第75話 委員長の逆鱗
それからまた3日ほど経ち、刹那たちはとうとうこの日を迎えた。
今年の文化祭の準備期間は、3年生の試験やら就職のことやらで例年よりも短かったため、非常に作業の多い日程が続いてしまった。
そのための連日遅くの帰宅、材料などの大量購買による疲弊、そして何かしらのトラブル。期間が短いならではの揉め事が多数あったが、それを乗り越えこの日を迎えることができた。・・・・・実に晴れ晴れしい気分だった。雨降って地固まる、というように、みんなと一層団結できたような、そんな気がする。
そして、
文化祭は幕を開けた。
「い、いらっしゃいませ〜・・・・・」
「あれ? 男だったのかあんた。まぁいいや、コーヒー頼む」
「か、かしこまりました。少々お待ちください」
注文を聞き、裏方のほうへてってと回っていく1人のメイド。オーダーを取った紙をぶっきらぼうにテーブルに叩きつけ、注文であるコーヒーが出来上がるのを腕組みをしながら不機嫌そうに待つ。
「お〜い刹那〜。そんなにカリカリすんなよ〜」
こぽこぽとコーヒーをカップに淹れながら、実に上機嫌に喋りかけてくる博人。・・・・そう、先ほど客の注文を聞きにいったのは他の誰でもない、刹那だ。
「カリカリするっての。来る客みんな勘違いしやがって・・・・」
口をへの字に曲げて怒る。・・・・・メイド服でそんな風に怒っても、博人曰く1つの萌えらしい。言っている意味がわからないが。
刹那は午前からずっと注文取りのほうに回っている。最初は裏方を希望したのだが、博人率いるクラスの男子に猛反対され、強制的に表方に立たされている、というわけだ。
「私も木下に賛成だ。こんな格好・・・・・もう2度としたくない」
テーブルの後片付けを終えて帰ってきた委員長も、ため息をつきながら刹那に同意していた。律儀に博人の言うことを守って少し小さいサイズのメイド服を着ているため、体のサイズがまるわかりだ。・・・・・恥ずかしいのだかろうか、お盆で胸を隠している。
博人はそんな委員長の肩にそっと手を置き、優しい口調でそっと言った。
「・・・・・委員長、貧乳はステータスだって偉い人が言ってたぞ」
「なッ!? うるさいッ!!」
ドゴォォオオ!!!
「か、角は・・・・・反則・・・・・」
こめかみの部分をお盆の角の部分で思いっきり殴られ、博人は悶絶しながらバタリ、と倒れた。
「自業自得っての・・・・・お前知ってるか?」
「・・・知ってる」
「つまりはそういうことだ」
「・・・俺は本当のことを・・・・・言っただけなのに・・・」
そう呟いたが・・・最後だった。
「ふ、ふざけるな!! 死ね!! 死ね!! くたばれ変態!!」
「ぐは!! ぐひ!! ぐふ!! ぐへ!! ぐほ!!!」
「死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ねぇぇぇえええええ!!!!!」
顔を真っ赤にし、委員長は力いっぱい何度も何度も、見えない速さで博人を踏みつける。スカートの部分を押さえて、たまに蹴りも加えたりしている。・・・・・口には気をつけろってことだな。間違ってもそういうことは言わないようにしよう、うん。
「はぁ・・・・はぁ・・・・はぁ・・・・・」
「・・・・・(ピクピク)」
何度も何度も踏みつけたおかげで怒りが静まったのか、委員長は無茶苦茶な速度で放っていた蹴りをようやく止めた。・・・・・そういえば空手やってるって言ってたような気が。
ピクピクと痙攣を起こしている博人を見てみる。・・・コメントしたくないほどのひどすぎる格好だった。蹴りと踏みつけのせいで、背中につけられた無数の足跡に、乱れきったメイド服。まるで死ぬ直後のゴキブリの前足ように、ピクピクと痙攣している体。・・・哀れという言葉よりも先に、不気味という言葉のほうが先に出てきそうな格好だった。
「ん・・・・? あ!」
時間を見てみると、もう12時を回っていた。そろそろ理恵との約束の時間だ。今が忙しいところだが・・・・・抜け出せるだろうか? 委員長、今機嫌滅茶苦茶悪そうだし。
「あ、あの・・・・・委員長?」
「・・・・・なんだ?」
・・・やっぱろ不機嫌だった。眉間にしわを寄せているし、眼光もいつも以上に鋭い。
しかし、だ。言わないと、抜けられない。博人があんな状態である以上、委員長に許可を取らなければ・・・・・。
「あの・・・・・抜けていいですか?」
「駄目だ」
・・・即答ですか。しかも駄目ってきましたか。それじゃ抜けられないってことじゃないですか。つまりは諦めろってことじゃないですか。まいったなぁ〜、あはははは。
って、そんなことで諦められるか!! 理恵さんと約束してるんだ!! 破れるわけないだろ!!
「そこを何とか!!」
「駄目だ。ここからが忙しくなる。抜けられたらこっちだって困る。・・・・・そこの変態だって伸びてるし、たぶん3時くらいまで起きないはずだ」
「こっちだって困るよ!」
「そっちの事情など知ったことじゃない。仕事が優先だ」
そう言うと、委員長はさっさと接客に行ってしまった。・・・いつもだったら気を遣ってOKしてくれるのに、機嫌が悪いせいであっさり拒否。これだと、やっぱり抜け出せない。勝手に抜け出したとなれば・・・・・考えるのも恐ろしい。ぶるぶる。
「・・・お前、いつ抜けるんだ?」
「おわ!! 復活した!!」
「今の今まで気絶してたけどな・・・・いてて」
「お前、大丈夫なのか? 委員長は3時くらいにならないと目が覚めないって言ってたぞ」
「まぁ痛いが・・・それだけだ。別に起き上がれないってほどじゃねぇし」
むくり、と上半身を起こす博人。・・・よくあんな蹴りを食らって起き上がれるものだ。メイド服のせいで何だか締まらないが。
「そんで、お前いつ抜けるんだ? 理恵さんと約束してんだろ?」
「・・・なんでお前知ってるんだよ?」
「そんなのどうでもいい。早く答えろっての」
「できれば今すぐ抜けたいんだけど・・・・・委員長が駄目って。ってかお前のせいだぞ。委員長怒らせやがって」
「すまんすまん、つい本音が出てな。おわびに、今すぐ抜けていいぞ」
とんでもないことをさらっと言ってのける博人。今は客がたくさん来ていて一番忙しい時間帯。その時間帯に抜けるということは、つまり委員長の逆鱗に触れると同じことだ。
そうなってしまったら・・・・・だ、だめだ! 恐ろしくて想像できない!
「無理だって! 委員長に殺される!」
「俺から何とか事情を話しておく。そんで、俺がお前の分まで滅茶苦茶頑張る。これでオッケ〜だ。だから行け」
シッシッ! と、あっちへ行けと言わんばかりに手を振る博人。・・・・なぜか理恵さん関係のことだと、こいつはものすごく協力的になるんだよな。何でだろう。弱みでも握られてるのか? そんなことありえないか・・・。
「本当にいいのか?」
「いいって言ってるだろ。早く行かないと委員長が戻ってくんぞ」
刹那は一度だけコクリと頷くと、自分のブレザーが置いてある着替え用に作られた試着所へと小走りで向かった。・・・さすがにメイド服で校内を理恵と回る勇気はないらしい。それはそれで面白いのに。
「・・・・・ま、あとは理恵さん次第か」
博人は立ち上がってパンパンと埃を落とすと、接客へと向かったのだった。・・・委員長からまた蹴られるのかと思うとため息が止まらない。本当のことを言っただけなのに・・・。
シャ! と試着室のカーテンが開き、ブレザー姿の刹那が出てきた。チラチラと時計を気にしている。どうやらあまり時間はないらしい。
教室から出ようとする刹那を、博人は手を上げて見送る。刹那も出て行くときに手を上げ、そのまま理恵と約束している場所へと走った。
「まぁがんばれや。俺も・・・・・頑張るから」
顔に影を落とし、博人は渋々接客へと向かったのだった。
文化祭編・・・・・あと2,3回くらいかと思われます。
これからも「殺し屋」よろしくお願いします!