第51話 現在状況
「さて、生活面のほうはこのくらいにしておきましょうか。刹那様、今度はあなた様のことについてお話しをさせていただきたいと思います」
「俺の話、ですか?」
「はい。すなわち・・・・・あなたが私どもに狙われている理由について、です」
一瞬、辺りを静寂が包み込んだ。
麦茶の入ったコップの中の氷が溶け、カラン、と音を鳴らした。
さっきまで暑かったはずなのに、急激に気温が低くなってきたような錯覚に陥る。それが重い空気によるせいだということはすぐにわかった。
「私たちはある情報屋による情報網を頼りに犯罪者、不正をしている政府の人間、そして人間のゴミ、等の始末を行っております。その情報網により、刹那様は殺すべき人物と判断され、会社は玲奈お嬢様をあなた様の元へ向かわせたわけなのですが、お嬢様の目から判断してそんなことをしているふうには見えない、ということで暗殺は保留され現在に至ります。私たちがひいきにしている情報屋からの情報に、誤報は過去一度もなかったため、会社は今混乱状態にあります。何を信じれば良いのか、それがわからず、殺し屋の仕事も大きな遅れが出てきています。そこで、です」
「そこで・・・・・?」
「はい。情報屋の近辺情報を探ってみたいと考えているのです。本当に間違った情報なのか、ひょっとしたら故意に情報を改ざんして流しているのか。それを調べるために、本日帰社いたしましたら情報収集班に情報を探らせたいと考えております。私たち、殺し屋業に多大な影響を及ぼすものだろうと予測しておりますゆえ」
・・・情報、とは恐ろしいものである、と刹那は実感した。もし、自分を殺しにきたのが体調不良だった玲奈でなければ、もし、あの日雨が降っていなければ、自分は今こうしてこの世にいなかったかもしれないのだ。それも、間違った情報のおかげで。
自分の行動を振り返ってみても、そんなことはした覚えがない。恐喝なんてできないし、自分より弱いものの立場から物を奪い取る強盗だってできない。人の命を奪い取る殺しなんてもってのほかだ。無実なのに自分の命が狙われる。こんなおかしい話、あったものではない。
玲奈と出会った最初のときこそ笑い事で済ませていたが、今思い返すと首の皮一枚繋がった状態でここまできたことになる。笑い事ではない。一歩間違えればとんでもないことになっていたのだから。
シリスは情報収集班を向かわせると言ったのも、そういった事態を避けるためだろう。もっとも、今刹那に起こりかけていたのだが・・・。
シリスの話は大体わかった。今自分がどんな状況下にいるのか、そしてこれからどうなるのか。しかし、腑に落ちない点が1つだけある。
「あの・・・・・なんでそんな大事なことを俺に話すんですか? 企業秘密とか、そんなんじゃないんですか?」
シリスは眼鏡をくいっと直してから言った。
「知ってしまったからです。玲奈お嬢様が刹那様に殺し屋のことを話してしまわれた以上、あなたはもう無関係ではない。つまり、あなた様は私たちのことを知るという義務があるのです」
「口封じ、とか、ないんでしょうか? 知ってしまったんだから死んでもらう、とか」
「普通なら、今頃刹那様はこの世にいません。現に社員の中で、そういう考えを持っている人もおりますし、本社の秘密をばらされてしまうのではないか? と、社長に抗議した人もいます。ですが、社長が反対派を押さえつけているのです。社員の多くは社長を尊敬しております。もちろん反対派の連中も例外ではありません。社長が言うのだったら、と渋々納得している状態なのです」
「押さえつけてる? つまり、幸一さんが俺をかばっているってことですか?」
「早い話、そうなります。刹那様は社長の親友である明さんの息子、できることなら殺したりなどしたくはないのです。その証拠に少し前、刹那様の情報が社長の耳に入ってきたときは大層お嘆きになられたものでした。どうして明さんの子供が、早苗さんの子供が、と」
「・・・・・」
どうやら、話を聞く限りでは幸一は刹那の両親に絶対の信頼があるようだった。シリスの話を聞いているだけで、その場の様子が目に浮かんでくる。自分の信じていた友人の子供が、人を虐げるという最低な行為をしているとうことを知り、頭を抱えて思い切り嘆いている姿が簡単に思い浮かぶ。
「とりあえず、報告は以上です。何か質問はありませんか?」
「じゃあ1つだけ。情報収集班・・・でしたっけ? いつ頃になったら正確な情報が入ってくるんですか?」
「少なくとも、あと2ヶ月ほどはかかります。正確な情報がわからない以上、本社の殺し屋が刹那様を狙うなどということはありませんのでご安心ください」
・・・つまり、最低でもあと2ヶ月くらいは生きていられるわけだ。情報が間違っているにせよ、正しいにせよ。・・・まぁ、やっていないのだから情報が間違っていると思うのだが。
話し終えると、今までずっと真面目な顔をしていたシリスがにこっと笑顔を浮かべた。
「お話しは以上です。あとは日ごろ、刹那様がどのような生活をしているのかや、学校生活のことなど、色々なことを聞かせていただきたいのですが、よろしいですか?」
「え? あ、はい。俺の生活なんかでよければ喜んで」
「そうね。ちょっと真面目な話で気疲れしちゃったし、あんたの学校のことも知りたいしね」
「うん、私も聞きたい。ねぇ、刹那は学校でどんなことしてるの?」
重い空気が一変し、急に賑やかな雰囲気になった。その後、刹那が学校生活のことで質問攻めにあったということは言うまでもない。
ちょぴっとシリアスになってしまいました。
たまにはこんなのもいいかも・・・・・
これからも「殺し屋」よろしくお願いします!