第54話 そんなのは初耳だ!
刹那たち3人は、博人の家に向かっていた。日も暮れ始めており、ひぐらしも大合唱を始めている時間帯だ。一体、こんな時間に何をやろうと言うのだろうか?
「ねぇ刹那。何だか人多くない?」
玲奈がちょっと不思議そうに刹那にたずねた。
言われてみれば、こんな時間だというのにたくさんの人が歩いている。若い男女や子供を連れた母親、集団になって歩いている中学生たち。5時を過ぎているというのに、何でこんなに人が多いのだろうか?
「何でだろうな? 俺にもよくわからない」
「博人ちゃんの考えてることと、関係あるのかしら?」
・・・断定はできないが、ありえるかもしれないな。でもまぁ、とりあえず博人のところに行けばわかるだろう。
最後の角を曲がり、刹那たちは博人の家に到着した。たぶん博人は部屋にいるはずだから、ここから叫べば聞こえるだろう。
「お〜い、博人〜!」
「お〜ぅ! あがってこ〜い!」
「・・・だそうだ、行こう」
玲奈と里奈はこくん、と頷き、博人の家に入っていく刹那のあとに続いた。
「お邪魔しま〜す」
家に入る前に一言あいさつをする。いくら博人の家とはいっても、何にも言わないで入ることはやっぱりちょっと気が引ける。親しき仲にも礼儀ありってよく言うしな。
あいさつをすると、奥からエプロンを来た女の人が歩いてきた。夕飯を作っている途中だったのか、包丁を手に持っている・・・・って、待て、危ないだろ!
「はい〜・・・あら、せっちゃんじゃない。こんばんは〜」
「こ、こんばんは。美雪さん、さすがに包丁は危ないかと思んですが・・・」
「あら〜、うっかりしてたわ〜。あはは〜」
今、包丁を持ってきて刹那にあいさつをしたのが博人の母、「佐藤 美雪」である。のんびりとしていて親しみやすい性格なのだが、たまにこういう危ないことをうっかりやってしまう傾向がある。いわゆる『うっかり屋』というやつだ。
このうっかりが今までで一番ひどかったのは、博人の親父さんが使っているチェンソーを動かしてまま玄関まで持ってきて、新聞勧誘の人を追い返したこと、らしい。・・・・・そりゃ、物凄い勢いで、ブィ〜ン!!! と動いているチェンソーを、にこ〜っと笑って持ったまま向かってこられたら誰だって逃げる。そりゃもう脱兎の如く逃げる。だって怖いもの。
ちなみに、チェンソーを動かしていた理由を博人に聞いてみたところ、機材のチェックをお願いしたから、ということだったが・・・・・そんなこと美雪さんに頼むなよ、と心の底から思う刹那であった。
「? そちらのお嬢さんたちは?」
「あぁ、この2人は今俺の家に居候している従姉妹です。」
「玲奈です、博人さんにはお世話になってます」
「佐々木 里奈です、どうかお見知りおきを」
2人とも美雪にペコリ、と頭を下げてあいさつをする。・・・里奈は相変わらず猫をかぶっているようだったが。
「あらあら〜、可愛らしい女の子ねぇ〜。せっちゃん、二股はだめよ〜?」
「そんなことありえませんって。それより、博人はやっぱり?」
「お部屋にいるわよ〜。恵利ちゃんもお姉さんのほうも一緒だったわね〜」
「わかりました。それじゃ」
「は〜い。ゆっくりしてってね〜」
そう言って、美雪は包丁を持ってルンルン♪ と台所へと戻っていった。・・・・おいおい、そんなにブンブン包丁振り回したら危ないだろ・・・・。
美雪が台所に戻ったのを見送ると、刹那はとんとん、と階段を上がっていった。そのあとを玲奈と里奈も続く。
階段を上がり、すぐ左手にある博人の部屋のドアを2回ノックする。
「入っていいぞ〜。・・・くっくっく」
中から博人の返事が返ってきた。声の様子から、何だかワクワクしているような感じがする。というか、何か変なことを企んでいるような感じがする。・・・・・本当に一体何を考えているんだ? いくら考えてもさっぱりわからない。
がちゃっと、ドアを開けてみる。部屋の中にはのんびりとくつろいでいる3人がいた。・・・・・ただ、その、私服ではなくて、浴衣姿で。
「おう来たか。どうよ、これ? 似合ってんだろ?」
にしし、と笑い、博人は自分の着ている浴衣をヒラヒラと見せびらかした。博人の着ている浴衣はたぶん美雪お手製のものだろう。器用なものだ。博人の家は本当に器用な人が多い。
「みなさんの分もありますから、あとで着替えましょう」
にっこりと笑って恵利が言う。恵利の浴衣はピンク色で、ずいぶんと子供っぽい感じのする浴衣だったが、表情が幼い恵利にはピッタリの色だった。・・・・・って待て。俺たちの分もあるってどういうことだ。
「やっと来たわね! 遅いったらないわ! もうちょっと早く来なさいよね!」
もぅ! と言って腕を組んでいる理恵が着ている浴衣は綺麗な赤色だった。情熱的で、辺りを燃え上がらせるような強烈な赤色ではなく、大人っぽい感じのする赤色だ。自己主張しすぎず、それでも存在感があるとてもいい赤色だ。・・・・・理恵さん、時間はぴったりです。そんなに怒らないでください。
「みなさんとっても素敵です。すごく似合ってますよ」
「ふふ、とってもいい浴衣ね。羨ましいわ」
玲奈と里奈が、博人たちの着ている浴衣を褒めていた。特に玲奈の目はキラキラと輝いていて、何というか、もういかにも「着たい!」という気持ちがすごく伝わってくるようだった。・・・・・いつもしっかりしてそうな玲奈だけど、こういう無邪気な玲奈も可愛い。すごく。うん。
ところで、だ。見たときからどうしてだ? と思っていたことなのだが、どうして博人たちは浴衣を着ているのだろうか?
「なんでみんな浴衣着てるんだ? 今日なんかあるのか?」
刹那の言葉に、博人たちはきょとんとしたような顔をした。・・・・・何だ? 何か変なこと言ったか? ただ聞いただけだぞ?
おそるおそる、恵利が刹那に尋ねる。
「刹那さん、今日夏祭りだって知ってますよ、ね?」
・・・・・全然知らない。そんなの聞いた覚えがないぞ。
首を横にふるふる、と振る。瞬間、博人たちが、はぁ〜・・・・・という重いため息をついたのが聞こえた。・・・そんなに呆れなくてもいいじゃないか! だって知らなかったんだよ! しょうがないだろ!
「夏の最大のイベントである夏祭りを忘れるとは・・・・・刹那、お前ってやつは・・・」
「仕方ないだろ! 知らなかったんだからさ!」
「まぁいいや。祭りに行くことには何の支障もないからな。・・・・・ふふふ、それじゃお着替えタイムといこうか! 恵利! 理恵さん! 玲奈ちゃんと里奈さんを! 俺は刹那をやるから!」
「「了解!!」」
声を合わせた理恵と恵利は、玲奈と里奈をガシッ! と掴むと・・・・・器用に服を脱がし始めた。まだ刹那と博人がいるというのに、だ。って、ちょっと待って! まずいって! 男の前でそんなことしちゃだめだって!
あたふたしている刹那をよそに、理恵と恵利はちゃくちゃくと服を脱がせていった。
「え?! あ、え?! ちょ、ちょっと! 理恵さん! きゃ!」
「ほらほら! 脱いだ脱いだ・・・・・って、玲奈っておっきいね・・・・・ア、アタシより・・・・」
「ど、どこ触ってるんですか! ひゃぅ!!」
あ゛〜!! あ゛〜!! あ゛〜!! 何にも聞こえない!! 全然聞こえない!! 何してるのか、何言ってるのかさっぱりわからない!! いや〜わからないなぁ!! あっはっは!!
「えっと、恵利ちゃん? 何をしようとしてるのかな?」
「はい! お着替えをさせていただこうと思いまして!」
「じ、自分でできるんだけどな・・・・・」
「いいえ! ここは私が! すぐに脱がせてみせますので!」
「えと・・・・・やっぱり恥ずかしいかなって思っちゃったりするんだけどな・・・・」
「いえいえ! 恥ずかしがることはありません! 博人君! 刹那君を連れて早く部屋から出て行って! 里奈さんが恥ずかしがってるじゃないの!」
「わ、わかった。ほら、いくぞ刹那」
耳を塞いで目を瞑り、あ゛〜! あ゛〜! と何やらわけのわからないことを言っている刹那の肩をガシッ! っと掴み、博人は恵利の言う事に従って部屋から出て行った。・・・・・あんな興奮してる恵利、初めて見たぞ、という言葉を残して。
バタン、とドアが閉まったのを確認すると、恵利は里奈のほうに向き直って興奮気味に言った。
「さ! これで恥ずかしくないです!」
何を期待しているのか、恵利はキラキラと目を輝かせて里奈の目をじぃっと見てきた。・・・・・か、可愛い。何だか、リスみたい。こんな可愛い瞳でお願いされたら断れないわ・・・。
里奈は、はぁ、とため息をついた。
「じゃあ、お願いするわね。優しくお願いよ?」
「はい! もちろんです! じゃあ失礼します!」
とまぁ、こんな感じで玲奈と里奈の着替えはちゃくちゃくと進んでいったのだった。
と、いうわけで、夏休み最大のイベントは「夏祭り」でした。みなさんわかりましたか?
夏っていったら、やっぱり夏祭りだと思うんですよ。「夏」ってつくくらいの祭りですからね。・・・こう思ってるのが自分だけじゃないことを信じたいです。
これからも「殺し屋」よろしくお願いします!