第52話 幸一の気持ち
「本日は大変お邪魔いたしました」
玄関先で一礼して、シリスはにっこりと笑って見せた。なんていうか、その笑顔は最初会ったときの営業スマイルじゃなくて、本当に心の底からの笑顔って感じだった。・・・うまく言えないけど。
「いえ、とんでもないです。また来てください。玲奈も里奈さんも喜びますし、俺も色々お話できればいいかなって思ってますから」
色々話ができればいい、のところは、その場を繕うための言葉じゃなくて刹那の本心だ。最初はシリスに打ち解けられなかった刹那だったが、話をしているうちに、何だ、結構いい人じゃないか、と思うようになっていた。
「恐縮です。またいずれお会いしましょう」
「うん、また来てねシリスさん。まだ聞かせたいことたくさんあるから!」
「・・・む、無理に来なくていいですよ、ほら、仕事とかで忙しいだろうし・・・」
「いいえ、とんでもございません。御2人のためでしたらいつでも喜んで駆けつけますので」
「あぅ・・・・・・」
・・・里奈は相変わらず苦手なようだった。どんだけシリスさんが苦手なんだよ里奈さん・・・。
「それでは、さようなら」
「本当にまた来てください、待ってますから」
「またね、シリスさん」
「・・・・・お父さんによろしく言っといてくださいね」
今一度深くお辞儀をして、シリスは刹那たちに背中を向けて木下家をあとにした。
どうやって帰るんだろ? 歩いてかな? ・・・と思ったら、しゅん! という音がしてシリスさんの姿が見えなくなった。って、ちょっと待て!!
「何で消えるんだよ!?」
「シリスさん足が速いからね。いつもこんな感じなんだよ」
「これ足が速いってレベルじゃないですよね?!」
・・・もう殺し屋って何でもありだな。本当に人間かよ・・・。
シリスがいなくなったところを見計らって、里奈はぐでぇ〜っと玲奈に寄りかかった。
「うぅ〜・・・・・すっごく疲れたわ・・・。精神的もうクタクタって感じ・・・・」
「お姉ちゃん、シリスさんに失礼だよ。・・・それと、さりげなく胸に手を伸ばさないの!!」
ピシッ!! と、手を叩かれ、里奈は渋々玲奈から離れた。・・・シリスさんがいなくなった途端にそれですか里奈さん・・・。
「・・・そういえば、もうこんな時間か」
「あ、そうだね。気が付かなかった」
気が付くと、もう辺りは暗くなってきていた。腹も空いてきたし、そろそろ夕食の時間のはずだ。・・・今日のメニューは何だろ? 楽しみだ。
「それじゃご飯にしよっか。う〜ん・・・今日は素麺にしようかな」
「涼しくていいわね〜。・・・それより暑いわね、早く扇風機を占領しなきゃ!」
「何?! させてたまるか!! 俺の命の生命線を!!」
だっ! と扇風機の前に行こうとダッシュした里奈の後を刹那が追いかけ、それを見て玲奈がクスっと笑った。
・・・案外、お姉ちゃんも刹那のこと気に入ってるのかも。
そんなことを思いながら、玲奈は夕食の支度をするためキッチンに向かったのだった。
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ほどよく木下家から離れたところで、シリスはポケットから携帯電話を取り出した。柄がピンクの最新機種なのだが、機械の操作が今ひとつ苦手なシリスにはよくわからない機能がたくさんついており、使うことも滅多にないので用途も電話をかけるのみ、ということになっている。
パカッと携帯を開き、首を捻って番号のボタンを順番に押す。
携帯電話を耳に押しつけて出るのを待つが、いつまで経っても相手が出ない。それどころかコール音さえも聞こえない。・・・・・壊れてしまったのだろうか? いや、そんなはずはない。先月買ったばかりの電話だ。いくなんでもそんなに早く壊れるわけがない。
おかしいな、と思って携帯電話をまじまじと観察してみる。・・・・・と、
「あ、反対・・・・・」
耳に当てるところと話すところが逆だった。これじゃ聞こえるわけがない。・・・お嬢様方に見られなくてよかった。
くるっと携帯電話を反対しに、今度こそシリスは喋り始めた。
「もしもし、社長ですか?」
『・・・あのな、もう少し携帯の使い方覚えようぜ?』
「・・・申し訳ありません。機械の操作は苦手なもので」
『まぁいいか。・・・それで、どうだった? やっぱり、お前もやってないと思うか?』
「はい。あれだけ澄んだ目をしている者は見たことがありません。犯罪者ならなおさらです。もっと濁った目をしているはずです。刹那様がもし本当に犯罪を犯しているのだとすれば、二重人格の可能性が出てきますが、情報によればそれはありえないのでしょう?」
『まぁな。刹那君が二重人格なんてデータはねぇ。・・・ってことは、情報屋のほうに問題があるんだよな?』
「はい。そのことなのですが、情報収集班を派遣することを考えています。情報屋の近辺情報などを調べれば色々わかると思うので」
『いや、そのことなんだがな。情報収集班、外国に向かわせちまったんだわ』
「・・・・・は?」
ぽかん、という言葉がぴったりな表情を浮かべ、シリスはもう一度幸一に尋ねた。
「も、もう一度お尋ねします。情報収集班はどこへ?」
『外国だよ。今頃地球の裏側ブラジルに到着してるはずだ。ちょっとおもちゃの件で調べて欲しいことがあってよ。最悪でも3ヶ月くらいは帰ってこれねぇんだわ』
聞き間違いではなかった。こ、この人は、わが社の殺し屋業に支障が出ているというのに・・・・・。
心底呆れたような声で、シリスは言った。
「・・・どうなさるんですか、刹那様の件は? 」
『ん〜・・・ま、保留ってことで済ますか。なっはっはっは!』
ため息をついて少し間を置き、シリスは続けた。
「・・・社長、実はわざと情報収集班を向かわせたのでは?」
シリスは幸一の性格はよくわかっているつもりだ。親友である明の子供である刹那の生死を決める大事な班を、わざわざ外国へ飛ばすという間の抜けたことをする男ではない。
それならば、なぜそんな間抜けなことをしたのか? シリスにはそれがわかっている。
『ん? 何で?』
「社長が刹那様のことを心配なさっているからです」
『・・・・・何が言いたいんだ?』
「もし情報収集班を派遣した結果、刹那様が犯罪行為をしていた場合、刹那様はわが社の殺し屋に抹殺されます。社長は、それを恐れているのでしょう?」
『・・・・・』
「刹那様の無実を得るためには情報収集班を派遣しなければならない。でも、もしかしたら刹那様が犯罪を犯しているかもしれない。そうなった場合、先ほども言いましたが殺さなければなりません。情報が入った瞬間に、この世界から末梢しなければならない。
しかし、しかしです。情報が正確かどうかわからない状況だったら、殺害は延長されることになる。刹那様が犯罪を犯していようが犯していまいが関係なしにです。そうなれば短い期間ではありますが、刹那様は生きていられることができます。・・・それが社長の意図では?」
『・・・やっぱり、お前は最高の秘書だよ。全部お見通し、か』
「当然です。何年あなたの秘書を続けていると思っているのですか?」
子供いたずらを見つけた母親のように、シリスは幸一に言った。電話越しに幸一の笑い声が聞こえるが、いつもの元気な声ではなく、どこか寂しそうな感じの声だった。
『・・・不安でな。そんなことあるわけねぇのに、もしかしたらって思っちまうんだよ。だから、こんな誤魔化し方しちまったんだ。結果を知るのが怖くてな。少しでも長引かせたかったんだ』
気持ちはわからないわけでもない。刹那は大切な親友の子供・・・幸一が殺したくないのも理解できる。
確かに、情報収集班に情報屋の近辺を探らせて真相を掴ませなければ刹那は死なずに済む。例え許されないはずである犯罪を犯していたとしても、だ。
社長の権力を利用し、この先ずっと情報屋の近辺情報を探らせなければ、それに比例して刹那も延命できる。幸一自身が情報を改ざんし、このまま何事もなかったかのようにだってできる。刹那のことに目を瞑り、罪を隠蔽することだってわけないことだ。
・・・・・しかし。
「社長、目の前の現実から目をそらしてはいけません」
『・・・・・』
「そんなことをしても、所詮はその場凌ぎにすぎません。根本的な理由を解決しない以上、刹那様の容疑は一生消えることはありません。それに、社長のなさっていることは、刹那様が犯罪を犯していない、ということを否定しているということでもあるのですよ?」
『俺が、刹那を疑ってる、ってことか?』
「そうです。心の奥底から信じているのでしたら、そんな真似はしないはず・・・むしろ、刹那様の無実を証明するため、進んで情報収集班を派遣するはずです。違いますか?」
『・・・まったくもってその通りだな』
ため息をつき、幸一は話し始めた。
『・・・・・俺は、やっぱり刹那を疑ってたのかもな。どうしても、犯罪をするはずがない、って思えなくて、それでもやっぱり信じたい。どっちつかずの板ばさみ状態・・・・・中途半端なやつだよ、俺は』
「社長・・・」
『でも、決心がついた。お前のおかげでな。俺は刹那を信じる。あいつが人を傷つけるような真似はしないって信じ抜く』
「・・・わかりました。でも、情報収集班を呼び戻せるのはまだまだ先なのでしょう?」
『まぁな。俺もただ闇雲に外国に行かせたわけじゃないからな。おもちゃのほうでかなり重要なことを調べてもらってる。今すぐ呼び戻すわけにはいかねぇよ』
「そうですか。ではやはり、情報屋の近辺を探るのはまだ先、ということになりますか」
『あぁ。でも、帰ってきたら班のやつらには悪いがすぐに情報屋のほうを調べてもらう。今度は・・・・大丈夫だ。刹那を信じてるからな』
「・・・はい。それでは切ります。もう1時間程度で本社に着くと思いますので」
『了解だ。じゃあな』
プツッと音がして、電話が切れた。・・・問題はその後だ。こちらも電話を切るのにどのボタンを押せばいいかわからない。ボタンの数は・・・・21個だ。この中から1つ選んで押さなければならないのだが・・・・・どれだろうか?
「えと・・・・・こっち、でしょうか。いや、それとも・・・・う〜ん・・・」
散々迷った挙句、受話器が置かれているボタンを押すことにした。指でカチッと押してみると・・・・・よかった。ちゃんと切れた。
「帰ったら少し勉強しなければなりませんね・・・」
ため息をつきながら携帯電話をポケットに入れ、シリスはA・B・K社へと歩き出した。
ちょっとシリアスチックになってしまいました
次は夏休み最後のイベントをやろうかな〜と思っています
夏休み最後のイベントといえば・・・アレしかないですよね?
これからも「殺し屋」よろしくお願いします!