の寝ているはずの部屋で刹那と玲菜が見たものは、ベッドの中でゴロゴロと動いている里奈だった。
「玲菜ちゃんのベッド〜♪うふふふふ〜♪」
「り、里奈さん?なにやってんですか?」
「え?玲菜ちゃんのベッドにあたしの匂いつけてるの」
「あんたは盛りのついた動物か!!!」
「・・・刹那、新しいシーツ用意してくれる?あと消臭剤だね。トイレのやつでいいよ」
「れ、玲菜ちゃんひどい!!お姉ちゃんの香りたっぷりのベッドで寝ないなんて!!!」
「全部お姉ちゃんが悪いんでしょ!!も〜〜!!」
・・・とまぁ、こんなことがあったらしい。
今回出てきた博人と恵利は後にも出てきますので、是非覚えておいてください。
これからも「殺し屋」よろしくお願いします!