第44話 恵利の悩み
しばらく校内をうろうろと探し回っているうちに、恵利も少し落ち着いてきたようだった。しゃっくりが止まる頃には2階も探し終わり、2人は残っている教室を確認するため3階へと向かった。
3階に教室は6つある。里奈と恵利が上ってきた階段から、1−A、1−B、1−C、1−D、物理室、物理職員室、という具合だ。
とりあえず、一番近い教室から探そう、ということになり、里奈と恵利は1−Aの教室に入った。
「・・・・・・(ぎゅ)」
「あはは、やっぱり怖い?」
「・・・・・・(こくん)」
「そっか。それなら、またお話しでもしましょうか。さっきはあたしが話したから、次は恵利ちゃんが何か話してね」
そう言われると、恵利はう〜んと、何を話そうか考え始めた。あっちを見てう〜んと唸り、こっちを見てはう〜んと唸って必死に何を話そうかと考える。だが、恵利は一向に話そうとはしない。まぁ、内気な恵利が自分から話をする機会などあまりないから、考えるのに時間がかかるのは仕方ないのだが。
これではいつまで経っても恵利のことが聞けないと思った里奈は自分から質問する形をとることにした。自分から話すことはできなくても、質問に答えることはできるだろう。
「恵利ちゃんって、博人ちゃんと付き合ってるのよね?」
「え?!(ちゃん?) あ、はい。そうです。お付き合いさせてもらってます。至らない彼女ですけど・・・」
いきなり話を振られて、少ししどろもどろになりながらも恵利は答えた。里奈は教卓にボールがないことを確認すると、教室を出ながら恵利に質問をした。
「出会いはどんな感じだったのかな?」
「出会い・・・ですか。図書館です。1年生のとき、私が図書館で本を読んでいたら、博人君が話しかけてきてくれて・・・・・」
「それで仲良くなっちゃったわけか。博人ちゃんはなんて言って近づいてきたの?」
「いい! 君すごくいい! すごくメガネが似合ってるね!! って。最初は変な人かなって思っちゃったけど・・・」
「・・・・・相変わらずだったのね、あの子は・・・」
苦笑しながら、次の教室の戸を開ける。ボールを確認するため教卓に近づいてみるが、やはりボールはなかった。・・・・・なかなか見つからない。残った教室はあと4つだ。
「それで、そのあとはどういう風にして仲良くなっていったの?」
「私、毎日放課後図書館で本を読んでいるんですけど、そのたびに博人君が来てくれたんです。男の人って少し怖いイメージがあったんですけど、博人君はちょっと違ってて・・・。内気な私にも話しかけてきてくれて、色んなこと喋ってくれて・・・・・それが続いているうちに、だんだん好きになっていったんです。それに・・・・・」
「それに?」
「かっこよかったし・・・・・。本当、私にはもったいないくらいです。知ってますか? 博人君って女の子にすごくモテるんですよ。ラブレターなんて、貰わない日なんてないくらいなんです」
「へぇ。確かにそれはすごいわね。そんなに格好いい男の子と付き合ってるんだから、恵利ちゃん幸せものね」
「はい、私は幸せものです。でも・・・・・」
「でも? 何か問題とかあるの?」
「・・・・・本当で私でいいのかなって、最近思うんです。博人君は女の子からもモテて、運動もできて、勉強もできるのに、私ったらいいところなんて何もないんです。勉強だって少しいいくらいだけだし、運動なんて全然できないし、本ばっかり読んでるから友達だって少ないし、私なんかよりももっといい人がいるんじゃ・・・・・」
「ストップ」
恵利の話を、里奈が遮った。なぜ急に話を遮ったのか? それがわからない恵利は、きょとんとした顔で里奈を見るが、里奈はにっこりと笑って人差し指を曲げて・・・
「えい♪(ピシ)」
「いた! ・・・・・あの、何ででこぴんするんですか?」
「恵利ちゃん、そんなこと言っちゃだめよ」
「え?」
「博人ちゃんのことを考えてそう思ってるんだったら、なおさらそんなこと思っちゃだめ。博人ちゃんは恵利ちゃんが好きなの。他の誰でもない恵利ちゃんっていう女の子が大好きなの。それなのに、その大好きな女の子から自分よりももっといい女の子がいるよ、なんて言われたらどうなると思う?」
「・・・・・」
「いい? 博人ちゃんは恵利ちゃんのことが本当に好きよ。2人を見てればわかるもの。すごく幸せそうな顔をしてる。あんな幸せそうな顔をしてるのは、恵利ちゃんが隣にいるからなの。他の人じゃあんな顔にはなれない。恵利ちゃんじゃなきゃだめなの。あなたが博人ちゃんを幸せにしてるのよ?」
「・・・・・」
「もっと、自信持っていいと思うわよ。恵利ちゃんは博人ちゃんを幸せにできる世界にたった1人の女の子なんだから。世界に1人よ? もっと自信持たなくちゃ!」
そう言ってポンポンと肩を優しく叩いてくる里奈に、恵利は何も言い返すことができなかった。
自分は博人このこと考えてると思っていたのに、知らず知らずのうちに博人の幸せを壊すようなことを考えてしまっていた。博人の隣にいれば、きっと博人に迷惑をかけてしまうなどという考えを頭に思い浮かべてしまっていた。
自分よりも、もっと博人を幸せにできる人がいる。そんなことは、ないのだ。自分よりも勉強ができて、明るくて、運動もできて、可愛い人で、博人にお似合いな人がいたとしても、自分よりも博人を幸せにできる人なんていないのだ。
それを、里奈は気づかせてくれた。それは自惚れではないということと、世界にたった1人しかいない博人を幸せにできる人間だと自信を持っていい、ということを、里奈は言葉で伝えてくれた。
「・・・里奈さん」
「ん? なぁに?」
笑顔でこっちを見ている里奈。この人は、すごい人なんだなと、心の底からそう思った。
「ありがとうございます。里奈さんのおかげで、自信が湧いてきました」
「何もしてないけどね、自信がついてよかったわ。あ、恵利ちゃん」
「? 何ですか?」
「ボールあったよ、ほらあそこ」
1−Cの教室の戸を開けた里奈の指差す方向には、教卓に乗っているゴムボールがあった。散々探したというのに、こうもあっさり見つかるとは、少し拍子抜けしてしまった感じだ。
里奈は教卓のゴムボールを手に取ると、ポーンポーンと投げて遊びながら言った。
「ボールも見つかったことだし、さっさとこんな暗いところから出ましょうか。みんな待ってると思うし」
「はい。・・・・・あの、里奈さん」
「? どうしたの?」
「今度また博人君と行き詰ったとき、相談しに行ってもいいですか?」
里奈は少しだけ驚いたようだったが、にっこりと笑ってこう答えた。
「えぇ、もちろん。あたしでよければいつでもどうぞ」
これで里奈と恵利の組は終わりました。
次は・・・・・博人と理恵さんの組にしようかなと考えています。
これからも「殺し屋」よろしくお願いします!