第67話 悩み事の多い朝
いつもなら、ベッドの中でまどろみを感じているはずなのだが、今日はちょっと違った。目が早く覚めすぎて、いつもより早い時間に居間に下りてきてしまった。・・・いつもなら玲奈に起こしてもらわなければ起きられないのに、だ。
うろうろ、と、忙しなく歩き回る刹那。原因は・・・・・昨日の理恵だ。あのあと、一体どうしたのだろうかと、気になってまともに夕食がのどを通らなかった。・・・・・あんなに申し訳ない食事時間は初めてだった。せっかく自分のために腕を振るってくれた玲奈に申し訳ない。
「・・・・・はぁ」
一体、何がいけなかったのだろう、と思わずにはいられない。何が原因で理恵を傷つけてしまったのだろうか? 昨日の夜からずっと考えているが、理由が未だによくわからない。・・・・・こういうときに自分が嫌になる。馬鹿だな、と心の底から思う。何で自分はこんなに馬鹿なのだろう。
『後悔先役立たず』というように、いまさら後悔しても遅いことはわかっている。もうそのときは過ぎてしまったのだから、後悔しても意味がない。戻ってやり直せるのならまだしも、そんなことをしても意味がまったくないのだから。
でも、だ。やっぱり・・・・・後悔してしまう。何であんなことになってしまったのだろうかと思うたびに、ため息が出る。あの時あぁすればよかったのだろうか、こうすればよかったのだろうか、と、色々なことを考えてしまう。・・・割り切れないのも自分のだめなところだな、と刹那はもう1度ため息をついた。
「あんたねぇ、さっきからはぁはぁうるさい。玲奈ちゃんが可愛いから欲情するのは仕方ないけど、襲ったらバラバラにしてやるからね」
「これはため息ですからね?! 別に欲情してるわけじゃないから!!」
「嘘つくんじゃないわよ!! こっちには全部お見通しなんだからね!!」
「嘘つかないでくれますか?! そんなこと考えてませんからね?!」
「はぁ・・・・・。じゃあ何でさっきからそんなため息ばっかついてんのよ。気になってしょうがないんだけど」
・・・・・これは、一応心配してくれているのだろうか? そうだとしたらちょっとだけ頼ってみたいが・・・そんなことは100%ありえないので相談はしないでおくことにする。大きな悩み事だからといってこの人に話すとかえって話が変になるかもしれない。・・・ここは隠し通すのが一番―――
「あんたねぇ、馬鹿でしょ?」
「ば、馬鹿って何ですか!」
「あたしに隠し通せるわけないでしょ。ど・く・し・ん・じゅ・つ」
「え? あ!! すっかり忘れてたぁぁあああ!!」
ふふん、と得意顔になって刹那を見下す里奈。・・・・・ここのところ、心を読まれたことがなかったからそのことをすっかり忘れていた。なんという不覚・・・。
「・・・全部お見通しですよね?」
「ぜ〜んぶ。あたしを誰だと思ってんのよ。あんたみたいな単純男の考えてることなんて一発でわかるわよ」
「やっぱり・・・」
「・・・まぁいいんだけどさ。あんたがどんな悩みを抱えてようが、解決できるのはあんただけなんだし」
てっきり、『あんたがそんなことで悩むなんて100年早いわよ!!』みたいなことを言われるかと思っただけに、里奈がからかってこないことがすごく意外だった。・・・いや、からかわれたらからかわれたで嫌なのだが・・・。
「できるだけ早く仲直りしなさいよ? あんたが暗いと玲奈ちゃんも暗くなるんだから」
「? 何で玲奈が暗くなるんです?」
「心配だからでしょ。昨日あんたご飯残してたし、あんまり喋らなかったし、部屋にこもってるし。具合悪いのかなってずっと心配していたのよ?」
・・・面目ない。昨日は考え事が多すぎてそういうことまで気が回らなかった。あれだけ夕飯を楽しみにしてるって言ったのにあまり食べることができなかったし、何も言わず心配をかけてしまった。
「とにかく、玲奈ちゃんには心配かけさせないこと。これだけは守りなさい。あの子、あんたのことになると妙にムキになるんだから」
「わかりました」
なぜ自分のことになるとムキになるのかがよくわからなかったが、ちゃんと心配してくれている、と解釈しておくことにする。・・・優しい娘だな、玲奈は。いまさらだけど。
そんなことを考えているうちに、エプロン姿の玲奈が里奈の分の朝食を運んできた。・・・今日もとても食べたいようなおいしそうなメニューだが、やっぱりだめだった。今は何も食べたくない。
玲奈はそこら辺をうろうろしている刹那の姿を見つけると、驚いたように話しかけた。
「刹那! 大丈夫なの?!」
「えっと・・・うん、大丈夫。心配かけちゃって、ごめんな」
「それは別にいいんだけど・・・・・ご飯、食べれそう?」
「・・・ごめん。ちょっと今は何も口に入れたくないんだ」
「・・・そう」
心底心配そうに刹那を見つめる刹那。・・・不謹慎だが、玲奈が心配してくれることがちょっと嬉しかった。普通は心配させてしまった、と悪い気持ちになるのが当たり前なのだが、どうしてか今は玲奈が心配してくれることが嬉しかった。理由はよくわからないが。
でも、やはりいつまでもこうやって心配させておくのは可哀想だ。悪いのは自分なのに、玲奈までそのことを背負わせてしまうことになってしまうからだ。
刹那はにっこりと笑って心配そうにしている玲奈に話しかけた。
「大丈夫だって! 今日帰ってくるころにはたぶん普通通りになってるからさ!」
「・・・うん」
・・・どうやら、刹那が無理に笑顔を作っていることなど玲奈にはお見通しのようだった。明るく話しているつもりなのに、玲奈が笑ってくれない。・・・ちょっと博人の真似をしてみようか。そうすればちょっとは笑ってくれるかもしれない。よし!
「玲奈」
「・・・?」
「そんな顔してると、せっかくの可愛い顔が台無しだぞ?」
「へ・・・・・?!」
目を見開き、白い玲奈の頬が徐々に赤くなっていく。玲奈は笑ってくれるどころか、そのまま俯いて黙ってしまった。・・・しまった、逆効果だったか。やっぱりやらなきゃよかった!
そう思っても、時すでに遅し。そのまま気まずい空気がその場を包み込む。・・・・・同時に、今更ながら刹那は、自分がどれだけ恥ずかしいことを口走ったかを理解し、玲奈と同様頬を赤くして黙ってしまった。
「・・・刹那、あんたあたしの玲奈ちゃんを口説こうだなんて・・・いい度胸してるじゃない」
・・・ゴゴゴ、と効果音が出そうなドス黒いオーラが里奈を包み込んでいた。何というか、目の前で、どこぞの馬の骨に恋人を取られてしまった人みたいな感じのオーラだ! その首絞めて2度とおいしい空気を吸わせてやれなくしてやろうか? と言っているみたいだ!
顔こそ笑っているものの・・・・・口元が全然笑っていない! ってか、歯軋りしてるッ!! ギチギチッってすごい音がここまで響いてくるッ!!
・・・・・逃げよう。うん。それがいい。うん。
「さ、さぁて。そろそろ学校に行こうかなぁ〜」
「・・・まだ時間はたぁ〜っぷりあるわよ? そんなに急いで行かなくてもいじゃないの?」
「え、えっと・・・・・。しゅ、宿題があって、早くいって片付けないと!」
「宿題があるのに玲奈ちゃんを口説いていいのかしら? ん?」
「は、ははははは・・・・・。じゃあそういうことで!!!」
そう言うと刹那は鞄をひったくり、一目散に玄関へとダッシュした。・・・里奈から逃げる刹那のその姿は、まるで一流の狩人から必死に生き延びようと逃げまわる子ウサギのようだった。・・・・・しかし、逃げ足がものすごく速い。もう家から出て行ってしまった。
「ったく。これだからあいつは」
「・・・・・・」
「? 玲奈ちゃん?」
「・・・え?! あ、な、何?!」
「・・・なんでもない」
里奈は玲奈の姉だ。玲奈とは物心が付くころからずっと一緒にいたし、今もそれは同じだ。だから、玲奈の考えている大抵のことはなんとなくわかってしまう。読心術じゃない、姉妹ならではの意思の疎通というやつだ。
だから、玲奈が今どんな気持ちでいるのかは簡単にわかってしまう。顔を赤くして、何だかぽーっとしている可愛い玲奈。その玲奈が抱いている気持ちが理解できてしまうことが・・・・・こんなに面白くないなんて、初めてだった。玲奈がこんな気持ちを抱いているとは、何とも面白くない。とても複雑な気分だ。よろこべばいいのか、それとも・・・・・。
「む〜・・・・・」
「? お姉ちゃん、どうしたの?」
「悩み事よ」
「? うん、頑張って悩んでね」
「はぁ・・・・・」
1度だけ大きくため息をついて、里奈は可愛い妹のために頭を捻り始めたのだった。
ん〜・・・・・ちょっとシリアスっぽくなっちゃいましたでしょうか?
このままだと次もこんな感じかもしれないです・・・。
これからも「殺し屋」よろしくお願いします!




