第72話 惨劇の幕開け
メイド喫茶のことが玲奈と里奈の2人に知られてから5日ほど経った。放課後や、授業の担当の先生が出張でいない時間を活用し、刹那のクラスは順調に文化祭の準備を進めていった。
最初こそ、具体的なことが決まっていなかったから準備が困難だったものの、やたらめったら熱心な博人がどんどん色々なことを取り決めていったため、今ではもう80%くらい出来上がってきている。ひとえに、博人と休日返上で遅くまで頑張ってくれたクラスのみんなのおかげだ。・・・団結力とは素晴らしい、としみじみ思う。
文化祭まで残り3日。あとは看板作りと、博人の持ってくる予定メガネとメイド服が来れば完全に作業が終わるところまでたどり着いた。たぶん、刹那たちのクラスが一番準備が進んでいると思われる。
そして、その放課後のことだった・・・・・・。
惨劇が起きてしまったのは・・・・・。
「よし、看板完成!!」
看板担当の刹那は額の汗を拭い、感嘆の声を漏らした。絵が描かれた看板の側面を鑢で丁寧に磨き、その上からニスを塗る。簡単そうではあるが、実はかなり神経を使う作業なのである。
磨くときはちゃんと上下左右のバランスに気をつけなければならないし、ニスを塗るときだって斑がないように神経をすり減らさなければならない。
手先が器用だから、ということせ刹那が推薦されたが、もう二度とこんな神経を使うような仕事はごめんだ、と心の底から思った刹那だった。
「おぉ、立派なもんだな。可愛らしい、実に萌のある看板だ!!」
看板を覗いていた博人が、ぐっと拳を握ってにかっと笑った。・・・爽やかな笑顔が眩しいが、喜んでいる目的が不純なものだというのがちょっと納得いかない。
「まぁ、とりあえずこんな感じ。これ以上は俺の実力じゃ無理だよ」
「さっきも言ったろ! 十分だって!」
・・・まぁ、家具作りの達人である博人がそう言ってくれるのだからよしとすることにしよう。
「それより、お前のほうはどうなんだよ? メガネとか、メイド服とか。本当に全員分準備できるんだろうな?」
「あぁ、そのことなんだがな。実はもう持ってきてあるんだ」
「・・・・・は?」
よく飲み込めていない刹那に、博人はある方向にちょいちょいと指をさす。そこには、山積されていたメイド服とメガネがあった。・・・・・あんなもの、本当によく集めたものだ。
「それでよ、今日はメイド服のサイズを合わせようと思ってさ。1人1人着てもらう予定なんだ。やっぱり、サイズで着るのと実際にに着てみて決めるのとじゃ違うからよ」
博人がそう言った瞬間刹那だけではなく、それを聞いていたクラス全体も凍りついた。顔を引きつらせて、まるで石像のように固まる様は、まるで時間が止まったような感じだった。
そんな中、博人だけの時間は動いていた。にやり、と怪しい笑みを浮かべ、委員長に言う。
「それじゃ委員長。女子のほうのサイズ頼む」
「え! わ、私か?! まぁいいが・・・・・」
「それで、男子は俺! それじゃ女子は更衣室へゴーだ!! あ、そうそう。メイド服は今日配っちまうから、後は自己管理ということで頼む」
「はぁ・・・・わかった。それじゃ女子、ついてきてくれ」
しぶしぶ、と言った感じで委員長は女子を連れて更衣室へと向かった。・・・・・手に大量のメイド服を持って。
「さてと、それじゃ男子。・・・・・着てもらおうか」
・・・・・このとき博人が見せた笑顔は、男子の目に何かを企んでいるような悪魔の笑みのように映ったに違いない。
「では出席番号1番、相川 充く〜ん」
「う、うわぁぁぁぁあああ!!!!!!」
「おら、逃げんなよ。覚悟決めろって」
そう言うと、博人は容赦なく相川の制服を脱がしにかかる。・・・・・これは、何という、ひどい光景だろう。男子が男子に服を剥かれ、メイド服という女性用の服を着させられる。・・・・・惨劇だ。おぞましい、見たくない、惨劇だった。
「よし、じゃあ着せるぞ」
「あぁぁぁぁあ!!! お母さぁぁぁああああああん!!!!」
・・・・・・・・・
・・・・・・・
・・・・・
・・・
・・・悲惨なものだった、と言っておこう。あるものはハンカチを噛んで涙を流し、あるものは変なほうに目覚めてしまったり、あるものは断末魔をあげたり・・・・・とにかくむちゃくちゃ、カオスな時間だった。
そしてとうとう・・・・・刹那の順番が来てしまったわけである。出席番号順なのに、博人が理由もなく最後に回したため、他の男子からもじぃ、っと注目されている。
「よし、それじゃあ刹那、最後はお前の番だ」
メイド服姿の博人が、腰に手を当てて言う。・・・・・博人は確かに容姿はいいが、体型ががっちりしていて似合っていない。っていうか気持ち悪い。できればこんなのは着たくないのだが・・・
「はぁ・・・・。やっぱり、着るのか」
ここまできたならしょうがない。腹をくくるしかない。気恥ずかしいが、幸いここには男子しかいない。恥ずかしさに慣れるのにはちょうどいいだろう。
「そんで、お前サイズは?」
「ん〜・・・・・Lかな? たぶん」
「それじゃM着ろ」
「それじゃ小さいだろ。きついって」
「馬鹿野郎!! ピチピチのほうがそっち方面の人から喜ばれるだろうが!!」
「そっち方面って何ですか?! 変なほうへ引きずり込まないでくれます?!」
「いいから着ろ!!」
「ったく・・・・・」
こうなってしまうと博人は聞く耳を持ってくれない。はぁ〜、と深いため息をつき、嫌々とMサイズのメイド服を着る。・・・・・やっぱりちょっときつい。非常に着にくい。
それでも何とか着ることができたが・・・・・やっぱりピチピチしている。体のラインがくっきり見えてしまって何とも恥ずかしい。・・・他の男子にも言えることだが。
「おい、着たぞ博人。でもやっぱりちょっときついんだけど・・・」
「・・・・・」
「? どした?」
「・・・・・ちょっと、これつけてみろ」
「? カツラ? と・・・・・パッド?! いくらなんでもこれはないだろ・・・・・」
「いいからちょっとつけてみろって」
博人の顔が引きつっている。・・・・・何なんだろうか。そこまでして女装姿の俺を笑いたいのかこいつは。
断る空気でもなく、渋々パッドを胸に入れ、カツラをかぶる。うまくつけられないが、そんなの当たり前だ。パッドだのカツラだの、こんなの生まれて初めてつけたのだから当然だ。・・・・できればこれからもつけずに生きたかったのに。
どうにかつけ終わり、目にかかるカツラの毛を払う。・・・自分でも、今のは女っぽいかな、と思う。気持ち悪い・・・。最悪だ・・・。
「・・・つけたけど、これでいいのか?」
「・・・・・」
「? おい、何で黙ってるんだよ」
「・・・・・」
「・・・・・?」
問いかけてみても、博人は何も答えない。刹那をじぃ〜っと見つめるだけで、何も話そうとはしない。
「何なんだよ・・・・ったく。なぁみんな・・・・・・?」
クラスの男子に問いかけてみても、博人と同様何も話そうとはしない。・・・・・なぜか刹那を見て顔を赤らめているやつもいた。気持ち悪い・・・・。何なんだよ・・・・。
「ふふふふふ・・・・・くくくくく・・・・・」
不意に博人が笑い始めた。それはそれは、聞いたものが怖気を感じずにはいられない、気味の悪い笑い声だった。
「予想はしていたさ・・・。お前は細い。野球部とかバスケ部とか、運動しているやつらと比べれば全然細い。・・・力はあるのにな」
「は?」
「色だって黒いほうじゃない。肌も綺麗だ。それも、クラスの女じゃ勝てないほどの、な。だから予想はしていた。お前なら・・・・・たぶん一番、女っぽくなるとッッ!!」
「何だっていうんだよ、つまりさ」
「つまりだ。こういうことなのだぁぁぁぁああああッッッ!!!!」
どこから出したのか、変な叫び声と共に小さな手鏡を刹那の目の前に差し出す。それを受け取って自分の顔を見ると・・・・。
「どうだ?」
「・・・・・・」
・・・悔しいが、女の子だった。男の刹那ではない、女の刹那が鏡に写っていた。肩までかかるカツラの髪の毛。パッドのせいで、目がいく程度に膨らんでしまった胸。・・・・・ずっと前、みんなで海に行ったときの里奈の言葉が、今蘇ってきた。
『・・・・・言われてみれば、女の子っぽい顔してるわね、あんた」』
・・・・・それが今、こんな形で証明されるとは。
なんとも言えない、屈辱感。
男としての尊厳を奪われたという、激しい喪失感。
微妙に似合っているという、悲しさ。
それらが、今刹那の中で蠢いていた。蛇のように、うねうねと。
「理解したか?」
「・・・悔しいけどな」
「くっくっく、そうか、理解したか。だがな・・・・・1つだけ足りないものがあるんだよ。正確に言うんだったら、余計なものがな」
そう言って博人が指をさしたのは・・・・・刹那のすねだった。
「女の子に、すね毛はいらん!! よって・・・・・取る!!」
「はぁッ?! 何言ってんだ!! 嫌に決まってるだろ!!」
「剃ると跡が残るからな、ガムテープで1本たりとも残さず取ってやろう」
「人の話を聞けよ!! ってかガムテープはやめろ!! めっちゃ痛いんだぞ!!」
「よし!! お前ら!! 男を代表する刹那にすね毛があってはならない!! 押さえつけろ!!」
「「「「「「「うぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおお!!!!!!」」」」」」」」
「こんなときに団結すんなよ!! って、おぁぁぁぁああ!!!???」
ドドドド!!! と、まるで雪崩か何かのようにクラスの男子が刹那にのしかかって押さえつけてくる。当然の如く、そんな重量+数に押さえつけられて逃げ出せるわけなどない。まるで大量の警官に押さえつけられた大犯罪者だ。・・・・・はたから見れば、メイド服を着た男子に1人の女の子が押さえつけられているという、さぞかし気味の悪い光景だったであろう。
「それじゃ行くぞ〜」
間延びした声で、博人はペリペリ、とガムテープを適度な長さになるまで引っ張り、切った。
そしてそのガムテープを刹那に見せ付けるように、ひらひらと振ってみせる。・・・・・にやぁ〜、と嫌〜な笑顔を浮かばせながら。
「ま、まて博人!! 話し合おうじゃないか!! な?!」
「話し合ったところで、俺の意思は変わらないさ・・・・・」
「お、おい止めろって!!」
懇願する声もむなしく、ガムテープは無情にも刹那のすねに貼られていく。・・・それはまさしく、ジェットコースターがゆっくり上がっていくときのそれと同じだった。ゆっくりと、非常にゆっくりと、恐怖心を煽るように、実にゆぅぅ〜っくりと。
そして・・・・・時は満ちた。満ちてしまった。
「・・・・・グッバイ!!!!」
ッベッッッッリィィィィィィィィ!!!!!!
「――――――――――――!!!!!」
・・・・・その後、校内に獣のような、悲痛な叫び声が響いたのは言うまでもない。
ガムテープですね毛抜くとめっさ痛いですよねw
これからも「殺し屋」よろしくお願いします!
追記:総アクセス数、30万を越えることができました。これも皆様のおかげです。
本当に嬉しいです。越えたのを見たとき、本当に小躍りしたくらいです。
これからも何卒よろしくお願いいたします。